虐げられた巫は言祝ぐ蛟龍のつまとなる

 ひふみよいむなや
 ここのたり
 いつとせ
 むとせ
 ななとせと
 ももとせたてばゆらゆらと
 いめにくちなは
 あらはるる
 かためひらきて
 あひみたし


 思い出すのは幼き頃の母の腕。眠い眼をこすれば歌う、魂の(しず)め歌。
「リツ、リツや。賢き吾子(あこ)よ」

 ひふみよいむなや
 ここのたり
 いつとせ
 むとせ
 ななとせと
 ももとせたてばゆらゆらと

「リツの言の葉には魂があるの。だから良き言葉を使いなさい」
 夢うつつ、母の温かい腕に抱かれ、リツはゆらゆらと微睡(まどろ)んだ。子守歌には鎮めの歌を歌って聞かせる母の声。
 甘くやわらかな日々。こんな日が永遠に続くものだと思っていた。

 でも、これはすべて夢まぼろし。
 早く目を覚まさなければ。
 一刻も早く。

 そして、今日も凄惨な日々が始まる。


 ***


「リツ! このうすのろ!」
 容赦なく振り下ろされた鞭に、リツはくっと歯を食いしばる。仕立てたばかりの衣が破れ、背中にじんわりと血が滲んだ。
雄鶏(おんどり)四つ鳴くまでに起きるようにとあれほど言っただろうに、どこまでも人を莫迦(ばか)にしたむすめだよ!」
 鞭がしなり、またひとつ。リツは唇を噛みしめた。
 いいえ、ちがいます。お方さまは雄鶏六つと仰いました。その一言が言えればどんなにいいか――。

 まだ神々が人のすぐ側で息づいていた時代。
 人の住まう瑞穂(みずほ)の地、その地にある国のひとつ()の国は風光明媚。絢爛豪華な佇まいで文化芸事の一等地として名を馳せていた。背後の山上に大きな湖を持ち、扇状に広がった国は湖がもたらす豊かな土と清浄な水の流れでもって栄華を極めていたのである。

 巳の国に、青の屋根を持つ妓楼(ぎろう)があった。
 その妓楼で娼妓見習いとして働くリツは、見目麗しい娘である。
 流れるようなたっぷりとした黒髪。憂いを帯びたような瞳も同じく烏の濡羽色。華麗というよりも(たお)やかな、吹けば飛びそうな繊細な美しさを持つ娘であった。
「ふん、可愛げもない。もう鞭は慣れっこだろうね? いいだろう。堪忍おし」
 楼主のつま、ヤソは目を三日月の形に歪めて嗤った。
「さっさと支度をしな。旦那さまがお呼びだよ」
 リツはごくりと喉を鳴らす。

 与えられた粗末な自室に、ひと(こり)行李(こうり)。取り出した衣は手の上で(とろ)けるような極上の絹。それをさらりと素肌に纏い、前はわざときっちり合わせる。色は白。または薄紅。肌に吸い付く絹の衣は、華奢なリツの体に沿って緩やかに床へと流れ落ちた。髪に挿すのは紅梅の玉。化粧(けわい)を施し紅を入れ、リツは心を落ち着かせた。

 ――大丈夫。

 もう何度も経験したのだから。それでも震える掌を、リツは自らの胸に抱きこんだ。

 ――私は何も感じない。何も思わない。心を消して痛みを消して。

 足早に廊下を渡り楼主の自室の壁を叩くと、銅鑼声で入れと告げられる。
「お待たせしました、旦那さま」
 両の手を組み拝すると、すかさずその手に一閃。
 皮膚の焼かれる痛みに、リツは顔を歪めた。
「おお、その顔じゃ。リツ、ぬしのその顔がなによりの馳走」
 楼主ジタは鞭をにぎりしめ、にやけた顔で舌なめずりをする。二、三、鞭が走り、絹の衣が切り裂かれ、じわりと血が滲みだす。
 主は、リツの着る衣が赤に染まるのを楽しんでいるのだ。

 やめてくれと、リツは言えない。リツは否を言ってはならない。痛くとも、苦しくとも、リツは唇を噛み締めてうつむき耐える。自分を守るためにも、リツは()(こと)()を口に乗せてはいけないのだ。


 リツが自身の持つ力に気づいたのは、皮肉にも母が亡くなったすぐ後であった。
 (よわい)八つの頃である。
 母一人、子一人で暮らしてきた身。頼れるものもなく、残されたむすめがその後の生き方を自分で選べるはずもない。気づけばこの妓楼がリツの第二の家となった。

 初めて妓楼へ足を踏み入れたときは、少しだけわくわくした心持ちだったことを覚えている。見るものすべてが煌びやかで、艶やかなおんなたちはリツに向かって軽く手を振ってくれる。
 しかし、表が艶やかであればあるほど、光が満ちていればいるほど、影は濃くなり澱むもの。リツの器量が純粋に愛されたのは初めだけ。妬み、嫉み、あらゆるおんなの負の感情を一心に背負うようになるまで、大した時間はかからなかった。

 ある日のことである。
 リツはヤソの言いつけを間違え、ほんのひとさじ、自分の(いい)を多く盛る。目ざとく見つけた禿(かむろ)に大声で言いふらされ、リツは初めて折檻を受けた。

 髪を掴まれ、引きずり倒され、背中と手に鞭を一閃。
「卑しい小むすめ! 親も親なら子も子だよ!」
 ヤソは口を歪めてリツを罵った。その言葉に、リツはカッとなる。
「なぜかかさまが出てくるのです! かかさまは関係ありません!」
「あるともさ。おまえは自分の大切な母さまが何をしていたのか知らないのだろうね」
 ねっとりとした口調のヤソは口の端に侮蔑の笑みを刻む。
(かんなぎ)の血を引くだかなんだかしらないが、巫とは名ばかりの民妓(みんぎ)じゃないか。(むら)の男に股開いて食わせてもらったおまんまは美味かったろうね」
 リツは口をぽかんと開けた。
「さぞ具合がよかったんだろう、おかげでうちはとんだ大損さ。あたしがおまえを引き取るようにと旦那さまに進言したのはね、おまえの中のみだらがましい性根を見抜いたからなんだよ。母譲りの好きものだ。おまえの母がウチの稼ぎを邪魔したそれ以上に、せいぜい絞れるだけ絞ってやらなければ気がすまないからね!」

 幼き頭には言葉の意味の全てまでは分からない。ただ、自分の大切な母が口汚く罵られていることだけはわかったので、リツは(まなじり)にぎっと力をこめた。
「かかさまは立派な方です!」
「おだまり!」
 好き放題に殴られ、蹴られ、鞭を振るわれ、リツは呻いた。床に倒れ込んだリツに唾を吐き、ヤソは居丈高に部屋を出る。無情にも降ろされた鍵の音が、リツの脳内に木霊した。

 折檻部屋に一度入れられたら、丸一日は出られまい。痛む体を丸めて、リツは涙を落とす。
「かかさま……」
 優しく温かかった母のぬくもりを思い出して、リツは己が(かいな)で自らの身体を抱きしめた。
 腹部を蹴られたからであろう、胃の()から()えた匂いの液体がこみ上げて、リツはたまらず嘔吐(えず)く。
 自分が何をしたのだろう。母が何をしたのだろう。幼い頭では何も分からぬ。ぐしゃぐしゃになった感情のまま、リツは初めて悪し言の葉を口にしたのである。

「……【痛い】」

 どくん、と心の臓が波打った。
「痛い」
 全身が熱い。ぼこぼこと血が波打つ感覚に、リツはたまらず転げまわった。
「痛い、痛い、痛い……!」
 体中が引き攣れるように痛い。蹴られ殴られたからではない。四肢を無理矢理ねじり切られるような痛みに、リツは床をのたうち回る。
 そして、リツは目を疑った。
 爪先から指へ、指から手首へ、黒い痣が広がっていくのである。
「ひいぃ……!」
 あまりの痛みにリツは意識を手放し――起きたときには、痣はすでに消えてなくなっていた。


 それからもたびたび同じようなことが起こり、リツはすっかり理解した。
 悪し言の葉。【痛い】、【辛い】、【苦しい】。
 これらの言の葉を唇に乗せると、リツ自身へと(まじな)いとなって返ってくる。その言の葉の意味する通りのことが、起こってしまう。

 ――リツの言の葉には魂があるの。だから良き言の葉を使いなさい。

 物心つく前からの母の教え。良き言の葉を使いなさい。これは、こういうことだったのだ。

 苦しい時に苦しいと言えず、やめてほしいときにやめてほしいと言えないリツは、次第に玩具のような扱いを受けるようになった。
 いつからだろうか、リツが楼主ジタの慰みものとなったのは。
 売り物である娼妓を傷ものにすることは楼主としては許されぬ。しかし、リツなら話は別だ。口にすることができないということは、助けを求めることができないということ。その呪いに気づいたか否かは別としても、楼主ジタとて何十人もの妓女を抱える身だもの。おんなの特性を見抜くことなど造作もない。

 ジタはリツの体そのものをいたぶることはしなかった。嗜虐に満ちた欲望のはけ口として使うことを好むため、齢十八になった今でもリツは未通女(おぼこ)のままである。
 しかしながら、昼夜を問わず毎日自室へ呼ばれるリツを、同じ家業のおんなたちがどう思うかは火を見るより明らかだ。

 良い衣を与えられ、狭いながらも自室を与えられ、特別な扱いを受けるリツは、楼主ジタの家妓(かぎ)である。そのようなことが口ずさまれた。
 しなる鞭を体で受け止め、リツはそれでも涙を落とすまいと拳を握って耐え忍ぶ。
 毎日毎夜くり返される嗜虐のあそびに、リツの肌は引き攣れ赤く爛れてしまっている。そんなこともお構いなしで、楼主ジタは鞭を振るい、新たな引き攣れをリツの肌に刻むのだ。

 ヤソはジタのあそびには口を出さない。しかしながら体に傷を受けているリツを売り物にすることはとうに諦めているようで、ジタとともにリツを苛むことを楽しみとしているようであった。


 今日のお勤めを終え、痛む体を引きずってジタの部屋を後にする。
 自室へ戻る廊下の道すがら。丸窓の外を見やると豪雨であった。
 リツは眉を曇らせる。
 特別雨が嫌いなわけではない。しかし、巳の国を守るように聳え立つ山、その山頂の湖の様子が気になっていた。

 ――なにごとも起きなければいいのだけれど。

 湖には、巳の国の守り神である蛟龍(みづち)が住まうという。巨大な蛇の体を持つあやかしが、長い刻をへて龍になる。その龍になる前の姿を蛟龍と呼ぶ。
 蛟龍は治世を見る。良き行いが多ければ蛟龍は国を豊かにし、悪し行いが多ければ国を亡ぼす。その者が怒り嘆くときは長雨が続くのだと、そのように言い伝えられていた。

 蛟龍の怒りも怖ろしい。しかし、今専ら巳の国を悩ませているのは雨だけではなかった。
 長引く雨で、悪いやまいが流行りを見せているというのである。それはこの楼も例に漏れず、何人ものおんなが罹患し、いのちを落としていた。
 そろそろ大王(おおきみ)も重い腰を上げるであろう。そのような事をジタやヤソが話しているのを聞いたことがある。

 ――いけない。

 リツは足を早める。
 まだ日は昇ったばかりである。着替えて仕事に戻らねば。リツは血に染まった衣をかき抱き、足早に廊下を渡った。



 そのリツの背中を見つめる、二対の瞳が丸窓の外にあった。黄金色の宝玉の如き瞳が、きらりと瞬く。
 豪雨の中、木に絡まるように体を支え、首をもたげているのは(くちなわ)である。蛇はしばらくリツを見つめると、ちろりと先割れの舌を出し、天を仰いだ。
 そのままするすると雨にほどけ、まるで夢まぼろしのように姿が掻き消える。
 そこには、ただ大地を揺るがすような雨音が残るばかりであった。


 ***


「リツ。旦那さまがお呼びだよ」
 ヤソの声に、リツは驚いた。
 刻は中天をほどなく過ぎ、日々の仕事のひとつである床磨きを終えたばかりでのお呼びである。楼主ジタは残忍な男だが、己が立場を(わきま)えている。刻を置かずしてリツをいたぶることは彼女の命に関わると知っているため、お呼びはだいたい日に一度。または刻を開けて朝と夜。それが定石のはずであった。
 これほどまでに刻を開けずにお呼びがかかるのは、初めてのことである。

「リツや」

 急ぎ自室へ戻ろうとしたリツに、ヤソが声をかけた。やけにのっぺりとした声に、リツはぎくりと足を止める。
「はい、お方さま」
「今持っている衣の中で、一番上質なものを着ていくように」
「……はい、お方さま」
 頭の中に、もやもやと疑念が混じる。
 ヤソがこのように衣の指定をすることなど、今まであっただろうか。

「化粧は念入りにするんだよ。紅もしっかり引いて。お前は顔だけは見栄えがするんだからね。髪は流すよりも結い上げて、挿しものはなし。その代わりに飾り花をあしらうんだよ」
 ヤソは嬉々としてリツの黒い髪をひと房手に取った。
「旦那さまのおあそびでけちのついたお前だもの。体についた醜い痕も、売り物にするにはもう手遅れだ。そんなお前でも役に立つことができる。こっちは厄介払いができるうえに、おあしもたくさんいただけるんだ。こんなおいしいことはない」
 そのままヤソはリツの髪をぐいと引っ張る。ぶちぶちと髪の切れる音がして、リツはくっと唇をかみしめた。
「泣きもわめきもしない。痛めつけても何も言わない。お前は化けものさ。化けものには化けものがお似合いだ」
 そのまま床に引きたおし、ヤソは唾を吐きかける。

「せいぜいしあわせにおなり。しあわせというのが本当にあるならね」

 鼻息も荒く去っていくヤソの背中を、リツは呆然としながら見つめていた。

 ――お方さまは、いったい何を……。

 髪に手をやり、そっと()く。手の指にごっそりと抜けた髪が絡まるのを見て、リツは天を仰いだ。

 ――私だって、泣きたい。やめてと言いたい。でも。

 こぼれ落ちそうになる涙を嚥下(えんげ)し、リツはゆっくり立ち上がる。
 支度をしなければ。ヤソが何を言っているのか、リツには分からないけれど。呼ばれたら行かねばならないのだ。さもなくばもっと酷いことが待っている。


 行李の中から取り出したのは鴇羽色(ときはいろ)の衣。不言色(くちなしいろ)の紐で腰を縛り、飾り紐をすっと垂らした。化粧は丁寧に。眉を抜き、紅を引き、同じく目尻にぽんと紅を置く。たっぷりとした髪は結い上げ、飾り花は紅梅を。

「私は大丈夫」

 口には良き言の葉を。痛めつけられていた体にすっと力が宿るような気がして、リツは微笑んでみせた。
 少しだけ戻った力を頼りに、自室を出ると廊下を渡る。
 雨はしとどに降り続き、丸窓から吹き込む風が湿った土の匂いを運んでいた。



「ただいま参りました」
 リツは手を前に組み、丁寧に拝する。すかさず鞭が来るものとして信じて疑わなかったが、予想に反して楼主ジタは何もしなかった。
「表を上げよ。リツ」
 リツを虐げているときとは別の楼主としてのジタの口調に、リツはつうと顔を挙げる。楼主ジタの部屋にはジタ本人と、もう一人。ジタの方が一段下がり、客人の方が格上として扱われているのが分かる。

 極彩色の絢爛豪華な衣を纏い、瞳に下卑た光を宿した男はリツを見て口を開いた。
「なるほど、そちらが例のおんなであるか」
「はい、間違いございませぬ」
「この器量。本当に未通女であろうな」
 ジタは頭を深く垂れる。
「このむすめは少々難儀な性格ゆえ、まだ見世(みせ)には挙げておりませぬ。条件を満たすむすめはこの楼ではリツだけでございます」
「よい。では明日迎えをよこす。礼は明日、おんなと引き換えに」
 それだけを告げると、男はリツの横をすっと抜け、部屋を後にする。鼻を掠める香りにリツは眉を潜めた。

 ――かかさまと、同じ匂い……。

 畏れ多くも神にたてまつる供物として焚きしめられる香の、独特な甘い香りである。

 ――とても、煌びやかな方だけれど……。

 母と同じように、神にお仕えする方なんだろうか。
「リツ」
 その声に、リツははっと目を瞬かせる。慌てて礼の形を取り直し、ジタと向かい合った。
「喜べ、おまえは蛟龍のつまに選ばれたのだ」
 ジタの声に、リツは目を見張った。
「蛟龍の、つま……」
 さよう、とジタは唇を歪めて頷く。
「大変ほまれなことであるからな。楼主としても協力しないわけには参るまい。おまえのようなものでもひとさまの役に立つことができるのだ、ありがたく思うように」
「旦那さま、それはどういう……!」
「わかるな、リツ。雨が長引けば見世が困るんだ。礼もはずむとのことであるしな。わしとておまえを手放すのは惜しいが……」
 ジタは好色の光を浮かべリツを舐めるように見やると、口を歪めてこう言った。
「大王の決められたことである。口惜しいが、従うしかあるまい」
 話はすんだとばかりに手で追い払われ、リツはジタの部屋を後にする。

 廊下を渡り、丸窓を見やると天の底が抜けたかと思うほどの雨である。
 リツは決して鈍い娘ではない。蛟龍のつまとジタは言うが、それはつまり。

 ――(にえ)……。

 この長雨である。
 湖に祀られる蛟龍は、治水の神。その神におんなをとつがせることで、雨が止むようにと祈願を行うのだろう。
 だとすれば、先ほどの男は大王に使える神官だ。
 リツは床に崩れ落ちそうになる体を必死で支えた。

 ――私が、何をしたんだろう。

 絶望を胸に抱え、リツは天を仰ぐ。
 巫である母を持ち、幼き頃から神がすぐそばにある暮らしをしてきたリツだからこそ。彼女は知っていた。
 神にとつぐことは即ち、自らのいのちを差し出すということ。

 泣くな。泣いても誰も助けてはくれない。それでも胸に迫る感情は、リツの中で膨らみ続け、ぼろりと一粒涙が落ちる。
 雨の音だけが木霊する廊下で、リツは静かに泣き続けた。



 ***


 久しぶりに執り行われる国を挙げてのまつりに、巳の国は大いに沸いた。
 雨をものともせずに人びとは歌い、地を踏み鳴らし踊りを捧げる。

 駕籠(かご)に籠められたリツは人びとの(はふ)りの言の葉を一身に受けながら、山の上の湖を目指す。金糸銀糸でずっしりと重い絹の衣に、花の(かんばせ)。見るものすべてを魅了するむすめが、妓女であることを知っている人は少ないのであろう。

 蛟龍のつまはほまれであると言われるものの、好んで化け物にむすめを差し出す親はなし。手っ取り早く、身寄りのないものを差し出そうとする大王や神官たちの魂胆が、リツには悔しくてたまらなかった。

 ゆらゆらと揺れる駕籠の隙間からは、湖までの道を照らす門火が見える。
 油を使い囂々(ごうごう)と焚かれる門火は、()するものを(はふ)る火だ。しかし今のリツにはそれが弔いの火のように見えた。


 水を満々と湛えた湖面が雨に濡れている。
 湖の岸には祭壇が組まれ、リツはその先へと促される。水を含んだ衣がずっしりと体に絡みついた。
 面をつけた神官のおざなりな祝詞(のりと)を聞きながら、リツは母のことを思い出す。

 ひふみよいむなや
 ここのたり
 いつとせ
 むとせ
 ななとせと
 ももとせたてばゆらゆらと
 いめにくちなは
 あらはるる
 かためひらきて
 あひみたし

 巫であった母から教わった魂の鎮め歌。この歌を真の祈りとともに奉れば、荒ぶる神をも鎮めることができるという。

 ――せめて。

 リツは祈る。

 ――せめて私のいのちを捧げることで、蛟龍の怒りが鎮まりますように。
 ――悪しやまいを食い止めることができますように。

 胸を張る。巫である母に恥じぬよう、自らのお役目を勤めよう。
「ひふみよいむなや……ここのたり……」
 神官の祝詞に合わせて、リツは鎮め歌を口にした。
「いつとせ、むとせ、ななとせと……」
 先導され、祭壇の先端に足を運ぶ。
「ももとせたてばゆらゆらと」
 板でできた祭壇は湖のさなかまで伸びていた。
「いめにくちなは……あらはるる」
 手足に(おもり)がつけられた。
「かためひらきて……」
 神官が一歩下がり、(さかき)を振った。
「あひ……みたし……」
 と、と軽く板を蹴り、リツは湖に身を落とす。冷たい水が容赦なく体を包み込み、リツはゆっくりと沈んでいく。

 このまま、自分は死ぬのであろう。

 ――巳の国の民、すべてに幸いがありますように。

 こぽりと泡が立ち上った。雨音も、もはや聞こえない。自らの心臓の音と、こぽこぽと立ち上る泡の音に包まれて、リツは静かに意識を手放した――……。



 ***


 ひやりと冷たいものが、額に添えられている。そのまま頬をたどり、唇を撫でるともう一度額へ。
 頬にさらりとした感触を受け、リツはゆっくりと目を開く。

「おはようございます」

 涼やかな声が耳朶(みみたぶ)(くすぐ)った。ぼんやりとした視界に人の顔が映り、リツは目を瞬かせる。
「えっ……!」
 身をかがめるようにして、リツの顔をのぞきこんでいる一人の男。ばちり、と目が合った。

 流れるのは銀色の髪。血を流し込んだような赤い瞳は不思議と温かな光を湛え、リツの顔を映し込んでいる。すっと通った鼻筋に、薄い唇。ひやりとした冷たさを感じるものの、表情は柔らかく温かい。
 見目麗しいという言の葉がこれほど似合う者もいないだろう。

「あ、あの……!」

 慌てて身を起こすと、おっと、と男はのけぞった。男に膝枕をされていたという事実にリツは混乱し、羞恥に体を熱くする。
「もう少し寝ていてもよいのですよ」
 残念そうに言の葉を落とす男の横で、リツはぶんぶんと首をふる。
「あの、ここは……!? 私、湖に……」
 リツは周りを見渡した。自分は湖に身を投げたはずなのに、いったいここはどこなのだろう。

 石造りの宮のようであった。東屋(あづまや)のような作りになっているようだ。瑞々しい木々の緑が眩しい。吹き込む風も清涼で、さやさやと梢を鳴らす音が聞こえている。

「どうぞ。足元に気をつけて」
 男は立ち上がると、リツにすっと手を差し伸べた。おずおずと手を取り、立ち上がる。姿が良いと思っていたが、上背もある。立ち上がったリツの頭二つ分はある長身で、結髪をしていない銀の髪が純白の(ほう)の上をさらさらと絹糸のように流れ落ちていた。

「名はなんと?」
「は……リツ、と……」
 リツ、と男は口の中で呟いて、花が綻ぶように微笑んだ。
「良い名です。特に響きがいい。我が水を正常に保つ、清らかな流れを意味する音ですね」
「あの、あなたは」
 リツの声に、男はすっと手を組み、リツに拝する。
「名を告げる前に。礼を言わせてください。あなたの鎮め歌のおかげで、わたしは目を覚ますことができました」
「鎮め歌の……?」
 ええ、と男性はにこりと笑い、リツの手をそっと握る。指先の冷たさに、リツはぴくりと体を震わせた。

「わたしの名は、ミツハと言います。しかし、この名を名乗ってもあまり意味がない。現世(うつしよ)では、わたしのことを湖の主、蛟龍と呼んでいるでしょう」

 リツは目を見張った。
「――蛟龍……!?」
 目の前の男は頷いた。
「あの歌を知っているということは、あなたは巫なのですね。言の葉に力が宿る、とても心地の良い歌でした」
 そのままリツの衣に手を這わせ、眉を寄せる。金糸銀糸で織られた衣は水を吸い、重たく体に纏わりついたままだ。
「人は本当に愚かなことをする。贄など要らぬと言っても聞く耳を持たないから困るのだ。いや、それよりも聞く力がないということか」
 言の葉に鋭さを纏わせたミツハは、安心させるようにリツに微笑んだ。

「まずは着替えを」

 細く口笛を吹くと、柱の影から一人の幼子(おさなご)が現れた。髪をみずらに結い、ミツハと同じような白い袍。くりっとした瞳は黄金で、こちらも見目麗しい御子(おこ)である。

「この者は、イダ。身の回りの手伝いに使ってください」
 イダはさっそくと言わんばかりにリツの手を取った。
「リツさま。イダがご案内差し上げます。どうぞこちらへ!」

 そのままあれよあれよと連れていかれ、リツは部屋の一室に通された。
 白い石造りの床に、同じく白い壁。天井には青い染料で複雑な文様が描かれている。丸くくりぬかれた窓から見える瑞々しい木々の緑に目を落とし、リツはほうと息を吐いた。

 鼻歌を歌いながらイダは奥の部屋から衣を数枚持ちだすと、同じく白い石でできた卓子(つくえ)の上に並べた。
「リツさまは何色がお好きでしょうか? 金青、浅葱、白縹……」
 一枚一枚を手に取って、くるくると回りながらイダはリツに衣を合わせていく。
「あの、イダ……さま」
 リツの言の葉に、イダは目を丸くし、ふにゃりと微笑んだ。
「リツさま。イダのことは『イダ』と呼び捨てになさってくださいまし」
「でも、初めてあった方にそのような」
「お優しいのですね」
 イダは目を細めてにこりと笑う。
「ですが、そのように呼んでもらわないと困ります。イダがミツハさまに叱られてしまいますゆえ」
「そう……それなら、イダ。私、今、あまり状況が分かっていないのだけれど」
 混乱するリツに、さもありなんとイダは頷いた。
「そうでしょうとも。身支度をしながらでよろしければ、イダがご説明差しあげます」

 イダは丸椅子を用意すると、リツをそこに座らせた。手巾(しゅきん)で髪の水気を叩くように吸い取ると、丁寧に髪を梳いていく。
「ここは臥龍(がりょう)の宮でございます」
「臥龍の宮……」
 リツはくるりと部屋を見渡した。煌びやかさはないが、静謐(せいひつ)な美しさを保つ宮である。
「臥龍の宮は、湖の主たる蛟龍、ミツハさまがお住まいになる宮にございます」
 髪を梳き終わると、イダは慎重な手つきで結い上げていく。

「最近のミツハさまは大層お苦しみでした。リツさまの鎮め歌をお聞きになり、ミツハさまは目を覚まされたのでございます。その御礼をするべくリツさまをお救いになると決められました。それで、この宮までお連れした、と」

 ――それでは。

 リツは考える。この宮は本当に蛟龍の住まう宮なのだろうか。だとすれば、自分は……。
 震え始めた手を己が掌で包み込み、リツは口に言の葉を乗せる。
「私のいのちは、どうなってしまったのでしょうか?」
「リツさまは、きちんと生きておいでですよ。心の臓も動いております。ご安心ください」

 そこまで言うと、イダはリツを立ち上がらせた。いつのまにか、髪が結い上げられている。
「リツさまはきれいな黒髪でいらっしゃる。以前お見かけした際の紅の衣もお似合いですが、ミツハさまの横に立たれるお方だもの。こちらの、白銀の衣にしてみましょうか」
 卓子の上の衣をリツに合わせ、にこりと笑うイダの言の葉に、リツは引っ掛かりを覚えた。
「あの、どこかでお会いしたことが……?」
 このような印象的な御子。どこかで見たなら忘れるはずがないのだが、リツにはその覚えはない。
「さ、リツさま、お召し替えを」
 リツの問いには答えずに、イダは衣をリツに手渡した。触れるだけで分かる、上質な絹である。細い銀糸が編み込まれた衣は滑らかで、さらさらと手の上を泳ぐ水のような手触りであった。

「イダがお手伝いをしてもよいのですが、こう見えてイダもおのこでございますゆえ、ミツハさまにお叱りを受けてしまいます。さ、早く」
 急かされて、奥の部屋へと向かう。
 袖を通した衣は震えがくるほどの良いものだった。着替えを終えて現れたリツを見て、イダはほうっと息を吐く。
「大変よくお似合いでいらっしゃいます」
「そう……でしょうか?」
 イダはこくりとうなずくと、リツの前に跪き、頭を垂れた。
「ようこそ……ようこそいらしてくださいました」
 真情があふれ出るような丁寧な礼に、リツはあわてて手を振った。
「イダ、顔を挙げてください。私は、そのように礼を取られるものではありません」
 リツの声に、イダは顔を挙げてにかっと笑う。
「イダはリツさまを一度拝見したことがございます。痛ましいお姿ではありましたが、それでもイダには分かっておりました。この方はいずれミツハさまを救ってくださる。穢れなき魂の持ち主であると」
 どういうことか、と問いかけようとするリツの口に、イダはすっと人差し指を立てる。
「ミツハさまがお待ちです。さ、参りましょう」


 リツの先導で、宮の廊下を渡り、元の東屋まで戻る。
 ミツハは石造りの腰掛(こしかけ)に体を横たえ、目を閉じていた。さらりと流れる銀の髪が床に落ち、風に揺られてさらさらと衣擦れのような音を立てている。
 イダに促され、リツはそっとミツハに近寄った。眠っているのであろうか、時折長い睫毛がぴくりと動く。隙のない美しさに、リツはほうっと息を吐いた。

 ――この方が、蛟龍……。

 信じられない。
 蛟龍のことは、巳の国に生まれた者なら誰でも知っている。湖に住まう、巳の国の守り神。巨大な蛇の体を持つあやかしで、いずれは龍になるという。

 まじまじと見てしまったからであろうか、ミツハはぱちりと目を開けた。鋭い赤の瞳に囚われて、リツはびくりと体を震わせる。
「ああ、すみません。驚かせてしまいました」
 気怠げな動きで、ミツハは腰掛から体を起こす。目には先ほどまでの鋭さはない。やわらかな光を湛えて、リツを見つめている。
 衣を変え、髪を結い直したリツを見て、ミツハは花が綻ぶように微笑んだ。
「とてもうつくしい。リツには銀がよく似合います」
 正面から褒められて、リツは顔に熱が上るのを感じていた。
「イダ、暫く外すように。わたしはこのうつくしいつまと話す時間を持ちたいのです」
「承りました!」
 元気よく答えたイダは、くるっと宙返りをすると、空気に溶け込むように消えてしまう。

「さあ、御手を」
 ミツハにすっと手を差し出され、リツは困惑する。まだ夢の中にいるような心持であった。

 神が傍で息づいているとはいえ、その姿を見た者は少ない。リツとて巫の母を持ち、幼き頃から身近な存在であったはずの神である。しかし、その姿や声などを聴いたことは一度もない。

 湖に身を投げたときは、死ぬものだとばかり思っていた。それなのに……。

 なかなか手を取らないリツに、ミツハは首を傾げ、ややあって微笑う。
「緊張されているのですね。無理もない」
「は、あの……申し訳ありません……」
「大丈夫ですよ。あなたを取って食らうわけでなし。ただ、目の前のうつくしいつまを隣に座らせて、語り合いたいだけなのです」

 赤い瞳が柔らかく揺れている。リツはかちこちに固まった体が、少しほぐれたような気がした。
 目の前の美しい人が、蛟龍であるという事実はともかく。この方は、自分を決して怖がらせたりはしないだろう。

 そっと手を取ると、そのままぐいっと引っ張られる。
「も、申し訳ありません!」
 あろうことか神の膝上に乗り上げる形になってしまい、リツは大いに焦った。
「謝る必要などありませんよ。わがつま」
 ミツハは破顔すると、リツの頬にそっと親指を這わせた。冷たい指先の感触に、リツは体を震わせる。
「あ、あの……お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんなりと」
「あなたさまは……本当に、わが巳の国の守り神……蛟龍であらせられるのですか」
 ミツハは目を瞬かせる。
「おや、信じられないのですか?」
「いえ、そうではありません! そうではなくて……」
 リツはごくりとつばを飲み込んだ。
「もしあなたさまが蛟龍であらせられるのであれば、お聞きしとうございます。……雨は、どうなりましたでしょうか? 私はそのためにあなたさまに捧げられた贄でございます。きちんとお役目を果たせているのか、それが気になっているのです」
 ミツハは赤い目を丸くし、困ったように眉を下げた。

「わたしは、贄など所望しておりません」

「……そんな!」
 その言葉を聞いて、リツは戦慄(おのの)いた。それでは、自分は何のためにこの湖に身を投げたのであろうか。

 震え始めたリツをなだめるように、ミツハはリツの手を取った。
「現世では、そのように伝えられているのでしょう。しかし、わたしはこの方、贄など一度も所望したことはないのです。わたしが望んでいるのは、その歌……」
 目に柔らかな光を浮かべたまま、ミツハはすっとリツの首に指を這わせた。
「巫の心からの祈りと、鎮め歌。リツ、あなたのおかげでわたしは正気を取り戻すことができました」

 ミツハはリツの体に手を回すと、くるりと向きを変えてみせた。背面から抱きこまれる形になり、リツは目を白黒させる。
「あ、あの……!」
「悪しやまいの流行りもあって、死穢(しえ)蔓延(はびこ)るのは仕様のないこと。しかし、弔いもせず水を穢し、流れを(よど)め、我が眷属を死の淵に追いやった。この身を焼くほどの穢れと怨嗟で、わたしは我を忘れてしまっていたのです」

 首筋に氷のような声色を受け、リツはぞっとする。体が硬くなったことに気づいたのであろう、ミツハは口調を和らげた

「そのわたしを鎮めたのはあなただ、リツ。わたしの魂を穢れから救ってくれた。感謝します」

 ――ご安心なされよ。雨は無事に止んでおります。

 囁くように落とされた言の葉に、リツはふっと体の力が抜ける感覚を覚えた。
「よかっ……た……」
 役目を果たせたという安堵と、緊張と、混乱。ぐちゃぐちゃになった頭のまま、リツはふ、と意識を手放した。


 ***


 温かくやわらかなものに包まれている。
 ゆらゆらと微睡みながら、リツは温かな心持であった。
 また、いつもの夢だ。母の腕に抱かれて、とろとろと夢を見ていたころ。
 でも、これは夢まぼろし。

 ――リツ! このうすのろ!

 ヤソの怒鳴り声が聞こえる。

 ――ぬしのその顔がなによりの馳走……。

 ジタの下卑た笑い声が木霊する。

 早く起きなければ。
 一刻も早く、目を覚まして――!



「リツ!」
 その声に驚いてリツは跳び起きた。心の臓が跳ねている。体中から汗が吹き出し、リツは喘ぐ。
「あ……私……」
 リツは頭を振る。
 その顔をのぞきこんでいるのは、ミツハだ。眉を寄せ、心配そうにリツの肩に手をかけている。先程のときよりも砕けた衣で、薄絹一枚という姿である。

 周りを見渡すと、先ほどまでの東屋とは別の部屋である。部屋の中央に敷布(しきふ)が敷かれ、そこに寝かされていたようであった。
 リツの結髪は解かれていたものの、衣は着替えたときのままである。あのまま気を失っていたところをこの部屋まで運ばれた、ということなのであろう。

 既に夜。丸窓から差し込む青い光が、装飾の施された柱や、磨き込まれた床を青く染めている。

「どうしました、顔色が……」
 す、と伸ばされた手に、リツは体を震わせた。

 ――怖い。

 ただの夢だ。ヤソも、ジタも、もう自分を脅かすことはない。そう思っていても、体に染みついた恐怖はそう簡単には消えはしない。
 かたかたと震えだした掌を己が手で押さえながら、リツは唇に辛うじて笑みを浮かべた。
「大丈夫……です。少し、夢を見ただけなので……」
 ミツハは黙ってリツを見つめると、すっと立ち上がり奥の部屋へ消える。
 やがて戻ってきた彼の手には、湯気の立つ酒杯が握られていた。

「飲みなさい」

 差し出された杯をおそるおそる手に取ると、湯気に乗ってかぐわしい香りがする。手が震えて、中の酒が指先にかかった。
「息を吸って、ゆっくり吐いて」
 ミツハはリツの背に手を回すと、ゆっくりと撫でおろす。
「さ、飲んで」
 ぐっと飲み干すと、体の奥が熱くなる。同時に手の震えも、体のこわばりもほんの少し和らいだ。
 それを見届けると、ミツハは微笑み、酒杯を取り上げ小卓へ置く。

「リツ」

 ミツハはやわらかく声を落とすと、そっとリツを抱きしめた。
「あ……あの……!」
 落ち着き始めた心の臓が跳ねる。
「あなたの中に澱んでいるもの、そのすべてわたしに吐き出してください」
 ミツハの涼やかな声が、リツの耳朶をくすぐった。
「その腕の傷」
 片手でリツを抱きしめたまま、ミツハの手がリツの腕を取る。はらりと捲れた衣から見える、縦横に走った鞭の痕にミツハは眉を潜めた。
「腕だけではありませんね。リツ。この傷があなたを苦しめているのですか?」
 その涼やかな声が、あまりにも優しく耳に響くものだから。リツはこみ上げてくる涙を飲みこむことができなかった。
「っつ……う……」

 いけない。涙を止めなくては。そう思えば思うほど、こんこんと湧き上がる泉のように涙が溢れ出る。

「この傷は、どうしたのです」
「……言えません」
 リツは頭を振る。
「リツ……?」
「言えません……私には……」
 泣きじゃくるリツの髪を、ミツハは幼子をあやすような手つきではゆっくりと梳いた。
「リツ。澱は吐き出さなければ、毒となり自分を苦しめもしましょう」
 とうとうと流れる水のように、ミツハは言の葉を口にする。
「この宮は臥龍の宮。わたしは水の神、蛟龍です。水は澱を流すもの。安心なさい。すべての澱をわたしが流して差し上げます」

 ――どうして……?

 リツは嗚咽を漏らす。
「どうして、そんなにお優しいのですか……」
 ミツハは瞳を細める。
「わたしは優しくなどありませんよ」
 そう告げる声も、どこまでも優しい。
「しかし、わたしはあなたを助けたいと思っています。リツ、信じなさい」
 力強くも温かな響きに、リツは滂沱する。言えるのだろうか、自分はこの人に、言ってしまっていいのだろうか。
「私……私は……」
 そう言いかけて、ためらい、再度リツは口を開いた。

「私は、巫の血を引くと……母から言われております」

 先を促すように、ミツハはリツの髪を梳き続ける。
「そのせいでしょうか……私は悪し言の葉を口にすることができないのです」
「悪し、言の葉」
 こくり、とリツは頷く。
「ですから……お許しください。私には何も言えない……言えないのです」
 ミツハは黙ってリツの髪を梳き、ややあって呟いた

「……なるほど。言の葉の(まじな)いにかかっておられるのですね。口にすることが本当のことになってしまう。それがあなたを縛る(かせ)ですか」
 真っ青な顔で言葉を失うリツの髪をひと房取ると、ミツハはそっと口づけを落とす。

「それならば、わたしがリツを言祝(ことほ)いで差し上げましょう」
「言……祝ぐ……?」
 ミツハはリツから体を放し、腕を取り上げると、鞭の痕に口づける。
「これほどまでにひどい傷……それに耐え、言の葉に乗せられなかったのはさぞつらかったでしょうね」

 その時の感情を、リツはどのように表現したらいいか分からなかった。

 この人は、理解してくれた。この人は、自分の痛みを、苦しみを、わかってくれている。
 一度止まりかけた涙が、再びあふれ出す。

「……【辛かった】」
「よく、耐えましたね」
「【痛かった】のです」
「痛まぬよう、呪いをしましょう」
 ミツハは傷口に唇を当て、ふっと息を吹きかけた。すう、と痛みが消えていく。
「よく我慢しましたね、リツ。大丈夫。ここにいる限りは、どんな言の葉でも口にしていいのですよ。すべてわたしが言祝ぎましょう」
「……ミツハさま……!」
 まるで幼子のように。わんわんと泣きながら、リツはミツハの胸に顔をうずめた。

「あんなところしか【居場所がなくて】」
「もう戻らなくてよいのですよ」
「【怖くて】【辛くて】……!」
「それも、もうおしまい」
「【死にたかった】……!!」
「生きていてくださって、ありがとうございます」

 泣きじゃくるリツの顎を捉え上向かせると、ミツハはその額に口づけを落とす。

「これから先、死が二人を分かつまで。あなたのことをずっと言祝ぎ続けましょう」

 やわらかな赤い瞳が、リツの顔を映し出す。
 体を引き裂くような痛みも、黒い痣も浮かばない。代わりに広がるのは温かな光であった。ミツハの落とす言の葉がリツの体を駆け巡り、じんわりと広がっていく。

 それこそ体の中の澱を全て流すように、リツは泣いた。
 もう我慢しなくてもよいのだ。
 どんな言の葉でも口にしてよいのだ。
 そのことが、これほどまでに安心することなのだと、リツは初めて知ったのである。


 ***



 目覚めると、柔らかなものに包まれている。
 それがミツハの腕だと気付き、リツは慌てて体を起こした。
 頭がぼんやりとしている。目も腫れているようで、瞼がほのかに熱を持っているのが分かる。

 ミツハはまだ眠っているようで、瞼を閉じたままぴくりとも動かない。寝乱れた衣から見える男の肌にどぎまぎし、ぱっと目を逸らした。

 ――私……昨日……。

 自らの行いを思い出し、リツは顔を赤らめる。
 人前であんなに泣いたのは初めてだ。ミツハから囁かれた言の葉の数々を思い出し、リツはうう、と頭を抱える。

 表向きは妓女であるが、楼主のお抱えであったがゆえに一度も(とこ)に上がったことがない。むつごとにはとんと疎いリツである。今さらながら、羞恥で身体が燃え上がりそうになる。

 熱くなった体を覚まそうと、リツは敷布を抜け出した。
 早朝。丸窓からは朝特有の涼し気な風が吹き込んでいる。その丸窓に手をかけて、リツは外を眺めた。

 緑が青々と茂る前庭。その庭を取り囲むようにして木々が連なっている。微かに水の音がするので、小川があるのかもしれない。
 改めて、不思議な場所だ。ミツハが「現世」という言葉を使っていたのを思い出す。それではここはリツのいた場所とは違う軸をもつ、「幽世(かくりよ)」であるのだろうか。

 人ではないものが住まうという幽世は、神の領域だ。もしそうであれば、この宮を包む静謐で涼しげな空気にも納得がいく。
 そんなことを考えていたときである。

「ひっ」

 突然背後から抱きしめられて、リツは思わず声を挙げた。
「おはようございます、わがつま」
「ミツハさま!」
 リツの挙動が面白かったのであろう、ミツハはくつくつと笑う。
「よく眠れたようですね、よかった」
「はい、おかげさまで……」
 煩く鳴り始めた心の臓に気づかないふりをして、リツは答える。

「まずゆあみを。それから朝餉にしましょう」
 リツの頬に軽く触れると、ミツハは口笛を吹く。
「イダ、リツを泉へ」
「承りました!」
 リツはぎょっとする。まるで空気の中から染み出るようにイダが現れ、あれよあれよと連れ出される。

 宮の前庭を通り、木々をぬって歩くと、清らかな泉があった。丸窓から聞こえていた水音は、この泉から流れ出る川水の音のようである。
 周囲にはやわらかな草が萌え、岩肌を流るる水音が心地よい。泉は水底が見えるほど透き通っている。

「着替えの衣は、この木の枝にかけておきます」
 てきぱきとイダは枝に衣を引っかける。
「さ、衣を。お手伝いいたします」
 言われて、リツは目を白黒させた。
「……イダ」
「はい!」
「昨日、イダは確か……おのこと」
 いくら幼き御子とはいえ、異性の前で衣をはだけるのは抵抗があった。イダはそんなリツを見て、なるほど、と手を打つ。
「失礼いたしました。イダは、今日はおなごにございます」
「えっ!?」
 リツはまじまじとイダを見る。確かに、昨日よりも線が細くなっている。胸もかすかに膨らんでおり、丸みを帯びた体つきだ。
「イダ……よね? 昨日と同じ」
「はい。イダにございます。イダはまだくちなわになりますがゆえ、おのこにもおなごにもなることができるのです」
 にかっと笑うイダを見て、リツはくらりと眩暈を覚えた。

 男にも女にもなることができる、とは……。しかし、ここが幽世であればそのようなこともあろう。
 無理矢理自分を納得させて、リツは頷いた。

 意を決して衣を脱ぐ。イダは慣れた手つきで衣を受け取ると、同じように木の枝にかけた。
 ひんやりとした朝の空気に抱きすくめられ、リツは体を振るわせる。
 人前で裸になるのは得意ではない。妓楼では、湯は決められた刻に数人で入るのが常である。しかし、リツはその時間が苦手であった。
 妓女たちは、リツを仲間だとは思っていない。背や腕に走った鞭の痕や、醜く痣になるまで抓られ、蹴られた痕をじろじろと見ては、暗い嗤いを零されていたものだ。

 しかし、ここではその心配がない。そのことがリツを安堵させる。
 足先から泉へ入ると、予想に反してやわらかな水当たりだ。滑らかに肌をすべり落ちる水が心地よく、リツはふうと息を吐いた。

御髪(おぐし)を梳かせていただきますね」
 イダが丁寧な手つきでリツの髪を梳く。体の傷のことには一切触れない優しさが、リツは嬉しかった。

「昨晩はよくお休みになられましたか?」
「ええ、おかげさまで」
「ミツハさまは、お優しかったでしょう」
「……ええ」
 思い出して、リツはまた少し体に熱が上る。その様子を見て、イダは嬉しそうに微笑んだ。
「ミツハさまのつまが、あなたのような方でよかった。昨晩はミツハさまもお苦しみになることはなく、落ち着かれておりました。鎮め歌が良く効いたのでありましょう」
 イダの言葉に引っ掛かりを覚えて、リツは首を傾げる。

「苦しむ……?」

 リツの言葉に、イダははっと口を押える。
「失言でした。お気になさらないでください」
 そう言われると、気になるというもの。
「イダ……?」
「いいえ、イダは何も言えません。ミツハさまに叱られてしまいますゆえ」
 ということは、やはり何かがあるのだ。

 リツは昨晩、ミツハにいただいた言の葉の数々を思い出す。
 リツの呪いを言祝いでくれたときの、やわらかな口調。触れる指先の冷たさや、髪を梳く優しい手。
 そのことが、どれだけ自分を救ってくれただろう。
「イダ、ミツハさまは何に苦しんでいらっしゃるの?」
「言えません」
「イダ……」
 イダは髪を梳く手を止め、眉をへの字に下げた。
「イダは……ミツハさまをお救いしたいのです。でも、それと同時にミツハさまに仕える身でもあります。お言いつけを破ることはできません」
「イダ、お願い」
 リツは食い下がった。

 ――苦しんでいらっしゃる。あのうつくしい方が……。

 その苦しみを、取り除いて差し上げたい。自分にできることなら何でもして差し上げたい。リツの中に、このような感情が湧き上がるなど初めてのことである。

 ――なぜだか、わからないけれど。

「私も……イダと同じ気持ちなの。教えて頂戴、イダ」
 イダは口を噤んだ。そのまま黙って髪を梳き終わると、手巾で髪の水気を拭い、高い位置に結い上げる。
「リツさま、そろそろ」
 手を差し伸べられて、リツは嘆息した。どうやら教えてはもらえないようだ。
泉から体を引き上げ、水気を拭い、新しい衣を纏う。昨日の衣よりもやや簡素ではあるが、それでもやはり上質な絹。流れ落ちる水のような、涼やかな青い衣である。

 イダの先導で、元の道を戻る。その途中で、ぴたり、とイダが足を止めた。
 そのまま泣き出しそうな顔でリツを見上げると、イダはぐいっとリツの手を引っ張る。
「イダ!? どうしたの?」
「イダは、今から悪いことをします。お言いつけを破らせていただこうと思います」
 ぐいぐいと手を引かれ、リツは木々の奥へと連れ込まれた。しばらく歩くと、高い崖が見えてくる。その下にぽっかりと開いた洞窟があった。
 奥は見えない。どのくらい深いのかもわからない洞窟に、リツはごくりと唾を飲みこむ。
 イダはぎゅっと手に力を入れると、リツを洞窟の中へといざなう。


 予想に反して、洞窟の中は静謐な空気で満たされていた。垂れ下がった岩々からはほたほたと雫が落ち、水音が心地よく木霊する。
「リツさま、着きました」
 一番奥は、開けた広場のようになっていた。その中央に、泉がこんこんと湧き出している。
 リツは深く息を吸った。洞窟の奥だというのに、空気が整っている。清められた場所であることが分かり、思わず頭を垂れ、手を組み拝する。
「リツさま、泉の前へ」
 イダに誘われ、泉の前へと歩を進めた。改めて見ても美しい泉だ。
「この泉は、現世と繋がっているのです」
「現世と!?」
「ええ。その泉を覗きこんでみてください。……それが、ミツハさまのお苦しみの元でございます」
 イダは眉を下げ、不安げにリツを見上げた。

「リツさま……。本当にミツハさまをお救いになってくださいますか。何を見ても、本当に?」
 まるで捨てられるのを恐れている幼子のような表情だ、とリツは思った。リツは屈むと、イダのまだ幼い頬に手を添える。

「イダ。私はミツハさまに救われました。今度は私が……ミツハさまを【お救いしたい】」

 その言葉に反応するかのように、泉が光り輝いた。リツは目を細め、泉をのぞきこんだ。




 目に入ったのは、湖の青。
 巳の国の背後にそびえる山。その山頂の湖に、沢山の駕籠が止まっていた。

 担ぎ手の男たちは、駕籠の中からずるり、と何かを引きずり出した。……人だ。駕籠の中に折り重なるようにして、数多(あまた)の人が運ばれてきているのである。

 男たちは人を引きずり出すと、そのまま湖へと放り投げた。まるで物のように扱われた人は、手足が千切れ、赤黒い血を巻き散らしながら湖へと沈んでいく。
 それが何を意味するか。
 理解した瞬間。リツは小さく叫び声を漏らした。

 ――弔いもせず水を穢し、流れを澱め……。

 頭の中で、ミツハの声が木霊する。
「……なんてことを」

 流行りやまいで、数多の者が死んだという。その死んだ者たちを弔うこともせず、物のように扱うばかりか、死体を湖に沈めて……。

 あまりのことに、リツは口を押え、嘔吐いた。
 こんなことが、許されているのか。
 あれほどの数の死者。誰かひとりの考えではあるまい。湖に住まう蛟龍のことは、巳の国に住まう全ての者が知っている。不敬を働くことをよしとする者はそう多くはないだろう。
 しかし、それを一蹴できる立場の者がいる。

 ――大王……。

 へなへなとくずれ落ち、リツは滂沱する。
「申し訳ありません」
 涙が止まらない。どんなに謝っても足りない気がした。
「申し訳……ありません……」
「……リツさま」
 イダがそっと手を背に回す。幼子の高い体温が、リツの強張った心を解していく。
「ごめんなさい。イダが見せたから。謝らないでください、リツさま」
 リツは首を左右に振った。流れ落ちる涙を手の甲で拭い、ゆっくりと立ち上がる。

「……イダ、ありがとう。知ることができて、良かった」
「リツさま」
 リツはイダに頷いてみせる。

 ――私に何ができるか、わからないけれど。

「戻りましょう。……ミツハさまにお会いしとうございます」


 ***


「リツ?」
 戻ったリツを見て、ミツハは眉を寄せた。無理もない、とリツは思う。きっと今のリツは、泣きはらした瞳をしているに違いないのだ。
「どうしたのです? また何か……思い出したのですか?」
 リツは無言で首を左右に振ると、ミツハの衣をそっと握りしめた。
 言の葉がうまく出ない。もつれる舌を何とか動かして、リツはミツハに言いつのる。

「私……私にできることはありませんか」
「リツ? なにを……?」
「私は、ミツハさまを【お救いしたい】。道すがら考えたのですが、私には何も……」

 現世に戻り、大王に陳情するのは無理がある。そもそも大王に会う手立ても知らぬのだ。楼主に話を通すことも考えたが、そう巧くはいかないであろう。

 リツの表情に何かを感じたのであろう、ミツハはす、と息を吸い、背後に控えていたイダに声をかける。

「イダ」

 切りつけるような氷のような声に、イダがびくりと体を震わせた。
「お前、言いつけを破ったのか」
「ミツハさま!」
 リツはたまらず声を挙げる。
「ちがいます。イダに頼み込み、教えを乞うたのは私です。イダを叱るのはおやめください!」
 衣を掴み、必死に述べるリツを見て、ミツハはふ、と息を吐く。

「イダ。控えなさい。わたしはつまと話したい」
「……承知しました」
 イダが消えるのを確認すると、ミツハは腰掛にリツを誘う。手を引かれ、隣に座らされたリツの体は硬直していた。

 先程の、氷のような冷たい声。
 あのような声も出せるのだ、ということも、その声に明らかな怒りが含まれていることも、リツには恐ろしいことであった。
「リツ」
 叱られる……!
 思わず目をぎゅっと瞑ったリツの唇に、何かやわらかなものが押し付けられた。
「ん……っ」
「口を開けなさい」
 言われておずおずと口を開くと、やわらかなものがぎゅっと口の中に押し込まれる。

 ――甘い……。

 舌先で転がすように味わう。何かの果物のようである。蕩けるように甘く、かぐわしい香りが口いっぱいに広がって、リツはゆっくりと体のこわばりを解いた。
 目を開くと、思いがけず優しい笑顔を浮かべたミツハの顔。

「お味は?」
「……美味しいです」

 ミツハは傍らの小卓の上に手を伸ばし、細い指先で果物を摘まんだ。細長く切りそろえられている果物は黄金色で、瑞々しく果汁を滴らせている。
「もうひとつ」
 す、と差し出されて、リツは困惑する。これは、口を開けろ、ということなのだろうか。

 おずおずと唇を開くと、きゅっと押し込まれる。舌で少し押すだけで、とろとろと溶けてしまう。口の中に果汁が広がり、頭の中まで蕩けてしまいそうに、甘い。
「これは……瓜、ですか」
 ミツハは目を細めて笑うと、自らの指についた果汁をちろりと舐めとった。ひとつひとつの仕草の艶やかさに、リツの鼓動は益々激しくなる。
「まくわがちょうどよい頃合いでしたので。気に入ってもらえてよかった」
 またひとつ、摘まんで口へと運ばれそうになるその手を、リツは慌ててきゅっと抑えた。
「じ、自分で食べられます」
「わたしが食べさせたいのです」
「あの、どうか……」
 心の臓が、破裂しそうだ。顔が火照って赤くなるリツに、ミツハはくすりと笑いを零した。
「よかった。……緊張は解けましたか」
 問われて、リツははっとする。

 ――ミツハさまは、私のこわばりを解こうとしてくださったんだ。

「安心してください。イダを頭ごなしに叱ることはいたしません。ほんの少しだけ、お灸はすえねばですが……」
 ちらりと鋭さを見せた瞳をまた和らげて、ミツハはリツの髪を梳く。
「わがつま。あなたが何を見たのかを聞くのはよしましょう。しかし、気になさることはない。あなたがわたしの隣にいてくれるのであれば、それ以上のことは望みません」
「でも」
 リツは言いつのる。
「私はあなたに救われました……」
 どんな言の葉でも口にしていい、と言われたこと。自らの苦しみを分かってくれる存在に、リツがどれだけ救われたかしれない。

「ミツハさまが苦しまれているのであれば、私はその苦しみを解く手助けをしとうございます。……それが、あなたさまに捧げられた贄の役目でございます」

 次の瞬間、リツは背筋が凍るような恐ろしさを覚えた。ミツハの、赤い、血のような瞳が鋭く光っている。

「贄などいらぬ」

 氷のような声。
 リツは慌てて口を開き、何も言えず、唇を噤んだ。
「あとは、お好きなように。案内が必要であればイダを呼びなさい」
 氷の鋭さを纏ったまま、ミツハは立ち上がる。そのまま一瞥もせずに部屋から出ていく後ろ姿を、リツは青い顔で追った。

 ――怒らせてしまった……。

 血を流し込んだ瞳の鋭さを思い出し、リツは体を強張らせる。自分の、いったい何が彼をここまで怒らせたのか。考えても答えは出ない。
 どうしよう、どうしたらいい。
 ぐるぐると回る頭を冷やそうと、リツは小卓の瓜を手に取り、ひとつ口へと含む。

 ――不味(まず)い。

 あれほど甘く、蕩けるような味だったのに。口の中に広がる果汁をごくりと嚥下し、リツは俯く。手の甲にほたりと落ちた涙が、指先を伝って床に落ちるのを、ただ茫然と眺めていた。



 そのまま昼を過ぎ、夜になってもミツハは姿を現さなかった。
 リツは一人で昼餉を取り、夜は要らぬとイダに告げ、与えられた自室でぼんやりと丸窓の外を眺めている。

 自分のなにかがミツハを怒らせたことはわかっている。しかし、丸一日考えても答えは出なかった。
 風に揺れる木々の騒めきを聞きながら、リツは深呼吸する。

 ――怖いけれど。

 直接、聞きに行こう。やってしまったことは取り消せない。しかし、リツの何に怒りを覚えたのかを聞かねば、リツとて対処することが難しい。
 自らを見つめる、優しい瞳。涼やかな声、温かな笑顔を思い出し、リツは頷いた。

 夜着の上に肩掛けを羽織り、そっと部屋を抜け出す。
 本当は、案内にイダを呼ぶべきだったかもしれない。しかし、これ以上イダにミツハの怒りが向くことも避けたい。

 宮の廊下は石でできている。なるべく音を立てないように、リツはそっとミツハを探した。
 頼れるのは丸窓から差し込む月明かり。薄青く伸びる光を頼りに廊下を渡ると、不意に何かが倒れる音が聞こえた。
 同時に、呻き声。地の底から這いあがるような苦しげな声が、廊下に響き渡る。
「……ミツハさま……?」
 嫌な予感がした。
 リツは急ぎ音の方へ駆ける。廊下を渡り、角を曲がると、昨日リツが寝かされていた部屋に出る。
 その中央で、ミツハが倒れていた。

「ミツハさま!」

 慌てて駆け寄り、抱き起こすと、酷い汗を掻いている。薄い夜着が捲れ上がり、露わになった胸元に鱗のようなものがびっしりと浮き始めていた。
「ミツハさま、どうなさいました!?」
 ミツハはその声には答えない。辛うじて瞳を開けリツを認めると、強い力で突き飛ばす。

「――っ……」
「近……づく……な」
「ミツハ……さま……?」
「自分でも……何をするか、わから……ぬ!」

 言うなり、ミツハは体をくの字に折った。腕にも、首筋にも青銀に光る鱗が浮き、赤の瞳は炯々(けいけい)と輝きを増している。そのままのたうち回るように床に転がり、赤黒い血を吐いた。

「ミツハさま……!」

 痛む体を無理矢理起こし、リツは床を蹴る。男の体を抱き抱えようと手を伸ばし――その体がぐるりと反転した。

 青い文様が描かれた天井が見える。リツは腕を取られ、床にぎりりと押し付けられていた。目の前には赤い(ふた)つの光。獰猛な光を宿し、リツをぎらぎらと睨みつけている。掴まれた腕が熱い。普段はひんやりとしているミツハの手が、炎を抱き込んでいるかのような熱さを伴っている。

 色の白い、美しい顔に浮かぶ青銀の鱗。口の端からぞろりとはみ出た鋭い牙から、ほたほたと血が落ちている。

「リ……ツ、逃げ……ろ」

 赤い目が揺らぐ。狂気と理性を同時に宿しながら、ミツハは呻いた。

 ――お苦しみなのだ。

 怖くないと言えば嘘になる。けれど、リツの胸を占めるのは恐怖だけではなかった。

 ――助けて差し上げたい。この方を……。

「……ひふみよ、いむなや、ここのたり」
 リツは唇に歌を乗せた。
「いつとせ、むとせ、ななとせと……」
 母から教わった、言霊。神を鎮める言の葉が、石造りの宮に静かに木霊する。
「ももとせたてばゆらゆらと」
 ミツハの顔から、鱗がすう、と消えていく。
「いめにくちなは、あらはるる」
 リツを抑え込んでいたミツハの手から、力が抜けた。
「かためひらきて……あひみたし」

 がくり、と意識を手放したミツハを、リツは懸命に抱き起した。鱗も、牙も、引いている。しかしその体は依然として熱く、燃えるようである。

「イダ!」

 たまらず呼ぶと、くるりとイダが現れる。イダはミツハを見て、一瞬立ちすくむと、心得たように頷いた。

 イダが敷布を敷き、二人で力を合わせてその上にミツハを横たえる。起きる気配はない。ミツハは苦し気に眉を寄せ、小さく呻いた。
「リツさま……」
 イダが不安そうに声を挙げる。リツはその声には応えず、ミツハの顔を見つめ続ける。
 額にびっしりと浮かんだ汗。鎮め歌で窮地は脱したものの、苦しまれていることには変わりがないのだ。

「イダ、衣を用意して頂戴」
「リツさま!? いったい何を……!」
「現世へ行きます」
 イダが小さく悲鳴を挙げた。
「お願い、止めないで。イダ」
 リツの胸に、小さな炎が宿る。
 生れて始めて感じた、胸の中の炎。戸惑いながらも、リツは自らの心の声に従おうと決意する。

 自分は、ミツハを助けたい。そのためにできることをやるしかない。


 ***


 洞窟の泉の前に着くと、リツは息を整えた。
 髪を結い、化粧を施し、衣は白銀。腰紐も、飾り紐も深紅を選んだ。……少しでもミツハを近くに感じていたいがゆえの色である。

 イダの話では、この泉が現世と繋がっているとのことであった。
 リツはそっと足先を泉に乗せた。ふわりと体が浮遊し、風景がまるで水に溶けた油のように歪んでいく。

 その光景を冷静に見つめながら、リツは心の中で笑みを零す。自分の行動力に我ながら驚いている。

 ミツハの苦しみを間近で見たからかもしれない、とリツは思う。ミツハはああやって、湖の死穢に侵され続けているのだろう。
 神聖な湖を死穢で満たすなど、あってはならないこと。ましてやそれを、国の祭祀を司る大王が行っているのだ。
 水が澱み、神が苦しむ。その代償として数多の命が失われるかもしれない。その大義もさることながら、リツはもう、ミツハが苦しむところは見たくなかったのである。

 ――止めなければ。

 リツは静かに拳を握りしめた。不思議と気持ちが凪いでいる。胸の中に燃え上がる炎が、リツを静かに導いてくれるようであった。

 揺らぐ景色が落ち着きを取り戻す。体の中から流れ出たものが、再び自分の中に戻ってくる感覚を覚え、リツは目を瞬かせた。

 見覚えのある景色。
 湖のほとりに、リツは立っている。

 まだ暗い。夜であるからか、と思ったが、低く垂れこむ雲が光を遮っているのだ。時折(とどろ)く雷が、嵐の予感を告げている。

 ミツハが怒っているのだ。
 リツは唇を噛み締めると、ゆっくりと歩きだした。



 大王の住まう宮は、巳の国の奥に構えられている。その門を叩き、名を告げ門番に案内を乞う。
 あれよあれよという間に、リツは大王の御前へと(まか)り通ることになった。

 控えの間に通されたリツは、髪を整え、衣を直す。

 下へと置かない待遇である。そのことにリツは引っ掛かりを覚えた。何かがおかしい。大王が、自分のような者の意見を直に聞くような賢君であれば、あのようなことはなさらないはずである。

 で、あれば。何か問題が起こっているのだ。
 意を決して、扉の前に立つ。入室を告げ、扉を開いた瞬間――。

「……え」

 リツの腹に、鋭いものが突き刺さっている。遅れて、激痛が体中を蝕む。
 ずるりと抜き取られた刃が血に濡れ、鈍い光を放つ。たまらず倒れ込むと、目の前に見知った顔があった。

「――旦那……さま」

「やはり、お前、逃げおおせていたのだな」
 なにを言っているのか、リツには理解できない。瞳で問いかけると、ジタはリツに唾を吐きかけた。

「畏れ多くもお役目を棄て、今までどこで何をしていた」
「お役目を、棄て……?」
 息をするだけで、体中に痛みが走る。

「雨は止んだが晴れが戻らぬ。やまいも収まる気配がない。おかしいと思っていたのだ」

 上座から、氷のような声が降る。その声の主は大王であろう。同じ氷でも、ミツハの声とは違う、血の通っていないような冷たい声である。
 楼主ジタはリツの横に跪くと、上座に向かって最敬礼を取る。
「お許しください。大王。むすめはこのとおり、自らの行いを悔い、再度お役目を果たすために戻ってまいりました」
 かたかたと震える楼主ジタを横目で見ながら、リツは薄れゆく頭で考える。

 ――そうか。

 この方たちは、リツが逃げたものだと思っているのだ。
「――連れていけ」
 引き倒され、髪を掴まれ、駕籠に籠められ運ばれる。
 じくじくと熱い液体がリツの腹を濡らしている。痛みはもはや感じなかった。

 遠雷。
 その音がようよう近づき、リツは瞠目する。
 駕籠は、湖に向かっているのであろう。

 ――儀式をやり直すおつもりなのだ。

 リツは青ざめた唇を噛み締めた。

 ――許せない……。

 自らの行いを顧みようともせず、むすめを差し出せばすべて丸く収まるとお考えなのだ。この大王は、湖を穢すことの意味すら考えたことはないのだろう。

 心の炎が燃えている。これは怒りだ。リツは生まれて初めて、自らの中に生まれた感情を怒りだと理解した。

 駕籠が降ろされ、ジタに手を掴まれ引きずり降ろされる。
 祭壇はない。ただ滔々(とうとう)と黒い水を湛える湖が、リツの眼前に迫っている。

 このまま沈められてたまるものか。

 リツは決死の力を込めて手を振り払うと、大王のいるであろう駕籠に向かって声を挙げた。

「私はあなたを【許さない】」

 駕籠の中からくすりと笑みが零れる。

「あなたは自分が犯した罰を知らない。いったい何人をこの湖に捨てたのです!? 神聖な湖を死穢で満たし、守り神である蛟龍を穢した。蛟龍はお苦しみでいらっしゃる。その苦しみはほかでもない、あなたの行いによるものです!」

「ほう」

 駕籠からごとり、と音がする。
 ゆっくりと姿を現した大王に、リツは瞠目した。

 怜悧な顔立ち。抜き身の刃を思わせるような細い瞳は、残忍さと冷静さを余すところなく同居させ、冷たい光で満ち満ちていた。
 思わずひれ伏しそうになるほどの威厳に、リツは体が震え始める。

 ――この方が、巳の国の大王……。

 負けるものか。リツは歯を食いしばる。
「畏れ多くも、大王に申し上げます。湖を穢すのをやめていただきますよう、この通り――!」
 言葉を最後まで発することはできなかった。
 無造作に抜かれた刃が、リツの右目を貫いている。

「……あ」

 ずるり、と引き抜かれた刃の感触。同時に温かなものが顔面を多い、視界が赤に染まっていく。

「あああ、ああああああっ……!!」

 焼け付くような痛み。そのリツの手を乱暴に掴むと、大王はリツを引きずりながら湖につかつかと近寄った。

「去ね」

 どん、と体を押され、リツは宙に浮く。

 ――私……死ぬの……?

 黒い湖面が、ゆっくりと近づいてくる。

 ――……ごめんなさい。

 ミツハのことを思い出す。このような自分にも、優しくしてくださった。言祝ぎをしてくださった。そのミツハの苦しみを取り除いて差し上げられないことが、リツは悲しい。

 ――最期に、お会いしたかった。

 願いむなしく、隻眼のむすめは湖に落ちる。
 その微かな音が、山の間に木霊した。

 そのときである。
「ひゃあ!」
 耳を劈くような雷鳴に、ジタが腰を抜かした。
 黒き叢雲が湧き上がり、雷鳴と共に風が吹く。天の底が抜けたかのような豪雨が男たちを襲った。
「何事だ……!」
「大王、さ、駕籠へ……!」
「いかん!」
 殴りつけるような容赦のない雨風が、駕籠を吹き飛ばす。
 大王も目を見張った。これほどのまでの嵐、いったい何故。
「お……大王」
 ジタが湖を指さし、喘ぐ。
 湖の中央が、大きく盛り上がっている。栓を外した水の如き水流に乗り、巨大な蛇体が囂々(ごうごう)と現れたのである。
 血を流し込んだかのような赤い双眸が、男たちを捉えた。

「ひっ……」

 雷鳴。
 目を焼く光と共に、大地が裂ける。
「み……蛟龍……」

 ――許さぬ。

 地の底から響くような声が、大地を揺るがし轟いた。

 ――許さぬ……!

 ごう、と音を立て。
 光の矢が、大王めがけて鋭く走った。



 リツは沈みながらも、夢うつつにその声を聞いていた。
 心に流れ込んでくるのは、黒く染まった怒り。
 ミツハが怒っている。心を黒く染め、苦しみ、絶望に打ち震えている。
 
 ――苦しまないで。ミツハさま……。

「……ひふみよ、いむなや、ここのたり」
 リツは唇に歌を乗せた。歌えているのかももはや分からぬ。立ち上る泡が、稲光を受けて輝いている。
「いつとせ、むとせ、ななとせと……」
 母から教わった、言霊。神を鎮める言の葉が、水にじわりと溶けていく。
「ももとせたてばゆらゆらと」
 ふ、と体を引き上げられる。温かな腕に抱かれて、リツは微睡みにも似た幸福感に包まれる。
「いめにくちなは、あらはるる……」
 右目の痛みも、もはや感じない。
「かためひらきて……あひみたし」

 温かな水に包まれて、リツは意識を手放した――……。



 ***


 ひやりと冷たいものが、額に添えられている。そのまま頬をたどり、唇を撫でるともう一度額へ。
 頬にさらりとした感触を受け、リツはゆっくりと目を開く。
「……おはようございます」
 涼やかな声が耳朶を擽った。ぼんやりとした視界に人の顔が映り、リツは目を瞬かせた。

「えっ……!」

 身をかがめるようにして、リツの顔をのぞきこんでいる一人の男。ばちり、と目が合った。
 流れるのは銀色の髪。血を流し込んだような赤い瞳は不思議と温かな光を湛え、リツの顔を映し込んでいる。すっと通った鼻筋に、薄い唇。ひやりとした冷たさを感じるものの、表情は柔らかく温かい。

 ミツハはリツを見つめると、その右目に口づけを落とした。
 瞬時にリツは思い出す。慌てて起き上がろうとした体をぐっと押さえつけられて、そのまま男の腕の中へとすっぽりおさめられてしまう。

「あの、私……」

 はっと、自らの手を右目に添えると、固く結ばれた布の感触。片目を塞がれているようであった。
「よかった」
 リツを背後から抱きしめる男の腕が、細かく震えている。
「あなたを失うかと……わたしは……」
 助かったのだ、とリツはぼんやりと思う。ミツハはリツの首筋に顔をうずめると、絞り出すような声で囁いた。

「生きていてくださって、ありがとうございます……」

 その真情あふれる声色に、リツは涙を飲みこむことができなかった。ほたほたと頬に落ちる涙を指で掬い上げると、ミツハはリツの顎を取る。

 初めての口づけは、蕩けるように優しく、甘い。頭の芯まで侵されそうな心地よさに、リツはうっとりと目を細めた。

「リツさま! お目覚めですか!? ……て、ちょっと! ひゃあ!」
 くるりと回転して現れたイダは慌てたように声を挙げ、小さな手で目を隠す。
「……のぞき見は良くないですよ、イダ」
「見せつけてるのはミツハさまの方ではありませんか!」
 くすりと笑うと、ミツハはリツを解放した。
「……リツ?」
 動かないリツに疑問を持ったのであろう、ミツハはきょとんと眼を瞬かせた。
 一拍遅れてやってきた羞恥が、リツを襲う。頭の先からつま先まで朱に染まったむすめは、ふにゃりと力の抜けた体をミツハの胸にあずけたものだ。

「ミ、ミツハさま……」
「はい、なんでしょう。わがつま」
 綺麗に笑うミツハの顔を見て、リツもゆるりと口元を引き上げた。
「いいえ。なんでもございません」


 ***


 大王、崩御の報せは巳の国を稲妻のように走った。
 その死に蛟龍の呪いあり。止まぬ雨も、やまいもすべて大王の悪行が元である。そのようなことが口すさまれ、行われていた悪事も暴かれたと聞く。

 楼主ジタ、そのつまヤソは新たな大王によって裁かれた。彼らは大王に従っただけというが、やまいで死したおんなを湖へ棄てていたのは間違いのないことである。

 一連の事のあらましにより、形骸化された儀式の数々も見直されるとのこと。

 巳の国の民は囁く。
 湖に蛟龍あり。蛟龍は治世を見る。良き行いが多ければ蛟龍は国を豊かにし、悪し行いが多ければ国を亡ぼす。その者が怒り嘆くときは長雨が続くのだ。

 しかし、その蛟龍に、隻眼の巫が寄り添っていること。
 己が声で蛟龍を言祝ぎ、怒りを鎮め、共に巳の国を見守っていること。

 そのことを知っている者は、誰もいない。



「そういえば」
 ミツハに髪を梳かれながら、リツはことりと首を傾げた。
「一度だけ、ミツハさまがお怒りになられたときがありました。あれは、なぜです……?」
 尋ねると、ミツハは一瞬眉を寄せ、困ったように笑った。
「あなたが、自らを贄と言うから……」
 リツの髪をひと房取ると、ミツハはそっと口づけを落とす。

「あなたはわたしを助けてくれた。正気を失いかけていたとき、鎮め歌に託された祈りとともに、あなたの心の声を聞きました。あなたの祈りが、わたしを()寝目(いめ)より呼び戻してくれたのですよ」

 そのままミツハの唇は失われた右目を辿り、頬を辿り、やがて唇へ。

「あなたは贄などではない」

 そうだ、とリツは眦を緩ませる。この美しい人は、最初から自分のことを。

 ――わがつま、と呼んでくださっていた。

「死が二人を分かつまで。あなたのことをずっと言祝ぎ続けましょう」

 リツの眦に溜まった涙を吸い上げて、ミツハは花が綻ぶように微笑んだ。

 

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