僕が20代前半の頃。
 心を病み、精神科の医師に状態が危険だと警告を受けまして。
 半ば強制的に、精神病棟。いわゆる閉鎖病棟に入院させられました。

 今回の話は、特に女性が読まれると不快に思われるかもしれませんので、ご注意を。


 閉鎖病棟というのは、今はどうか知りませんが、その名の通り、一般の病院や病棟と違いまして。
 入院している患者さんは、自由に外に出たりすることができません。

 命の危険があるからです。
 だから、厳重な管理下の中、日々を静かに過ごすのです。

 正直、退屈です。
 携帯電話も人によっては、取り上げられるし、テレビは自分の部屋にありません。
 娯楽がなにもないのです。

 家族から差し入れも持って来てもらえますが、看護師さんに検査されて、
「これはダメです」
 なんて制限されることもしばしば。

 そんな中、唯一の娯楽といえば、患者さんたちと駄弁ることぐらいでしょうか。

 100人以上はいたと思うのですが、まあ皆さん病んでいて、元気がありません。
 重たい障がいを抱えた人は、会話もできない方もいました。

 大きなテレビが二台だけ、食堂とプレイルーム? みたいな部屋にありました。

 食堂の方はとあるテレビ好きなおじさんが、独占していて、諦めていました。

 僕は3歳ぐらい年上のお兄さんと仲良くなり、よくプレイルームで運動しながら、下らない話をしていました。
「味噌村くんって彼女いるの?」
「いますよ」
「へぇ」
「お兄さんはいるんですか?」
「いるよ。ほら」
 そう言って、ガラケーの写真を見せてくれました。
 僕は医師によって制限されていたので、この時は所持していません。

 それから数日後。
 付き合っていた彼女がお見舞いに来てくれました。後の妻になる人です。

 会う際も個室で30分ほど。
 また一々看護師が様子を見に来る厳重体制。

 短い至福の時を過ごした後、彼女に別れを告げると、だいたい出入口、(監視つきの二重ドア)で誰かがその光景をじーっと見つめています。
 あんまり悪く表現したくないのですが、社会的入院の患者さんが多くて。
 今はどうか分かりませんが、精神障害と判明した瞬間、ご家族から絶縁されて、閉鎖病棟に隔離された人々が多かったです。
 それも10代ぐらいから。
 だから恋愛経験のない患者さんが多かったです。

 僕と彼女が笑って手を振っている姿を、物珍しい感じで見られます。
 当時は若い患者さんが少なかったので、僕みたいな患者は浮いていました。

 何人かの患者さんは、アル中外来で入院していたので、その光景を見て
「味噌村くん。彼女いるんじゃん! いいねぇ」
 とからかわれていました。

 それを見ていた人がもう一人。
 いつも仲良くしていたお兄さんでした。

「味噌村くん、ごめん」
 急に謝られたので、僕は首を傾げます。
「え、急にどうしたんですか?」
「いやぁ、俺さ。味噌村くんの彼女って話。ウソだと思ってたわ」
「え、マジですか?」
 軽く傷つきました。
「なんていうか。味噌村くんってさ、垢ぬけてないっつーかさ。正直童貞だと思ってた」
 これにはかなりへこみました。
「えぇ……僕、そんな風に見えました?」
「うん。本当にごめんね」

 それから、童貞の話になり。
「じゃあ味噌村くんって彼女さんが初めて?」
「そうっす」
「そっか。じゃあよかったね。俺は違ったから」
 言い方からして、ピンク系のお店で経験したのかと思いました。
「あれですか? お店ですか?」
「いいや。俺の地元さ。超田舎なんだよ」
「はぁ」

 そこからお兄さんは、なにかを思い出したかのように、腹を抱えて笑い出しました。
「いやね、なにも娯楽ないからさ。ヤンキーとか多いわけよ。でさ、俺が中学生ぐらいの時、はやく童貞捨てたいっていうか。ほら、わかるじゃん。早く経験したいって」
「ああ」
「でね。地元に有名なアパートがあるんだよ」
「アパート?」
「うん、おんぼろなアパートで二階にいるんだよ。タダでさせてくれるお姉さんが」
 その時点で、なぜかお兄さんは爆笑し始めました。
「え、タダでするんですか? 恋愛関係なくて? 商売でもなくて?」
「いや、マジだよ。俺もそこで童貞捨てさせてもらったんだよ。多分セックス依存症なんじゃない?」
「えぇ……」

 どこまでが本当かわかりませんが、お兄さんが言うには、毎日アパートに行列が出来ていて。
 階段から下の道路までずらーっと男性陣が並んでいるそうです。
 家のドアを開けると布団が一枚ひいてあって、お姉さんがタバコ吸いながら。
「じゃあしよっか?」
 なんて軽い感じで、させてくれるそうです。

 お兄さんは、先日仮退院して、地元で親の仕事を手伝ってきたといいました。
「味噌村くん。この前あのアパート寄ったら、やっぱり行列できてたわ」
 なんてゲラゲラ笑っていました。
「その人、もう病院に連れて行った方が良くないですか?」
 と僕が提案しましたが、地元の方が放置されているようで。

 その後、どうなったか僕には、分かりません……。