龍神と許嫁の赤い花印二~神々のための町~

プロローグ

 天界。
 そこは多くの龍神が住まい、四人の王と呼ばれている龍神によって秩序が保たれている。
 金赤の王、白銀の王、漆黒の王。
 そして、紫紺の王である波琉。
 彼の住まう場所は水宮殿と呼ばれていた。
 これまでならば波琉の姿が見られた執務室に彼の姿はなく、代わりに波琉の補佐をしている瑞貴が仕事を裁いていた。
「瑞貴様、失礼いたします。紫紺様より手紙が届きました」
「おや、珍しい」
 波琉からの手紙など、人間界に行ってから初めてのことではないだろうか。
 いや、確か人間界に降りて少ししてから、同じ花印を持つ子供が見つからないのでしばらく滞在する旨をしたためた手紙が届いて以来か。
 瑞貴は手紙を持ってきた龍神に問う。
「紫紺様が人間界に行かれて百年ぐらいでしたか?」
「いえ、十六年になります」
「そんなものでしたか」
 どうも龍神というものは不老なために時間の感覚が鈍い。
 まだ十六年しか経っていなかったかという驚きとともに、十六年もの間頼りひとつしてこなかった波琉にあきれる。
 まあ、波琉も時間の感覚が緩やかなので近況報告を忘れていたとも考えられた。
 龍神にとって百年も十六年もたいして変わらないのである。
「なにかよい報告でもありましたかね?」
 手紙を受け取り中を確認した瑞貴は相好を崩す。
「ああ、やっと同じ花印を持ったお相手と出会えたようですね」
「それは喜ばしい」
 瑞貴の言葉を聞いた龍神も表情を緩める。
 かの王の手に花印が刻まれたことには、紫紺の王に属する龍神だけでなく、他の王に仕える龍神も興味津々なのだ。
 誰よりも龍神らしい龍神。
 粛々と天帝から与えられた役目をこなすだけで、他者への興味が極端に薄い紫紺の王。
 波琉に花印が浮かんだ話はあっという間に天界の噂となり、白銀の王などは、わざわざ水宮殿を訪れて波琉の不在をわざわざ確認しに来たほどだ。
 どんな美しい神にもなびかぬ波琉は、同じ花印を持った人間にも同様に心動かされぬのだろうなと考えながらも、瑞貴は波琉を追い立てるようにして人間界へ行かせた。
 その判断が正しかったのか当初は疑問だった。だが……。
『どうやら僕の唯一を見つけたようだよ。ありがとう、瑞貴』
 手紙の最後に書かれた一文を目にし、瑞貴の口角は自然とあがっていた。
「こんなことを書かれては、見に行ってみたくなりましたね」
 クスリと笑う瑞貴は窓から遠い空に向けて一礼する。
「天帝よ、感謝いたします」
 姿の見えぬ天帝に向け、瑞貴は心からの感謝を伝える。
 王たる波琉にようやく大事に思える存在ができた。
 それは瑞貴にとっても心から喜ばしい出来事だった。
 だからこそ、波琉に花印を与えてくれたこと天帝に感謝を伝えずにはいられなかった。



一章

 ミトを閉じ込めていた、牢獄のような星奈の一族が住む村から両親とともに出て、龍神が天より降りてくる地、龍花の町に移り住んで早三日。
 夢で恋い焦がれた波琉が、まさかの龍神の王、紫紺様と分かった時の衝撃はまだ忘れていない。
 ようやく出会えた波琉に、ミトは未だに信じられない思いだ。
 実はこれは夢だと言われても、ミトは真に受けてしまうだろう。
 それほど波琉がそばにいるという事実はミトを戸惑わせた。
 そんなミトの心情を知ってか知らずか、後ろからミトのお腹に腕を回してピッタリとくっつく波琉の姿が、余計に戸惑わせている原因である。
「ねえ、波琉」
「なに?」
「近くない?」
「なにが?」
 ふたりの距離がだと言わずとも分かるだろうに、波琉は本当に分からないのかきょとんと小首をかしげる。
「いや、まあ、いいんだけど……」
 本当はあまりよくない。
 ミトは波琉に恋しているわけで、それは波琉も同じ想いだと気持ちを確かめ合えて嬉しくて仕方ないのだが、波琉の体温を感じるほどの距離はミトの心臓をうるさくさせる。
 波琉ならばきっとミトが本気で嫌がったなら無理強いすることはないと思う。
 けれど、波琉から逃げたりしないのは、ミト自身が離れがたく感じているからだ。
 ずっと夢の中の妄想と思っていた波琉が、現実に存在していた。
 ミトにとってはなにより嬉しくて、もっとずっとそばにいたいとミトの心が叫んでいた。
 なので、あまりにも近い波琉に心臓が口から出そうなほど緊張していても、大人しくされるがままになっているのだ。
 ミトを後ろから抱きしめながら、波琉は片手でパソコンにDVDを入れて起動させる。
 始まったのは読唇術の講座だった。
「読唇術?」
「そうだよ。夢の中でミトが話している言葉を聞き取るためにね」
 波琉が夢の中で読唇術を使えていたのはこうして勉強していたからかと、納得したミトはふと思う。
「もう必要なくない?」
 なにせミトはここにいて、読唇術などなくとも言葉を交わせるのだから。
 すると、波琉は今気付いたとばかりな表情をする。
「あー、ほんとだね。つい癖でいつも通りにしちゃってたよ」
 のんびりとした話し方をする波琉は時々抜けている。
 そんな些細なことを知れるのもミトは嬉しかった。
 今までではありえなかったこと。
 波琉はDVDを取り出して入れ物に移すと乱雑にポイッと隅に投げる。
「教材は後で蒼真に片付けさせよう」
 神の世話を主な役目としている神薙で、波琉の専属をしている日下部蒼真は、ちょっとヤンキーで言葉遣いが悪い。
 そんな彼は波琉の前では丁寧な話し方をしていて、ミトはかなり違和感を覚えてしまった。
 なにせ蒼真との最初の邂逅では、とてもではないが堅気の人間には見えなかったのだから。
 しかし、口が悪いだけで結構面倒見がいいというのは、龍花の町に来るまでや、波琉の屋敷に住むことが決まってからの細やかな気遣いから見て取れた。
 波琉も頼りにしているようで、なにかと蒼真に言いつけているのを目にしている。
 蒼真ときたら頼み事をされると面倒くさそうにするものの、波琉になにを言われても逆らわないのだ。
 波琉の頼み事が些細なことだからではあるが、神薙とは龍神の無理難題を聞くためにいるようなものだから当然だと断言する。
 どんな難題にも応えられるように、神薙の試験はそれはもう難しいのだとか。
 しかし、それだけの試験を突破した神薙とて人間。波琉は滅多なことでは我儘を言わないので蒼真もやりやすいようだが、他の龍神に仕える神薙には胃薬が欠かせないそうな。
 龍神の勘気に触れると命を落としてもおかしくなく、神薙という役職は命懸けだと蒼真が真剣な顔をして言うので、ミトは頬を引きつらせた。
 そう聞くと、龍神は龍花の町の絶対的な存在なのだと感じさせられる。
 DVDを見ることをやめ、猫のようにミトに頬を擦りつける波琉からは想像ができないが、確かに波琉は人ならざる神なのだ。
「ねえ、ミト。やっぱり寝る部屋は一緒にしない? その方がずっとそばにいられるし」
「無理無理無理」
 波琉の屋敷で暮らすに当たり、ミトには波琉の隣室に私室を与えられたが、当然寝るのも別々だ。今のところは。
 ミトが激しく拒否すると、波琉は不満そうに眉をひそめる。
「どうして?」
「だって波琉が隣で寝てると思っただけで寝られなくなっちゃうもん!」
 日中でさえ波琉の近さに心臓の鼓動が激しいのに、寝る時までそばにいたら心臓が休まらない。
「ミトは僕の伴侶になるんでしょう? 夫婦は同じ部屋で暮らすものじゃないの?」
「世の夫婦皆が皆そうじゃないから」
「そうなの? 僕はその辺りのこと疎いから分からないんだけど」
「えっと、たぶん?」
 聞き返されてミトも曖昧な返しになってしまう。
 ミトの両親である昌宏と志乃が同じ寝室を使っているのは分かっているが、よその家庭の生活状況までは知らない。
 けれど、テレビでは家庭内別居なるものもあるのだと言っていたので間違いではないはず。
「ミトも知らないんじゃない」
「そうだけど、急には無理だよ。ドキドキしすぎて眠れなくなっちゃうから」
 頬をほんのりと赤く染めながら恥じらうミトに、波琉は目を見張る。
「……うん。やっぱり寝る時は別々にしよう」
「ん?」
 どうして急に意見を変えたのかと不思議がるミトの頬を、スリスリと親指で撫でる。
「ミトがかわいすぎて襲っちゃいそうだからね」
 ほわほわとした人畜無害そうな笑顔で、言ってることは身の危険を感じるものだった。
「ミトも困るでしょう?」
 困るなんてものではない。
 心臓がいくつあっても足りなくなってしまう。
 言葉をなくしてるミトを、波琉はかわいいと愛でるように、よしよしと頭を撫でる。
「夢も見なくなったし、ミトと一緒にいたかったけど仕方ないか」
 その言葉にミトははっとする。
 龍花の町に来てからというもの、それまで見ていた波琉の夢をいっさい見なくなってしまったのだ。
「どうして夢を見なくなったの? これまで欠かさず見てたのに」
 別に夢で会えなくとも目を覚ませば波琉にいつでも会えるのだから必要ないと言えばそうなのだが、やはりちょっと残念であるし疑問が残る。
「うーん、推測でしかないんだけど、たぶん天帝のいたずらかな?」
「天帝?」
 前にも幾度か聞いた、よく分からない単語まで飛び出したので、波琉の回答だけでミトが理解するのは難しかった。
「そうだね、どこから話そうか……。まず龍神っていうのは天界という場所で暮らしててね、龍神には龍神をまとめる四人の王がいるんだよ」
「波琉はその王様のひとりなんでしょう?」
 四人の王のことは多少蒼真から教えられたのでミトにも知識があった。
 といっても、ほとんど知らないのと一緒のわずかなものだ。
「そうだよ。紫紺の王である僕の他に、白銀と漆黒と金赤がいるんだけど、金赤は僕と同じで花印を持った者を伴侶に迎えてたんだ」
「星奈の一族を追放した龍神様」
「うん」
 ミトからすると、金赤の王は星奈の一族を追放した神というイメージが強かった。
 それゆえか、少し怖い印象を抱いている。
 しかし、それを否定するかのように、波琉は金赤の王のことを話す。
「伴侶にベタ甘で、見てるこっちが恥ずかしくなるぐらい伴侶のことを溺愛しててね。まあ、僕も今ならその気持ちも分かっちゃうから次に会うのがちょっと気まずいなぁ。ほら見ろとかからかわれちゃいそう」
「波琉の話を聞いてるとあまり怖そうに感じないね」
「龍神の中では僕と一緒で比較的温厚な部類だよ。だから、昔の星奈の一族はなにをして、そんなに金赤を怒らせたのかびっくりするぐらい」
 なぜ星奈の一族が追放されたのかはミトも知りたい問題だ。
 しかし、龍花の町では禁句扱いになっている上、百年も前のこととなると、知っている者が見当たらないのだからしょうがない。
「話が逸れちゃったね。天界はそんな感じで四人の王によってまとめられてるんだけど、王の上には天帝という神様の頂点に立つ存在がいるんだ。龍神を生み出した親であり、眷属として僕たちを治める存在がね」
「もっと偉い神様がいるんだ」
「天帝自ら作り出した眷属である龍神たちは天帝を崇め、手足となって働いているんだ。けれど生み出した龍神には欠陥があってね、感情といった心が弱かったんだ」
「弱い?」
 ミトは理解できずに疑問符を浮かべる。
「そうだな……。たとえば誰かを愛おしいと感じたり、友と笑い合ったり、嬉しかったり悲しかったり、そういう人間には当たり前の感情がほとんどなかったんだ」
 波琉は一拍おいてから苦笑する。
「少し前の僕がそうだった。心がないわけじゃない。けれど、感情が揺さぶられるような激しい気持ちを抱くことができなかった」
「できなかったって、過去形なの?」
「そうだね。過去形だ」
 波琉はとても愛おしげにミトに微笑み、ミトの頬を撫でた。
「ミトが僕のすべてを変えてくれたんだよ。ミトのことを考えるだけで嬉しくなって、かと思えば心配で落ち着かなくなる。星奈の一族相手に怒りのあまり抑制がきかなくなったり。ミトが僕の見える世界を変えてくれたんだよ」
「わ、私はなにもしてない」
「そうかもしれないけど、そうじゃない。ミトの存在が僕に大きな影響を与えてくれるんだ。そして、それこそが天帝の望んだものだったんだろうね」
 ここまで言われてもミトにはまだピンとこない。
「無感情な龍神に心を与えてくれる存在。それが花印を持った人間の伴侶なんだよ。天帝の思惑通り僕はミトを得て激しい感情というものを手にしたけど、きっと普通に出会っていたら僕はミトに興味を抱かないかもしれないと心配したのかもね」
 波琉はおかしそうにクスクスと笑う。
「僕とミトの夢をつなぐことで対処した。そしてミトと出会ってもう夢を介して会う必要はないと思ったんだろう。すべては天帝の気まぐれ。いたずらみたいなものだよ」
「天帝は私に波琉を任せてくれたってことなのかな?」
「かもしれないね」
 そうだったらいいなと、ミトは思う。
 波琉の伴侶として自分は波琉の親とも言える天帝に認められたのだと、胸を張れる気がした。
「天界には人間の伴侶がたくさんいるの?」
「いいや。始まりこそ龍神に感情を与えるためだったけど、天界に連れられてきた伴侶たちの影響か、今はもう僕のように感情の揺れが少ない者はごく少数だ。今の天界にいる龍神たちはなんとも個性的な面子ばかりだよ。特に僕の補佐をしている瑞貴って子がいるんだけどね、同じ龍神の奥さんを愛する愛妻家を自称しているよ」
「龍神同士で結婚するんだ」
「そもそも龍神には人間のように結婚という概念はないんだけど、生涯の伴侶として龍神を選ぶ者は多いよ。逆に人間を選ぶ方が少数だ。なにせ、いつ花印が浮かぶかも分からない上、人間とはやはり価値観が違うからね。花印が浮かんでも人間界に降りずに放置している龍神は少なくないよ」
 花印を持っているからといって必ず龍神の伴侶に選ばれるわけではない。
「なら、波琉はどうして人間界に来たの?」
「うーん、瑞貴にほぼ強制的に天界を追い出された感じだったけど、ちょっと期待してたのかもしれない。金赤のように僕だけの愛する人が欲しいって。おかげで僕はミトを手に入れられた」
 波琉はニコリとミトに微笑んだ。
「腰の重い僕を追い立ててくれた瑞貴には感謝しないといけないね」
「私も瑞貴さんに会ってみたいな」
「いずれ会うことになるよ。ミトが人間の寿命を終えて天界に一緒に行く時になればね」
 波琉は簡単に言ってくれるが、まだ十六歳のミトの寿命が終わるのは、人間にしたら気が遠くなるほど先のこと。
 そこを波琉はあまり理解していないようだ。
 確かに人間と龍神とは大きな価値観の違いがあるらしい。

 その後も波琉とのんびりと他愛のない話をしていると、部屋の扉の外から母である志乃の声が聞こえてきた。
「ミト~。入っていいかしら?」
「うん、どうぞ」
 すっと襖を開けて入ってきた志乃は、仲よさそうにくっついているミトと波琉を見て微笑ましげに相好を崩す。
 しかし、その後ろから顔を見せた父親の昌宏はじとっとした眼差しをしていた。
「少しくっつきすぎじゃないか?」
「恋人同士なんだからあんなものでしょ」
「いや、しかしだな……」
 なおも不満そうな昌宏の横腹に肘鉄を叩き込み、志乃は本題に入る。
「ミト、これから私たちスーパーに行ってこようと思ってるんだけど、ミトも行く?」
「スーパー……」
 ぱあっと表情を明るくしたミトは目を輝かせながら即答した。
「行く!」
「ふふふ。そう言うと思ったわ」
 期待通りの答えに笑みを浮かべる志乃は、隣にいる波琉にも視線を向ける。
「波琉君も一緒に行く?」
「ミトが行くなら行こうかな」
 少し考えた末に出した波琉の答えに対し、ミトには聞こえないほどの大きさで「来なくてもいいのに」とふて腐れたようにつぶやいた昌宏に、志乃が再び肘鉄を食らわせる。
「ぐっ……」
 痛みに悶える昌宏を無視して、「私たちは玄関で待ってるから、準備していらっしゃいね」と告げて志乃は昌宏を連れて部屋を出ていった。
 ミトは胸のドキドキが止まらない。
「わーわー、波琉どうしよう。スーパーだって。私初めて行く。なに着ていけばいいんだろ」
 ずっと小さな村の中から一歩たりとも出たことのないミトだ。
 当然村にはなかったスーパーなんて場所に足を踏み入れたことはない。
 テレビで流れていただけの情報しかなく、テレビの中はミトにはいつも輝いて見えていた。
 そんな場所に行けるとあって、ミトは高揚感を抑えきれない。
 すかさずミトは自室に行くと、部屋にある衣装箪笥を開いた。
 そこにはこれまでミトが使っていたものだけでなく、波琉が用意させた、村で暮らしていたミトには少々お洒落すぎる洋服も混じっている。
 こんなお洒落な服をいつ着るのかと思っていたが、今こそがその時だとミトは中でも一番かわいらしいワンピースを手に取った。
 気分はどこぞの高級ラストランでフルコースでも食べに行くような気分だ。
 素早く着替えて波琉に見せに行く。
「どう? おかしなところない?」
「ミトはなにを着てもかわいいよ」
 にっこりと微笑む波琉の言葉は参考になるようでなっていない。
「波琉はその格好で行くの?」
 波琉はいつも屋敷内でいる時と変わらぬ和服姿で、外出とあってか、そこに一枚薄い羽織を羽織っている。
 もちろん波琉にはとっても似合っている。むしろ和服だからこそ波琉の神々しさが増しているように思えるが、その服装でスーパーに行っては目立つのではないだろうか。
 そう思っていると、部屋に蒼真がやって来た。
「紫紺様、お出かけとお聞きしましたが本当でしょうか?」
「そうだよ」
「まじで言ってます?」
「うん。なにか問題?」
 蒼真はなんとも言えない複雑な表情でため息をついた。
「この十六年、我々がなにを言おうと興味を示さずに屋敷内に引き籠もっていた方が、突然スーパーに行くと聞かされれば誰もが俺と同じ反応をしますよ」
「だって、ミトが行くって言うからさ」
 すると、蒼真の視線がミトに向かう。
「お前どこに行く気だ」
「どこってスーパーです」
「その格好でか?」
「変ですか?」
 蒼真は静かにうなづいた。
「えー」
「ちょっとスーパーに買い物に行くだけだろう。高級料亭に行くわけじゃないんだから普通の服にしとけ」
「だって、初めてのスーパーなんですよ! ちゃんとおめかしして行かないと」
「スーパーはおめかしして行くとこじゃねえよ。にしても、初めてってまじか。まあ、あの村にいたならそうだよなぁ」
 蒼真は舌打ちして波琉に視線を向ける。
「あいつら少ししめといた方がよかったですかね?」
「気持ちは分かるけど、やりすぎると尚之がうるさいからねぇ」
「紫紺様ならじじいに気づかれずにできるでしょう?」
「まあ、それはまたの機会にね」
 くっくっくっと、あくどい笑みを浮かべる蒼真と、ほわほわとした笑みを浮かべる波琉の対比が激しい。
 浮かべている笑みから受ける印象は真逆なのに、どちらも背筋が寒くなるのはなぜだろうか。
 これ以上この話を続けさせるのはまずいと、ミトの勘が告げている。
「は、波琉、そんなことより早くスーパー行こうよ」
「うん、そうだね」
 にっこりと笑みを向けてくるその顔からは、先ほどまでのえもしれぬ怖ろしさは感じなかった。
「ということで、僕もスーパーに行くから。いいよね?」
「お心のままに」
 蒼真はその場で座礼すると、玄関に向かうミトと波琉の後ろからつき従った。
「蒼真さんも一緒に行くんですか?」
「龍神様が出かけるのに、神薙が屋敷でのんびりしていられるわけないだろ」
「そういうものですか」
「お前にもそのうち分かる」
 蒼真は波琉には礼儀正しいが、ミトには気安い態度でいる。
 本当ならば、波琉が伴侶として認めた時点で、ミトもまた神薙である蒼真が仕える存在となった。
 言葉遣いにも気をつけるべきなのだが、言葉遣いの荒い蒼真を最初に知ってしまっているからか、蒼真から『ミト様』と呼ばれた時、全身を鳥肌が襲ったのである。
 丁寧な言葉をかけられるも、あまりにも蒼真に似合わなさすぎて、普段通りにしてくれとミトが懇願したのだ。
 波琉も言葉の使い方ぐらいでぎゃあぎゃあ騒ぐ性格ではなかったため、蒼真はミトとミト家族には普段通りの態度でいるようになった。
 ちなみに蒼真の祖父である尚之は、波琉同様、丁寧にミト家族へ接してくれている。
 臨機応変な蒼真とは違い、紫紺様の伴侶に無礼な態度ではいられないと、頑なに首を縦には振らなかった。
 それ以上は逆に我儘になってしまうと、尚之も蒼真にも好きなようにしてくれと落ち着いた。

 玄関へ行くと、黒スーツにサングラスという裏社会で生きていそうな強面な男性三人に、志乃と昌宏がぺこぺこと頭を下げていた。
 それを見たミトは両親になにがあったのかと顔色を悪くする。
「お父さん! お母さん!」
「あら、ミト。やっと来たのね」
 ミトの心配をよそに、志乃はけろりとした表情で、いつもと同じ笑みを浮かべている。
 これに面食らったのはミトである。
「えっと……、その人たちは?」
 見るからに怪しげな男性たちにチラチラと視線を向けるミトに、志乃は朗らかに笑う。
「この方たちがね、スーパーまで車で送ってくれるんですって。その上荷物持ちまでしてくれるっておっしゃるからお礼を言っていたのよ」
「あ、そう……なんだ……」
 ミトは自分の早とちりを知った。
 てっきり強面の男性たちにカツアゲにでもあっているのかと思ったが、よくよく考えればここは紫紺の王が住む屋敷。
 そんな神のおわす場所で、神の伴侶の身内に危害を加えるはずがないのだ。
「こいつらは護衛兼荷物持ちだ。紫紺様が出かけるのに誰もつけないわけにはいかないだろ。それにお前たち家族も龍花の町になれてないしな」
 そう言った蒼真は、強面の男性のひとりに問いかける。
「頼んでたものはできたか?」
「はい。こちらです」
 蒼真は男性からカードのようなものを受け取った。
 そして、それをそのままミトと昌宏と志乃に配る。
 不思議に思いながら確認すると、それのカードには身分証と書かれていた。
 それぞれに、いつの間に撮ったのか、顔写真が載っている。
「それは龍花の町で暮らすに当たって絶対必要になってくる身分証だ。なくすなよ」
「はーい」
 ミトは身分証から目を離さないまま素直に返事をしたが、両親のカードとの違いに気づく。
「蒼真さん。私のと、お父さんお母さんのとでカードの色が違うんですけど、意味があるんですか?」
 ミトのカードは金色で、両親のカードは黒色だった。
「ああ。金色は花印を持ってる奴、黒色はその身内。ちなみに神薙は青色だ。色でどういう立場の人間か見分けられるようになってる」
 分かりやすく違いを説明するために、蒼真は自分の身分証も見せてくれた。
「波琉は?」
「龍神様に身分証なんかいるわけないだろ。その存在自体が身分証みたいなもんだ」
「それもそっか」
 銀色の髪と紫紺の瞳と、見とれるほどの美しい容姿は、どこからどう見ても人間には見えない。
 そして蒼真は、ミトの顔写真の横にある赤い花のマークを指さす。
「その花のマークが龍神の伴侶と認められた者につけられるものだ。まだ龍神が迎えに来ていなかったり、拒否された花印の奴にはそのマークはつかない」
「へぇ」
「この町は特殊だ。龍神のために作られた龍神をもてなすための町。だからこそ、龍神の伴侶に選ばれたどうかは、この町でのお前の扱いに大きな影響を及ぼすことになる」
 蒼真があまりにも真剣な顔で説明するものだから、ミトの顔も強張る。
「なにか悪いことがあるんですか?」
「よくも悪くも、この町は龍神を中心に回ってるってことだ。暮らしていたら自然と身に染みてくる。まあ、紫紺様に選ばれて、これまでの境遇より悪い状況にはならんだろうから、そこは安心しといて大丈夫だろう」
 蒼真は安心させるようにポンポンとミトの頭を軽く叩く。
 村での扱い以上悪くならないなら問題はない。
「じゃあ、車に乗って行くぞ」
 八人乗りのミニバンの助手席には蒼真が乗り、運転席には強面の男性のうちの一人が座る。
 ミトたちは後部座席に乗り込む。
 ミトたちが乗った車の後ろからは別の車で、強面の残りの男性が乗ってついてきている。
 向かうのは龍花の町の中心部。そこよりやや西寄りの商業施設が集まる地区だ。
 そこはスーパーだけでなく、飲食店や生活用品など、買い物をする店が多くある。
 主に西側に、人々が住む居住区があるため、そういう立地になっているようだ。
 龍花の町の人口はおよそ二万人弱。
 それが多いのか少ないのか分からないが、小さな村しか知らないミトは大都会に来たかのような気持ちだ。
「おお~、人があんなにたくさん歩いてる!」
「これで騒いでたら疲れるぞ。午後になるともっと人が増えるんだから」
 大興奮のミトをバックミラーで確認しながら窘める蒼真の言葉に、ミトは驚く。
「もっと!?」
「午後になれば学校を終えたガキどもが、寄り道したり遊ぶために集まってくるからな」
「ふわぁ、すごい……」
 ミトは別の世界に来たかのように驚きと同時に感心する。
「スーパーまでもう少しだから大人しくしてろ」
「はーい」
 座席に深く座り直し隣を見ると、波琉が微笑ましげに見ていたので、ミトは少し恥ずかしくなった。
 話を変えるように志乃に声をかける。
「お母さん、もう家の方は大丈夫なの?」
「ええ、もうすっかり綺麗になって、電気、ガス、水道も通してもらったわ。そして念願のネットもつながったわよ」
 それはミトにとってなんとも嬉しい報告だ。
 これまで村長によりミトはネットといったものを使えなかった。
 情報はテレビや雑誌から。
 ネットを自由に使えると思うだけで心が浮き足立つ。しかし……。
「まだ三日しか経ってないのに、もう生活できるようになったんだね」
「ほんとすごいわよねぇ。お母さんもびっくりよ。いろんな方々が尽力してくださったおかげね」
 両親が暮らしているのは屋敷の建物ではなく、波琉が村から家そのものである。
 家ごと持ってくるとはさすがの蒼真も思わなかったのか、庭にドーンと現れた一軒家に頬を引きつらせていたものだ。
 しかし、それからの行動は早かった。
 庭に持ってきた実家に電気、水道などをつなげるために業者を手配し、たったの三日という短期間で人が住めるに不便のないように整えてしまったのだ。
 蒼真がすごいのか、龍花の町の職人がすごいのかはミトには判断がつかないが、両親がすぐそばで不自由なく暮らせるならこれ以上の喜びはない。
 さらに波琉は、村長の家で飼っていた、黒猫の黒と白い犬のシロまで連れてきてしまっていた。
 本人たちの強い希望で一緒についてきたらしい。
 動物の言葉が分かるミトは、二匹に話を聞いたが、元飼い主である村長たちへの未練など一切なく、クロは屋敷の縁側で昼寝をし、シロは迷子になりそうな広い庭を我が物顔で走り回っている。
 未練どころか開放感すら感じされられる。
 おそらく二匹の頭の中では、元飼い主たちへのことなど隅に追いやられているに違いない。
 ミトとしては、二匹がそれで幸せだというなら問題ないので、村長たちの所へ帰れと言うつもりもなかった。
 知らぬ土地で仲のよい友人たちがいるのは、むしろ大歓迎だ。
 そうこうしていると、車はスーパーの駐車場に停まった。
 両親に続いてミトと波琉が降りると、他の買い物客の視線が波琉に集まるのが分かる。
 ヒソヒソとなにかを話しているようだが、ミトの所まで声は届かない。
 村で嫌な視線にさらされ続けたからだろうか。
 向けられる視線は、これまでミトが向けられていたような嫌悪感を含んだものではないとすぐに気づく。
 どちらかというと畏怖といった方が正しいかもしれない。
 スーパーの入り口には、それなりの人数の買い物客が集まっていたが、波琉に先を譲るように道ができるのを、ミトと両親は困惑した表情で見ていた。
 しかし、蒼真や強面の男性たちは当然といった顔で、堂々と客たちのど真ん中を歩いて行く。
 男性たちはきょろきょろ周囲を見渡したかと思うと、蒼真に向かってうなづき、それに蒼真も答える。
「紫紺様、問題なさそうです」
「じゃあ、買い物しようか。……けど、どうするの? これはなに?」
 店内の手前にあるカートとカゴを見て首をかしげる波琉に、ミトがカートを手にする。
「このカートにこっちのカゴを乗せて押していくのよ。それで、カゴに欲しい物を入れていくの」
 得意げに説明するミトに、志乃が慌てて別のカートを持ってくる。
「ミト、そっちは小さな子供が乗れるようになっているお子さん連れの方用のものだから、私たちが使うのはこっちのカートよ」
「えっ、そうなの?」
 すると、隣で笑いを押し殺したような声が聞こえ、見ると波琉が必死って笑うのを我慢していた。
 蒼真も顔を逸らして肩を震わせている。
「スーパー初めてなのに知ったかぶって無理するから」
「だ、だって……」
 蒼真の指摘にミトは恥ずかしさが込みあげてきて、顔を真っ赤にした。
「波琉も蒼真さんも笑いすぎ!」
「ごめんね、ミトがあんまりにもかわいいから」
 波琉はそう言って優しく抱きしめてくるものだから、別の意味でミトは顔を赤くする。
「はいはい。イチャつくのは後にしてさっさと買い物をしましょう。ここでじっとしていたら他の客の邪魔になりますから」
 パンパンと手を鳴らす蒼真にうながされて、まだ一歩も店内に入っていないことを思い出す。
「ほら、ミト。行くわよ」
「あっ、待ってお母さん! 私がカート押したい」
 志乃から奪い取るようにカートを手に持ち、その後を波琉がニコニコとした表情でついてくる。
「うわぁ、食べ物がいっぱいある」
 スーパーなのだから当然のことでも、ミトはそんな当たり前の光景すら見たことがなかった。
 しかし、驚いているのは以外にも、ミトの両親もであった。
「あらあら、こんなにたくさん品揃えがあるなんて、やっぱり田舎の小さなスーパーとはわけが違うわね」
「確かにな。見たことない食材や商品がたくさんあるぞ」
 と、ミトに負けず劣らず目を輝かせている両親は、目についたものを次から次へと入れていく。
「これは志乃の手料理が楽しみだな」
「任せてちょうだい」
 両親の会話を、ミトは羨ましそうに見ていた。
 屋敷での食事は、来てからずっと屋敷で準備してくれていたが、これからもご厄介になるわけにはいかないと、家がちゃんと手入れされたのを機に、両親たちは自分たちで用意することに進言した。
 その中には当然自分も含まれていると思っていたミトだったが、ミトは屋敷の者が用意した食事を、屋敷で食べなければならないという。
 自分ひとりだけ仲間はずれにされたのだ。
 そこには、あまりミトを離れたところにやりたくないという波琉の願いが反映された結果だった。
 離れるもなにも、両親の住む家は窓を開ければ見える場所にあるというのに。
 龍花の町という特殊な場所だからだろうか。屋敷の決定権はすべて波琉にあり、ミトでも覆せなかった。
 それならば波琉も一緒に食事を取ればいいのだが、波琉はあまり食に興味がないらしい。
 龍神は人間のように食べなくても問題はなく、あくまで嗜好品という扱い。
 龍神にもいろいろな者がおり、食に大変興味がある者もいれば、波琉のように興味のない者もいるという。
 だったらなおさら家族と一緒に食事を取りたい。
 神薙はあくまで使用人のような扱いなので、主人と一緒に食事をすることはないらしく、屋敷で食事をすることになれば、ミトひとりで食事をすることになる。
 そんな寂しい食事の時間を過ごしたくはなかった。
 ミトは波琉の袖をちょんちょんと引っ張る。
「ミト、どうしたの?」
「やっぱり食事はお父さんとお母さんと一緒がいい」
 これまでもずっとそうしてきたのだから……。
 途端に困ったように眉を下げる波琉に、なんだか悪いことをしている気持ちになったが、ここで負けると後で後悔するとミトも負けじと見つめる。
「うーん……」
「波琉も一緒に来ればいいじゃない。だって目と鼻の先に家があるんだし」
「僕は食事を取らないから」
「取ったらいいじゃない。美味しいよ?」
 答えに迷っている波琉の様子からは、食事をする気がないということが伝わってくる。
 そこへ一石を投じたのは志乃だった。
「波琉君はあんまり食事が好きじゃないのね」
「好きじゃないというか、興味がないかな。龍神である僕がわざわざ食事をする必要性も感じないし」
「でも、ミトの作った食事なら食べてみたくはない? うちの人も、私が作る愛妻弁当はどこの料理にも負けないぐらい美味しいって言ってくれるのよ」
「愛妻弁当?」
 波琉には聞き慣れなかったその言葉。
「愛する妻が愛する旦那様のために作る愛情たっぷりの料理よ」
「愛する旦那様に……」
 なにやら志乃が口にしたワードが波琉のなにかを大きく動かしたようだ。
 波琉はミトの顔を見てにっこりと微笑んだ。
「ミト、僕に作ってくれる?」
「いいけど、屋敷だと屋敷の人が調理してくれるから、お母さんたちの家で一緒に食べる時でないと」
「じゃあ、分かった。屋敷じゃなくて家でご飯食べていいよ。けど、僕も連れていってね」
「も、もちろん!」
 いかにして波琉を説得しようかと悩んでいた問題があっさりと解決してしまった。
 ぴょんと飛びつくように波琉の腕に抱きつけば、その後ろで志乃がぐっと親指を立てていた。
 ミト以上に波琉の扱いを心得ているかもしれない。
 そして、今日の夕食にと、たくさんの商品をカゴに入れていき、満杯になったところでお菓子コーナーがミトの目に入った。
 引き寄せられるように近付けば、見たこともないたくさんの種類のお菓子が並んでいる。
「はう!」
 ここは天国か?と錯覚するほど、ミトの心臓は打ち抜かれた。
 スーパーに来たことのないミトは、当然だが知っているお菓子の種類もたかがしれている。
 たまに志乃が買ってくるポテトチップスや、チョコレートなどいうお菓子をもらうだけで、自分で選んだことはない。
 テレビのCMで見て食べたいと志乃に要望を出したこともあるが、村近くのスーパーでは新商品が置いてあるほど品揃えが豊富ではなかった。
 けれど、ここはより取り見取り。
 ポテトチップスひとつにしても、カゴに入りきらない種類と味があることを初めて知った。
 ひとつ、またひとつと小さな子供のように目をキラキラさせて商品を手にしていくと、あっという間に両手で抱え込んでもこぼれ落ちそうなほどの量を手にしていた。
「お母さん、これも買って!」
「あらあら。たくさん持ってきたわねぇ」
 志乃は困ったような顔をしつつも、大量の商品を戻してこいとは言わなかった。
 ミトの初めての買い物である。
 それぐらいは許してあげようという優しさなのだろう。
 バサバサとカゴに入れたら、山盛りになってしまったが、ミトは大満足だった。
 後は会計をして帰るだけだとレジに並んでいたところで大問題が発覚する。
「お母さん、お金足りる?」
「全然考えてなかったわ」
 志乃は財布の中身を確認してから昌宏に視線を向ける。
「あなた、余計めに持ってきてる?」
「えっ、俺もそんなに持ってきてないぞ。志乃が用意してきてると思ってたし」
「こんなに買う予定じゃなかったんですもの」
 志乃は困ったように眉を下げる。
「お金が足りなかったら、ミトのお菓子を返さないと駄目ね」
「えぇっ!」
 ガーンと、ひどくショックを受けた顔をするミト。
 しかし、お金がないものは仕方がない。
 両親は村で共働きだったとは言え、村での細々とした仕事では、大きな稼ぎは得られなかった。
 さらには同じ仕事量をしていても、自分たちだけ給料を減らされていたりといった嫌がらせも受けていたのである。
 そんな理由も重なって、ミト一家は贅沢できるほどの蓄えがない。
「蒼真さん、私も十六歳だし、この町でならバイトできるでしょうか?」
 これまではバイトなんて考えることすら許されなかった環境だが、一族から解放された今なら両親のために自分も働き手のひとりとなれるのではないかと期待する。
 金がないなら稼げばいい。かなり切実な問題だった。
 そんなことを思ったが、蒼真からは「アホか!」という鋭いツッコミが返ってきた。
「紫紺様の伴侶を雇ってくれるとこがあるわけねぇだろ」
「どうしてですか?」
「扱いを間違えたら神の怒りを買うかもしれない爆弾を誰が好んで持ちたがる?」
 爆弾とは言い得て妙だ。
 波琉を見ていれば分かるが、ミトをとても大事にしている。
 そんなミトに労働のためとはいえ注意しようものなら、逆に波琉が威圧しにやって来かねない。
 働き先としてはとんでもなく扱いづらい従業員となるだろう。
 龍神のために存在するこの町で龍神に睨まれたら生活などできなくなってしまう。
 ある意味ミトは危険物と同じ慎重な扱いが必要になってくる。
「えー、じゃあどうやってお金稼げばいいんですか?」
「お前は稼ぐ必要はない。ちょっと来い」
 ミトを引っ張ってレジの前に立たせる。
 すでに商品はレジに通されており、合計金額がうなぎ登りであがっていく。
 両親の顔色が優れないのを見るに、お金が足りないのだろう。
 お菓子は諦めねばならないかとがっくりとするミトに、蒼真がうながす。
「さっき渡した身分証は持ってるか?」
「はい」
 ポケットに入れていた金色のカードを取り出す。
「それを店員に渡せ」
 合計金額が出たレジは、とても三人家族とは思えない値段を出している。
 そんな中で身分証がなんの役に立つのかと疑問に思いながらレジをしていた店員にミトの身分証を渡すと、そのカードをレジに通した。
 すると、モニターに出ていた金額が0になったのである。
「へっ?」
 素っ頓狂な声をあげるミトには状況が理解できていない。
「ほら、後がつっかえてるから荷物を台に移動させろ」
 護衛としてついてきた強面の男性たちが、三つ分にもなるカゴを台に移動させてエコバッグに荷物を詰めていく。
 それを手伝うことも忘れて、ミトと両親は蒼真に説明を求めた。
「蒼真さん、どういうこと?」
「これが花印を持った奴に与えられる特権のひとつだ」
 ミトは首をかしげる。
「花印がある奴が持つ金色のカードを出せば、スーパーはもちろん、ほとんどの店を無料で利用できる」
 ぎょっとするのはミトだけではなく両親もである。
「それってつまり、どれだけ買ってもお金はいらないってこと?」
「そうだ。けど、これは花印を持ってる奴だけだぞ。身内が持つ黒い身分証は半額だから半分は支払わないと駄目だ」
「いや、それでも半額なの!?」
 驚くべき待遇だ。
「何度も言うが、それだけ龍花の町は龍神方を重要視してるってことだ。花印を持ってる奴と関係者は、その恩恵のおこぼれに預かってるだけだ」
「おこぼれってレベルじゃないと思うんだけど……」
 途端に自分の持っている金色のカードが恐ろしくなった。
 例えるなら、まるで大金を現金で持っているかのような怖さである。
「だから絶対になくすなよ」
 ミトと両親は勢いよく首を縦に振る。
 そうこうしている間に、強面の男性たちにより荷物が詰め終わっていた。
 スーツにサングラスの男たちが、両手に食材の入ったエコバッグを持っている姿はなんとも違和感がある。
 ミトも持とうとしたが頑なに拒否され、そのまま屋敷へと戻ってきた。
 さすがに家の冷蔵庫に詰めるのはミトと志乃が行ったが、この一日の買い物で冷蔵庫と冷凍庫の中はぎゅうぎゅう詰めになってしまった。
「これはしばらく買い物に行かなくてもよさそうね」
「えー、明日も行きたい」
 不満顔のミトは、スーパーでの買い物がかなり楽しかったのだろう。
 しかし、冷蔵庫はすでに悲鳴をあげているのでしばらくはお預けだ。
 その夜、久しぶりに我が家で食事を取った。
 ミトの隣には波琉の姿があり、食への興味がないと言っていたのが嘘のように、興味津々におかずを箸で突いていた。
「ミト、これなに? 腐ってるの?」
「納豆だよ。発酵食品だから体にいいのよ」
 意を決したように食べた波琉にミトは楽しそうに問う。
「美味しい?」
「うーん、微妙……」
 波琉は天界でも食事をすることなどほとんどなく、人間界の食事情も知らないようで、ミトにとっては当たり前の食べ物にも初めての初めての反応を見せていたので、ミトはそれが楽しくて仕方がない。
「波琉、梅干し食べる?」
「美味しいの?」
「うん、すごく美味しいよ」
 梅干しを丸々一個口に放り込んだ波琉は、直後顔を手で覆って体を震わせた。
 その様子がおかしく、ミトは大笑い。
「あはははっ」
 その日の食卓はなんとも賑やかで幸せな空気に満ちていた。


二章

 波琉と食事をするようになってから、笑顔が絶えない。
 最初、いたずら目的で梅干しを食べさせたのだが、これがなにやら波琉の好みに合ったようで、毎食必ず梅干しが食卓にあがるようになったのはなんとも微笑ましい。
 あれだけ食に興味はないと言っていたのに、ミトの作った目玉焼きに、醤油かソースか、はたまた塩かケチャップをかけるかで悩んでいる姿を見ていると、興味がないようにはまったく思えなかった。
 出される料理すべてを物珍しそうに見る波琉に、いろんなものを食べさせてみたくなったミトは、志乃と相談しながら料理本を見る毎日だ。
「いっそ、くさやでも食べさせてみる?」
「さすがにそれはかわいそうよ。家の中も臭くなるし。そもそもミトだって食べたことないでしょう?」
「だって、なんでも珍しそうにしてる波琉を見てると、変わったもの食べさせてみたくなるんだもん」
「その気持ちはすごく分かるけど、くさやは上級者の食べ物よ。波琉君には早いわ」
 そんな楽しみが尽きないある日、蒼真がミトの部屋にやって来た。
 相も変わらず波琉は後ろからミトを抱きしめている。
 蒼真はミトの前にかわいらしいチェックのスカートとブレザーの服を置いた。
「なんですか、これ?」
「お前の念願の制服だよ」
「制服!? ということは……」
 ミトの目が期待に満ちる。
「学校に通うための準備が整った。いつでも行けるぞ」
「やったー」
 これまで学校に通ったことのなかったミトの念願。
 すぐにでも通いたいと思っていたが、いろいろと準備が必要だと焦らされ続けていた。
「波琉、学校に行けるって」
 花が咲いたように顔をほころばせるミトの頭を、波琉がよしよしと撫でるが、ミトの表情とは違って複雑そうな顔をしているのに気がつく。
「波琉? 嬉しくないの?」
 波琉が通うわけではないのだが、波琉ならば一緒に喜んでくれると思っていたので、今の波琉の表情は予想外だった。
「うーん、ミトが嬉しいなら僕も喜びたいんだけど……。学校に行ってしまったら一緒にいられないでしょう?」
「そうだね。さすがに波琉も学校に通うわけにはいかないし」
 蒼真をうかがうように視線を向ければ、なにを馬鹿なことを言ってるんだと、叱りだしそうな顔でうなづいていた。
「うん。無理みたい」
 波琉は少し不機嫌そうに眉をひそめ、ミトを離さないように強く抱きしめた。
「ミトと離れるのはやだなぁ」
「でも、学校には行きたい」
「どうしても?」
 波琉の寂しそうな顔に心が揺れたが、こればかりはミトも譲れない。
「……ごめんね?」
 波琉は深くため息をついて、ミトを抱く力を緩めた。
「仕方ないか。ミトはずっと行きたいって言ってたもんね。でもなぁ……」
 波琉も葛藤があるようだ。
 離れがたいと思ってくれるのは嬉しい。ミトとて同じ気持ちなのだから。
 けれど、学校には絶対に行きたい。行かないという選択肢はないのだ。
 波琉には快く送り出してほしいのだが、不満げにしている波琉には少し難しいだろうか。
 そう思っていると、蒼真が波琉に一冊の本を差し出した。
「なに?」
「紫紺様には必要なものかと思い用意しておきました」
 波琉が手にした本を、ミトも覗き込む。
 そこには『龍花の町完全ガイドブック~学生の伴侶様と放課後制服デートを楽しむお店三十撰(龍神様用)』
 途端に波琉が目を光らせた。
 できる男、日下部蒼真三十一歳は、一瞬で波琉の心をわし掴みにしたのである。
「紫紺様は、ミトが学校に行っている間にこちらで下調べをされるとよろしいかと。放課後に制服デートができるのは高校を卒業するまでの限られた期間のみ。学校に行っているからこそ楽しめる今だけのイベントです!」
「今だけ?」
「そう、今だけ! ましてやミトはすでに高校一年。残された時間は限りなく少なく、いかに効率よく楽しむかは紫紺様次第です!」
 波琉は蒼真のプレゼンに衝撃を受けているが、そんな大層なものではない。
 ただ、学校終わりにデートするというだけの話だ。
 しかも、高校一年ということは、まだ数年残っている。
 しかし、人間であるミトにとっては数年“もある”なのだが、時間の感覚が異なる龍神にとっては、数年“しかない”なのだ。
 この違いはとても大きい。
 とはいえ、蒼真のおかげで行かせたくないと言っていた波琉の気持ちが変わってくれたようだ。
「それなら仕方ないよね。貴重な時間を有意義に使うとしよう。僕は下調べしておくから、ミトは頑張って学校に行っておいでね?」
「放課後デートしてくれるの?」
「制服のミトと出かけられるのは今だけみたいだし、いろんな所に出かけようね」
 にっこりと微笑む波琉は、愛でるようにミトの頭を撫でる。
 波琉が喜んでくれてなによりだが、放課後デートなんていうものは波琉以上にミトが嬉しい。
「波琉と放課後デート……」
 口にしてみて実感が出てくると、ミトの頬は自然と緩む。
 普通ではなかった自分が、普通の子たちのように恋人とデートをするなんて、少し前の自分には想像すらできなかった。
 異端であった自分が、異端ではなくなる。
 ごくごく普通の幸せがここにはある。
 それこそがなによりの幸福だと、ミトは今あるすべてのものに感謝したくて仕方がなかった。
 もちろん一番の感謝は波琉に伝えたい。
「ありがとう、波琉! 大好き!」
 飛びつくように抱きつけば、波琉は難なく受け止め、愛おしげにミトの髪を手で梳く。
「僕も大好きだよ」
「はいはい、イチャつくのは俺のいない時にしてください」
 あきれたような顔をする蒼真は、制服をミトに渡す。
「念のためサイズに間違いがないか確認したいから着てこい」
「はーい」
 ニコニコと上機嫌で返事をして隣の部屋へ移動して制服を着る。
 赤いチェックのスカートと、紺色のブレザーを着て、スカートと同じ生地のリボンを首元につける。
「わぁ、かわいい」
 姿見の前で前に後ろにクルクルと回りながら確認しては、生まれて初めて着る制服に胸をときめかせる。
「~~っ!」
 込み上げてくるのは歓喜。
 ようやくだ。ようやく学校に通うことができるのだと、ミトは次から次にと湧いてくる様々な感情を抑え込むので必死だ。
 本当は大きな声で叫んでしまいたいが、そんなことをしたら隣の部屋にいる波琉と蒼真を驚かせてしまうだろう。
 声に出すのを耐えながら波琉の部屋に戻る。
 蒼真は立ったミトの袖やスカートの丈を確認して納得の表情を浮かべる。
「問題なさそうだな。窮屈さはないか?」
「はい。ぴったりです」
「ならいい。学校へはいつから行く? 手続きは済んでるから、明日からでもいいぞ」
「じゃあ、明日からで!」
 ミトは迷わずそう言った。
「分かった。教科書や鞄は後で部屋に届けておく。学校には明日から通うように伝えておくから、明日は八時に出るぞ。遅れないように準備しとけ」
「分かりました」
 蒼真は部屋を出ていき、ミトは波琉の前に立つ。
「どう? 似合う?」
「かわいいよ。けど……」
 むうっと、口を引き結ぶ波琉に、ミトは首をかしげる。
「けど、なに?」
「こんなかわいいミトを外に出したくないなぁ。やっぱり学校には行かずに屋敷で僕といた方がよくない?」
「波琉ってば~」
 さすがのミトもあきれた顔をする。
 この後に及んでまだ言うか。
「外には悪い狼がたくさんいるんだよ?」
「狼ならちゃんと話せば分かってくれるよ。私は動物と話せるんだから」
「その狼じゃないんだけどなぁ」
 波琉はやれやれというようにため息をついた。
 理解できていないミトは首をかしげるだけである。
 最終的には波琉が折れるのだった。


 そして、登校初日。
 緊張で心臓が張り裂けそうになっているミトを、波琉と両親が見送ってくれる。
「気をつけてね、ミト」
「第一印象は挨拶が大事だぞ」
「うん。ありがと、お母さん、お父さん。たぶん大丈夫。今にも口から心臓飛び出しそうだけど……」
「それ全然大丈夫じゃないだろ」
 ミト以上にオロオロとする昌宏を押しのけて、志乃がミトの背をさすってくれる。
「深呼吸よ、ミト」
 言われるままに深呼吸をしてみたが、効果はあんまり出ていない。
「あー!」
 突然大きな声をあげた昌宏にびくりとするミトと志乃。
「どうしたの、あなた?」
「カメラを忘れた! 記念すべき初登校を写真に収めないと。すぐ取ってくるから待っててくれ!」
 バタバタと慌ただしく走ってどこかへ行ってしまった昌宏を、志乃はやれやれとこめかみを押さえる。
「まったく……」
 気を取り直して、志乃はミトの両肩に手を置いてポンポンと軽く叩いた。
「制服がよく似合ってるわ。忘れ物はない?」
「うん、大丈夫」
「この町の学校は普通の学校とは少し違っているらしいから、困ったことがあったらすぐに周りに相談するのよ?」
「うん。今日は蒼真さんが一緒に行ってくれるらしいからたぶん大丈夫」
 その言葉からは蒼真への信頼度が透けて見えたが、蒼真に信頼を寄せているのは志乃も同じようで、「蒼真さんが一緒なら大丈夫ね」と、安心した顔に変わった。
 続いてミトは波琉を見つめる。
 どことなく寂しそうにしているのはミトの気のせいではないだろう。
「学校が終わったらすぐに帰ってくるからね」
「本当は行かせたくないないけど、ミトのやる気を削ぎたくはないからね。でも早く帰ってきてね」
 駄々っ子のように抱きしめて、ミトの存在を確かめるようにグリグリと頬ずりをする。
 なかなか離してくれない波琉に、志乃に目を向ければ苦笑していた。 
「波琉君のことは私たちに任せてちょうだい。私たちがいるから大丈夫……と言いたいところだけど、私と昌宏も明日から昼間は家にいなくなるからどうしようかしら」
 龍花の町での生活の仕方を蒼真より教えてもらった両親は、蒼真に仕事の斡旋をしてもらい、明日から新たな仕事を始めることになったのだ。
 昌宏は運送会社での配達。志乃は飲食店の接客。
 村で搾取されていた時のようなこともなく、給料も大幅にあがって、文句のつけようがない職場だそうだ。
 そもそも龍神の伴侶に選ばれた花印の者とその家族には、神の伴侶としてつつがなく生活を送れるようにと、毎月援助金という名目のお金が振り込まれることになっていた。
 それはミト自身に払われるものとはまた別で、ミトと家族に支払われる援助金を合わせれば十分に生活ができるだけの金額だった。
 なので、昌宏も志乃も働かずとも生活ができるのだ。
 しかし、元来働き者のふたりは、健康な体でいるのだから援助金に頼ることをよしとせず、ちゃんと働いたお金で生活しようと話し合いが行われた。
 援助金は万が一の時のために貯金に回すこととなった。
 そこには、ミトの未来への心配が根底にある。
 龍神に伴侶として選ばれているために多くの優遇がされているが、波琉が最後の時までミトを伴侶として望み続けてくれるとは限らない。
 伴侶として望まれたにもかかわらず、相性が合わなくて途中で捨てられる花印の者も中にはいるという話を、蒼真から聞かされていた。
 波琉の溺愛っぷりを見ていると可能性は低く感じるが、もしもの覚悟はしておいた方がいいという。
 それは決して意地悪で言ったのではなく、蒼真なりの優しさだった。
 龍神に依存しすぎるのはよくないと、忠告してくれているのだ。
 よくも悪くも、龍神は人とは違う価値観の中で生きている別の存在だからと。
 真摯に受け止めた両親は、万が一ミトと波琉が別れた時のために、お金はあった方がミトのためになるだろうと考えたようだ。
 波琉には内情は知らせていない。
 ミトだけがこっそりと教えてもらった、両親の愛情。
 ミトは波琉と離れるのは嫌だと思いつつも、絶対ではないと言い聞かせるしかなかった。
 できうることならずっと、この先も、おばあちゃんになっても、彼のそばにいたい……。
 寂しげに見つめるミトになにを思ったのか、波琉は頬を優しく撫でる。
「そんなに心配しなくても子供じゃないんだから留守番できるよ。尚之もいるしね」
「うん……」
 ミトはもう一度ぎゅっと波琉に抱きついてから離れた。
 廊下の向こうから昌宏が急ぐように走ってくる。
「カメラ見つけたぞー」
 カメラを蒼真に渡して、ミトを真ん中に波琉と両親とともに写真を撮ってもらう。
 そして、やや心配そうな両親に手を振ってミトは車に乗り込んだ。
 学校までは毎日車で送迎してくれるらしい。
 蒼真が付き添ってくれるのは、初日の今日だけ。
 明日からはミトひとりで登校しなければならず、今日よりむしろ明日からの方が緊張してしまうかもしれない。
「着くまでに学校の説明しとくぞ。ちゃんと聞いてろよ」
「はい」
 おもむろに蒼真による講義が始まった。
「この龍花の町にはだいたい二万人ぐらいの人間が生活している。けれど、全員が全員花印を持ってる奴の関係者じゃないぞ」
 ミトはうなづく。
「花印を持ってる奴と身内はほんのひと握りで、花印とはまったく関わりもない、龍花の町を運営していくために必要とする人間とその家族がほとんどだ」
「そんなに割合としては花印の人は少ないんですか?」
「割合としたら九割以上無関係な人間だ。花印を持ってる奴はそれだけ少ない。その中で学生となればもっと少ないのは説明しなくても予想できるだろ?」
「はい」
「龍花の町で学校はひとつだけだ。小中高一貫教育で、ここには花印を持ってる奴だけじゃなくて、町で働いている人間の家族も同じように通ってる。けれど、龍神のためにあるこの町において、花印を持ってる奴は特別扱いだ。町と一緒で学校内も花印を持つガキを中心に回ってると思っとけ」
 ミトは蒼真の説明を頭の中に叩き込もうと、必死に耳を傾けている。
「学校では大きく分けて、花印を持ってる特別科と神薙を目指してる奴がいる神薙科、それ以外の普通科という風に分かれてる。九割が普通科の連中だ」
 すると、ミトが「はい!」と挙手する。
「友達はたくさんできますか?」
「それはあきらめろ」
 ミトにとっては残酷な宣告がされ、顔を大きく歪める。
「ええー、どうしてですか?」
「さっきも言ったが、花印を持ってる奴はこの町では特別待遇だ。そして、生まれて間もない頃からこの町で暮らしてる奴らは、それを当然と享受していて、選民意識がとんでもなく強い。しかもその中でさらにランク付けをしてやがるからとんでもなく厄介なんだよ」
「ランク付け?」
 首をかしげるミトに、蒼真は困ったように頭を掻く。
「それは学校に行けば嫌でも分かるだろう。そのために、お前にはやることがある」
 そう言うと、蒼真は一枚の紙をミトに渡した。
 紙には学年とクラス、そして誰の者か分からない名前がずらっと書かれていた。
「なんですか、これ?」
「この町の学校はちょっと特殊でな。花印を持ってる奴は、神薙科の生徒から世話係を指名できる決まりになってる」
「世話係って……いります?」
 普通に学校に通うだけだというのに、どこに世話をされる必要性があるのか分からない。
「それがいるんだよ。なんせ物心着く前から、特別な子だとちやほやされて育ってきたガキどもだ。世話係という名のお目付役をつけとかないとどこでどんな面倒を起こすか分からんからな」
「悪いことをしたら先生が叱ったらいいのに」
「そうもいかないんだよ。仮にだ、そいつを教育のために叱ったとして、恨みを買ってみろ。のちにそいつが神に選ばれでもして、神の不興を買うことになるだろう? そんなこと誰がしたがる?」
「なるほど。そう考えると確かに怖いですね」
 間違いを正したことを怒るような理不尽さを、龍神が持っているとは思いたくはないが、人間にとって龍神とは未知の存在。
 なにが龍神の勘気にふれるかわからないので、怖いという気持ちは理解できた。
「……蒼真さんも世話係してたんですか? 今神薙をしてるんですから、蒼真さんも神薙科だったんですよね?」
 すると蒼真は得意げにふっと口角をあげた。
「俺はやってない。小学部には神薙科がないから、世話係をつけるシステムは中学部からなんだが、俺は中学部の時には神薙の試験に受かって、十五で紫紺様の神薙に任命されたからな。紫紺様の専属神薙を、龍神の伴侶にも選ばれていない奴が指名できるはずがないだろ。けれど、それでも世話係になってくれって奴が列をなしてたな」
 ドヤ顔でふふんと胸を張り、「俺は天才だからな」と偉そうなことを言っているが、確か蒼真は神薙の試験に十回落ちたと聞いている。
 尚之との初対面の紹介の後もなにかとネタにされ、「日下部家の長男たる者が……」うんたらかんたらと嘆かれていたので間違いない。
 それで天才と言い切っていいものなのか、神薙の内情を知らないミトには分からないことなので下手にツッコめない。
 だが、たとえ十回落ちたとしても、十五歳で試験が難しいとされる神薙になれたのなら、尚之が言うほど落ちこぼれじゃないのではないだろうか。
 詳しく聞きたい気もするが、話が長くなりそうな予感がしている。
 蒼真も今その話をする気はないようで、早々に打ち切った。
「まあ、その話は今度じっくりとしてやるから、問題はお前の世話係だ。町に来たばかりのお前に誰がいいかなんて分かるはずがないからな。紫紺様の伴侶に仕える者として不足のない奴をこちらでピックアップしておいてやったから、世話係を選ぶならその中から選んでくれ。逆を言うと、そこに名前がない奴は駄目だ。それなら世話係をつけない方がましだから絶対に選ぶなよ」
 紙には十名ほどの名前が記載されていた。
「上から順番に優秀な奴だからな。上から声をかけてけ」
「優秀な人ならすでに声がかかってるんじゃないですか?」
「まあ、確かにそうだが、神薙科の生徒にも拒否権はあるんだよ。相手が嫌なら受けなくてもいい。それに神薙科の生徒より特別科の生徒の方が圧倒的に少ないから、余ってる神薙科の生徒は多いんだよ」
「じゃあ、私も拒否されるかもしれないんですね」
「その点は心配しなくてもいいんじゃないか? すでに紫紺様の伴侶に選ばれてるお前からの希望を拒否る肝っ玉の強い生徒はいないだろうからな」
 くくくっと、悪い顔をして笑う蒼真は、どこから見ても堅気の人間ではない。
「そうそう、言い忘れてた。リストの一番最後に名前が載ってる奴がいるだろう?」
「はい。成宮千歳……女の子ですか?」
「女じゃない男だ。本人気にしてるから、本人の前で名前のこと言ってやるなよ」
「知り合いですか?」
 蒼真からは彼への親しさのようなものが感じられた。
「知り合いっちゃあ知り合いだが、あんま知らん」
「いや、それどっちですか」
 ミトの素早いツッコミも横に流し、蒼真は渋面を作る。
「そいつはいろいろとクセが強いから、ほんとに誰にも相手にされなかった時の最後の手段にしとけ」
「どんな人か知らないけど、蒼真さんには言われたくないと思いますよ?」
 蒼真なんてクセの塊のような人間なのだから。
「おい!」
 これには蒼真も黙っておらず、ミトの頭をチョップする。
 けれど、全然痛くないのはミトが紫紺の王の伴侶だからだろう。
 ちゃんと波琉の機嫌を損ねないように手加減がされている。
 そうこうしていると、車は学校へ到着した。


 学校に続々と制服を着た生徒が歩いて通学している中、時々車が学校の玄関前に横着けしている。
 一台二台ではないので、ちょっとした列になっていた。
 ミトの乗る車も順番待ちの列に並んでいるので、まだ車から出られていない。
 車からは制服を着た子たちが出てくるので、同じ生徒なのだろう。
「徒歩で通学してる子と車で通学してる子といるんですね」
「あー、車通学してるのは全員特別科の奴だ」
「そうなんですか?」
「お前だって現に今、車で来てんだろうが」
 言われてみれば確かにそうだとミトは納得する。
「花印を持ってる奴は特別待遇って言っただろ。町から援助金が与えられるのと一緒で、使用人つきの豪邸を与えられるのが普通だ。運転手つきの車もな。だからほぼ車通学だ。特別待遇が許される立場だから学校もなにも言わねえ……というか、言えねぇんだな。正直、教師より立場的なものは上だから、文句を言える奴がいねぇのが問題っちゃあ問題か」
「蒼真さんたちが私にいろいろしてくれてたのは、波琉のお屋敷にいるからってだけじゃなかったんだ」
 波琉の屋敷に住んでいると、上げ膳据え膳はもちろん、掃除洗濯から家事の一切をしてくれる使用人が数名、屋敷に住み込みで働いている。
 買い物に行く時とて移動は車。運転手も常駐している。
 それは龍神で紫紺の王である波琉の屋敷だからそれだけの厚遇なのだと思っていたが、花印を持っているとそもそもがあたりまえの待遇だったようだ。
「やりすぎな気がするのは、私が外から来たからかなぁ?」
 ひとり言のようにつぶやく。
 やりすぎの中にはミト自身への対応も含まれていた。
 自分はそんな特別扱いをされるような人間ではない。ただの波琉のおまけでしかないのに、この町の人々はそれはもうミトに優しいのだ。
 知らず知らずのうちにミトの眉間にはしわが寄っていた。
「だな。まあ、俺も神薙になって花印を持ってる奴の待遇を詳しく知る立場になった時には、伴侶にも選ばれてない奴にここまでやらなくてもいいんじゃね?って思ったが、よく考えてみろ。花印を持ってる奴は龍神の迎えが来るかもしれないんだ。そんな人間をこれまで大事にしてましたと言った方が神には好印象だろう?」
「確かに」
「だからこれはあくまで必要な措置なんだよ。花印を持ってる奴のためじゃない。来るかもしれない龍神のため、ひいては龍花の町のためにな。お前を特別に扱うのも、お前のためってより自分たちの生活のためだ。だから気にせず大手を振って受け入れればいい」
 必要なことと言われても、ミトにはまだピンときていない。
 これまで不遇な対応をされてきたせいか、丁寧に扱われるとすごく申し訳ないような気持ちになる。
 蒼真はそんな気持ちになっているミトの心情に気づいていたから、罪悪感を持たないような言い方をしてくれているのだろうか。
 真相は分からないが、案外人を見ている蒼真はすべてを理解した上で言葉をかけてくれているように感じた。

 少し待てば、ミトたちが乗る車の順番が来たので、玄関前で降ろしてもらう。
 降りたのはミトだけで、蒼真は車の中に残ったまま。
 本当に学校まで送ってくれるだけだったようだ。
 せめて職員室まで来てくれるものと思っていたのにと、不満そうに蒼真を見ていれば、後ろから声がかかる。
「星奈ミトさんですね?」
 振り向いたミトの前に立っていたのは、ひょろりとした体格のなんとも気が弱そうな丸眼鏡の若い男性。
 ミトは見覚えのない人物に疑問符を浮かべつつ返事をする。
「はい、そうです」
「はじめまして。あなたの担任の草葉です」
 担任と聞いてミトは慌てて頭を下げる。
「星奈ミトです! よろしくお願いします!」
「…………」
 返事のない沈黙が落ちたので、そらりと頭をあげると、草葉は驚いたように目を丸くしていた。
「あの、なにか変なことしちゃいましたか?」
 登校初日。初めての学校で、初めて先生と対面する前で、なにか失態でも犯してしまったのだろうかと、ミトは不安顔になっていく。
「いえ、こんなにも腰の低い花印の方にお会いしたことがなかったもので、少し驚いてしまいました。しかし、あなたはこれまで外で生活してこられたのですから当然かもしれませんね。こちらこそよろしくお願いします」
 丁寧にお辞儀をした草葉は、満面とは言えない小さな笑みを作った。
「ほんじゃあ、任せたぞ、草葉。そいつなんも知らねえから、適当にいろいろ教えてやってくれ」
 車の中から蒼真は草葉にそう言って、だるそうに手を振る。
「……相変わらず日下部君は大雑把ですねぇ。そんな調子で本当に紫紺様の神薙をやれているのか疑問です」
 草葉はわずかにあきれたような声色で、ズレかけた眼鏡を指で押しあげる。
「うっせえよ。じゃあ、ミト、俺は帰る。授業が終わったら迎えに来るから、またこの玄関で待ってろよ」
 それだけ言うと、蒼真を乗せた車は窓を閉めて走り去っていった。
「神薙になっても日下部君は変わりませんねー」
 その言葉は、古くからの知り合いのように聞こえた。
「先生は蒼真さんと知り合いなんですか?」
「腐れ縁ですね。小中高とずっと同じクラスだったんですよ」
「ということは、先生は神薙科の生徒だったんですか?」
「ええ。しかし、日下部君のように試験に受かることができず、神薙をあきらめて、今はこうして教師をやっています」
 神薙の試験に落ちたという人物に初めて会ったミトが聞きたかったこと。
「神薙の試験ってそんなに難しいんですか?」
「ええ。それはもう。必要とされる知識は多岐にわたり、神薙科で散々勉強の日々を過ごしましたが、それでもなぜか遊びほうけている日下部君の成績を上回ることができませんでしたよ。教科書を開いているところすら見たことがないあんな不真面目な人が、毎回学年一位を取ってたものですから、カンニングしているんじゃないかと騒ぎにまで発展しましてね。疑惑の本人は、それを言い出した生徒をおちょくって煽るものだから、それまで彼に不満を抱いていた子たちと拳で語り合い始めまして、神薙科の教室はカオスと化しました」
 どこか遠い目をしながら「懐かしいですねぇ。私にも椅子が飛んできたんですよー」と口にする草葉からは、あまりいい思い出のようには感じられなかった。
「彼のおかげで大抵のことには動じなくなったので、今では問題ばかりの特別科の担任を押しつけられてしまいました」
 草葉からはなにやら哀愁が漂っている。
 蒼真の学校時代の光景が目に浮かぶようだ。
 きっと彼が起こした問題はそれだけではないはずだ。ミトは確信を持った。
 ミトはなんと声をかけたらいいものか悩んでいると、先に草葉が動いた。
「では、教室に案内しますね。ついてきてください」
「は、はい!」
 学校の校舎は、小学部と、中高の学年とで校舎が分かれているらしい。
 十六歳になるミトは小学校にも行ったことがないので、もしや小学部から始まるのかと心配になったが、どうやら年相応に高校生として入学できるようだ。
 担任となる草葉にはある程度ミトの生い立ちが伝えられているようで、学校に通った過去がないことも知っていた。
「星奈さんには数日前にいくつかの教科の試験をしてもらったと思いますが、覚えていますか?」
「はい」
 学校入学の手続きが終わったと言い渡された少し前に、蒼真から実力テストだと国語、数学、化学、英語、社会とういう基礎となる教科の問題を解かされた。
 きっちり時間まで計って行われたテストは、ミト的には上々の結果を出せただろうと自負していた。
「小学校にも通ったことのないあなたの学力がどれほどあるかの確認のためにしてもらったんですよ。結果は中学卒業レベルの知識はお持ちということで高等部の入学が認められました。そうでなかったら、小さな子たちと交じって足し算からすることになってましたよ」
「よ、よかった……」
 小さな子に囲まれて勉強なんて居たたまれなくてしかたない。
 村で最低限の勉強をしていて助かった。
 村長は勉強することすら気に食わないようだったが、両親が粘って最低限の勉強ができるように取り計らってくれたのが今に生きている。
 両親には帰ったら改めてお礼を言わなければならないかもしれない。
 問題なく年相応の学力がついたのは間違いなく両親のおかげなのだから。
「学校内のことを簡単に説明させていただきますが、花印を持った子が集まる特別科は他の科に比べると圧倒的に人数が少ないです。そのため、中高の特別科がひとつの教室で集まって、ホームルームなどを行っています。しかし学ぶ内容は学年により違いますので、体育など合同で行う授業もありますが、ほとんどの授業は分かれて行います」
「そんなに特別科の生徒は少ないんですか?」
「そうですね。まあ、見ていただいた方が一番分かりやすいでしょう」
 草葉は特別科と書かれた教室の前で立ち止まり、すーはーすーはーと深呼吸をしたかと思うと、気合を入れるようにぐっと拳を握ってから、教室の扉を開いた。
 その様子をきょとんとしながら見ていたミトは、草葉の後ろについて教室に入った。
 ざわざわと騒がしかった教室は、草葉が入ってきても静かになる気配はなく、草葉が必死に「静かに! 静かに!」と叫んでいるが、誰も聞いていない。
 これは完全に生徒から舐められているなと、ミトは困惑したまま立ち尽くすしかない。
 草葉は場を沈めるのを早々にあきらめたところを見るに、きっと日常茶飯事なのだろう。
 草葉はため息をつくと、ミトを呼んだ。
「星奈さん。こちらに来てください」
 教室の入り口で戸惑っているミトが、呼ばれて草葉の立つ教卓の横に立つと、それまで騒がしかった教室が一気に静まりかえった。
 そして一心に向けられる生徒たちの視線にミトはたじろぐ。
「今日から特別科の仲間になりました星奈ミトさんです。皆さん仲良くしてあげてください」
 生徒は皆、検分するようにじろじろと不躾な眼差しをミトにぶつけていた。
 ミトは負けじと声を張る。
「星奈ミトです。よろしくお願いします!」
 簡単な自己紹介を終えて、パチパチと拍手するのは草葉だけである。
 あまり歓迎はされていないのだろうか。
 特別科の生徒は中高の学部が合同だと聞いたが、教室の半分も埋まらないほどの人数しかいない。
 それだけ花印を持って生まれる人間というのは少ないのだと実感させられる。
 中学部と高等部とではブレザーの色が違っているのですぐに見分けがついた。
 高等部はミトが着ているのと同じ紺色だが、中学部はえんじ色をしている。
 だいたい割合としては半々ぐらいだろうか。
 いや、若干中学部の方が多いようだ。
 花印を持つ者に女性と決まったわけではない。
 なので、教室内にいる生徒にも複数の男の子が含まれていた。教室内の生徒を見た限りでの判断になってしまうが、特に男女どちらが多いとかあるわけではないようだ。
 実際の花印の男女比率はどうなのだろうか……。
 今度蒼真に聞いてみてもいいな。などと余計なことを考えている間にホームルームは終わってしまった。
 そして各自が授業を受けるために教室を出ていく。
 オロオロするミトの肩を草葉が叩いた。
「中高合同のこの教室では主に授業の最初と終わりのホームルームの時ぐらいしか使わないんですよ。皆各学年の授業を受ける教室に移動するんです」
「そういうことですか」
 あっという間に誰もいなくなってしまった教室で、ミトはちゃんと友人ができるだろうかと心配になってきた。
 なにせ誰ひとりとしてミトに話しかけてきてはくれなかったのだから。
 こういう時、転校生というものは質問攻めに遭うものではないのか。
 もう少し興味を持ってくれてもいいのではないかと苦言を呈したくなるほどに、ミトを避けるように行ってしまった。
「では、星奈さんも授業を受ける教室に移動しましょうか」
「はい!」
 一緒に授業を受けていたら他の子と話をする機会も巡ってくるはず。
 その過程で仲良くなれたら儲けものだ。
 ミトは気を表情を明るくして草葉の後について移動した。

 意気揚々と草葉の後について別の教室にやって来た。
 誰もいないがらんとした部屋の中央にひとつだけ机と椅子が置かれている教室に、ミトは嫌な予感がした。
「星奈さん、ここがあなたが授業を受ける教室です」
 嫌な予感が的中してミトは顔を引きつらせる。
「あの……他の生徒は?」
「特別科の高校一年の生徒は星奈さんだけです。星奈さんは学校で授業を受けた経験がありませんし、教師とのマンツーマンは星奈さんにとってもちょうどよかったですね」
 ミトの気も知らない草葉は、好都合とばかりな表情で、教室のど真ん中にポツンと置かれた机を、黒板の見えやすい前の方に移動させる。
「さて、とりあえず時間割をお渡ししますね。今日の一限目は僕が担当する国語です」
 そう言って、草葉はがっくりとしているミトに用紙を渡した。
 正直ミトは授業どころではなかったが、肩を落としてただひとつの椅子に座った。
「授業を受ける時は、教科書とノートと筆記用具を机の上に置いておいて、他の余計なものは出さないようにしてくださいね」
 学校が初めてのミトに、当たり前すぎて普通では教えないようなことも草葉は一から丁寧に教えてくれる。
「先生が黒板に書いたものは、できるだけノートに書き写してください。学校では定期的に試験を行い、上位五十名の名前を張り出すことになっていますので、星奈さんも名前が載るように頑張ってくださいね」
「はい……」
「星奈さんは素直な方で先生は嬉しいですよ。他の特別科の生徒ときたら……」
 草葉はそれはもう深いため息をついた。
「星奈さんはひとりでの授業で本当によかったですね」
 草葉には悪いが、どこにもよかったと思える要素がないように思う。
 きゃっきゃと楽しくおしゃべりしたり、分からない問題を教え合ったりする。ミトの理想の学校生活がガラガラと崩れ去っていく。
 ひとりではおしゃべりも、勉強の教え合いっこもできないではないか。
 友人だってできるはずがない。なんてったってひとりなのだから。
 何故自分は特別科の生徒なのだろうか。
「先生、今から普通科に編入できませんか?」
「それは無理ですね。花印を持った特別な子を他の生徒と一緒にしてなにか問題が起きたら大変です。しかも、星奈さんは紫紺様の伴侶に選ばれているので、教師陣にもあなたの扱いには特に気をつけるように上から通達されています」
 なんてことのないように告げられた内容は、簡単に言えばミトを特別扱いしろと言っているようなものだ。
「えっ」
「驚くことではありませんよ。それだけこの龍花の町では龍神を中心に物事が動くんです。日下部君から聞いていませんか?」
「そうですね、何度も言われてます」
 それはもう耳にタコができるのではないというほどに。
 けれど外から来たミトには足りないぐらいなのだろう。
 草葉から言われても、まだ本当の意味では理解しきれずにいるのだから。
「私が波琉の伴侶に選ばれたことは学校の皆が知っているんですか?」
「いえ、今のところは教師だけでしょう。生徒にわざわざ伝えるものでもありませんし、花印を持った子の中には隠したがる子もいるんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。目をつけられたくないという理由でね」
 なんだ、その不穏な理由は。
 聞きたいけど聞きたくないという、なんとも複雑な顔をしたミトを前に、草葉は眼鏡を指で押しあげる。
「まあ、紫紺様の伴侶であるあなたなら問題はないと思いますけど、生徒に知られていない現状では気をつけてくださいね」
「気をつけるってなにを?」
「まあ、学校にいれば嫌でも耳に入ってきますよ。じゃあ、授業を始めましょうか」
「ええー」
 そんな言い方をしたら余計に気になって仕方がない。
 草葉もそこまで言ったのなら、責任をもって最後まで教えてほしい。
 しかし、いくらミトが問いかけても、「授業に関係のない質問には答えません」と教えてくれなかった。
 そして一限目が終わり、休み時間を挟んで入ってきた教師は、ミトを見るなり怯えたようにビクビクしていた。
 もちろん初対面の相手である。
 そして次の時間に表れた教師も同じく、言葉遣いひとつにしても、どこか気を遣っているのを感じられる。
 その上、ミトと視線を合わせないようにしているのだ。目が合おうものならあからさまに背けられるのだから地味に傷つくではないか。
 そんな怯えられる理由が分からなかったが、草葉の言っていた、ミトの扱いに気をつけるように教師に通達されたという言葉を思い出し納得がいく。
 ミト自身にはなんの力もない……いや、動物と会話できるという能力はあるが、それ以外で教師になにかをできる立場も力もないのに、紫紺の王の伴侶というだけでここまで怖がられるとは。
(波琉だって怖い人じゃないのに……)
 と、そこまで考えて、波琉が怒って村の家々に雷を落として潰したことを思い出した。
(うん、ちょっとは怖いかも。ちょっとだけだけど)
 しかし、波琉を基本的に温厚な人だと思っているミトは、そこまで怖がられるのが少々腑に落ちない。
 波琉から怖がられるほどのことをされたならまだしも、まだなにもしていないのに、理不尽さを感じる。
 そして四時限目に表れた教師には、怯えられるのではなく媚びられた。
 小学生レベルの内容を解いて、天才だ!と言わんばかりに褒め称えるのである。
 清々しいほどの忖度に、ミトはあきれしかない。
 まだ草葉を含めて四人の教師にしか会っていなかったが、他の教師も同じようにミトに過剰な対応をしてくるのかとげんなりとしてくる。
 そう考えると、草葉はまともな教師だった。
 紫紺の王の伴侶に選ばれたミトにも普通に接するのだから、きっと他の生徒にも分け隔てなく接しているのだろうと思われる。
 草葉は特別科の担任であることを迷惑そうにしていたが、草葉の人柄による人選だったのかもしれない。
 少なくとも、草葉以外の授業を受けた教師ならば、生徒を怖がったり媚びたりで生徒に舐められるどころではないのではないだろうか。
 媚び媚びの教師の授業を聞きながら、心ここにあらずなら状態のミトに、四時限目の終了を告げるチャイムが鳴る。
 やっとかと、小さく息をついたミトから逃げるように教師はさっさと出ていってしまった。
 残されたミトは途方に暮れる。
「これからどうしたらいいんだろ」
 とりあえずその場で待っていると、草葉が教室の扉を開けて顔を覗かせた。
「やっぱりここにいたままでしたか。昼休みなので、食堂に行ってお昼ご飯食べてください。チャイムが鳴る前にこの教室に戻ってくださいね」
「はい……。あっ、でもお金持ってきてないです」
 学校に行けることを喜ぶばかりで昼食のことをすっかり忘れてしまっていたので、お弁当も持参していない。
「身分証は持っていますか?」
「はい」
 蒼真から屋敷の外に出る時は、学校でもプライベートでも関係なく身分証を持っておくようにとうるさいほどに言われていた。
「町で買い物をしたことはありますか?」
「はい。スーパーで」
「その時と一緒です。身分証を出せば金色のカードを持つ花印を持った子は無料で食堂を利用できますので、好きに使ってください」
「なるほど」
 学校でまで効力を発揮するとは、身分証はこの龍花の町においてとてつもなく大事なもののようだ。
 村長の命令で国への戸籍登録がなされなかったミトだが、龍花の町では必要ないと言われた。
 その代わりがこの身分証なのだ。
 ミトがミトであることを証明してくれる必需品で、龍花の町に住んでいる者は全員所持しているらしい。
 身分証がないと不便なことも多いと聞くが、食堂でも必要とするのだから、本当になくすと危険である。
 まあ、金色のカードは希少ゆえにすぐに足がつくので、誰かに盗まれても悪用されることはまずないだろうとのこと。
「早くしないと人気のメニューが売り切れになってしまいますから行きましょうか。食堂まで案内しますよ」
「あ、ありがとうございます!」
 元気よくお礼を口にして、草葉に食堂まで案内してもらう。
「ここです」
 食堂内にはすでに多くの生徒が集まっていた。
 草葉は食堂には入らずにミトを送り届けるときびすを返す。
「先生は食堂を利用しないんですか?」
「ええ。僕には愛妻弁当がありますからね。いつも職員室で食べてますよ。だからなにかあれば職員室に来てください」
 愛妻弁当と言う口元が緩んでいるのを見るに、草葉家の夫婦仲はとても良好なようだ。
「ありがとうございます」
 再度お礼を言ってから、ミトは食堂に入っていく。
 食堂の一番奥にカウンターがあり、そこに生徒が並んでいるので、周りに倣ってミトも最後尾に並んだ。
 食堂に入って右側にも人だかりができていて不思議に思ったが、どうやらそちらではパンを売っているようだ。
 列をかき分けて出てきた人が手にパンやサンドイッチを持っていたので確かだろう。
 今日はとりあえずカウンターの列に並ぶ。
 メニューは色々とそろっているようで、なににしようかと写真の載ったメニュー表を見ながらなにやらウキウキしてくる。
 初めて多くの生徒の中に埋没したことで、自分が学校にいるのだとひどく実感した。
 そして自分の番がやって来る。
「A定食お願いします」
「はいよ」
 他の生徒がそうしていたようにお盆を持つと、その上にエプロンを身につけた中年のおばさんが料理の乗ったお皿を置いていってくれる。
 メインのおかずに味噌汁とご飯の入った茶碗がそろう。
 ミトは自分の身分証でもある金色のカードを出して、小さな四角い機械に押し当てると、ピピッと音がした。
 他の生徒も同じようにしていたので、支払いの仕方はこれで間違っていないはずだ。
 すると、おばさんがひどく驚いた顔をしていた。
「あんた新入りの特別科の子かい?」
「はい、そうですけど……。支払い方間違ってました?」
「いやいや、合ってるよ。なるほどねぇ。その年まで外で暮らしてると、普通の子と同じようにまともに育つんだねぇ」
 しみじみとしたようなおばさんの言葉は、ミトには意味不明だ。
「いや、こっちの話さ。冷めないうちにおあがり」
「はい。ありがとうございます」
「特別科の子にお礼を言われたのなんて初めてだよ。こりゃ今日はいい日になるね」
 おばさんは豪快に笑って、次の生徒の注文を聞いていた。
 ミトはよく分からないまま空いた席を探すが、その間周囲からジロジロ見られているのを感じる。
 決して気のせいではない。確実にミトを見ている。
 こっそり見ている者もいれば、遠慮なく視線を向ける者と様々だ。
 ホームルームでも感じたような不躾な視線にあんまりいい気分にはならなく、周りに誰も座っている人のいなかったテーブルに座る。
 誰に声をかけられるわけでもないなに、よくよく耳を澄ませてみると……。
「あの子が転校生?」
「あの歳で見つかるなんてまともじゃないよね」
「どこの派閥に入るんだろ?」
「派閥のことなんて全然知らねぇんじゃないか?」
 などと、声を抑えているがバッチリ聞こえている。
 しかし、『派閥』とはいったいなんのことだ?と首をひねっていると、ミトの隣の席誰かが座った。
 目を丸くして隣を見ると、栗色の髪をしたショートカットの女の子だった。
「ここ座っていい? って、もう座っちゃってるけど」
 ニコニコと微笑む彼女に、ミトは警戒心よりも驚きの方が先立ち、「どうぞ」と了承してしまった。
「私は如月雫。特別科の高校二年よ。朝ホームルームの時にいたんだけど、覚えてないわよね?」
「ごめんなさい」
 ミトの記憶にはまったくなかった。
「いいのよ。人数が少ないとはいえ、あんな短時間で覚えきれるものじゃないもの、気にしないで。私のことは雫って呼んでくれていいからね。その代わり私もミトって呼んでいい?」
「あっ、はい……」
 予想外に気さくな雫にミトは思うように言葉が出ないほど戸惑っていた。
 しかし、動揺してる場合ではない。これは友人を作るチャンスではないのかと活を入れる己が存在していた。
「ミ、ミミミミミトです! 仲良くしてください!!」
 少々ボリュームの大きすぎた声に、雫は一瞬目を丸くしたが、次の瞬間には声をあげて笑った。
「あはははっ、ミミミミミトって。どもりすぎ」
 ミトは恥ずかしさで顔を赤くする。
「まあ、でも仕方ないわよね。転校初日だもん」
「すみません……」
「ほら、敬語は禁止。仲良くしましょう」
 差し出してきた雫の右手を、ミトは逃がすまいとするように両手で握った。
 これは千載一遇のチャンスである。
 友達百人などと我儘は言わない。せめて学校を楽しいと思える友人が欲しい。
 ミトの想いは切実だった。
「授業がひとりだったからこのまま友達もできずに時間が過ぎちゃうと思ってて。だから声をかけてくれて嬉しい」
 はにかむミトを見る雫は渋い顔をしていた。
「あー、ホームルームの時よね。基本的に皆自分のことが第一だから。授業がひとりなのは仕方ないわよ。見て分かったと思うけど、これだけ広い食堂にあふれるほど生徒がいるのに、特別科の子は本当に少ないから」
 特別科の人数の少なさは蒼真からも聞いていたが、予想以上だった。
「うん。中高合わせてひとクラスにも満たない人数とは思わなかった。しかも高等部の一年生が私だけなんて……」
 今後も変わることがないだろうひとりぼっちの授業に心が折れそうだ。教師は教師で怖がられているし、仲良くなんてできそうもない。
「皆興味なさそうにしてるけど、実際は興味津々よ。特に普通科の子たちはね。今もすごい見られてるでしょ?」
「うん」
 先ほどから痛いほどに視線を感じている。
「転校してくる子は時々いるから珍しくないんだけど、特別科に転校してくる子なんていないからね。だって大抵赤ちゃんの頃にこの町に連れてこられてくるから、十六歳までどうやって外で過ごしてきたのか聞きたくてならないのよ」
「雫も気になるの?」
「そりゃあね。でもそれ以上に気になってるのは、どの派閥に入るつもりなのかってことよ。ありすさんに聞いてこいって言われたから話しかけたってわけ」
 肩をすくめる雫からは、ミトには理解できない言葉がいくつも出てきた。
「派閥? ありすさん?」
 すると、ミトの問いかけを邪魔するように甲高い声が食堂内に響いた。

 視線を向けた先には紺色のブレザーを着た女子生徒がおり、なにやら大きな声で騒いでいる。
「なにしてんのよ、あんた!」
 何事かと周囲の生徒も視線を向けていたが、「またかよ」とか「女王様は今度はなにに怒ってんだ?」という声が耳に入ってきた。
「女王様?」
 首をかしげるミトの隣で、雫が不快そうに顔をしかめた。
「あの子は私たちと同じ特別科の高校三年の、美波皐月さんよ。正直同じくくりにはしてほしくはないけど」
 雫がミトにも分かるように説明してくれたおかげで、騒いでいる女の子がどんな子か判明した。
 特別科ということはホームルームで教室にいたことになるが、雫同様にミトの記憶にはない。
 つり目がちの目に、つけまつげのつけすぎと思えるほどのバサバサのまつ毛。
 すっぴんのミトからは考えられないほど濃いメイクをしており、明るい茶色の髪の毛も緩やかな巻き毛でばっちりセットされている。
 ふたつしか歳が違うだけのようだが、化粧っ気のないミトと比べたらずっと大人のように見えた。
 ミトが彼女を観察している間も、皐月はそばにいたえんじ色のブレザーを着た中学部の女子生徒に、鬼の形相でぎゃあぎゃあと叫んでいる。
「そこは私の場所よ! 誰の許可を得て勝手に座ってんのよ!」
「す、すみません……」
「謝って済むと思ってんの!? 久遠様に言いつけてやるんだから! あんたなんて私のひと言で町から追い出すことだってできるのよ!」
「すみません、許してください!」
 どうやら皐月が普段使っている席に、怒鳴られている女の子が座ってしまったようだ。
「ねえ、雫。ここって席が決まってるの?」
 だとしたら、自分も誰かの席に勝手に座ったことになってしまわないかと心配もあった。
 とはいっても、あそこまで激怒しなくてもいいと思う。
「そんなのないわよ。あの女が勝手に自分の席だって決めつけてるだけ。あそこ窓側で日当たりも景色も一番いいのよね。自由席だから誰が座ってもいいんだけど、あんな風にあの女が占有しちゃってるもんだから誰も座らないようにしてるの。怒られてる子は知らなかったか間違ったかしちゃったのね。かわいそうに」
 女の子は未だに皐月に平身低頭で謝罪していた。
 そしてその様子を周囲の誰もが気がついているのに、助けに入ろうとする者はひとりもいない。
 まるで間違えてしまった女の子の方が悪いとでもいうように、我関せずだ。
 身を縮こまらせて罵声を浴びせられるまま耐えている女の子を見ていると、村で真由子の虐めに逆らえずにいた自分と重なってしまった。
 見ていられなくなったミトが止めに入るべく立ちあがったが、腕を雫に掴まれる。
「どうするつもり? まさか止めに入ろうなんて考えてないわよね? そうだったらやめときなさい」
「どうして?」
「ミトは来たばかりだから知らないだろうけど、あの女には伴侶となる龍神がいるの」
「それがなんの関係があるの?」
 伴侶がいようと、あそこまで怒鳴りつけることはないはずだ。
「大ありよ。いい? 同じ花印を持っている子でも、龍神に選ばれたか選ばれていないかじゃ、この町での発言力が大きく違うの。龍神に選ばれてるってことは、絶対的な権力を得たのと同じことなのよ。あの女が女王様って言われてるのも揶揄してってわけだけじゃない。実際にこの学校であの女は女王様のような存在なんだから。同じ特別科でも私たちとは違うの。そんな相手の不興を買うようなことをしたら、今度はこっちがひどい目に合わせられちゃうわよ。あの中学部の子はかわいそうだけど、見て見ぬふりするのがこの学校で……ううん、この町で平穏に暮らせる正しい生き方なの」
 間違っていることを間違っていると言えないことのなにが正しいというのか。
 ミトはそんな生き方はしたくなかった。
 だって、それでは村で暮らしていた時となにも変わりはしない。
 自分はもう自由なのだ。強者にただ従うだけなんて嫌だ。
 ミトは雫の手を振り払った。その時……。
「皐月さん、もうそれぐらいにしていただけませんか?」
 激昂する皐月に声をかけたのは、眼鏡をかけたおさげの女の子。どことなく真面目そうな雰囲気を感じる。
 えんじ色のブレザーを着ていることから中学部であると分かる。
「あっ、ありすさんが来たならもう大丈夫ね」
 雫はそう言ってほっとしたような表情をした。
「ありすさん?」
「そうよ。桐生ありすさんって言ってね、彼女も特別科の生徒なの。中学部の三年生だけどとてもしっかりしていて、特別科の中心的人物なの」
「けど、さっき私には助けに入るなって言ったのに……」
 態度の違う雫に不満を募らせるミトに、雫が苦笑気味に説明する。
「ありすさんは別よ。彼女も龍神の伴侶に選ばれた人間だから」
「伴侶に選ばれてたらいいの?」
「まあ、端的に言えばそうね。この町では花印を持っていることが最高のステータスだけど、花印を持っている人の中にもランクが存在するの。さっき言ったように、龍神に選ばれているかどうかよ。花印は龍神の伴侶になれる証だけど、実際に迎えに来てくれて伴侶になり、天界にあがれるのはほんのひと握り。龍神に選ばれたら同じ花印の中でもひとつ飛び抜けることができるの。町でも発言力が全然違うんだから。この学校で龍神に選ばれているのは皐月さんとありすさんのふたりだけ。だからこの学校はふたりを中心に回ってるの」
 同じく龍神に選ばれた伴侶だから、皐月にも物申せるとういことなのか。
 皐月に対峙するありすは、泣きながら謝罪する女の子の肩を抱く。
「ちょっと席を使ったぐらいでこんなになるまで虐めるなんて最低だと思わないんですか?」
 ありすは皐月をぎっとにらみつけるが、皐月とてその眼差しの強さは負けていない。
「なによ。私の席を勝手に使うのが悪いんでしょう!」
「この食堂は自由席です。誰がどこに座ろうと咎められるいわれはありません。座っていたならあなたが他の席を使えばいいじゃないですか」
「ここは私がずっと使ってる席よ。普通科の分際で私の席を取るのが悪いわ」
「まるで小さな子供ですね。小学部からやり直したらどうです? 精神年齢がちょうど合うのではありませんか?」
 その言葉に皐月はかっと顔を赤くする。
「あんた、年下のくせに生意気なのよ。いつもいつもなにかある度にしゃしゃり出てきて、優等生のつもりなの!? あんまりうるさいと久遠様にお仕置きをしてもらわないといけないわね」
 歪んだいやらしい笑みを浮かべる皐月を前にしても、ありすは顔色ひとつ変えなかった。
「久遠様は良識のある方と聞いています。あなたの我儘に振り回されるとは思えません」
「あら、じゃあ、確かめてみる? 実際に久遠様が出てきて困るのは、あなたの龍神の方じゃないのかしら?」
 そこで初めてアリスの顔が悔しそうに歪んだ。
 それを見て皐月は気をよくして、にやりと口角をあげる。
「ふふふ、あははは。同じ龍神に選ばれたっていっても所詮久遠様には足下にも及ばないんだから、いいかげん身のほどを知りなさいな」
 皐月は先ほどまで席の争いをしていたことも忘れて、機嫌よさそうに食堂を後にした。
 食堂は再びいつも通りの喧噪を取り戻す。
「一応、なんとかなったみたい。でも、やっぱり皐月さんの方が龍神様を出してきたらありすさんには勝ち目がないわね。ほんとあの女ったら忌々しい。久遠様じゃなかったらこんなに幅をきかせることもできないくせに」
 眉をひそめる雫を、ミトは表情をなくして見ている。
「久遠様って?」
「皐月さんを伴侶に選んだ龍神よ。さっき花印の子は龍神に選ばれたかで発言力が変わってくるって言ったけど、それだけじゃなくくて、相手の龍神の格にも左右されるの」
「格?」
「龍神は四人の王が一番上に存在しているんだけど、さすがに知ってるわよね?」
 あまりにも知らないことの多いミトに、雫は確認するように問いかける。
「うん」
 ミトはこくりと頷くと、雫は続ける。
「王が一番格が高く、その次が王の側近、そして他の龍神の順で偉くてね、皐月さんは金赤の王の側近である龍神に選ばれたの。おそらく学校内だけじゃなくて龍花の町に降りてきている龍神の中で一番偉いんじゃないかしら? 噂では紫紺の王が龍花の町にいるって話だけど、見たって聞いたことがないからほんとのところは分からないのよね」
 ミトは反応に困った。
 波琉は龍花の町に降りてきて十六年、一度も外に出たことがない上に、屋敷の人たち以外との接触もなかったと言っていたので、存在が噂でしか伝わっていないのだろう。
 しかし、ミトが来たことでスーパーやに出かけたり、デートの約束もしているので存在が周知されるのはもう間もなくかもしれない。
「まあ、紫紺様は今関係ないわね。ありすさんも皐月さんも龍神の庇護のもとにあるけど、お相手の龍神の格は皐月さんの方が圧倒的に上だから、久遠様の名前を出されると、ありすさんもなかなか思うように皐月さんを止められないのよね」
「なるほど」
 自分の龍神が誰よりも格上だと分かっているから、皐月もあれだけ我儘放題なのか。
 ここは龍神のためにある町だ。きっと龍神を盾に取られたら教師と言えど注意することができないのだろう。
 そんな中で唯一対抗できるのが、同じく龍神に選ばれたありすだが、ありすの龍神では皐月の龍神に劣るので、完全に制御不能となっているということなのか。
 きっと波琉なら止められるのだろうなと、波琉の姿が頭をよぎったが、自分が波琉の伴侶だとは雫に言いはしなかった。
 偉いのは波琉であって、ミトではないのだ。
 波琉の威光を盾にしてしまったら、皐月と変わらない。
 なにより、波琉を利用しているようで嫌だった。
 ミトがそんなことを考えているとも知らずに、雫はさらに続ける。
「今の学校ではね、ただふたり、龍神に選ばれたありすさん派と皐月さん派とで派閥ができてるのよ。中学部ながら生徒会長もしていて、皐月さんの被害に遭った子を助けてくれる正義感も強いありすさんを支持する子が多くてね。だけど、やっぱり格上の龍神を相手に持つ皐月さんを支持する子も一定数いるの。まあ、皐月さんの方は人望じゃなくて損得勘定で指示されてるだけだけど」
「雫はどっちなの?」
「私はありすさん派よ」
 答えを聞くまでもなく、ミトはなんとなく分かっていた。なにせ、高校二年の雫が、中学三年のありすを『さん』づけで呼んでいる時点で対等ではないように感じたのだ。
 胸を張って堂々とありす派だと口にする雫は、ミトの手を握った。
「ねえ、ミトもありすさんの派閥に入るわよね? 皐月さんみたいな女についたらきっと不幸になるもの。断然ありすさんの方がいいって保証するわ」
 思い返してみると、雫は最初に話しかけてきた時、どの派閥に入るかありすに聞いてこいと言われたと口にしていた。
 最初から派閥に入れるために声をかけてきたのだ。
 それを理解すると、友人ができると喜んでいた気持ちが萎んでいくようだった。

三章

 タイミングよくチャイムが鳴ったことで、ありすの派閥に入るかは明言することなく雫とは別れ、授業を受ける教室へと戻った。
 午後の授業は散々なほど頭に入ってきてくれず上の空。
 それでも、紫紺の王の伴侶であるミトを叱る教師はいなかった。
 そのまま授業が終わって、ホームルームを行う教室へ行くと、ミトのために用意された椅子と机が一番後ろに用意されていた。
 自分の席に座り、よくよく観察してみると、確かに食堂で騒いでいた皐月美波も、諫めていた桐生ありすの姿があった。
 もちろんいろいろと話を聞かせてくれた雫の姿も。
 雫は後ろを向いて小さく手を振ってくれたが、ミトは曖昧な笑みで振り返すに留める。
 友達を作りたいと意気込んでいたのに、雫を含めて仲良くなれそうな気がしない。
 雫は確かに気さくに話してくれて好印象だったはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。
 殺伐とした教室内の空気にすでに嫌気がさしている。
 ホームルームが終わり、雫が近寄ってくる気配を察したミトは、鞄を抱えて素早く教室を後にした。
 また派閥のお誘いなんてされては適わない。
 今のミトにはどちらが正しいのか判断がつかず、そんな状態で派閥に入れられてしまったら後で後悔するに違いない。
 とりあえずこれは相談だと、蒼真の待つ玄関へ行くと、蒼真が煙草をくわえながら車に寄りかかっていた。
 駆けてくるミトを見つけると、煙草をボリボリと食べてしまった。
 ぎょっとするミトは思わず足を止める。
「煙草食べちゃったんですか!?」
「煙草じゃねぇよ。これは煙草の形したお菓子だ」
「なんて紛らわしい」
 煙草を食べてしまったのかとびっくりしたではないか。
「俺は煙草の煙は嫌いなんだよ」
「じゃあ、なんで煙草吸ってるみたいにくわえてたんですか?」
「格好いいだろ」
 あきれて言葉が出なかった。
「なんだ、そのなんか言いたそうな顔は」
「別に……」
「それより学校初日はどうだった? 楽しめたか?」
 学校の話になりミトははっとする。
 とりあえず車の中に入ると、車は屋敷に向けて動き出す。
「蒼真さん、なんですか、この学校は! 私の思ってた学校と全然違うんですけど!」
 怒りを含ませながら不満を蒼真にぶつけるミト。
 蒼真が、けけけっとなんとも楽しそうに笑っているのが、さらに腹立たしい。
「特別科の奴らが派閥争いでもしてたか?」
「知ってたんですか?」
「いや、ただの予想だ。なんせ俺が学生の頃も、特別科の奴らが誰が一番偉いかで争ってやがったからな。それに他の科の生徒が巻き込まれるのもいつものことだ」
「いつものことだなんて……」
 そんな学校嫌だ……。
 ミトががっくりしていると、蒼真が悪い顔をして口角をあげる。
「そんなに巻き込まれるのが嫌だったら自分のことをぶちまけてやったらいい。自分は紫紺様に選ばれた伴侶だから自分の言うことを聞け!ってな」
 ミトはふくれっ面で蒼真をじとっと見る。
「そんなことしません!」
「なんでだ? それが一番平和な解決方法だ。紫紺様に逆らえる龍神は今この町にはいないからな」
「けど、それは波琉が偉いんであって、私が偉いんじゃないもん! 波琉が言うなら分かるけど、私が使っていい言葉じゃないです!」
 どいつもこいつも、格だとかどっちが偉いとか、それは龍神の間の話であって、人間同士のつき合いには関係ないはずだ。
 だというのに……。
「私は波琉が好きだから一緒にいるの。紫紺様だからじゃない。それなのに、波琉の価値で競うような真似したくなんてない」
 まるで互いのアクセサリーを見せびらかしてどちらが高価か競うようなやり方に吐き気がする。
「今ものすごくなにかに八つ当たりしたい気分です……」
 湧きあがるなんとも言えない不快感に耐えていると、蒼真がわしゃわしゃとミトの頭を撫でた。
「わわっ、なんですか?」
「……お前はいつまでその気持ちを持ったままでいられるんだろうな」
 どことなく悲しげな蒼真の眼差しにミトはなにも言えなくなる。
「今の気持ちを絶対に忘れるなよ」
「しばらくは忘れませんよ、こんな不快な気持ち!」
「そうかそうか」
 くくくっと、蒼真は今度は声をあげて笑った。

 屋敷に着くや、ミトは波琉な部屋を目指した。
 長い長い廊下を爆走しようとも怒られることはない。
 そこへ、黒猫のクロが通りかかった。
『あっ、ミトおかえり。あのね──』
「ごめんね、クロ。後でね」
 ただ、早く波琉の顔が見たかったミトは、なにかを話そうとしていたクロに足を止めることなく通りすぎた。
『人間は忙しないわねぇ』
 猫ながら達観したような言葉を発するクロは、『まあ、そのうち来たらわかるからいいか』と、意味深なことを口にしてミトとは反対の方へと歩いていった。
 ミトは大きな足音を立てながら波瑠の部屋まで走ると襖を勢いよく開いた。
「波琉、ただいま!」
 とりあえず今すぐ波琉の顔を見たいと勢いよく飛び込んだはいいものの、部屋にいたのは波琉だけではなかった。
 長く伸びた赤毛に、赤の混じった茶色い瞳。
 波琉よりもわずかに年上に見える青年は、見ただけで人間ではないことが分かった。
 まとっている空気が人間とは違うのだ。
 そう、まるで波琉のように強いオーラのようなものを感じる。
 蒼真がここにいたら、それは神気だと説明してくれただろうが、あいにくとここにはミト以外には波琉と男性しかいない。
 思わぬ来客の存在に、ミトは動きを止める。
「ご、ごめんなさい! お客様がいるとは思わなくて」
 ミトは慌てて部屋を出ようとしたが、波琉は笑顔で止める。
「大丈夫だよ。こっちにおいで」
「いいの?」
「うん。そもそも彼はミトを見に来たようなものだからね」
「私?」
 ミトは疑問符を浮かべながら波琉の隣に座る。
 男性と向かい合う形になり、嫌でも男性の姿が視界に入ってくる。
 じっと見つめるのは失礼だと目の置き場に困った。
 男性は突然入ってきたミトに嫌な顔をせず、柔和な笑みを浮かべていた。
「えっと……。波琉と同じ龍神様……で合ってる?」
 確認するべく問えば、波琉はよくできましたと褒めるようにミトの頭を撫でた。
「そうだよ。彼は久遠。伴侶を見つけた僕にお祝いをしに来たんだよ」
 ミトの心の中で“久遠”という名前が引っかかったが、喉のすぐそこまで出てきそうで出てこない不快さを感じる。
「なんだっけ?」
「なにが?」
「名前をどこかで聞いた気がしたんだけど、たぶん気のせいだから大丈夫」
 ミトは小骨が刺さったままのような気分だったが、気のせいで済ませることにした。
「ミト様と申しましたかな? この度はおめでとうございます」
 そうして頭を下げる久遠にミトは慌てふためく。
「頭をあげてください! 龍神様にそんなことさせたと蒼真さんが知ったら、きっと叱られます」
「蒼真とは?」
「僕の神薙だよ」
 首をかしげる久遠に、波琉が説明をつけ加えた。
「神薙ごときが、紫紺様の伴侶となられる方を叱るのですか?」
 信じられないという顔で眉をひそめる久遠に、波琉はクスクスと笑う。
「蒼真は僕に対しても遠慮がないからねぇ。叱るぐらいはするかもね」
「人間ですよ? 立場はわきまえさせなければ」
「蒼真はいいんだよ。僕がそれを許してるからね。大人しくなった蒼真なんて面白くもなんともないし」
 久遠になんと言われようと、波琉が意思を変えることはない。
 蒼真もまさか龍神でも格の高いふたりが、自分の話をしているとは思うまい。
 しかも不敬かそうでないかの問答をされているのだ。
「しかし、不敬でしょう」
「久遠は真面目だねぇ。そういうところはほんと瑞貴と似てるよね。王の補佐や側近は皆真面目すぎるよ」
「あなたが寛大すぎるのだと思いますよ」
 久遠はやれやれというように肩をすくめる。
「ふたりとも仲がいいのね」
 思わずというように口に出したミトの言葉を、波琉も否定しない。
「まあ、そうだね。彼は僕とは別の王の側近でもあるから、天界でも会う機会が多くてね」
「王の側近……」
 やはりなにか忘れている気がしてならない。
 首をかしげて考え込むミトに、波琉が思い出しように問いかけた。
「そういえば学校はどうだったの? 楽しめた?」
「ぐっ……」
 ミトは言葉に詰まって、そっと視線をそらせた。
「なにかあったの?」
 途端に心配そうにする波琉に申し訳なくなりながら、ミトは今日の出来事を話すことにした。
「なんかすごいところだった……。花印を持った子が集まる特別科ってのがあるんだけどね、そこではふたりの龍神に選ばれた子がいて、それぞれ派閥を作ってバチバチやり合ってるみたいなの」
 思い出すだけでも気疲れしてくる。
「私にも派閥に入ってくれって頼まれた」
「入るの?」
「まさか」
 入るつもりは微塵もない。
 けれど、どうやって避けようかと悩んでいる。
「普通に断って納得してくれるかなぁ」
 明日もきっと派閥に勧誘してかるのではないかと、考えるだけで頭が痛くなりそうだ。
「そんなに問題なの?」
「美波皐月って子がすごく我儘で、被害に遭ってる子が多いみたい。私も目をつけられないように気をつけとかないといけないかも。もうひとりの桐生ありすって子は真面目そうな感じだったけど、結局はやってることは同じだよなぁって思っちゃって。どっちも龍神頼りなんだもん」
 ミトが話すに従い、空気がヒヤリとしていることにミトだけが気づいていない。
「久遠」
 にっこりと笑っているようでいて目が笑っていない波琉に、久遠が深々と頭を下げた。
「面目次第もございません」
「どういう教育をしてるのかな? 万が一にもその子がミトになにかしたら、僕は絶対に許さないよ?」
「承知しております。皐月には私からきちんと言って聞かせます」
「頼んだからね?」
 温厚な波琉の怒りを感じ取ったミトは戸惑いながら、波琉と久遠を交互に見つめる。
「波琉? どういうこと?」
「今ミトが名前を出した美波皐月という子は久遠が選んだ伴侶なんだよ」
「ああー!」
 そこでようやく久遠の名前と、昼間雫から聞いた皐月の相手である龍神の名前とが合致した。
「そうだ、確かに金赤の王の側近って言ってた」
 目の前の彼がそうなのだとようやく理解したミトは驚きでもって見つめた。
「皐月が迷惑をかけたようで申し訳ない」
「いえ、私はなにもされてはいないので」
「そうか。紫紺様の選ばれた方になにもなくて安心しました」
 ほっとした顔をしつつも、すぐに久遠の顔は険しくなった。
「どうやら帰っていろいろと話をせねばならぬようです。本日はこれにて失礼いたします」
「うん。よくよく立場を理解させるんだよ」
 のんびりとした話し方だが、波琉の眼差しは紫紺の王という名にふさわしい強いものだった。
 一礼して久遠が帰っていった後、ミトは自己嫌悪に陥っていた。
「あー、なんかやだなぁ」
「なにが?」
 波琉は「よいしょ」と言いながらミトを持ちあげて膝の上に乗せる。
「だってさっきの告げ口したみたいじゃない」
「本当のことなんだから問題ないよ」
「確かに本当のことだけど、波琉も久遠さんも、波琉の伴侶である私になにかしないようにって動いてくれたわけでしょう?」
「そうだね」
「なんか波琉の威光をちらつかせて言うこと聞かせたみたいじゃない。私は波琉を利用して偉ぶりたくないのに」
 偉いのは波琉であって自分ではないという思いは、どうしたって変わらない。
「そんなことを気にしてたの? ミトのためならいくらでも僕のことを利用してくれていいんだよ」
「そんなのやだ! 私は波琉とは対等でいたいの。波琉は勝ち負けを決めるための道具じゃないんだから。もし利用するなんてことになったら、私はきっと自分が許せなくなる」
 だから絶対に嫌だと、まるで駄々っ子のように告げる。
 すると波琉はこれまでにないほどに優しい眼差しで微笑んだ。
「ミトはいい子だね。素直で汚れていない真っ白だ。いつまでそのままのミトでいてくれるのかな? でも、たとえ汚れてしまっても、それはそれで見てみたい気がするな」
 ニコニコと機嫌がよさそうに波琉はミトの頭を撫で、その手をミトの頬に滑らせる。
 そして、ゆっくりと顔を近付け、額に軽く触れるだけのキスをした。
 いやらしさのない、まるで親が子にするような親愛を含んだ口付けだったが、それだけでもミトは頬を赤く染めた。
「うーん、これでも赤くなっちゃうの? 正直足りないんだけどなぁ」
「た、足りないってなにが!?」
「まあ、いろいろと。言葉にしちゃうとミトがパニック起こしちゃうからやめておこうね?」
 その言葉ですでにパニックを起こしそうである。
「そうそう、蒼真からもらった雑誌は読み終えたから、明日学校帰りにデートしようか?」
「えっ、本当に!?」
「うん。ミトの行きたそうなところはバッチリ頭の中に入れたよ」
「どこに行くの?」
 問うと、波琉は不敵に微笑んだ。
「それは行ってからのお楽しみ。その方がドキドキを味わえるからね」
 波琉とのデート。
 それが待っているというだけで、明日の憂鬱な学校を楽しい気持ちで過ごせるだろうとミトは思った。
 明日が早く来ないだろうかと、ドキドキする胸の鼓動が抑えきれなかった。