ようやく城を抜け、尾根に入る。

ここからが本当の保管庫であり、勝手に住み着いたモンスターたちが作ったダンジョンだ。

俺ですらその全貌を知らない。

「ようやく調査対象地域に入ったぞ」

 真っ暗な山の中だ。宿舎を出発してから、もう数時間が経っていた。

「ここで一旦、休憩にしよう」

 支給品の携帯食料で、簡単な昼食を済ます。

魔力で焚いた火の灯りで、イバンは地図を広げた。

「ここまでは魔王城の、いわゆる表の面を通ってきた。建物の中では、外交的な部分だ。ここからは本当のダンジョンに入る。通路が整備されているところもあれば、そうでないところもあるようだ。俺たちが調査するのは、ここだ」

 ダンジョンの入り口に当たる現在地からは、まだ距離がある。

「迷路が完全に攻略されている階から、三つ下層に降りる。この階にあるこの扉の向こうが、まだ未調査で地図も完成されていない。それを調べるのが、俺たちの仕事だ」

「今日中にその扉までたどり着ける?」

「何とかたどり着けるだろう。ここまで行って、そこで今夜は休むとしよう。明日からは本格的な調査だ」

 フィノーラは水筒から水を飲む。

「なんだか、気味が悪いわ」

「魔王城の中にいるんだ。平気な奴なんているかよ」

 支給品の松明に明かりを灯す。

マジックライトだ。

これで暗闇に悩まされることなく、地下ダンジョンを歩ける。

イバンの持っている地図は、俺のみる限りでも正確なものだった。

各階に仕掛けられた罠も、全て解除されている。

俺たちは見えない橋を渡り、隠し通路を抜け、落とし穴を回避しながら、順調に先へと進む。

「ここだ」

 ようやく行きついた通路の先に、それを塞ぐ大きな扉があった。

ディータがそれをこじ開けようとしても、固く閉じられていて、開かない。

「まさか、この扉を開けるのも、ミッションって言うんじゃねぇだろうな」

「鍵はある」

 イバンがそれを差し込むと、スッと扉は開いた。

禍々しい風が、奥の闇から吹きつける。

その臭いに、全身の毛が逆立った。

「ねぇ、やっぱちょっと閉じとこうよ」

「そ、そうだな……」

 ディータまでもが、その空気に恐れている。

彼らはすぐにその扉を閉じた。

イバンはその仕掛けを、丹念に調べている。

「とんでもない所まで来ちまったなぁ。一度閉じたら、また鍵がないと開かないんだろ?」

「どうやらそのようだ。この付近で魔物の出現は報告されていない。全て駆逐済みだそうだ。結界も張られている。だがこの扉の先には、その保証はない。ゆっくり休めるのは、ここまでだ」

「最悪ね。こんなところで寝るはめになるなんて」

 松明の明かりはつけたまま、各々が毛布にくるまる。

俺はなぜか他の三人と同様に、なかなか寝付けずにいた。

本当に久しぶりに、ぐっすりと眠れるはずなのに……。

「眠れないの?」

 フィノーラの声に、俺は頭から毛布を被る。

「ナバロ、辛いんだったら、辛いとそう言え」

 イバンの目が、じっと俺を見ている。

「もしかして、怖ぇのか?」

「そんなこと、あるわけないだろ」

 俺には分かる。

ナルマナの団城よりも、さらに強くその臭いを感じている。

ここに残る自分の臭いと、その臭気に満たされたかつての仲間たちが、このすぐ足元に眠っている。

俺の城だ。

復活の時を、生き残ったあらゆる者たちが待っている。

聖騎士団によってかけられている、この強固な結界も、一切問題にならない。

俺は身を保つ魔法を、もう一度強化する。

明日にはいよいよ、その時が来る。

 翌日になって旅支度が整うと、もう一度イバンはその扉を開いた。

マジックライトである松明で照らしてみても、数メートル先までしかその光は届かない。

「どうやって調べるんだよ」

 ディータはため息をついた。

「全員で松明を灯してくれ。互いに目に見える範囲で、ダンジョンを行き交い、ゆっくりでいいから、確実に地図を完成させて行こう。手間はかかるが、この灯りが灯る範囲は安全だ。もし消えたら、すぐに戻ってくれ。それが仲間と離れ過ぎているという、危険信号にもなる。近づけば、また火は灯る」

「安全には変えられないものね。分かったわ」

「モンスターには注意して。あと、罠や仕掛けにもな。何かあっても、簡単に暴れるなよ、フィノーラ」

「分かってるわよ」

「では、行こう」

 なんて面倒な作業を始めるつもりだ。

こんなことをしているから、俺が死んだ後、十年経っても悪夢を見つけられないワケだ。

やってられるか。

隠し場所まで、まだまだ遠い。

「俺はこっちを見に行ってみてもいい?」

 松明を片手に、一人奥へと進む。

「それは構わないが……。ナバロ、あまり遠くへは行くなよ」

 イバンの険しい目が、じっと俺を見つめる。

「当たり前じゃないか。こんなところまで来て、誰がそんなヘマをするかよ」

 フラリと歩き始める。

ようやくここまで来た。

これで本当のお別れだ。

ご苦労だったな。

ここまで安全に俺を連れてきたことを、後悔するといい。

「遠くへはいかないよ。うん。分かってる……」

 ここは俺の城、俺の造り出した迷宮、俺の闇だ。

こんなところ、目をつぶっていたって通れるさ。

悪夢が俺を歓迎し、こんなにも呼んでいるのが、どうしてあいつらには分からないのだろう。

手にした松明の灯りが消えた。

俺はそれを床に落とす。

離れたら消える仕掛けだって? 

消えたら戻ってこい? 

バカバカしい。

俺はこんなにも、彼らと離れたがっているのに……。

「どうした、ナバロ。灯りが消えたぞ、戻ってこい!」

 イバンの声が聞こえる。

すぐ目の前に、吹き抜けとなっている暗闇が、口を開けていた。

通路から足を踏み外すと、階下に落ちる落とし穴だ。

ちょうどいい。

ここから一気に、下層階まで行ってしまおう。

多少の遠回りにはなるが、その方が奴らを巻く手間は省ける。

「すぐ行くよ。待ってて」

そう返事をして、俺はその闇へ踏み出した。