大人らしく、時間のけじめをつけなければと自分に言い聞かせて乗ったエレベーターは、食事を終えた人たちで混んでいた。意を決して繋いだ手を少し強く握り直しても、彼女は手をフリーズさせたままだった。そんな彼女を端に寄せ、酒が入ってかなり気分が良さそうな人達の視線に晒(さら)さないように、自分の身体を盾にした。
　彼女を庇う空間を作るため、そして近づきすぎないように自分を自制するつもりで、繋いだ手と反対の腕をせめて彼女の耳が掠(かす)るようにエレベーターの壁につく。

　彼女は、その腕の近さを確認しながら視線を動かし、戸惑った表情でこちらを見上げる。精一杯平静を装い、その腕のことは気付かないふりをして、なに？と聞くように少し空間を詰める。

　近すぎる距離に、彼女は遂に俯(うつむ)いてしまう。それでも見える、ほんのりピンク色になった頬が、とても綺麗だった。

　繋いだこの手を、離したくない。また、この手を探してため息をつかなくてもいいように。自分がこんなにはっきり何かを欲しいと思ったのは、初めてだった。

　誰かと過ごして、時間がアッという間に過ぎたのは久しぶりな気がした。不思議と、話題を探すことも間を持て余すこともなく、美味しい食事を楽しんだ。あの雨に感謝だ。こんなに近くに、彼女を感じられる。

　近づきすぎないようにしていた気持ちは、とうに消え失せていた。自分の心拍数が異常に上がっていることに焦りながら、たとえ彼女に鼓動が聞こえても構わないと、意を決して彼女の頭に自分の顎をそっと近づける。
　彼女が、一瞬背筋を伸ばして固まったのがわかったけれど、俺はエレベーターが一階に着くまで、そのポジションを維持して彼女を閉じ込めた。