ビルの二階にあるこの店には、いつも一人で来ることが多い。もしくは、気の置けない友人と。バーボンやカクテルが、手ごろな値段で楽しめる。

「ひろせんせ、久しぶり。やっと来てくれた」

 ここのマスターは昔の患者。男性部屋に入院してもらったが、複雑な顔をされ続けた経緯がある。見た目は、スタイルも含めてかなりのイケメンだ。

「…ん?妹、さん?」

 奥に進むと、後ろにいる彼女を見て目を細めて言う。

「いらっしゃい。先生に片思い中の、(れい)です」

 せっかく繋いでいてくれた、彼女の手が固まる。

「冗談きついよ、玲さん。妹じゃないし」

 ふーん、と言うように、カウンターの中から俺たちを見比べる。

「…牽制。女の子と一緒なんて、初めてだから」

 玲さんは、少し声を低くして言った。普通は、外見とミスマッチなこの威圧感に身構える。

「…こんばん、は」

 でも彼女は、いつものようにきれいな姿勢で立ち止まると、きちんと玲さんの目を見て挨拶をした。

「なぁるほど。しっかりした妹さんね」

 玲さんは、人を見る目がある。色々な修羅場をくぐってきたらしく、懐の深さが半端ない上に柔軟だ。入院中も玲さんの所には、信者のようなたくさんのお見舞いの人が、ひっきりなしに来ていた。この店にも、そんな玲さんを慕う人たちが集まってくる。
 その玲さんの瞳の色が、変わった気がした。

「だから、妹じゃないって」

「妹にしておいた方がいいよ。ここのひろ先生ファンがうるさいから」

「ファンには、お会いしたことないけど?」

 俺は彼女の手を引いたまま、カウンターから離れた奥のテーブルを目指す。

「前に手術した患者なんだ。マスターって呼ぶと怒るから、玲さん(・・・)

 玲さんは、自分のことを僕と言うくせに、こっちが男性呼称を使うと機嫌を損ねる。男がいいのかと思えばそうばかりでもないらしく、女性の方もまんざらではないらしい。

 前に、″直感的に自分に必要な波長をもった人"が好きなんだときいたことがある。男とか女とか関係なく。そこがまた玲さんの”深い”ところかもしれない。好きは単なるlikeではなく、深い”like”。

「雰囲気のある方ですね、マスター」

 …ファ―ストインプレッションは悪くなかったのか、玲さんの持つ何かを感じ取ったのか。彼女は、カウンターの中の玲さんを、興味深そうに見ていた。少し、心の中がざわつく。

「もしかして、玲さんみたいな人タイプ?」

 自分でも、ズルい言い方だと思った。

「い、いえ、そんなことは」

 彼女は、慌てて胸の前で手を振った。そう言わせたかっただけの自分が、情けない。…女々しいな。