私はそわそわしながら、教室の自分の席に座っている。ちらっちらっとクラスメイトたちの様子を確認する。
「それじゃ、今日の練習はキャンセルで。一旦ミーティングするから、放課後図書館の閲覧席で会おう」
マネージメント契約している子に連絡を取っている子もいれば、私みたいに縮こまって座って待っている子もいる。待ってるだけだと時間の無駄だと判断したのか、資格勉強をしている子もいるけれど、結果報告を待っている間に勉強しても、ちっとも頭に入らないことを私は知っている。
今日は書類審査があり、いよいよ一次審査の日程と課題が発表されるのだ。
俳優志望の子たちは脚本を渡されるから、それで課題の演技を見せなきゃいけないし、アイドル志望や歌手志望は課題曲が発表されるから、それを披露しないといけない。
しかも公開オーディションなわけだから、たった一週間の間に、課題をクリアしないといけないんだから、いったい【サンシャインプロ】はなにを考えているんだと頭を抱えてしまう。
それもこれも、先に書類審査をクリアしなかったら駄目なんだけど。
まあ、【サンシャインプロ】は最大手事務所だから、わざわざここのオーディションを目指さず、地道に中堅事務所の入所オーディション目指している子たちはいつも通りなんだけれど、こんなに緊張で凝り固まっている校舎にいないほうがいいと判断したのか、皆それぞれ散ってしまっている。
……ちなみに、書類審査も含めて、全てのオーディション結果は、先にマネージメントコースの生徒に通達される。たしかに芸能界に就職を決めたら最後、いろんなオーディションの合否に立ち会うことになるだろうし、ときには自分が審査する側に回るんだろうけれど。最初から最大手の合否に立ち会うなんてことにはまず、ならないはずだ。
……その最大手事務所のオーディション結果を、今受け取るわけなんだけどさ。
「……北川さんは、どうしてマネージメント契約したの? それも二世なんて大物いるアイドルの」
あまりに緊張したらしく、たまりかねてクラスメイトが私にどうでもいいことを問いかけてきた。……正直、公開オーディション一日目がはじまらない限りは、あいつらの実力を知らない子たちからしてみたら、楽な仕事をしてると思われているんだろう。そもそも私、資格目当てでここのコースに入学したし、四月は丸々資格勉強しかしてなかったから、余計に胡散臭く見えるんだろう。
緊張している八つ当たりだとは思うけれど、どう言ったものか。正直、他のコースはともかく、マネージメントコースの生徒なんて、下手したらマネージメント契約している子とのほうがよっぽどしゃべっている程度には、連帯感というものがない。誰も彼もが自分の契約相手の敵認定なのだ。自分ちの子が一番可愛いってやつ。
だから、私が下手なことを言って、ペースを崩したら最後、あいつらまで巻き添えを食らう。それはごめんだなあ。私はそう思いながら、口を開いた。
「柿沼のことだったら、あいつがいるからあのアイドルユニットとマネージメント契約したわけじゃない。あいつら、才能があると思ったから。だから、さっさとあいつらを事務所に入れて認めさせたいって思っただけ」
「ええ……でも仕事は引く手あまたでしょ。お父さん今も現役だし」
すごいな、あいつの地雷を次々と踏んでくるようなこと言って。私はそう思いながら、言葉を続ける。
「柿沼だけじゃないでしょ。林場も、桜木も、すごいやつだから。あいつらは、本当にすごい。あいつらがすごいのは、別に私の手柄じゃないから。ただ、あいつらはすごいのに、私じゃ手に余るから、早く事務所に預けたいだけ」
「まるでオーディション、さっさと一抜けするみたいに言うね」
「……するでしょ」
私に言うならともかく、あいつらのことを親の七光りだと思われちゃ、たまったもんじゃない。こっちは次から次へやってくる親の七光り仕事を全部断って、謝罪する連絡を繰り返しているっていうのに。
そうこうしている間に、事務所から来た。普段しゃべっている事務員さんが、たくさんプリントを持ってやってきたのだ。皆慌てて席に着き、彼女に視線を注ぐ。
「それでは、【サンシャインプロ主催:第10回響学院オーディション】通過者発表します。まずは俳優部門……」
俳優部門の合否で、立ち上がって叫ぶ子、泣き出して机に突っ伏してしまう子、すぐにマネージメント契約している子に連絡する子……反応は様々だ。
続いて歌手部門の合否も似たり寄ったりな中、いよいよアイドル部門だけれど。
はっきり言って、今回は【Galaxy】がゲスト審査員をしている時点で、アイドル部門が荒れることはわかっていた。小耳に入れた限り、進路問題のかかっている三年生でアイドル部門でこのオーディションを受けたのはゼロだったらしい。そりゃそうか。普通の神経をしていたら、まずうちの世代のトップアイドルの引き立て役にされかねない状態に喜ぶ人なんていないし……うちの奴らみたいに、あの人たちを越えるなんて早々に喧嘩を売るような馬鹿な真似はしない。少し前の私だって、こんな絶対に勝てない勝負に挑むことはしなかった。
つまりは、私もあいつらの馬鹿さ加減が移ってしまったってことだ。
一年ではまだ何組か書類審査に入っていたはずだけれど。
「最後。アイドル部門。【甘辛かるてっと】、【綺羅星】……」
途端にその子たちのマネージャーが電話をしたり、アプリ使いはじめた中、私は座ったまま、事務員さんの読み上げるプリントを凝視していた。
「【GOO!!】」
その声を聞いた途端、私の体の力は抜けきってしまった。
「……以上です。それでは、通過者のマネージャーたちにはそれぞれ課題が発表されますので、それを元に通過者のマネージメントをお願いします。今回落ちた人たち。この書類審査が全てではありませんし、なによりもあなた方はまだ一年生です。気を落とさないように、次のオーディションで会いましょうね」
落ちた子たちは落ちた子たちで、落ちた旨を契約者に報告しないといけないし、慰めないといけない。これらもまた、マネージャーの仕事だからだ。
多分、合否にいちいち一喜一憂しないで、平常心を保つこともまた、マネージャーの素養なんだろう。そう思っていたら、事務員さんから課題が配られた。
それを見た途端に早速俳優志望の子たちは、スタジオやレッスン場を借りる手続きに移ってしまった。歌手志望の子たちは音楽室の個室の空き事情の確認をはじめる。
さて、アイドル志望の課題はと。配られたプリントを見て、私は固まる。
「え……?」
アイドルの契約者たちが、私も含めてざわつく。
「【Galaxy】のライブのあとに……【Galaxy】の楽曲でライブ、ですか……!?」
「はい。マネージャー同士で選曲を会議してもかまいませんし、独断で決めても結構です。ただ、課題曲の順番がそのままオーディションの順番になるということをお忘れなく。以上がアイドル志望者たちの課題です。他には別途課題を渡していますが、皆さんのオーディション内容とは関わりませんから」
……これはひどい。
ご当地アイドルやご当地ヒーローの前座は務めてきたし、今回も【Galaxy】がゲスト審査員だという情報は入ってきていたけど、まさか……。
私は何度も何度も浴びてきた彼らのオーラを思い出す。
慣れてきたとはいえど、芸能界で磨かれてきたオーラと、まだ駆け出しのアイドルのオーラだったら、月とすっぽんだ。格が違う。そんな彼らを前座にして、彼らの曲を歌うって……これは、見に来た生徒たちに、贔屓目一切抜きで審査させるにはちょうどいいだろうけれど。逆にうちの奴らの個性を見出さないといけない。
事務員さんは「それでは、ライブの曲順が決まりましたら、事務所に報告お願いします」と言い残して、そのまま立ち去ってしまった。
残された私たちは、硬直する。
……これは、アイドルだけの素養の問題じゃない。私たちマネージャーが、一番自分のアイドルを売り出したい位置と曲を選ばないといけないんだから、私たちの力も露骨に試される。三年生たちがこぞってオーディション参加を辞退するのも頷けた。
「とりあえず、選曲はアイドルたちに選ばせるにしても、まずは順番と、曲の候補を挙げていこう」
【甘辛かるてっと】のマネージャーが言う。こっちは女子アイドルユニットだから、女子のキーに合わせて歌える曲を選ばないといけないから、一番厳しい。
私たちはそれぞれの順番を決め、【Galaxy】の曲を試聴サイトから候補曲を選んだ上で、解散となった。
これはまずい。【Galaxy】が前座になんかなってくれるわけないのに、先輩たちのあとで曲を流さないといけないのだから。
【GOO!!】の順番は、それを聞いた途端に決まってしまった。
あいつらは、トップバッターだ。一番【Galaxy】と比べられて、がっかりされる場所。逆に言ってしまえば、一番あいつらの実力というものを測られる。
……私はあいつらを見せびらかしたい。だからこそ、ここで勝負に出るんだ。
****
「書類選考くらいはすぐ通過するとは思ってたけど。えっぐいねー。今回のオーディション内容」
ミーティングのために、普段借りているレッスン場に集まって、課題曲を皆に見せたところで、間延びした声を上げる柿沼。
うん、あんたはどうせそんなんだろうと思ってたわ。
林場はいつものポーカーフェイスで、他のユニットの順番を眺めている。
桜木はいつもだったらもっと震えていると思ったのに、意外と落ち着いていて、課題曲をじっくりと眺めている。
「あの……僕たちが【Galaxy】の次に歌うっていうのはわかったけれど……【Galaxy】の選曲ってわからないの?」
「一応わかるけれど」
ゲスト審査員は応援ライブという形で、そのまんま審査に加わる。アイドル志望者たちを揺さぶりにかけてくるために、デビュー曲にして一番ヒットしている曲の【Make a Galaxy】を披露する予定だ。アップテンポの曲調で、ダンスももっとも激しいナンバーだ。このあとに緩急付けてバラードなんか披露しても、お客さんも反応ができないから、こちらも一番なんだから【Galaxy】に合わせてダンスナンバーがいいだろうと、そんな選曲をしてきたけれど。
桜木は私の選んできた曲をじぃーっと見たあと、今度は私をじぃーっと見てくる。
「北川さん、もし僕たちが【Make a Galaxy】を歌いたいって言ったら、止める?」
「……はい?」
意図がわからず、私は固まる。
たしかに、【GOO!!】は王道なJ-POPを歌ってきたし、前に桜木につくってもらった歌もバラードだ。【Galaxy】とは曲調も方向性も違う。だから、こいつら風にアレンジすれば、差別化は充分計れるけれど。でも。
いくらなんでも【Galaxy】のあとで、この曲とダンスの振り付けを合わせるような危険な真似は、したくはない……んだけれど。
桜木の提案に、柿沼は悪戯っぽく「いいねえ」と笑ってみせたのだ。林場も満更でもない顔で、「なるほど」と言っている。なにが。
「桜木はあれだな。まずは【Galaxy】のお手本を元に、俺たちの歌唱力は彼らに負けずとも劣らないと証明したいんだな。たしかに、手本があったほうが、わかりやすい。が、一応これはオーディション以前に、俺たちと【Galaxy】の合同ライブだ。他のオーディション参加者たちだってわかっているだろう」
「だから、曲とダンスのアレンジをしたいんだ。曲だけだったら、僕が一日くれればアレンジを済ませるけど」
そう来たか。たしかに、課題曲を与えられたけれど、【Galaxy】のコピーユニットはふたつもいらないんだ。【Galaxy】の課題曲を使って、自分たちの個性を発揮すること。応募要項にも、原曲のアレンジをしてはいけないという項目は書かれていない。
「ダンスの振り付けはどうする? 今からオーディションまで時間がないんだけれど」
「あ、なら俺がやろう」
そう手を挙げたのは、林場だった。そういえば、林場は劇団所属だったせいか、皆に合わせることも、アップテンポ過ぎる柿沼と、ダンスは素人から抜けない桜木を繋ぐのも得意だった。
私は頷いた。柿沼はにこにこと笑っている。
「楽しみだなあ。いよいよ先輩たちと勝負できるなんてさ」
「勝負じゃないから。合同ライブだから……オーディション、だけれど」
「わかってるよ。頑張ろう」
そうにこにこ笑っているけれど、静かに燃えているんだろうということはわかる。
澤見先輩たちは、最大限のパフォーマンスをして、観客を魅了する。その観客の関心を奪わないといけないんだから、至難の技だ。
でも。逆に言ってしまえば、一番観客を奪いやすいのもまたトップバッターだ。
これだけ喧嘩を売っているような内容、他のユニットだったらまずしないだろうけれど。それが私たちなのだから。
「それじゃ、今日の練習はキャンセルで。一旦ミーティングするから、放課後図書館の閲覧席で会おう」
マネージメント契約している子に連絡を取っている子もいれば、私みたいに縮こまって座って待っている子もいる。待ってるだけだと時間の無駄だと判断したのか、資格勉強をしている子もいるけれど、結果報告を待っている間に勉強しても、ちっとも頭に入らないことを私は知っている。
今日は書類審査があり、いよいよ一次審査の日程と課題が発表されるのだ。
俳優志望の子たちは脚本を渡されるから、それで課題の演技を見せなきゃいけないし、アイドル志望や歌手志望は課題曲が発表されるから、それを披露しないといけない。
しかも公開オーディションなわけだから、たった一週間の間に、課題をクリアしないといけないんだから、いったい【サンシャインプロ】はなにを考えているんだと頭を抱えてしまう。
それもこれも、先に書類審査をクリアしなかったら駄目なんだけど。
まあ、【サンシャインプロ】は最大手事務所だから、わざわざここのオーディションを目指さず、地道に中堅事務所の入所オーディション目指している子たちはいつも通りなんだけれど、こんなに緊張で凝り固まっている校舎にいないほうがいいと判断したのか、皆それぞれ散ってしまっている。
……ちなみに、書類審査も含めて、全てのオーディション結果は、先にマネージメントコースの生徒に通達される。たしかに芸能界に就職を決めたら最後、いろんなオーディションの合否に立ち会うことになるだろうし、ときには自分が審査する側に回るんだろうけれど。最初から最大手の合否に立ち会うなんてことにはまず、ならないはずだ。
……その最大手事務所のオーディション結果を、今受け取るわけなんだけどさ。
「……北川さんは、どうしてマネージメント契約したの? それも二世なんて大物いるアイドルの」
あまりに緊張したらしく、たまりかねてクラスメイトが私にどうでもいいことを問いかけてきた。……正直、公開オーディション一日目がはじまらない限りは、あいつらの実力を知らない子たちからしてみたら、楽な仕事をしてると思われているんだろう。そもそも私、資格目当てでここのコースに入学したし、四月は丸々資格勉強しかしてなかったから、余計に胡散臭く見えるんだろう。
緊張している八つ当たりだとは思うけれど、どう言ったものか。正直、他のコースはともかく、マネージメントコースの生徒なんて、下手したらマネージメント契約している子とのほうがよっぽどしゃべっている程度には、連帯感というものがない。誰も彼もが自分の契約相手の敵認定なのだ。自分ちの子が一番可愛いってやつ。
だから、私が下手なことを言って、ペースを崩したら最後、あいつらまで巻き添えを食らう。それはごめんだなあ。私はそう思いながら、口を開いた。
「柿沼のことだったら、あいつがいるからあのアイドルユニットとマネージメント契約したわけじゃない。あいつら、才能があると思ったから。だから、さっさとあいつらを事務所に入れて認めさせたいって思っただけ」
「ええ……でも仕事は引く手あまたでしょ。お父さん今も現役だし」
すごいな、あいつの地雷を次々と踏んでくるようなこと言って。私はそう思いながら、言葉を続ける。
「柿沼だけじゃないでしょ。林場も、桜木も、すごいやつだから。あいつらは、本当にすごい。あいつらがすごいのは、別に私の手柄じゃないから。ただ、あいつらはすごいのに、私じゃ手に余るから、早く事務所に預けたいだけ」
「まるでオーディション、さっさと一抜けするみたいに言うね」
「……するでしょ」
私に言うならともかく、あいつらのことを親の七光りだと思われちゃ、たまったもんじゃない。こっちは次から次へやってくる親の七光り仕事を全部断って、謝罪する連絡を繰り返しているっていうのに。
そうこうしている間に、事務所から来た。普段しゃべっている事務員さんが、たくさんプリントを持ってやってきたのだ。皆慌てて席に着き、彼女に視線を注ぐ。
「それでは、【サンシャインプロ主催:第10回響学院オーディション】通過者発表します。まずは俳優部門……」
俳優部門の合否で、立ち上がって叫ぶ子、泣き出して机に突っ伏してしまう子、すぐにマネージメント契約している子に連絡する子……反応は様々だ。
続いて歌手部門の合否も似たり寄ったりな中、いよいよアイドル部門だけれど。
はっきり言って、今回は【Galaxy】がゲスト審査員をしている時点で、アイドル部門が荒れることはわかっていた。小耳に入れた限り、進路問題のかかっている三年生でアイドル部門でこのオーディションを受けたのはゼロだったらしい。そりゃそうか。普通の神経をしていたら、まずうちの世代のトップアイドルの引き立て役にされかねない状態に喜ぶ人なんていないし……うちの奴らみたいに、あの人たちを越えるなんて早々に喧嘩を売るような馬鹿な真似はしない。少し前の私だって、こんな絶対に勝てない勝負に挑むことはしなかった。
つまりは、私もあいつらの馬鹿さ加減が移ってしまったってことだ。
一年ではまだ何組か書類審査に入っていたはずだけれど。
「最後。アイドル部門。【甘辛かるてっと】、【綺羅星】……」
途端にその子たちのマネージャーが電話をしたり、アプリ使いはじめた中、私は座ったまま、事務員さんの読み上げるプリントを凝視していた。
「【GOO!!】」
その声を聞いた途端、私の体の力は抜けきってしまった。
「……以上です。それでは、通過者のマネージャーたちにはそれぞれ課題が発表されますので、それを元に通過者のマネージメントをお願いします。今回落ちた人たち。この書類審査が全てではありませんし、なによりもあなた方はまだ一年生です。気を落とさないように、次のオーディションで会いましょうね」
落ちた子たちは落ちた子たちで、落ちた旨を契約者に報告しないといけないし、慰めないといけない。これらもまた、マネージャーの仕事だからだ。
多分、合否にいちいち一喜一憂しないで、平常心を保つこともまた、マネージャーの素養なんだろう。そう思っていたら、事務員さんから課題が配られた。
それを見た途端に早速俳優志望の子たちは、スタジオやレッスン場を借りる手続きに移ってしまった。歌手志望の子たちは音楽室の個室の空き事情の確認をはじめる。
さて、アイドル志望の課題はと。配られたプリントを見て、私は固まる。
「え……?」
アイドルの契約者たちが、私も含めてざわつく。
「【Galaxy】のライブのあとに……【Galaxy】の楽曲でライブ、ですか……!?」
「はい。マネージャー同士で選曲を会議してもかまいませんし、独断で決めても結構です。ただ、課題曲の順番がそのままオーディションの順番になるということをお忘れなく。以上がアイドル志望者たちの課題です。他には別途課題を渡していますが、皆さんのオーディション内容とは関わりませんから」
……これはひどい。
ご当地アイドルやご当地ヒーローの前座は務めてきたし、今回も【Galaxy】がゲスト審査員だという情報は入ってきていたけど、まさか……。
私は何度も何度も浴びてきた彼らのオーラを思い出す。
慣れてきたとはいえど、芸能界で磨かれてきたオーラと、まだ駆け出しのアイドルのオーラだったら、月とすっぽんだ。格が違う。そんな彼らを前座にして、彼らの曲を歌うって……これは、見に来た生徒たちに、贔屓目一切抜きで審査させるにはちょうどいいだろうけれど。逆にうちの奴らの個性を見出さないといけない。
事務員さんは「それでは、ライブの曲順が決まりましたら、事務所に報告お願いします」と言い残して、そのまま立ち去ってしまった。
残された私たちは、硬直する。
……これは、アイドルだけの素養の問題じゃない。私たちマネージャーが、一番自分のアイドルを売り出したい位置と曲を選ばないといけないんだから、私たちの力も露骨に試される。三年生たちがこぞってオーディション参加を辞退するのも頷けた。
「とりあえず、選曲はアイドルたちに選ばせるにしても、まずは順番と、曲の候補を挙げていこう」
【甘辛かるてっと】のマネージャーが言う。こっちは女子アイドルユニットだから、女子のキーに合わせて歌える曲を選ばないといけないから、一番厳しい。
私たちはそれぞれの順番を決め、【Galaxy】の曲を試聴サイトから候補曲を選んだ上で、解散となった。
これはまずい。【Galaxy】が前座になんかなってくれるわけないのに、先輩たちのあとで曲を流さないといけないのだから。
【GOO!!】の順番は、それを聞いた途端に決まってしまった。
あいつらは、トップバッターだ。一番【Galaxy】と比べられて、がっかりされる場所。逆に言ってしまえば、一番あいつらの実力というものを測られる。
……私はあいつらを見せびらかしたい。だからこそ、ここで勝負に出るんだ。
****
「書類選考くらいはすぐ通過するとは思ってたけど。えっぐいねー。今回のオーディション内容」
ミーティングのために、普段借りているレッスン場に集まって、課題曲を皆に見せたところで、間延びした声を上げる柿沼。
うん、あんたはどうせそんなんだろうと思ってたわ。
林場はいつものポーカーフェイスで、他のユニットの順番を眺めている。
桜木はいつもだったらもっと震えていると思ったのに、意外と落ち着いていて、課題曲をじっくりと眺めている。
「あの……僕たちが【Galaxy】の次に歌うっていうのはわかったけれど……【Galaxy】の選曲ってわからないの?」
「一応わかるけれど」
ゲスト審査員は応援ライブという形で、そのまんま審査に加わる。アイドル志望者たちを揺さぶりにかけてくるために、デビュー曲にして一番ヒットしている曲の【Make a Galaxy】を披露する予定だ。アップテンポの曲調で、ダンスももっとも激しいナンバーだ。このあとに緩急付けてバラードなんか披露しても、お客さんも反応ができないから、こちらも一番なんだから【Galaxy】に合わせてダンスナンバーがいいだろうと、そんな選曲をしてきたけれど。
桜木は私の選んできた曲をじぃーっと見たあと、今度は私をじぃーっと見てくる。
「北川さん、もし僕たちが【Make a Galaxy】を歌いたいって言ったら、止める?」
「……はい?」
意図がわからず、私は固まる。
たしかに、【GOO!!】は王道なJ-POPを歌ってきたし、前に桜木につくってもらった歌もバラードだ。【Galaxy】とは曲調も方向性も違う。だから、こいつら風にアレンジすれば、差別化は充分計れるけれど。でも。
いくらなんでも【Galaxy】のあとで、この曲とダンスの振り付けを合わせるような危険な真似は、したくはない……んだけれど。
桜木の提案に、柿沼は悪戯っぽく「いいねえ」と笑ってみせたのだ。林場も満更でもない顔で、「なるほど」と言っている。なにが。
「桜木はあれだな。まずは【Galaxy】のお手本を元に、俺たちの歌唱力は彼らに負けずとも劣らないと証明したいんだな。たしかに、手本があったほうが、わかりやすい。が、一応これはオーディション以前に、俺たちと【Galaxy】の合同ライブだ。他のオーディション参加者たちだってわかっているだろう」
「だから、曲とダンスのアレンジをしたいんだ。曲だけだったら、僕が一日くれればアレンジを済ませるけど」
そう来たか。たしかに、課題曲を与えられたけれど、【Galaxy】のコピーユニットはふたつもいらないんだ。【Galaxy】の課題曲を使って、自分たちの個性を発揮すること。応募要項にも、原曲のアレンジをしてはいけないという項目は書かれていない。
「ダンスの振り付けはどうする? 今からオーディションまで時間がないんだけれど」
「あ、なら俺がやろう」
そう手を挙げたのは、林場だった。そういえば、林場は劇団所属だったせいか、皆に合わせることも、アップテンポ過ぎる柿沼と、ダンスは素人から抜けない桜木を繋ぐのも得意だった。
私は頷いた。柿沼はにこにこと笑っている。
「楽しみだなあ。いよいよ先輩たちと勝負できるなんてさ」
「勝負じゃないから。合同ライブだから……オーディション、だけれど」
「わかってるよ。頑張ろう」
そうにこにこ笑っているけれど、静かに燃えているんだろうということはわかる。
澤見先輩たちは、最大限のパフォーマンスをして、観客を魅了する。その観客の関心を奪わないといけないんだから、至難の技だ。
でも。逆に言ってしまえば、一番観客を奪いやすいのもまたトップバッターだ。
これだけ喧嘩を売っているような内容、他のユニットだったらまずしないだろうけれど。それが私たちなのだから。