【サンシャインプロ主催:第10回響学院オーディション】

 オーディション参加を申請した生徒たちが、三回に渡る公開オーディションが開催される。三回の内、二回までは学校の生徒までしか見学枠はないけれど、三回までいったら、校外からも見学者が増える。
 ここからは、未来の芸能界を担う生徒たちも数多く輩出されているせいで、オーディションの観覧席のチケットはいつも大型ライブツアー並のプラチナチケットと化して争奪戦が行われる。転売屋から買われないようにと、そのチケットはいまやスマホの電子チケットでしか販売されていない。
 私は学校から借りたノートパソコンで書類作成をしている間、レッスンの先生に頼んで三人のレッスンを頼んでいた。今までのライブ用のレッスンと違い、オーディション用のレッスンはひたすら基礎をやり直すというもので、発声練習から歌の練習、歩き方の練習までと、どれも授業でやったようなことを反復練習させていた。

「今回は【Galaxy】がオーディション生徒宛に応援ライブを行いますから。彼らに飲まれないようにしましょうね」

 そう先生が言うのに、私はピクリとこめかみを動かした。
 あのアイドルオーラを全身で浴びて、しばらく動けなくなったことをどうしても思い出してしまう。私がこめかみを引きつらせている中、柿沼はむっとしたように先生を見る。

「ええ、あの人たちに気に入られるように、ですか?」
「別に彼らに嫌われても問題ありませんが。彼らもまた人間でありアイドルです。心証が悪かったらその分点数にマイナスかけられますから、マイナスをかけられるよりはいいでしょう?」
「ええ……」

 ……柿沼からしてみれば、澤見先輩に二世タレントとしてしか見られなかったことにイラついているんだと思う。彼からしてみれば、そう見る時点で澤見先輩の心証はマイナスなんだろうなあ。
 なおもなにか言いたげな柿沼に、林場がすかさずチョップをかました。

「いだっ!?」
「考えてもしょうがないだろ。あの人も忙しいんだ、お前がどれだけ練習を積んでいるのかなんて知らないし、興味もないんだろう。あの人が見たいのは結果だ」
「……そりゃ知ってるよ。あの人は、先に芸能界を見ている人なんだし」

 柿沼の剣呑とした言葉に、私は思わず唾を飲み込んだ。
【サンシャインプロ】も相当力を入れて売り込んでいるから、【Galaxy】を見ない日なんてない。炭酸やスナック菓子のCMに、スマホのCM。高校生が手に取るもののCMに確実に出ているおかげで、着実にファンを増やしていっている。
 ユニットとしての活動はもちろんのこと、ソロでも少しずつドラマや映画、雑誌モデルとして露出していっているおかげで、十代以外にもファンが増えていっている。同年代の芸能人としては、どうしても彼らを意識せざるを得ないんだろう。
 一方、桜木はやんわりと笑いながら言う。

「でも、あの人たちは忙しい分、僕たちがしていたような前座の仕事はしてないよ」
「そりゃね。事務所が大きいから、顔を覚えてもらうための小さな仕事は取ってこなくってもよかったしね」
「なら、僕たちだってちょっとは目立てるかもしれないね。全国の人たちに見せるんじゃなくって、あくまで僕たちの地元の人たちだけ意識すればいいんだから」

 ……二世タレントという背景を捨てての営業は、本当に前座だけだった。スーパー銭湯にヒーローショーの前座、他にも地元スーパーの前座に、地元のケーキ屋食べ歩きラリーの前座と、ひたすら顔を覚えてもらうためだけの仕事を積み重ねてきた。
 その仕事をさせてくれた業者や関係者各位には、私のほうから三日目のチケットは送ったけれど、まずは三日目まで生き残らないと意味がない。
 私はどうにか全員分の書類作成を終えると、ノートパソコンを閉じた。

「桜木の言う通り。今は基礎練習だけに集中して。オーディションを受けるって宣言した以上、既にオーディションははじまってるの」
「はあい。わかってますって」

 柿沼はそう言って肩を竦めた。
 ……いや、柿沼が脱線するのはいつものことだ。普段だったら私もいつものことなんだから「はいはい、練習しましょうね」で流せばいいところを流せないんだから、少し緊張していたのかもしれない。
 私ができるのは、あくまでこいつらをオーディション中、生き残らせることだけ。それより先は、こいつらが力を出さなかったらいけない場面で、そこから先はマネージメントをしていても手が出せない。
 ……駄目だな、私のほうが緊張してたら。そう思いながら、パイプ椅子に座り直したとき。

「失礼しまーす。見学に来ました」

 それに驚いてドアを見る。基本的に貸し切っているレッスン室に来るのは、レッスンを頼んでいる先生がた以外いない。でもその声は、ずいぶん若かったのだ。

「あら、【Galaxy】の皆。久し振りね」

 先生がきょとんとした顔で出迎えたのは、あの忌々しい澤見先輩だった。何故か北村先輩はデジカメを回しているし、ぼーっとした顔で星野先輩はそれに続いている。
 柿沼は一瞬だけ目を細めたものの、デジカメにすぐに気付いて、ときどき営業用に使っているアイドルスマイルを浮かべた。
 ……公開オーディションな以上、見学に来る他の学科の生徒や一般客にとっては、オーディション背景もエンターテイメントだ。ときどき練習風景を【サンシャインプロ】の人たちが見に来ることはあっても、ゲスト審査員の【Galaxy】がカメラを持って見学に来るなんて聞いちゃいない。

「こんにちはー、【GOO!!】でーす」

 ここで不機嫌な部分を撮られるわけにはいかないと、即座にアイドルスマイルで対応する柿沼はさすがのものだ。一方林場はいつものポーカーフェイスで「撮影お疲れ様です」とカメラを持っている北村先輩に挨拶を済ませるのも、不自然じゃなくってさすがだ。ずっと俳優をやってきただけあり、林場は本当に胆力がある。
 一方、カメラ慣れしていない桜木だけは「あわわわわ」という雰囲気になって大丈夫かと心配になったものの、はにかんで笑う態度は、妙に初々しく見えるから、オーディションを受けに行く新人アイドルとしては最適解を叩き出している。
 私はそれにほっとしながら、カメラに映らない場所に移動して、北村先輩に頭を下げた。北村先輩は声を入れることなく、笑顔でこちらに手を振ったものの、私はそれを流し見する。

「それじゃ、【GOO!!】は今度のオーディションを受けるんだよね。オーディションの練習は順調かな?」

 澤見先輩の口調はずいぶんと爽やかだ。澤見先輩といい、柿沼といい、妙に黒さが残る人ほど、カメラの前に立ったらただ爽やかなアイドルになってしまうのは、二面性が強いと取ればいいのか、プロ意識が高いと取ればいいのか。
 柿沼はそれににこにこ笑って応じる。

「ばっちりです。ねえ、みっちゃん。ゆうちゃん」
「ええっと。はい。オーディションを受ける以上、落ちる気はありません」
「が、頑張ります」

 三人ともバランスが本当にいい。私はそう思いながら見ていたら「ふうん……」と澤見先輩が目を細めて、顎に手を当てている。私はその表情に、少しだけ「あれ?」と思った。その目はちっとも笑っておらず、なにかを探っているように見えたのだ。
 あれ、澤見先輩。いったいなにを? 私の喉が思わずひくついたとき、彼はにこやかに言う。

「そういえば、柿沼くんのお父さんは柿沼隼人さんだよね? 今回のオーディションを、お父さんはどうおっしゃってるかな?」

 おい……おい。私は顔を引きつらせて、北村先輩を睨んだ。北村先輩はカメラを映したまま、空いている手で、「しいっ」と人差し指を押し当てるジェスチャーをした。
 いきなり柿沼の両親の話を振ってきたのは、【サンシャインプロ】の意向なの、それとも【Galaxy】の独断? はたまた澤見先輩の? こっちがそれで売る気がないのに、いきなりその話を振ってきても……! 私がそう思っている中。
 柿沼は笑顔を微塵も揺らさず、和やかに答える。

「すっごく喜んでいます。でもオレは、うちの父とは違う道を選びます。オレが目指しているのは、母のようなアイドルですから」

 避けた……既に一般人になっているお母様の話を振られたら、さすがに澤見先輩も引くか? 私はちらりと澤見先輩を見るけれども、こちらもにこやかな表情を崩していない。カメラを回している北村先輩は「あっちゃー」と額に空いている手を当てているものの、止める気はないらしい。星野先輩は論外だ。

「そっか。君はお母様のようになりたいんだね?」
「いいえ。父は父、母は母、オレはオレですから。それを教えてくれたのが、オレの仲間たちですから。みっちゃんにゆうちゃん……あと、さっちゃん」

 そう言って私のほうを指差す。そしてカメラもこっちを向く。
 ……ちょっと待って。マネージャーはちっともオーディションに関係ないでしょ。映してどうすんの。私は慌てた顔が映らないよう、ただ笑顔を浮かべて会釈をするものの、顔が引きつっているのは否めない……だって私、裏方が基本だから、笑顔のつくり方なんてわからないから。
 それに少ーしだけ、澤見先輩は顔が崩れて、ちらっと私のほうを見た……私のことなんて、もう忘れたと思っていたのに、お忙しい先輩はまだ私のことを覚えていたらしい。意外そうなものを見る顔をしたあと、ようやく表情を引き締めた。

「そっか。ならオーディション。楽しみにしているよ」
「はい。オレたち【GOO!!】が、【Galaxy】の天下を終わらせますから」

 そう言ったのに、私は顔を引きつらせた。
 ……これは前の【HINA祭り】のときみたいに挑発行動じゃない。あからさまな宣戦布告だ。
 だから、喧嘩を売るな。真っ向から戦おうとするな。もうちょっと作戦練ってから言え。
 思ってても言わないのが普通でしょうが……!!
 私が頭を抱えている中、ようやく北村先輩はカメラを止めると、「こらこらこらこら」と言い合いをしていたふたりのほうに割り込んでいった。

「こら、一樹。ちゃんとこの子も他の子たちに話振ってるんだから、ひとりに偏らない。あと裏方に話振るのは禁止でしょ、君も」
「ごめんなさーい」「ごめんなさーい」

 ふたりとも全く心のこもってない声で謝るものの、こりゃちっとも反省してないなと頭を抱える。林場と桜木はというと、ふたりの舌戦に口を挟むことなく、胡乱げなまなざしで柿沼を見ているばかりだった。星野先輩は何故か先生と話をしているし。自由か。

「この録画はあとで編集するとして。それじゃ、本当にオーディション頑張ってね。頑張って三回生き残ってね。あと特待生ちゃんも」
「はい?」

 彼はにこっと笑うと空いている手を小さく振った。

「ひとりになって寂しかったら、お兄さんに泣きついてもいいから」
「いや、そういうのは全然ないです。はい」
「正論」

【Galaxy】は言いたいことを言って、やりたいことをやって立ち去ってしまったけれど。
 三人が立ち去ったあと、私はパイプ椅子から立ち上がれないことに気付いた。

「さっちゃん?」
「……あんたたち、本当になんともないの? 私、あの人たちのオーラに当てられて、力が入らないんだけど」

 芸能界を生き抜いてきた彼らのオーラは相変わらず鋭く、見ているほうにオーラがなかったら、たちまちエネルギーを奪っていく。私はまたも力が抜けてしまっていた。それにひょいと柿沼が引っ張り上げて立たせてくれる。

「負けないよ。あの人たちが芸能界を生き残っているとしても。オーラがすごいとしても。そういえばさっちゃんは、オレたちと一緒のときは大丈夫なの? 力入らなくなるとかない?」
「……いや、全然?」

 たしかに【GOO!!】の奴らも、オーラは磨かれてきているとは思うし、最初見たときからオーラはあったと思うけれど。でも何故か、こいつらと一緒にいて腰を抜かしたことは一度もなかった。
 それに三人は顔を見合わせて、代表として林場が口を開いた。

「なら、多分大丈夫だ。オーディション。楽しみにしててくれ」
「え? うん」

 オーディションは今月末。それまでは仕事をセーブして、オーディションに集中、あるのみだ。