突然、柚子は碧斗を突き飛ばす。本気で泣きそうな柚子の様子に、苦笑いする碧斗。
「そんなに俺が嫌い?」
「そういうわけじゃなくて」
「柚子は、本当に俺のことが好きなの?」
「好きだよ」
「そうじゃなくて、本当に俺に恋しているのかってこと」
 柚子は微かにため息をついて、言った。
「当然、碧斗くんに恋してるよ」
 碧斗は、言葉とは裏腹に、いかにも面倒くさそうな態度が気に障った。
「それなら、当然、こういうことをしたい気持ちもわかるよね」
 碧斗は、珍しく意地悪な言い方をして、再び柚子をソファに押し倒した。目を閉じた碧斗の整った顔を間近に見ながら、柚子は、無意識に体を強張らせた。
 柚子は、大半の生徒が中学校からの持ち上がりであるなか、高校から入学してきた少数派だった。入学してすぐに、碧斗が全校生徒にとって特別な存在であることは、噂で聞いて知った。思いがけず告白され、付き合うようになり、碧斗が、ただ背が高くて顔がいいというだけでなく、誰にでも気さくで親切な人なのだとわかった。時々、幼なじみたちとノリで騒いだりもするものの、羽目を外すということはなく、いたって普通の家庭で育ってきた柚子から見れば、ものすごく育ちがいい別世界の男の人だった。
「人気者の碧斗くんと付き合えば、高校生活が面白くなると思ったの!」
 柚子から体を離した碧斗は、一瞬、柚子が何を言い出したのか理解できないという顔をしたが、すぐに納得がいったようだった。
「それで、実際どうだった?」
「みんなと仲良くなれたし、いろんなところに遊びに行けるし、すごく楽しいよ」
「それはよかった」
 碧斗は、苛立ちを隠さず、嫌味っぽく言った。薄々気づいていたとおり、柚子は自分を異性として好きというわけではないようだったが、まさか、そんな理由で自分と付き合っていたとは思いもしなかった。
「でも、それって、楽しければ、俺じゃなくてもいいってことだよね」
「そんなことないよ。碧斗くんほどの人気者は、そうはいないし」
 柚子の打算的な面を知って深く傷ついた碧斗は、その場で柚子に別れを告げた。