.1 『絶望の神殿』に到着



 俺たちはついに『絶望の神殿』に到着した。

 この神殿に封じられた超強力なアイテム――。

 それには魔王の力を封じる効果があるとされ、俺にかけられた『魔王ゼルファリスの呪い』を解くことができるかもしれない。

 そうすれば、俺は晴れて自由の身。
 魔王の部下から卒業である。

 実際、今のまま『暗黒騎士ベルダ』としての人生を続けたら、そのうちげーーむ通りに勇者に討たれてしまう可能性が高い。
 今のうちに、そのルートから離れないとな……。

「やはり三重に結界が敷かれていますね」

 コーデリアが言った。

「じゃあ『三種の魔道具』を使うぞ」

 先の古城で手に入れた三つの魔道具をかかげる。
 すると、結界の一部が開き、俺たちが通るための道ができた。

「行こう」

 俺はコーデリアとうなずき合い、先へ進んだ。



「お待ちしておりました、ベルダ様」

 入口の前に三人の女がいた。

 いずれも黒い神官服を身に付けた美少女たちだった。
 顔立ちが似ているのは、三姉妹だからだ。

 彼女たちはいずれもSRキャラクターの巫女たち。

 ボブカットにしているのが長女のルーミィ、ポニーテールが次女のカレン、ツインテールが三女のライカである。

「お前たちは……」

 もう知っているんだけど、いちおう初対面っぽくたずねてみる。

「我らはこの神殿に仕える巫女でございます」

 長女のルーミィが一礼した。

「あなた様がこの先にあるアイテムの持ち主になった暁には、お仕えさせていただく所存」
「さあ、お進みください」
「どうぞ」

 三人の巫女が告げる。

「それは――俺がアイテムの所有権を手にすることを認める、ってことでいいんだよな?」

 いちおう確認しておく。

 本来のゲームシナリオでは、これは『暗黒騎士ベルダ』ではなく『勇者』が体験するものだ。

「その通りでございます。長らく閉ざされていたこの神殿に最初にたどり着いたあなた様こそ――アイテムを所有するための試練に挑む資格があります」

 うなずくルーミィ。

 よし、アイテムを手に入れることに関しては問題なさそうだ。

 俺はコーデリアとうなずき合い、進むことにした。
.2 神殿内部に眠る超強力アイテム


「申し遅れましたが――私たちは三人姉妹なのです、ベルダ様」

 ルーミィが言った。

「私は長女のルーミィと申します」

 うん、知ってる。

「ちなみにボクが次女だから。名前はカレン」
「あたしは三女だ。ライカっていうの」

 二人が口々に言った。

「ほらほら、二人とも。そんな口の利き方は失礼ですよ」

 長女がなだめる。

「えーだって、ボク堅苦しいのは苦手だよ~」
「あたしもだ」
「言葉遣いなんてどうでもいいさ。話しやすいように話してくれ」

 俺は苦笑交じりに三姉妹に言った。

 それから、俺たちは神殿の中に入った。
 長い廊下を進んでいく。

「ここに超強力なアイテムがある、っていう話を聞いて、それを譲り受けられないかと思って来たんだ」

 俺は歩きながらルーミィに話す。

「ええ、すべて存じております」

 うなずくルーミィ。

「ボクたちは巫女だからねっ」
「あたしたち三人が同時に『神託』を授かった。ここを訪れし強者に『宝具』を渡せ、と」
「宝具……か」

崩王(ほうおう)の宝具』。
 それが超強力なアイテムの正式名称である。

 魔王の力をも崩し、対抗できる力を持つアイテム――。



「ここです、ベルダ様」

 ルーミィたちが扉を開く。
 その向こうに広間があった。

「あれは――」

 俺は表情を引き締めた。

 広間の奥に巨大なシルエットがたたずんでいる。

 この展開は知っているぞ。
 本来のゲームシナリオでは勇者が魔界までやって来て、試練を超え、この神殿に入って相対する敵。

「『宝具の番人』です、ベルダ様」

 ルーミィが言った。

「なんだ、あいつは――?」

 俺が知っている『宝具の番人』とデザインが違う。

 それは、まさに巨人だった。
.3 未実装の敵


 全長二十メートル近い、鋼の装甲に覆われた機械巨人。
 それが俺の前に立っているモンスターのビジュアルだ。

「番人の名は【タイタン】といいます、ベルダ様」

 ルーミィが説明した。

「【タイタン】……?」

 なんだ、こいつは?

 ゲーム内にこんなモンスターいたっけ……?

 俺は首をひねる。
 いや、もしかして――。

「こいつ、未実装の敵モンスターか?」

 あの『虎の騎士』たちのように。

 だとすれば、通常モンスターよりもずっと強いはずだ。
 気を引き締めてかからないとな。

「ベルダ様……」
「こいつは俺の敵だ。コーデリアは下がっていてくれ」
「でも――」
「大丈夫だ」

 心配そうな彼女に俺はにっこり笑った。

 正直、未実装の敵は危険だし、コーデリアを危険な目に遭わせたくない。
 しかしそれを言うと、コーデリアは危険を承知で助けに入るかもしれない。

 だから俺は余裕のある態度で笑った。

「こんな奴、俺一人で十分だ」
「……ご武運を」

 俺の真意に気づいたのか、どうなのか。

 コーデリアは深々と一礼した。



「さあ、始めるか」

 俺は【タイタン】と向かい合った。

 全長二十メートル以上の身長は、さすがに大きい。
 文字通り見上げるような巨大さである。

 とはいえ、俺のステータスなら正面からの力押しでなんとかなるかな……?
 まずは試してみよう。

「【腕力強化】【脚力強化】」

 いつものように四肢の力を倍増させる。

 どんっ!

 床を蹴って【タイタン】に肉薄した。

 さすがに正面からパワー勝負を挑むわけにはいかない。
 体格差が十倍以上あるからな。

 おんっ!

 俺を踏みつぶそうとする【タイタン】の一撃を、寸前で避ける。
 大きく跳び上がり、斬撃を放った。

 がいんっ!

 俺の剣が弾かれた。

「硬いな――」

【腕力強化】した俺の一撃は、ドラゴンですら易々と両断する。

 が、【タイタン】の装甲は防御力の桁が違うらしい。
 さすがは未実装モンスター。

 一味違うということか……。
.4 未実装の敵をなんなく撃破する



「ベルダ様!」
「大丈夫だ」

 慌てたように駆け寄ろうとするコーデリアを、俺は視線で制した。

 おんっ!

【タイタン】がいきなり跳び上がった。

 神殿の天井を突き崩しながら着地する。
 そのとたん、

 ごおおおおおおおっ!

 床が激しく揺れる。
 立っていられない――!?

「くっ……」

 俺はとっさにジャンプした。

「コーデリア!」

 振り返ると、彼女は飛行魔法で宙に浮いていた。

 とりあえずホッとする。

 その一瞬のうちに【タイタン】が俺に向かって攻撃を繰り出していた。
 コーデリアを振り返ったために、回避のタイミングが遅れる。

「【防壁】!」

 とっさにシールドを張り、なんとか奴の攻撃を受け流した。

 ぱりんっ……。

 たった一撃で【防壁】が砕け散る。

「攻撃力が高いな。それにさっきのスキル――」

 大地震を起こして、こちらの動きを制限する。
 そんなスキル、ゲーム内では見たことがない。

「【大圧殺】。【タイタン】の固有スキルです、ベルダ様。てごわいですよ?」

 ルーミィが説明した。

 三姉妹は、いずれも俺をジッと見つめていた。

 まるで値踏みするように。
 まるで俺の力量のすべてを測るように。

 なら――今、見せてやる。

「とにかく、手数で勝負だ」

 俺は同じ箇所に徹底的に攻撃し続けた。

『暗黒騎士ベルダ』の圧倒的なステータスに任せた力押しだ。
 数十数百の斬撃を一か所に集中し、なんとか【タイタン】の装甲を貫く。

「仕上げだ!」

 装甲に空いた穴に【ファイアボール】を大量に撃ちこんだ。

 ごうんっ!

 内部から爆発し、【タイタン】はようやく倒れたのだった。
 と、

「これは――」

【タイタン】の残骸の中に何か光っている。
 俺は近づいてみた。

「手甲……?」

 もしかして、これって――。

「『超加速の宝玉』みたいな未実装アイテムか」

【鑑定】してみた。

―――――――――
『超貫通攻撃の手甲』
―――――――――

 名前だけが表示され、効果の説明はなかった。
.5 未実装アイテム二つ目をゲット

『超貫通攻撃の手甲』。

 聞いたことがないアイテムだ。

 俺が知らないだけという可能性もあるけど、【鑑定】しても効果の説明が出ないことを考えると――、

「やっぱり、こいつも未実装アイテムって考えたほうがいいかな」

 効果を説明する文章がなくても、名前からその効果を十分に推測できる。

「貫通攻撃の威力がものすごく上がる……って感じなのかな?」

 威力か、貫通力か、あるいは攻撃範囲などが上がるのか、その辺は分からないけれど……。

「いずれにしても役立ちそうだな」

 俺は手甲を手にした。

 ……もらっていいのかな、これ?

「それは試練を乗り越えたあなた様のものです。どうぞお持ちください」

 ルーミィが言った。

「そっか、ありがとう」

 それなら、ありがたくもらっておくことにする。
 俺は手甲を右手に装備した。

「では、神殿の奥へどうぞ」

 と、三姉妹が俺に向かって一礼する。

「ベルダ様は見事に試練を乗り越えられました。この神殿に安置された『崩王の宝玉』を受け取ってくださいませ」



 神殿の奥には祭壇が設置されていた。
 その最上部に輝く玉が見える。

「あれが――」

 目的の『崩王の宝玉』か?
 と、

 どがあっ!

 祭壇の近くの壁が割れて吹き飛んだ。

「そのアイテムは渡せんな」

 壁の割れ目を通って現れたのは一人の剣士だった。

「――やっぱり、来たか」

 ここはゲームシナリオの展開通りだった。

 魔界における伝説的な英雄、剣魔ドレイク――。

 奴との再戦のときだ。
.6 剣魔ドレイクとの再戦1


「久しいな、暗黒騎士。君なら試練を乗り越えて、この神殿に現れると思っていた」

 ドレイクが告げる。

「お前も試練を乗り越えてきたのか」
「無論」

 告げて、剣を抜くドレイク。

 あいかわらず、すさまじいプレッシャーだった。

 さすがは魔界に名高い伝説の剣豪だ。

 と、さらに一人の魔族が現れた。
 身の丈を超える大剣を背負った男である。

「お前が高名な暗黒騎士ベルダか。そっちは氷雪のコーデリア……知っているぞ」

 男が笑う。

「お前たち二人を倒せば、俺の名も挙がるというもの!」
「我らは魔王軍の所属だ。それに手を出すというなら、すなわち魔王ゼルファリス様への反逆となる」

 コーデリアが凛とした口調で言い返した。

「おお、かっこいいぞ、コーデリア」
「えへへ」

 思わずつぶやいた俺に、コーデリアが照れたような笑みを浮かべる。
 ……本当に、出会ったころと比べてキャラ変わったな。

「知るか! お前らを殺せるほどの腕なら、魔王様も俺を高く買ってくれるだろうよ! それが魔族の世界だろうが!」
「殺伐とした世界だな……」
「魔族ですので」

 俺のつぶやきにコーデリアが冷静なツッコミを返した。

「ま、それは確かに」

 魔族の剣士が近づいてくる。
 大剣を掲げ、

「さあ、死ね――」
「邪魔だ」

 ざんっ!

 ドレイクの一閃で、その魔族の首が飛んだ。

 ……まあ、この辺もゲームシナリオ通りだったりする。

 だから、そこに驚きはない。
 ただし――。

「今の……斬撃そのものが見えなかった……」
「あたしも……残念ながら、何も見えませんでした」

 うめいた俺の隣で、コーデリアも同じようにうめく。
 思った以上の、すさまじい斬速だった。

 俺の――『暗黒騎士ベルダ』のステータスを持ってしても、視認できないほどとは。

「こいつは……ガチの強敵だな」

 俺は剣魔ドレイクと向き合った。

「悪いが、アイテムは渡せない」
「『崩王の宝玉』が必要なのは、私も同じこと」

 ドレイクが告げた。

「――これ以上の問答は無粋。いざ、参る」

 そして俺とドレイクの戦いが始まった。
.7 剣魔ドレイクとの再戦2


「【縮地】!」
「【脚力強化】!」

 俺たちは同時に突進した。
 そのままの勢いで距離を縮め――。

「はああああっ! 【百連撃】」

 先制攻撃はドレイクだった。

 強烈な一撃が次々に繰り出される。

 まさに斬撃の雨――。
 俺はそれをことごとくブロックした。

「やるな! やはり、さすがの腕前!」
「お前もだ、ドレイク!」

 俺たちは剣を繰り出しながら、互いをたたえ合う。

 ――楽しい。
 自分の中から湧き上がる感覚に、俺は多少の戸惑いを覚えていた。

 これが自分の感情なのか。
 それとも『暗黒騎士ベルダ』の感情なのか。

 だんだん分からなくなってくる。

「俺は、俺のはずだ――」

『暗黒騎士ベルダ』じゃない。
 体や能力はベルダのそれでも、意識や人格は俺なんだ。
 現代日本で生きてきた俺なんだ。

 ……あれ、俺って前世ではどういう人間だっけ?

 ふと疑問が浮かぶ。

 おかしい、思いだせない。
 記憶がぼやけている……?

「どうした、君の剣に迷いが見えるぞ!」

 ドレイクの斬撃がさらに鋭さを増した。

「ちいっ」

 俺はいったん跳び下がった。
 いけない、戦いの最中に迷うなんて。
「今はこいつとの戦いに集中だ」

 俺は剣を握り直した。

 とはいえ、力はほぼ互角。
 どうやって倒すか――。

 考えたとき、右手の手甲が目に入った。

「そうか、こいつを試してみよう」
.8 超加速&超貫通


 俺とドレイクは激闘に決着をつけるべく向かい合う。

「【超加速】!」

 今度は俺から仕掛けた。
『超加速の宝玉』を使い、一気にスピードアップする。

 一瞬にしてドレイクの間合いに侵入した。

「速い! だが、それくらいで――」

 さすがに伝説の剣豪だけあって、ドレイクはすでに防御態勢を取っていた。

 このまま攻撃しても、簡単にブロックされるだろう。
 だからこそ、

「【超貫通】!」

 俺は二つ目の未実装アイテムの効果を発動した。

 がきんっ!

 俺の剣とドレイクの剣がぶつかり合う。
 そして、

 ざしゅっ……!

 ドレイクの刀身をあっさりと貫き、俺の剣が奴の胸元に突き立った。

「あ……が……っ……!?」

 ドレイクは呆然とした顔で俺を見つめ、そして倒れる。

「今のは……なんだ……!?」
「悪いな。勝負は互角だったけど、アイテムの差で俺の勝ちだ」
「アイテム……そんなものは、私の知識にはなかった……実装されていない……アイテム……だが、それもまた勝負だ……」

 ドレイクが弱々しくうめく。

「『宝玉』さえあれば……私は、このシナリオから……抜け出せ……」
「えっ……」
「無念……やはり、私は……ここで死ぬ……うんめ……い……」

 がくり、とその手が力を失った。

 ドレイクの最期の言葉はどういう意味だったんだろう?

「もしかして、お前は――」

 いや、お前も……もしかしたら……?



「とにかく、これでシナリオクリアだ……」

 つぶやきながら、もはや動かなくなったドレイクを見下ろす。

 彼の正体が気になるところだ。

 俺の推測通りなら、彼はもしかして――。

 ヴン……ッ。

 光に包まれ、ドレイクの体が消滅していった。

「お見事です、ベルダ様」

 ルーミィたち三姉妹が進み出た。
 俺に向かって手を差し出す。

「ん?」
「さあ、私たち三人を――」
「あなたのものにしてください」
「そのとき、『崩王の宝玉』も同時にあなたの所有物となります」

 三姉妹が言った。
.9 崩王の宝玉


「あなたのものに、って……?」

 俺は戸惑いを隠せなかった。

「もちろん、身も心もあなたのものにしてほしいということです」

 ルーミィが艶然と微笑む。

「ちなみに、あたしたち三人とも生娘だよ」
「ボクたちの純潔――まとめて、ベルダ様に捧げちゃうよ~」

 と、カレンとライカ。

 つまりその……三人とエッチする、ってことだよな……?

 なんだ、その展開は?
 ゲームと全然違うじゃないか。

「さあ、ご遠慮なさらずに」
「『宝玉』に選ばれた者に仕えるのは、あたしたちの喜び」
「ボクたちを可愛がってね」

 三姉妹が俺を囲み、寄り添ってくる。
 と、

「ふふ、よかったですね、ベルダ様」

 コーデリアが俺を見て微笑んでいた。

 ……って、なんか目が笑ってないんだけど!?

 というか、全身から妖気が漂ってないか、コーデリア?

「三人とも類まれなる美少女ではありませんか。英雄色を好むともいいます……さあ、あたしのことはお気になさらず行ってください」

 だから、笑顔が怖いんだけど……。

「え、えっと……」

 まさか……もしかして、ヤキモチ焼いてるなんてことは……さすがにないいよな?

 まあ、どっちにしろアイテムを手に入れるためには、三姉妹とエッチしなきゃいけないみたいだし……。

「しょうがない、よな」

 こっちだって、遊びでやって来たわけじゃない。

 宝玉を手に入れ、魔王の呪いを解き、魔王軍から自由になる。
 そして俺は、自分の死という運命が待っているゲームシナリオから自由になるんだ。

 ――よし、ここは覚悟を決めて、三姉妹とエッチしよう。
 俺もそんなに経験が多いわけじゃないけど、初めてってわけじゃないし……いいか。

 いや、こっちの世界では――この『暗黒騎士ベルダ』の体になってからは初体験になるな。
 それが一気に三人の女の子を相手にするとは。

「どうなさいました?」
「遠慮しなくていいぜ」
「ボクたちをまとめて女にしてねっ」

 三姉妹が俺を誘う。

 ――よし、いくぞっ。

 それからの数時間、俺は三姉妹とめくるめく快楽の時間を過ごしたのだった……。
.10 事後と宝玉ゲット


 コーデリアには離れた場所で待機してもらい、俺たちは祭壇の前で交わった。
 まあ、要するにエッチしたわけだ。

 はっきり言って……めちゃくちゃ気持ちよかった。

 女性経験はゼロじゃないけど、三人を同時に相手にするのは初めてだった。

 しかも三人とも、こんなに綺麗な女の子で――まるで夢のようだ。
 ただ、なぜかコーデリアに対して多少の罪悪感を覚えてしまうのはどうしてだろう。

 別に恋人同士ってわけじゃないし、なんなら俺は彼女の親の仇なんだけど――。

「ふう、すごかったです、ベルダ様……」
「ふあぁぁ……男の人を知ってしまった……」
「ボク、純潔を捧げっちゃったんだぁ……」

 三姉妹はいずれも夢見心地で俺の左右に寝そべっている。

 いずれも全裸である。

 清楚な容姿に似合わぬグラマラスな長女ルーミィ。
 引き締まっていて、小ぶりながらも形の良い胸が魅力的な次女カレン。
 小柄だけれど、胸は爆乳サイズの三女ライカ。

 それぞれが異なる個性を主張する魅惑的な裸体だ。

 当然、俺も全裸だった。

 先ほどまでの三対一の激しいエッチの余韻が、全身に残っている。
 俺はその余韻にしばらくの間、浸っていた。
 そして――。



 衣服を整えた俺と三姉妹はそのまま祭壇の前に進んだ。

 そこに、虹色に輝く玉が乗っている。

「これが『崩王の宝玉』か……」

 俺は宝玉を手にした。

 大きさは野球のボールくらいである。
 どうやって使えばいいんだろう?

 試しに念じてみるか。

 ――俺にかけられた『魔王ゼルファリスの呪い』を解除してくれ。

 すると、

 ヴンッ……。

 宝玉がうなるような音を立て、黒い輝きを発した。
 そして次の瞬間、俺の体から何かが抜け落ちたような感覚が訪れる。

「えっ、これって――」

 いや、間違いない。

 感覚で分かる。

 魔王にかけられた呪いが、あっさり解けてしまった――。
.11 解呪、そしてこれからの人生は


「コーデリア、ちょっといいか?」

 俺は離れた場所で待っていた彼女を呼び寄せた。

「なんでしょう? 先ほどはお楽しみでしたね?」
「えっ? ええと……」
「お楽しみでしたね?」
「コーデリア?」
「お楽しみでしたねっ?」
「いや、明らかに怒ってるよな!?」
「ふふふふ、ベルダ様は宝玉を得るために必要なことをしただけでしょう? あたしはちーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとも怒ってませんよ?」
「めちゃくちゃ怒ってるじゃん……」

 と、

「これからどういたしましょうか、ベルダ様」

 ルーミィがやって来た。

「むむむ……」

 コーデリアが彼女をにらむ。

「あら、怒ってらっしゃるのですか、コーデリア様?」

 ルーミィが微笑む。

「もしかして――あなたもベルダ様に抱かれたかった、とか?」

 言いながら、見せつけるように俺に腕を絡ませるルーミィ。

「ベルダ様から離れろ」
「なぜです? 私はこの方のモノ。身も心もすべてを捧げているのです。この方が命じられればどんなことでもしますし、求められれば、いつでも体を差し出す所存」
「むむむむむ……」

 ふふんと笑うルーミィに、コーデリアは悔しげな顔だ。

「それとも――羨ましいのですか? ならば、あなたもベルダ様に抱かれてみますか?」
「っ……!」

 たちまちコーデリアの顔が赤くなった。

「お、おい、ルーミィ……」
「ふふ、冗談が過ぎましたね。お許しを、コーデリア様」

 ルーミィは頭を下げた。

「へえ、コーデリアさんもベルダ様が好きなの?」
「じゃあ、ボクたちのライバル?」

 カレンとライカがにっこりとした顔で言った。

「あ、あたしはあくまでも、この方の副官としてだな、その……」

 コーデリアはますます顔を赤くする。

 なんだか――急ににぎやかになったなぁ。
.12 地上へ戻る



「地上に戻ってきたぞ」

 俺は周囲を見回した。
 半ば無意識に深呼吸してしまう。
 やっぱり人間界と魔界じゃ空気の感じが違うな。

「魔王のところまで行かないとな」
「ベルダ様……!?」

 俺が『魔王』と呼び捨てにしたことに、コーデリアは驚いた様子だ。

「そうだな、お前には言っておくよ。俺は――魔王と決別する」

 その言葉に、コーデリアは呆然としたように目を見開いた。

「な、何を言っているのですか、ベルダ様……!?」
「今言ったとおりだよ。俺は魔王とは違う道を進む」
 俺はコーデリアに言った。
「魔王軍も辞める」

 シン、と沈黙が流れる。

 もしかしたら『裏切り者』と糾弾されるのだろうか。
 ほとんど反射的に身構えるが、

「ならば、あたしも――」

 コーデリアが身を乗り出した。

「あなたとともに行きます」
「コーデリア?」
「あたしはあなたの副官ですから」

 微笑むコーデリア。

「もちろん、私たちも」

 ヴンッ……!

 突然、俺の前に三姉妹が現れた。
 空間転移系のスキルを持っているらしい。

 ……急に出てくると、びっくりするんだけど。

「あたしたちはベルダ様にお仕えする者」
「どこまでもついていくぞっ」
「いや、でも俺は魔王から離れるんだぞ? 下手したら魔王軍の反逆者だ」

 というか、そうみなされる可能性は十分にある。

 でも、他に選択肢はない。
 俺がこのまま魔王軍の重鎮として居座り続ければ、遠からずあのイベントが来る。

 勇者が暗黒騎士ベルダを撃破する、あのイベントが――。
 その前に、俺は魔王軍から離れる必要があった。

 魔王軍所属でなくなれば、あのイベントと同じシチュエーションは発生しない。

 全然別のシチュエーションで勇者と対決する可能性がないとはいえないが、それはもはや別イベントだろう。
.13 魔王城へ


「魔王軍の本隊に合流しよう」

 俺はコーデリアたちに言った。

 現在、俺たちは五人パーティになっている。
 俺とコーデリア、そして巫女三姉妹。

 この五人で地上の魔王城に向かうことになった。

 ちなみに魔王城は地上侵略用の拠点として作られたもので、魔界にも当然オリジナルの魔王城がある。
 魔王ゼルファリスは通常、地上の魔王城にいるはずだった。

「飛行魔法で行くか……距離はどれくらいだ?」
「ここからですと、およそ二時間ほどで到着するかと思います」

 俺の問いに答えるコーデリア。

「けっこう遠いな……」
「あら、私たちの転移術なら数秒で到着しますよ?」

 と、ルーミィが言った。

「転移術? 本当か」

 そういえば、そんなスキルがあったような気がする。

「私たち三人がそろったときだけ発揮できるユニークスキルです。この場の全員を魔王城に転移できます」
「じゃあ、頼む」

 俺の言葉にルーミィたちはうなずき、三姉妹が手をつないで輪になった。

 ポウッ……。

 淡い光がその輪の内側から立ち上り、天空にまで上っていく。

「【空間転移】!」

 そして術が発動した。

「うっ……?」

 視界が一瞬揺らぎ――。
 次の瞬間、俺たちは魔王城の前に転移していた。

「あれは――」

 城の前でいくつもの火の手が見えた。
 悲鳴や怒号がいくつも聞こえてくる。

「魔王軍と人間の軍が交戦している――」
「友軍を助けましょう」
「……待て、俺一人で行く。コーデリアたちは手を出さないでくれ」
「ベルダ様……?」

 俺はコーデリアたちに微笑み、剣を抜いた。

 最近はそれなりの強敵が相手で、苦戦が続いていたけど、ここは圧倒的な力で薙ぎ払える局面だろう。

「【多重照準固定】」

 俺は剣を掲げた。

「【自動追尾型流星弾】!」

 そして、数百単位の魔法弾をいっせいに撃ち出した。
 魔法弾はいったん上空まで上がった後、雨のように降り注ぐ。
 さらに、

「【超貫通】!」

『超貫通の手甲』の力を上乗せ。

 がががががががががっ!

 結果、破壊力と貫通力を兼ね備えた魔法弾が、魔王軍も人間軍も関係なしに、彼らの武器を片っ端から破壊していった。

「な、なんだ……?」
「俺の剣が……」
「槍が消滅した……」

 魔族も人間も呆然としている様子だ。

「退け」

 俺は空中から両軍に言った。

「無益な戦いはやめろ」
.14 凱旋


「な、なんだ、あいつは……」
「ひいい……」

 人間たちが怯えた表情を見せた。

 武器をすべて失ったのだから当然か。

 仮に、俺がその気になれば、人間たちを虐殺することだって可能だ。
 絶対にやらないけどな……。

「な、なぜ、我らの武器を……」
「ベルダ様……?」

 一方の魔族たちは戸惑っている様子だ。

 まあ、それはそうだろうな。
 本来の俺の立場からすれば、人間たちだけを攻撃すればいい話だ。
 今の俺の力量なら、人間軍を全滅させることだって難しくない。
 けれど――。

「魔族たちよ、全員城の中に戻れ。いったん待機だ」
「えっ……」
「お前たちはここまでの戦いで消耗が激しい。休息が必要だ」

 適当に理由付けしておく。

「おお、ベルダ様は我らを気遣ってくださったのか……」
「なるほど、戦い自体を続けられないように、あえて俺たちの武器まで全部壊したってことか……」
「さすがは暗黒騎士ベルダ様……」

 口々に感嘆しながら、魔族たちは城の内部に引っこんでいった。
 ……若干、過大評価された気がしないでもないが。

「後は、お前たちだ。退け」

 俺は残った人間軍に言った。

「それとも――武器なしで俺に向かってくるか?」

 言いながら、魔法剣を放つ。

 ごばあっ!

 地面が爆裂し、クレーターができた。
 もちろん、これは単なる威嚇だ。

「ひいいいいいいいいっ……」

 人間たちは恐怖の声を上げて、いっせいに逃げ出した。
 よし、これで当面の戦いは回避できた。



 俺はコーデリアや三姉妹とともに城に入った。

「おお、ベルダ様のお帰りだ」
「魔王城に攻めこんでいた人間どもを一掃されたとか」
「さすがは暗黒騎士ベルダ様!」
「ベルダ様、ベルダ様!」

 魔族たちは大歓迎だ。

 凱旋、という感じだった。

 俺は彼らに軽く手を振って、応える。
 それから魔王がいる最上階へと向かった。

 いよいよ、魔王ゼルファリスとのふたたびの対面。

 そして、決別のときだ――。
.15 暗黒騎士と混沌の魔術師


 かつ、かつ、と足音高く、俺は魔王城の廊下を歩いている。
 気分が高ぶっているせいか、自然と歩調が強くなってしまう。

 と、前方から誰かが近づいてきた。
 魔術師のローブをまとった金髪碧眼の美少女――。

「お前は……」

 俺と同じく魔王軍四天王の一人、『混沌の魔術師ヴィム』だった。

「ひさしぶりだね、ベルダくん」
「ああ、元気そうで何よりだ」

 挨拶を交わす俺たち。

「へえ

 と、ヴィムが俺をしげしげと見つめた。

「……なんだ?」
「魔王様の呪いが解けているね」
「……!」

 一目で見抜かれ、俺は思わず硬直した。

「あれ? バレバレなのに……もしかして隠してるつもりだった?」
「いや、別に」
「だよねぇ。どういうつもりかな? 君、魔王様から離れる気じゃないだろうね」

 ヴィムが追及してくる。

「なぜそんなことを聞く」

 俺はイエスともノーとも言わなかった。
 下手なことを言って、ツッコまれたくなかった。

「もし君が魔王軍を離脱するなら……寂しいじゃないか」
「えっ」
「つれないなぁ……私と君は親友だよ?」
「あ、ああ、そういう設定だっけ」
「設定!? ひどいなぁ」

 ヴィムがぷうっと頬を膨らませた。
 すねた顔がけっこう可愛い。

「俺はもう行くぞ。早いところ魔王に会ってきて、いろいろ話さなきゃいけない」
「へぇ、『魔王』……って呼び捨てなんだ」

 あ、しまった。
 ちょっと気が逸ってたか。

 まあ、いいか。
 どうせ魔王軍を離脱するんだし。

「まあ、だいたい察しがついたよ。じゃあ、またね」

 ヴィムが手を振る。
 俺は背を向け、彼女から去っていく。
 と、

「ねえ、ベルダくん」

 背後からヴィムが声をかけた。

「なんだ?」
「君のことはいい友人だと思っている。けれど、私は魔王様に恩義があるんだ」
「……何が言いたい?」
「魔王軍を離れるというなら、私としても君に友好的な態度を取りづらくなる、ってことさ」

 そのとき――。
 ヴィムから強烈な殺気が放たれた気がした。
.16 魔王との対面


 黒曜石を思わせる漆黒の長い髪と瞳、そして黒衣。

 まさしく黒ずくめの絶世の美女――魔王ゼルファリスと、俺は久しぶりに対面していた。
 謁見の間で跪き、玉座の魔王を見上げる。

「我が腹心ベルダよ、よく帰ってきた――と言いたいところだが」

 魔王は明らかに怒っているようだ。

「単独行動が多すぎる。一体どうしたというのだ!」
「私なりに考えあってのことです、魔王様」

 俺はまっすぐに彼女を見つめた。

「考え……だと?」
「私は、あなたの元を離れようと考えています」

 はっきりと告げる。
 直球勝負だ――。

「な、なんだと……!?」

 魔王は大きく目を見開いていた。
 さすがに驚いた様子だ。

「我の聞き間違いか? もう一度、大きな声で言ってくれないか、ベルダ?」

 魔王が俺を見据えた。

「まさかとは思うが、我が元を離れる……などと言ったのではあるまい? そんなことをすればどうなるか……聡明なお前にはよく分かっているはずだ」
「聞き取りづらかったのであれば、もう一度申し上げましょう」

 俺は立ち上がった。

「私は魔王軍を辞めます……!」
「っ……!」

 再度の言葉に、魔王は息をのんだようだ。

「ば、馬鹿な……」

 わなわなと震える唇から血の気が失せている。

「本気か、ベルダ!?」
「無論。私が魔王様に偽りを申すなど、あり得ぬこと」

 恭しく告げる。

「本気で我が元を去ろうというのか!? なぜだ!」

 ゼルファリスが叫んだ。

「我の気持ちも知らずに……うう」
「えっ」

 なんだ?
 今、ゼルファリスの顔が赤らんだような――。

 まさか、裏設定とかで『実は魔王は暗黒騎士ベルダに恋している』なんてことはないよな……?

 でも、この手のゲームだと、どっちかというと『最終的に魔王は主人公の勇者にデレる』の方がありそうだな。

「お前は我が軍最強の戦力だ。我が易々と手放すと思うか?」
「申し訳ありませんが、私は私の意志で動きます。私の行く道は私自身が決めます」
「言うようになったな……だが、我の呪いがある限り――」

 言って、ゼルファリスはハッとした表情を浮かべる。

「貴様……呪いが……!?」
「恐れながら――あなた様から受けた呪いは、すでに解かせていただきました」

 恭しく頭を下げる俺。

「さあ――」

 今度は俺が彼女を見据える。

「そろそろ終わりにしよう。ゼルファリス。俺はもう、お前の部下じゃない」

 俺は魔王を見つめた。

 魔王ゼルファリスの腹心としての態度もここまでだ。
.17 そして決別へ


「我がお前を手放すと思うか、ベルダ」

 ゼルファリスが玉座から立ち上がった。

「悪いが、お前の意志は関係ない。これは俺の意志だ」

 俺は魔王を真っ向から見つめる。

「俺が自分で決めたことだ。お前がどう思おうと、決めたことは変えない」
「ふざけるな! お前は我のものだ! 我の許可なしに、どこへも行かさん!」

 告げて、ゼルファリスが右手を突き出した。
 そこから無数の魔力の網が放たれる。

 捕縛系の呪文か。
 だが、

「【腕力強化】【斬撃×10】」

 十連続の斬撃で空間ごと魔力の網をまとめて斬り散らす。

「貴様――」
「どうした? 力ずくなら俺を止められると思ったか?」

 告げて、俺は床を蹴る。

「【超加速】!」
「は、速すぎる――」

 一瞬にして魔王のすぐ目の前まで移動し、剣の切っ先を彼女の喉元に突きつけた。

「俺はずっと戦ってきたんだ。お前が知らない力を手に入れた」
「ぐっ……」
「退くか、それともこのまま貫かれるか……好きな方を選べ、ゼルファリス」
「――後悔するぞ、ベルダ」

 ゼルファリスの全身から威圧感が消えた。
 この場は負けを認めた、ということか。

 俺も剣を引く。

「世話になったな、魔王」

 そして謁見の間から去っていく。

「……運命からは逃れられんぞ、ベルダ」

 背後でゼルファリスがつぶやいた。

「誰も逃れられんのだ。貴様も、我も……誰一人……」



 俺は魔王城から出ると、外で待機していたコーデリアや巫女三姉妹と合流した。

「よかった、ご無事で――」
「心配かけたな、コーデリア……うわっ!?」

 彼女は俺に抱き着いてきた。

「魔王とは決別した。ここから俺は魔王の腹心ではなく、ただのベルダとして旅に出る」
.18 魔王軍を離れ、新天地へ


 俺たちは魔王軍から離れて進んでいた。

「まずは人間からも魔族からも干渉されにくい場所に行きたいよな」
「無用な戦いを避けられる場所、ということですね」

 俺とコーデリアは話していた。

 すでに何度となく話し合ったことだが、それでもこうしてまた話題に出すのは、俺自身の気持ちが完全に固まっていないから。
 そして、それを固めるためだ。

 おそらくコーデリアも同じだろう。
 今までの地位や生活をすべて捨てて、新たな居場所作りに旅立つ――不安にならないわけはない。
 それでも彼女は俺について来てくれた。

 感謝しかない。

 そして、もちろんルーミィたち三姉妹についても同じだ。

 正直、寄る辺のないこの異世界で彼女たちがいなかったら、俺は途方に暮れているだろう。
 力だけなら、この世界でも有数のものを持っているつもりだけど、だからといって人は一人では生きられない。
 魔族であっても同じこと。

 仲間がいることのありがたみを、今まで以上に感じる――。

「魔界ではなく人間界に住まうつもりなのですか、ベルダ様」
「まあ、こっちの世界の方が馴染むし……やっぱ人間だからな」
「えっ」

 ルーミィたちがキョトンとした顔をする。

 事情をある程度知っているコーデリアだけはクスリと笑っているが。

「あ、いや、俺は魔王と決別したわけだし、魔界にいると色々と……な。人間界の方が魔王の影響は少ないし、過ごしやすいと思ったんだ」
「なるほど……確かにそうですね」

 実際、魔王の逆鱗に触れている可能性もあるからな。

 魔界にいると魔王の刺客が次々に俺を狙ってくる――なんて可能性だってある。
 総合的に考え、俺たちの安住の地は人間界に築きたいところだ。

「ではベルダ様が収める地を作るのがよいのでは」
「……それって人間界の一部を支配するってことにならないか?」

 コーデリアの提案に俺はジト目になった。

「人間が誰も済んでいないような場所を目指すとか?」
「お、それいいな。辺境開拓ってやつだ」

 こうなるとゲームシナリオからは完全に離れることになる。

 今まではこの先に何が起きるのか、ある程度予測できたことも多かったけど、今後はそうはいかない。

 でも、ま、人生なんて先が分からないのが当たり前だもんな。

「さあ、辺境開拓編スタートだ」

 そして、それはゲームシナリオにはまったく存在しない、俺の意志で切り開く人生なんだ――。
.19 宿に泊まる


 とりあえず大陸の南端を目指すことになった。

 そこは気候も温暖で作物も豊かに育つような土地なんだとか。
 さらに人間と魔王軍との戦場からは、ある程度の距離がある。

 うん、新生活を始める場所としては悪くない。
 むしろ理想的かもしれない。

 ただし――かなり距離が遠い。

 しかも周辺には飛行魔法を封じるエリアなんかもあって、空路で一直線に行くのは難しいようだ。

「ま、急ぎの旅じゃないし、のんびり行こうか」

 俺たちは数時間飛行した。

 この辺りはまだ飛行魔法を封じられているエリアからは遠い。
 日が沈み始めたため、眼下の町に降りる。

「私が全員に認識阻害魔法をかけますね」

 ルーミィが言った。

「私たちは全員、人間型ですし、魔族特有の尖った耳は初歩の視覚魔法でごまかせます。ですが、見破る者がいないとも限りませんので……念のために、もう一段カモフラージュをします」
「助かるよ、ルーミィ」



 俺たちは手近な宿に入った。

 資金については、俺たちの装備品の一部……主に装飾品の部分を適当な値段で売って調達した。
 さすがに人間界の金貨は持っていなかったからな。

 装備の一部から宝石などが欠けてしまったが、もともと予備の装備だし、まあいいか……。

 で、今は全員で宿の一階にある酒場にいて、夕食タイムだ。
 全員の前にエール酒があって、なんだか現代の飲み会みたいな絵面になっていた。

 とりあえず生、って感じである。

「では、あらためて……かんぱーい」
「かんぱーい!」

 俺たちは大いに食べ、飲んだ。

 楽しかった。
 この世界に転生して以来、きっと初めてだ。

 魔王の呪いや人間との戦い、そして俺自身の破滅の運命……そんなプレッシャーから解放され、何も考えずにただ食事や酒に没頭できるのは。
.20 ハーレム飲み会


 楽しい飲み会は続く。
 酒を飲み、美味しい料理を食べ、いい気分で宴が進む。

「なあ、コーデリア。俺がやったことって正しかったのかな?」

 俺は隣に座るコーデリアに語り掛けた。

 魔王城で、魔族と人間の戦いに割って入り、双方を引かせたことを言っているのだ。
 あれは――単なる自己満足だったかもしれない。

 俺が間に入ることで、この場での戦闘はとりあえず回避できた。
 けど、魔王軍も人間軍も武器を補充したら、また戦闘を始めるだろう。

「あのときは正しいと思ってしたことだけど、今振り返ると、単に正義の味方ごっこをしたような気になってさ……」
「お悩みなんですね、ベルダ様」

 コーデリアが俺に寄り添う。

「少し……な」
「どうぞ」

 コーデリアが微笑みながら酒を差し出した。
 新しい酒だ。

「あたしも一緒に。少しでも気分がまぎれるかと」

 コーデリアが一礼して、自分の分も注いだ。
 俺たちは笑みを交わし、乾杯する。

「ありがとう。いつもそばにいてくれて……気遣いも感謝するよ」
「っ……!」

 お礼の言葉にコーデリアの顔が真っ赤になった。

「こ、この程度、お礼には及びません……」
「あいかわらずだな」

 俺は笑った。
 彼女と出会って、せいぜい一月ほどだが、もう何年も一緒にいるような気がしていた。
 それだけ密度の濃い時間を過ごせていたからなのかもしれないな。

「あ、二人っきりでずるいです」
「ちょっと目を離すと……油断ならないね」
「ボクもベルダ様ともっと飲む~」

 三姉妹がたちまち俺を囲んだ。

「あ、ちょっと。今はあたしがベルダ様と話してるんだぞ」

 抗議するコーデリア。
 ぷうっと頬を膨らませた顔が可愛らしい。

 道中、こんな表情はほとんど見なかったな。

 軍から離れてコーデリアも変わりつつあるのか?

 変わっていこうとしているのか。
 あるいは、これこそが彼女の本当の姿なのか。



「あー、楽しかった」

 飲み会を終えた後、俺は部屋でくつろいでいた。
 ちなみに全員個室で隣り合わせである。

 こんこんとドアがノックされた。
 魔王軍の追っ手や、人間側の刺客が来る可能性もないわけじゃない。

 俺は一応警戒しつつ、ドアを開けた。

「コーデリア……?」
「夜分に申し訳ありません。少しだけ……お話させていただけますか」

 言ったコーデリアの顔は、ほのかに赤らんでいた。
.21 俺とコーデリア、二人きりの話


 コーデリアが入ってきて、俺は少し緊張を高めていた。

 部屋の中に二人っきりというシチュエーションには独特の緊張感があるな……。

「話ってなんだ、コーデリア?」

 俺はその緊張を押し殺してたずねた。

「ルーミィたち三姉妹のことです」
「ん?」
「ベルダ様は……『崩王の宝玉』を得るために、彼女たちと契りを結んだのでしょう?」
「契り……あ、ああ、エッチしたってことか。まあ、その……うん、した」
「っ……! ストレートに言われると恥ずかしいです……っ」

 コーデリアが真っ赤になった。

「あ、悪い」
「ううう……」

 彼女は顔から火が出そうな勢いで、一気に真っ赤になっている。
 頬も、尖った耳も、首筋辺りまで全部赤い。

「あ、いえ、話を続けますね。あたし……その」

 コーデリアがモジモジしながら告げる。

「……正直に言います。あたし、あのときすごく嫉妬しました」
「えっ……」
「あなたを……お慕いしているからです、ベルダ様」

 コーデリアは俺をまっすぐに見据えていた。

 俺の方は息をするのも忘れるくらいに驚いていた。

 まさか、いきなり恋の告白をされるとは。
 まあ、好意を持たれてるっぽいのはさすがに感づいていたけどな。

 ただ、そう簡単に『好きです、ベルダ様!』なんて迫ってくることはないだろうと思っていた。
 なぜなら――、

「俺はお前の親の仇だろう」
「それは魔王様の命令を受けてのこと。それに戦いの中でのことでしょう」

 首を左右に振るコーデリア。

「そうかもしれないけど……簡単に割り切れることなのか?」
「簡単では……ありません……っ」

 言って、コーデリアの表情がかすかに緩む。

 ん、なんだ?

「それに――あなたは、あのときのベルダ様とは別人でしょう?」

 俺はハッと息をのんだ。

「お前、気づいて――」
「あなたの一番側にいるのですよ。さすがに違和感に気づきます」

 コーデリアが悪戯っぽく笑った。

「俺は……」

 彼女にどう言えばいいだろう。

 今まで通り、ごまかすか。
 何も言わないのが、一番安全な気がする。

「俺は『暗黒騎士ベルダ』だ」

 だから、通り一辺倒の返事をしておいた。

「……そう、ですか」

 だけど、

「いや、やっぱりこの言い方は不正確だな」

 ゆっくりと息を吐き出し、俺はコーデリアに向かい合う。

 やはり、誰かに聞いて欲しかった。
 俺が何者なのかを。

 突然、見知らぬ異世界での生活が始まり、今までの自分とは全然別の存在になり、知り合いが誰一人いない世界で孤独に戦う――。

 そんな生活に疲れ始めていたのかもしれな。

 そして、それを打ち明けられる相手はコーデリアしかいなかった。
.22 俺はコーデリアに真実を告げる


「異世界の人間……」

 コーデリアは目を丸くして俺を見つめている。

 やっぱり、信じてもらえないかな。

 まあ、それはそうだろう。
 俺だって逆の立場だったら、たぶん信じられない。

「いや、悪かった。こんな話、信じてくれっていうほうが無茶だよな」

 俺は彼女に頭を下げた。

「混乱させてしまったな。今の話は忘れてくれ。俺のたわごとだから――」
「信じます」

 コーデリアは、けれど俺の言葉に首を振った。
 微笑みをたたえ、優しく俺を見つめている。

「あなたの言葉を信じます、ベルダ様」

 コーデリアがもう一度、そう告げた。

「コーデリア、お前……」
「ベルダ様が本当のご自身をさらけ出してくれた以上、あたしも――」

 彼女は突然、服を脱ぎ始めた。

「えっ、あの……」
「本当の、自分を……」

 一糸まとわぬ姿を俺の前にさらす。

「コーデリア……!?」
「嫉妬している、と申し上げたでしょう。あたしのことも……彼女たちのように抱いてくださいませ」

 えっ、それって――ルーミィたちに対抗意識を燃やしてる、ってことか?

「ベルダ様……」

 混乱する俺にコーデリアが抱き着いてくる。
 そのままの流れで、俺たちの唇が重なった。

 柔らかな唇を吸いながら、下半身に熱が集まるのを感じる。
 酔っていることもあって、いつもよりも欲望の高まりが激しかった。

「……いいのか?」
「二度も言わせないでください、ベルダ様。恥ずかしい……です」

 頬を赤らめ、うつむくコーデリア。

 俺は手早く衣服を脱ぎ、彼女をベッドの上に押し倒した。
 白い裸身はまさしく芸術品だ。

 その美しさに息をのみ、淫靡さに下腹部をこわばらせながら、俺はコーデリアの体に覆いかぶさっていった――。



 そして、翌朝。

 窓から差し込む朝日で俺は目を覚ました。

「ん……」

 隣のコーデリアもちょうど目を覚ましたようだ。

「ベルダ様……」

 上体を起こすと、豊かな乳房が俺の目の前であらわになった。

「えっ……? き、きゃあっ、あたし、裸だった……!」

 慌てたように両手で胸を隠すコーデリア。

「……うう、昨日のことを思い出すと恥ずかしいです」
「俺も割と照れてる……」

 というか、恥ずかしがる彼女を見て、俺まで恥ずかしくなってきたのだ。

 昨晩は、彼女を抱いたんだよな……。

 あらためて思い起こすと、夢のような一夜だった。
 コーデリアは、処女だった。
 俺に初めてを捧げ、幸せそうに微笑んでいた。

 まだ彼女の肌の感触を覚えている。
 まだ彼女の蕩けるような内部の感触も覚えている。

 めくるめく快楽と、そして愛おしさ。

「ベルダ様」

 コーデリアが俺に向き直った。

「今後とも――末永く、よろしくお願いいたします」

 丁寧に一礼する。

「俺の方こそ、よろしくお願いします」

 俺も礼を返した。

 ――って、これじゃ結婚の挨拶みたいだな。
.23 魔王ゼルファリスの想い1(魔王視点)


「おのれ、ベルダめ……」
「どうか、お心を安らかに……魔王様」

 現れたのは、魔王四天王の一人にして、魔王軍最強の魔術師……ヴィムだった。

「ヴィムか」

 魔王が彼女を見つめる。

「私もベルダくんの離脱はとても残念です」
「……本当か? 顔がニヤついておるぞ」
「気のせいです」
「じー」

 魔王は側近を凝視した。

「……魔王様がひそかにベルダくんに恋していたのが、これを機に暴走するかなーと楽しみにする気持ちがあったりなかったり」
「まったくお前は……相変わらずだな、我が妹よ」
「お姉さまは見ていて飽きませんもの」
「魔王様、だろ」
「二人のときくらい、いいじゃないですか」

 ヴィムが笑う。

 そう、この二人は姉妹だった。
 性格は真逆に近いが――。

「まあ、いいか。しかし、やはりベルダの存在は惜しい。いや我が奴に恋をしているとかしていないとか、そういう話ではなくてな」
「傍に置いておきたいですもんね」
「だから、違うというに! いや、違わんか……」

 魔王は顔を赤らめながら、

「ただ、戦力として惜しいというのは本当じゃぞ」
「魔王軍最強戦力ですからねー。しかも色々アイテムを手に入れて、さらに強くなったみたいです」
「うむ。我も本気でなかったとはいえ、奴に後れを取った……相当強化されている……」

 うなるゼルファリス。

「私が、もう一度ベルダくんと話してきましょうか?」
「何?」
「丁寧に説得すれば、魔王軍に戻ってくれるかもしれませんよ?」

 と、ヴィム。

「真意はなんだ?」

 魔王が彼女をにらんだ。

「やだなぁ、ベルダくんは私にとって大切な友人。戻って来てほしいと思う気持ちは魔王様と同じです」

 ヴィムが笑った。

「……ふん。お前も我と距離を置きたいのか」
「なんのことでしょう?」
「とぼけるな。これからの運命(シナリオ)を薄々感づいておるのだろう?」

 魔王の表情が険しくなる。

「我らはしょせん創造神の運命に逆らえぬ。誰一人……」
「私たちを待ち受けているのが滅びの運命とは限りませんよ?」

 ヴィムはにっこりと笑った。
.24 魔王ゼルファリスの想い2(魔王視点)


「違う可能性だってあるかもしれません。魔王軍の大勝利エンドとか」
「あるわけがなかろう」

 魔王はため息をついた。

「正義が勝ち、悪しき者は敗れる――最後にはそうなるよう決まっておる」
「私たちが敗れる、と?」
「当然だろう」
「ですが、この世界は物語ではありませんよ、お姉さま」

 ヴィムの笑みが深くなった。

「私たちの立ち回り次第で、きっとシナリオを変えることはできます」
「シナリオを――」
「たとえば、創造神(ウン=エイ)と掛け合うとか」

 ヴィムが笑う。

「お前は……何かを知っているのか? 我も知らない何かを」
「ふふ、なんのことでしょう」

 魔王はヴィムに近づく。

「いいだろう。お前はベルダを追え。なんとしても我が軍に連れ戻せ」
「了解です」
「そして――もしシナリオを変える方法とやらがあるのなら、実行してみせよ。我らの滅びの運命を覆せ」
「それも了解です。では」

 言うなり、ヴィムは姿を消した。

「ふむ……我が滅びずに済むのなら……たのむぞ、ヴィム」

 今一つ信用が置けない側近だが、今は彼女に頼るしかない。

 魔王は空を見上げ、ため息をついた。
.25 そして旅路は続く


 俺はロビーに降りた。

 少し遅れてコーデリアがやってくる。

「どうせなら一緒に来ればよかったのに」
「いえ、その恥ずかしくて……ベルダ様のお顔を見るのが……」

 言いながら、視線を逸らすコーデリア。

 もはや、初対面のときのクールさは微塵もないな……。
 めちゃくちゃデレてる感じだ。
 と、

「ん? んんんっ? なんか二人の空気が変っ」

 新たにやって来たのは、巫女三姉妹の次女カレンだった。

「さては……昨晩はお楽しみでしたねっ?」
「っ!?」

 俺の隣でコーデリアが言葉を失った。
 ものすごい勢いでモジモジし始める。

「あわわわわわわわわわわわ」

 いや、モジモジしすぎだろ!?
 なんか両手の動きに残像ができてるし……。

「ふーん……ま、それくらいで動揺したりしないもんね! っていうか、あたしだってベルダ様とエッチしたし! 純潔を捧げたし!」

 そのとたん、周囲の客がいっせいに俺たちを見る。

「あんなかわいい子を二人も……」
「純潔を捧げたって……ぐぬぬ、許せん」
「うらやま……うらやま……」

 たちまちあふれる怨嗟の視線と声。
 うああ、居心地悪い……。

「ともあれ――これでコーデリアさんもライバルだねっ」

 カレンがコーデリアをびしっと指さした。
 コーデリアの方はまだモジモジしている。

「ライバルって……」
「ふふふ、もちろん、恋のライバル! 略してもちこい!」
「略されても……」

 思わずつぶやく俺。

「どちらがベルダ様のハートを射止めるか、勝負だねっ」

 カレンの目が燃えていた。

「あ、あたしは、その恋と言われても、えっと……」

 一方のコーデリアはモジモジしている。

 もはや、初対面のときのクールさは(以下略
 さらにルーミィやライカもやって来た。

「……まさか、ベルダ様。コーデリア様と……」

 ルーミィがジト目になっている。

「えええ、ちゃんとボクだけを見てよ、ベルダ様~」

 ライカが悲鳴を上げている。

 うーん、完全にハーレム状態だなぁ。
 まあ、悪くない気分ではあるが、正直戸惑いもある。

 人生において、ここまで立て続けに女性から迫られたことはなかったからな。

 ともあれ、俺たちの旅路は続く。

 その先に何が待ち受けているのか。
 願わくば、平穏で幸せな人生を送っていけることを――。