新学期が始まって一週間後のことだった。
 六時間目の授業が終わり、私立仁杉学園高校二年の白川柚子は、ひとり、中庭に姿を現した。
 噴水を中心とした広々とした中庭は、周囲にケヤキの木が配され、その木陰にはベンチやテーブルが置かれており、近代的な校舎の谷間にあって、別世界のようだった。
 放課後になると、たいていの生徒はクラブ活動や図書館に散っていくが、中庭も、自習場所として密かな人気を集めていた。外の空気が心地いいからとかいう理由ではなく、この高校において絶大な人気を誇る三年生の大原碧斗が、ここで自習をすることが多いからだった。
 名の知れた会社の社長の息子やら、病院を経営する医者の娘やらが通う中高一貫校として有名な仁杉学園だが、特に家柄がいい子弟たちのグループは、自然と学校の中でも一目置かれるとなっていた。その中でも、碧斗は別格で、恵まれた容姿と誰に対しても変わらない柔らかな物腰のおかげで、男女問わず生徒たちの憧れを一身に集める存在だった。
 そんな碧斗の勉強の邪魔をしないように遠巻きに、しかし、何かのきっかけで言葉を交わすことを期待して、生徒たちが中庭に集まってきているのだった。
 柚子は、ひとり集中してテキストを読んでいる碧斗のもとにまっすぐ歩み寄り、テーブル越しに碧斗の向いに立った。全員の暗黙のルールをあっさりと無視されて、まわりの生徒たちは不満をあらわにして柚子を見た。
 男らしい眉に整った顔立ちの碧斗と、女の子ながらショートカットに大きな目の可愛い男の子のような柚子は、兄と弟のようにも見えた。
 人の気配を感じて顔をあげた碧斗に、柚子は笑いかけたが、碧斗は黙って目をそらした。
 柚子は、親し気に碧斗の隣に腰を下ろして内緒話でもするように話しかけた。
「機嫌直してよ」
 碧斗はテキストを見たまま、何の反応もしない。柚子は、碧斗の腕に抱き着き、顔を近づけた。
「碧斗くんと寝るから、許して」
 いつも穏やかな碧斗にしては珍しく、腕を乱暴に振りほどいて立ち上がり、柚子をにらみつけた。
「人を馬鹿にして、面白いか?」
 驚いたような表情の柚子を一瞥もせず、バッグにテーブルの上のテキストやパソコンを無造作に突っ込み、その場を離れる碧斗。
「ほんとだよ。今度こそ、碧斗くんと……」
 碧斗は、あわてて柚子のもとに引き返し、頬を軽く叩くように触れて言った。
「いい加減にしろ」