結局、先生に聞かれる筈だった大学のことは何だったのかよくわからないまま、楽しくも落ちつかない時間を過ごした。しかも最後のエレベーターでは、とても友達ではあり得ないような空間を作られて、頭の中はパニック状態だった。

 先生の話や行動はずっと、女の子なら完全に勘違いしてしまうようなことばかりで、それを冗談で切り返せるようなスキルの無い私は、誤魔化したような笑顔で固まるしかなかった。家まで送るという先生を断り切れず、一緒に電車に乗って駅の改札まで送ってもらった。改札から歩いて10分の道のりを、このパニック状態のまま送ってもらう勇気はなく、とにかく丁重にお断りし続けた。

 自分気持ちがどこにあるのかわからないまま家に着くと、深い溜息と共に一気に脱力した。

「無理だよ、こんなの…」

 私は、先生の腕の感触が残る耳をそっと抑えて、どうしても送ると言う先生をお断りし続けた状況を思い出す。

『わかった。じゃあ、来週の金曜日もご飯付き合ってくれるなら、ここであきらめる。どう?』

 1週間あれば、少し冷静になれるだろうか。
 緊張で胸が苦しくてまともに息ができなかったから、とにかく独りになって深呼吸をしたかった。

『先生、そんなに何度もお食事に誘っていただく理由がありません。簡単に、はいて言うのは、かえって失礼な気がします…』

『失礼でいいのに、っていうか、理由を考える時間をあげたくなかったんだけどな』

 先生はカバンをさしだして、私が受け取るのを待っている。やっと自由になった手をカバンに伸ばす。先生は器用に、カバンを持ったまま私の手を掴んだ。

『とにかく俺は、千菜ちゃんとまたご飯食べたいんだけど』

 先生の手に、簡単に振りほどけないくらいの力が入る。先生の瞳から逃れられずに、私は辛うじて頷いた。