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「おはよう、不知火さん」
「…おはよう」
「今日も早いね」
「…うん」

 夏の匂いが充ちる朝9時の部室。蝉の鳴き声が教室に染み入り、開けた窓からそよ風が吹き抜ける。
 灰の山はそんな風に煽られないように、透明なケースに入れられている。彼女は丁寧に盛られた灰の山に吊り上がった瞳を無感情に向けていた。
 ピィちゃんが体を燃やし尽くしてから1週間。まるで何事も無かったかのように学校生活は進んでいき、始業式を終えて夏休みになった。あの日から数日で夏休みになったが、学校があった数日は依然として、不知火さんへ嫌がらせが続いているようだった。見つけ次第、僕も助けようとフォローしたが、ピィちゃんの件も相まって、彼女の心が疲弊していく様が見て取れた。
 外傷はいくらでも治せる彼女でも、無数に切り裂く心の傷は癒せなかった。彼女の心を癒す炎はどこにもなかった。
 そんな彼女に僕は声をかけることしか出来なかった。無力ながら声をかけると、優しく「ありがとう」と力なく笑って見せた。僕よりも何倍も辛いのに、その姿に僕まで泣きそうになった。
 本当に見てていたたまれなかった。そして自分の無力さを悔やんだ。ただそれでも、不知火さんが辛いならそばにいたい。その一心で彼女に触れ続けた。

「隣、いいかな?」
「…うん」

 不知火さんの隣に腰かける。彼女は少し腰を浮かして場所を作ってくれた。弱々しくか細い声。明らかに元気がなかった。
 あれから不知火さんは1日も休まず、ピィちゃんの燃えたあとの灰を見つめている。夏休みになる前も時間があれば部室に来て、夏休みになってからはこうして朝早い時間に誰よりも早く来て黙って見つめていた。ずっとこの調子で、朝から晩まで。
 きっといつ復活してもいいように、じっと見つめているのだろう。それは僕も同じだった。だから不知火さんがいる時は、黙って毎回付き合うことにした。
 翔はあれからいろいろと動き回っているようだ。何をしているかわからないが、部室にはほとんど顔を出せていない。十鳥先生もここに来る頻度が少し落ちた。
 ピィちゃんがいなくなってから、みんな少しずつ変わった。部室にみんなで集まることはなくなった。喪失感からなのか、罪悪感からなのか。
 人が少なくなって少し広くなった部室。聞き慣れた鳴き声が聞こえない部室。喧騒が無くなった部室。それが寂しかった。