「うーん……お客さん来ないな……」

 宅配受け付けのカウンターに立ちながら、私は今日もため息まじりに呟く。昼間の宅配便出張所の話ではない。狭間の時間の宅配屋での話だ。

「なんだとー! こら、小娘! わしの背が低くて視界に入らないと愚弄しておるのか! けしからん! そこから出てこい! 成敗してくれる!」

 カウンターの向こうでぴょんぴょんと跳ねている背の低い烏天狗に、私は慌てて頭を下げた。

「あ、すみません! 伊助さんのことはちゃんと見えてます。大丈夫です」
「わしは伊助じゃなーい! 呂助じゃー!」
「……すみません、呂助さん」

 クロと同じ一族だという小柄な烏天狗は、実は三つ子らしく、伊助さんと呂助さんと波助さんが、営業日のたびに入れ替わりで狭間の宅配屋へやってくる。どうやらクロに一度実家へ顔を出すように頼みに来ているようだが、まったく相手にされていない。
 私から見れば三つ子の違いがまるでわからないので、しょっちゅう間違えては怒られている。

「あらー、私たちじゃ『お客』として不満なの?」

 呂助さんの三つうしろに並んでいた真理恵さんが、長い首を伸ばして、私の顔の前に綺麗にメイクした顔をぬっと近づけた。

「そういうわけじゃないんですけど……」
「なによ、意味深ね……」

 しゅるしゅると首を縮めていく真理恵さんに、私は苦笑いを向ける。
 私が気にしているのは、先日この狭間の宅配屋の一画に、新しく設けた窓口の利用客についてだ。あやかしから人間宛ての荷物を特別に預かろうと、はりきって始めてみたのに、いつまで経っても利用客はいない。

「やっぱり需要ないんじゃないかな……」
「荷物が来ないほうが、休みの日はちゃんと休めていいじゃない」
「それはそうですけど……」

 昼間の営業所も、利用客はほぼいないような状態なので、私は営業中に掃除や草むしりばかりしている。
 瑞穂ちゃんは本当に綺麗好きねと、多香子さんなどは褒めてくれるが、決してそういうわけではない。他にすることがないのだ。

(その上休日も暇となると、この山の上じゃ本当に、スマホをいじってるか、寝るかしかない……)

 二十一歳の若い女が、そんなことではいけないと私はぶるぶると首を横に振った。

「あの、呂助さん……たまには人間宛てにも荷物を送ってみたりしませんか?」

 試しに訊ねてみると、ぴょんぴょん跳ねて怒られた。

「人間なんぞに用はない! わしを馬鹿にしとるんかー!」
「い、いえ、そういうわけじゃ……」

 慌てる私の背後、営業所の奥から鋭い声が飛んでくる。

「呂助! 荷物を送らないのならもう帰れ!」

 クロの怒りをこめた声に、呂助さんは慌てて小さな包みをカウンターに持ち上げる。

「送ります! 送りますとも! だから小娘めが受け付けている間、宗主様、どうか私の話を……」

 懸命に伸び上がってクロに懇願している呂助さんに、私はさっと控えの木片を渡した。

「はい。いつものとおりに、ろすけさんかららいぞうさんへ。ありがとうございました」

 隣でシロがぶっとふき出す。

「瑞穂ちゃんはっや、情け容赦なし」
「んんんんんんっ!」

 呂助さんは悔しそうに地団駄踏んで、私の手からひったくるように木簡を受け取った。

「また明後日参りますぞ! 次は、波助めが必ず!」
「ありがとうございましたー」

 バタバタと帰っていく小さな背中を見送っていると、ガラス扉の向こうに人影が見えた。

(あ……)

 それは豆太くんで、私と目があうとぴょこりとお辞儀する。どうやら何か用があるようだが、営業所内へ入ってくるつもりはないらしい。

(そうよ……豆太くんがいるじゃない! 彼から田中さん宛ての荷物を預かれば、明日の休みはいったい何をしようかなんて悩む必要もない!)

 私は即座に、目の前で列を作っているあやかしたちの荷物を引き受けるスピードを上げた。

「ありがとうございましたー。はい、次!」

 豆太くんが年齢を詐称するような外見をしていることについて、私はしばらく怒っていたのだが、あのくりくりの目を潤ませて、「ごめんなさい……」と上目遣いに見つめられると、たいして長続きはしなかった。
 そもそも人間と同じ基準で、あやかしの年齢を数えるのかもわからない。

(だから、もういい。必要以上に小さな男の子扱いしなければそれでいいのよ!)

 自分に言い聞かせて、これまでどおりに接すると決めた。
 自分の窓口の前に出来ていたあやかしの列を全て消化して、カウンターを出た私に、シロが問いかける。

「瑞穂ちゃん、どこ行くの?」

 ガラス扉に手をかけながら、私はふり返った。

「ちょっと外に……ダメかな?」
「ダメじゃないけど……」

 シロはクロを見て、彼が無言で頷いたので、また私へ視線を向け直す。

「鳥居の向こうには行かないようにね。今の時間だとあちらの世界へ行っちゃうから……」
「え……」

 『狭間の時間』の正確な意味に、私はどきりとする。

「なるべくすぐに帰ってきて。日が暮れ終わる前には扉を通って、昼間の出張所へ帰らないと……」

 いつもそれだけは絶対に死守させようと、シロとクロがしてくれているのを知っているので、私は素直に頷く。

「うん、すぐに戻る」

 豆太くんと話をするだけなので、たいして時間はかからないだろうと思った。



 ガラス扉を押し開けて外へ出ると、豆太くんが駆け寄ってきた。

「姉ちゃん!」

 無邪気な笑顔の彼を、大きく手を広げて抱きしめてしまいそうになり、慌てて私は自分を律する。

(違う! だから、豆太くんは小さな男の子じゃないんだってば!)

 視覚から得る情報と、脳内の知識がうまく結びつかなくて、いつか頭がショートするかもしれないと思いながら、私は膝を屈めて豆太くんと視線を合わせた。

「どうしたの? 田中のお爺ちゃんに荷物を送る?」

 できればその依頼がほしくて、自分から言ってみたのに、豆太くんは無情にもあっさりと首を横に振る。

「ううん、今日はいい」
「あ、そう……」

 がっくりと肩を落としそうになったが、彼の次の言葉を聞いて、色めきだってしまった。

「おいらじゃなくて、今日はぜひ姉ちゃんに、人間宛ての荷物を頼みたいって人を連れてきたんだ」
「えっ!」

 豆太くんが指さした近くの木の陰には、背の高い細身の男の人が立っていた。見た目はクロくらいの年齢の、少し髪の長い、青白い顔をした青年だ。フード付きのパーカーを着ており、フードを目深に被っているので、顏はよく見えない。
 私がそちらを見たことに気がつくと、慌てて更に木の陰に隠れてしまったが、かすかにお辞儀をしてくれる。
 私もお辞儀を返し、豆太くんの手を両手で握った。

「ありがとう、豆太くん! ご紹介制度なんて全然想定してなかったけど、もしこの先導入することがあったら、何かプレゼントを用意するね! ボールペンとか、ポケットティッシュとか……」
「別にそんなものはいらないけど……」

 困ったように笑っている豆太くんの小さなぷにぷにした手を、また深く考えもせず握ってしまっていたと、私は慌てて放した。

「あ! ごめん……それじゃ、引き受けの手続きをするから、中へどうぞ」

 豆太くんと木の陰の男性を交互に見ながら、私は笑顔で言ったが、男性は真っ青になって完全に木の陰へ隠れてしまうし、豆太くんは困った顔をしている。

「中に入るのはちょっと……」

 いったい何故だろうと、首を傾げた私に、豆太くんは顔を近づけ、そっと耳打ちした。

「河太郎は、あの二人が苦手なんだよ……」

 私は豆太くんの視線を辿って、宅配屋の中で、ちらちらとこちらを気にしているシロと、あからさまに睨みつけているクロの姿を確認する。

(なるほど……お客様を怯えさせてどうするのよ……!)

 二人の姿をなるべく自分の背中で隠すようにしながら、私は木の陰の男性に呼びかけてみた。

「大丈夫ですよ。確かにあの二人、個性が強いし、クロなんて見た目のまま、不愛想で高圧的ですけど……いくらなんでも意味もなく、お客様に襲いかかったりはしませんから」

 男性は無理とばかりに首をぶるぶると左右に振る。

「私がお守りしますから」

 やはり千切れんばかりに首を振られる。

(ダメか……)

諦めた私は、いったん室内へ戻り、荷物を受け付けるための道具を持って来ることにした。

「じゃあここで受け付けますから、ちょっと待っててくださいね」

 男性はあからさまにほっとした顔になり、豆太くんはぴょこりと私に頭を下げた。

「ありがとう! 姉ちゃん」

 その頭を撫でたくなる衝動をこらえながら、私は宅配屋の中へ帰った。