彼女の反応がなんとも固まりすぎて、イヤだと思われているのか受け入れられているのかわからなかった。女の子にこんな反応をされたことがなくて、無理やり約束を取り付けた。今まで一緒に過ごした子たちは大抵、次はどこに連れてってだの、ご飯を作りに行ってあげるだの、こっちが予定を考える必要がないのがほとんどだったし、ましてや、送ると言うのを断られるなんて初めてだった。

 やっぱり立場的に断れなくて、仕方なくOKしてくれたのか。…おじさんのしつこいと思われていたり。

 でも、おじさんだと思っていないと言ってくれた彼女の瞳は、真剣だった気がする。

「…生、藤岡先生。外来おしまいですよ」

 看護師の声で、我に返る。

「え、あぁ、お疲れさまでした」

「最後の秋元さん、オペ迷っているんですか?」

 そう、確かに患者の手術のリスクを考えていた。生活スタイルを含めて考えると、リスクの方が大きい気がした。痛みを取るための手術だけれど、千菜ちゃんの顔を見て痛みが無くなると言った患者さんを思い出したら、頭の中は彼女に事にすり替わっていた、とは言えない。正直、金曜日の夜、彼女と過ごしてからあの時間を思い出すことが多くなっていた。
 飾らず美味しそうにピザを頬張る口元も、カップの紅茶を丁寧に飲む仕草もくるくる動く大きな瞳も、見ていて全く飽きなかった。

 そしてもっとマズイことに、その一つ一つの表情は時間が経つにつれ、忘れるどころか海馬に刻み込まれているように、いつでも脳裏に浮かべられる。

「手術は、もう少し考えてみます」

 彼女の笑顔を閉じ込めて、そこは真剣に答えを出した。

「むやみに手術を勧めないところ、さすが先生ですね」

 そういわれて、後ろめたさと居心地の悪さに苦笑いをしながら、椅子から立ち上がる。

 今日はまだ水曜日。午後は手術が2件入っている。中学生じゃあるまいし気になる女の子のことで、何も手に着かなくなるなんて社会人失格だ。

 心残りはあるけれど、頭の中を午後の手術のシュミレーションに切り替えた。