その夜は、ごま油の香りに包まれて、本当に杏仁豆腐を食べていた。

「中華とイタリアン、どっちが良かった?」

 先生は、今日もスマートなエスコートで食事を済ますと、杏仁豆腐を食べる私を見つめた。

「比べるのは難しいです。2週間連続で美味しい食事を食べられて…。今日も、本当にありがとうございました」

 先生の視線に耐えられなくなり、杏仁豆腐を(すく)う。

「今日、大学でなんかあった?」
 
 先生の言葉に、スプーンを咥えたまま固まる。

「…わかりやすくて、助かるような助からないような、だな」

 先生は少し笑って俯いて、もう一度首をかしげながら顔を上げる。その一連のしぐさが、凄く絵になっているってわかっているんだろうか。

「この前より、元気ないね。それとも食事に来たの、負担だった?」


 私は慌てて、首を振った。昼間の出来事を思い出して口が重くなっていたことを、先生が原因なんて思われたらいやだ。

 緊張はしていたけれどこの一週間、今日を楽しみに過ごした、また、先生のそばにいられる自分を想像して。

「じゃあ、今日はもう少し付き合ってもらいたいんだけど。時間いいかな」

 差し出された先生の腕時計は、九時少し前だった。でもその時間より、しっかりとした筋肉が付いている腕に見とれてしまった。私はスマホで時間を確認す無くて済んだけれど、返事を考える余裕はない。

「患者さんに頼まれてることがあって。一緒に、いい?」

 患者さんを理由にするなんて。先生の断れない誘い方のバリエーションに、限りはなさそうだった。