春の風が吹いた気がした。
大学の友達がイケメンな人がぞろぞろいるからと言って私をとある会場に連れて行った。その時は蒸し暑い季節で会場に入った途端ムワッとする空気に気分が悪くなりそうになってしまう。しかしそんなことは貴方を見てからは気にしなくなっていて、気分が悪いと言うよりは胸が苦しくなった。短い髪をなびかせてジャンプして勢いよく腕を振り下ろす。相手はそれを拾えなくて失点する。一見、何も考えずに打っていると思ったけど、実際はちゃんと作戦を考えてその通りに動いていた。得点すれば仲間と集まり和になり背中を叩き合う。その瞬間の笑顔に胸が締め付けられた。
『松本櫻選手』は私の本当の初恋の人だ。





「お前は何を考えているのかわからない」
「俺のこと好きじゃないでしょ?」
「付き合ったけどやっぱり違った。ごめん」
「「「別れよう」」」


「貴方とはもうやっていけない」
「簡単に彼氏面しないで」
「私の事知らないでしょ」
「「「出て行って」」」


耳にタコができるくらい聞いてきた言葉は事実だっし、私が放った言葉は本心だった。私、神奈月華は人生を舐めながら生きてきた。私の今までの生は飴のようで舐めつくして飽きたら他の味に変える。そしてまた隅々まで味わった後噛み砕く。私にとって飴=男で散々味変をして違うと思った瞬間に噛み砕き捨てる。たまに噛み砕く前に逃げられる時もあるのだが。
そんなんだから同性からの受けはとても悪かった。「股開き女」「女狐」なんて呼ばれる事はしょっちゅうで、私の周りにいてくれた女子達は全てSNSで知り合った人達で私と同じような境遇にいるような人だった。しかし、大学に進学すると同時にちゃんと同級生で同じ科目を取っている友達が欲しくなり、私は股開き女と女狐の仮面を1番下に被り清楚系な人を偽ることになる。幸いに同じ高校から来ている人は私が知る限りで1人しかいない。それにその子は他の女子と違って私を軽蔑なんてしないし、話しかければ着いてきてくれる。もしかしたら高校時代で唯一の親友的存在と言える人だったのかもしれない。


でもそんな過去はどうだっていい。今の私は松本櫻選手しか勝たんのだ。同性なんて関係ない。私は松本選手に恋をしている。
松本選手の大学は私とは違う金持ち大学で、会える回数はとても少ない。バレー部の試合を観れるのは月に1、2回ある練習試合とたまにある大会の試合しか観れない。だから試合は毎回と言っていいほど観戦しているし、初戦から何試合もの戦いを最後まで見ている。松本選手が出ない試合は本当につまらない。なんというか、活気が出てないし負ける時が多い。それもそうだ。松本選手は1年生ながらエースでプロ注目のプレイヤー。松本選手さえ試合に出していれば勝てる確率はグンと上がる。そして余計に松本選手のファン数もグンと上がる。それくらい注目されて人気なのだ。

「華〜」
「んー?」
「明日の土曜付き合ってくれない?」
「なんでよ〜」
「推しが所属しているグループがこの近くの会場で開催されるフェスに出るらしくって!」
「明日は無理だわ」
「まさかまたバレー?ハマってるね〜」
「うん。好きになっちゃったから」

松本選手が。

「華もバレーやればいいじゃん。結構ハードだけど」
「私は観てる方がいーの」

松本選手を。

「ふーん。まぁいいや。月ちゃん誘ってみよ」
「そうしな〜」
「華は次あるの?」
「私は終わり!茉莉(まり)は?」
「私もないけど、今日この後CD買いに行くんだよね。勿論推しのグループの」
「私は真っ直ぐ帰るわ〜。なんか今日はそういう気分」
「了解!んじゃあね!」

感情に浸っていたけど、ここは大学の多目的ホール。松本選手に恋をしてからボーッとすることが多くなってしまった。いかにも恋をしている感じで恥ずかしくなる。
茉莉と月花は大学で出来た友達だ。2人ともお淑やかさな見た目だが、性格はオタクだ。茉莉は男性アイドルグループのメンバーを推している。以前、自分は同担拒否と言っていてその言葉自体理解できてなかったけど調べた結果、私も松本選手に関しては同担拒否だと分かった。そして月花は2次元オタクだ。とあるアニメのいわゆる病みキャラが好きみたいで、遊ぶ時はアニメイトは必ず周るのは恒例になってきている。最初は誰かを愛して追いかける気持ちは全くわからなかった。しかし、私も恋をしてわかった。恋をすれば誰でもオタクになるのだと。目的や、相手は違えど私達は性格的に合っており大学内では常に3人で動いていた。
私は多目的ホールの椅子から立ち上がり、少しだけ腕を回してふっと息を吐く。

「よし。明日の活動のために早く帰ろう」

歩き出す私の気分は恋人に会う乙女のようだった。
明日は松本選手(推し)に会える。彼女気分は足取りを軽くし、心をときめかせた。