遊園地の園長とメールと電話でやり取りして、仕事内容は把握した。
ここの遊園地には、ご当地ヒーローならぬ遊園地ヒーローというのが存在している。そのヒーローショーは毎回好評で、ヒーローに抜擢されるのはもちろんのこと、その前座を射止めるのも熾烈を極める戦いがあるらしい。
「そんな好評な仕事、うちはまだ駆け出しですのに、どうして依頼してくださったんですか?」
私がメモを取りながら伺うと、園長さんは穏やかな声で教えてくれた。
『林場くんにはお世話になりましたからね。お礼……というとおこがましいんですが、新しいステージで頑張っている彼を応援したくなりまして』
「そりゃ私も嬉しいんですが……林場はなにかありましたか?」
前に事務所に所属していて、今は退所している。経歴も綺麗さっぱり消えてしまっているあいつが感謝することって、いったいなんなんだろう……?
これは林場に直接聞いたほうがいいのかな。でもなあ……。桜木みたいに、下手したら退学が免れなかった秘密とは違って、林場の話って既に終わっていることなのに、わざわざあいつに昔のこと掘り返してダメージ与えるっていうのも気が引けるんだよね。だってあいつ、悪いことなんてなにもしてないじゃん。
私がひとりでこみかみに手を当てていたら、園長さんが言葉を続ける。
『正確には、彼の所属していた劇団、でしょうか。うちが傾きかけて、下手したら閉園しないといけないってときに、格安でうちのステージを使って舞台をしてくれて、ヒーローショーの企画を売ってくれたんです。おかげさまで、うちは持ち直しました』
なるほど。林場の事務所っていうのは、劇団のことだったんだ。あいつは俳優志望だって言ってたのも、劇団に所属していたんだったら納得だ。
地方の遊園地も、どんどん閉園していく中、あちこちとタイアップしてどうにか閉園危機を免れているところも多いと聞いている。ここの遊園地の場合は、ヒーローショー企画のおかげで持ち直したってことか。企画ひとつで持ち直すっていうのは、結構すごい。
私は「お話はわかりました。うちのアイドルたちと相談して、前向きに検討致しますので
」と言って、ひとまずは通話を切った。
うん、とりあえずは林場と因縁あるところみたいだし、本当にここでの仕事を受けていいのか確認して、依頼を受理しよう。そう思っていたら、アプリが反応した。林場からだ。
【柿沼と桜木とも、仕事の内容を話し合いしてきた。この仕事を受けられればと思う】
生真面目らしい林場の言葉に、私はどう返事したものかと思いつつ、ポチポチとメッセージをタップする。
【了解。放課後にでもリーダーとして事務所に来て。内容を詰めよう】
そう言った。もうちょっと気の利くことを言えたらいいんだけれど、今の私にはこれが精一杯だ。しばらくしたら林場から【了解】と来たので、今度こそ私は教室へと戻っていった。アイドルの仕事はきちんと取ってこないといけないし、成績は落とせない。アイドルのマネージャーは大変だ。
****
放課後になったら、マネージメントコースの校舎は閑散とする。
中間テストの季節が近付いているけれど、社会一般は高校生のテストの都合なんて無視するし、仕事をしているマネージャーは真面目に学校で授業を受けている生徒よりも優遇されるのがうちの学校だからだ。
私みたいに特待生の資格を剥奪されたら困るような生徒はいないんだろうなと思いながら、林場か来るまでの間、私は教科書のテスト範囲を読みふけっていたところで、ようやく事務所に林場が入ってきた。
「待ったか?」
「テスト勉強ができてよかった」
「そうか……じゃあ、遊園地のヒーローショーの前座だったな?」
「うん。そうなんだけれど……一応聞くけれど、あんたは大丈夫なんだよね、この仕事を受けても」
いつもポーカーフェイスの林場が、ちらっと私を見てくる。
別に林場は感情が乏しい訳じゃないし、どちらかというと自己主張してくるほうだと思う。でも腹黒な柿沼以上に腹が読めないなと思ってはいたけれど、こいつが舞台畑出身ゆえに、腹を探られないよう演技をされていたとしたら。
いくらマネージメントの勉強の一環として心理学を学んでいようが、実地で腹芸をしていた奴の腹芸を見破るのは不可能だ。知識はあれども私には経験が圧倒的に足りないんだから。
そんなことを考えながら林場を眺めていたら、彼は「はあ……」と溜息をついた。
「園長から聞いたのか、俺が所属していた事務所のことは」
「うーんと、細かいことは聞いてないけれど。あんたが劇団にいたっていうところと、ヒーローショーの企画はあんたのいた劇団に売ってもらったってところくらいまでしか知らない」
「いや、それで充分だ」
「……一応聞いておくけど、これって私だけ知っていたほうがいい話なの? 柿沼や桜木には言わなくって大丈夫なことなの?」
いくらマネージャーとはいえど、既に終わったことをとやかく言う権利はない。桜木みたいに問題になるとも思えないし、柿沼みたいに足引っ張る問題でもないし。私が眉を潜ませて聞くと、林場は「既にふたりは知ってる」と答えた。
なんというか。こいつらがアイドルやろうって言い出したのは、アイドルってものに崇高なものを感じているとか、職業としてアイドルになろうって感じじゃない。もっとなし崩し的なものの気がする。でも、マネージャーをやっている私よりもよっぽど、こいつらのほうが互いをわかり合っているところがあって、そこは少し羨ましい。
アイドルとマネージャーが同じ列に立てる訳ではないんだけれど。
しんみりとしている間に、林場が話を切り出した。
「元々劇団の事務所に所属していた。劇団のほうの仕事は基本的に舞台関係で、ときどき所属俳優や女優、客演の関係者たちからテレビやモデルの仕事が回ってくるという具合に回っていた。俺は、そこの子役だった」
「うん」
「どうも、俺は天才だったらしい」
「うん……?」
自分で言ってるの? 私は訝しげに林場を見るけれど、相変わらずいつものポーカーフェイスでこちらからだと感情が読めなかった。強いて言うならば、林場が嘘をついているとも思えない。そもそもこいつは妙に実直な奴なのに、こんなしょうもない嘘や冗談を言うんだろうか。それとも、これは演技なんだろうか。いや、演技力っていちマネージャーを騙すだめに使うか、普通?
たったひと言で私を混乱させてくれた林場は、こちらの混乱をまるっと無視して話を続ける。
「脚本を読んで、それで別人になるのが面白かった。ある日はまさかり担いだ金太郎になったし、ある日は桃から生まれた桃太郎になった。子供の頃のモーツァルトやアーサー王にもなった。だが、どうにも俺は脚本を読んだら、それに飲まれてしまう性分らしかった」
「飲まれるって……?」
「演技というのは、その脚本の内容を吟味して、その役になりきることだからな。ただセリフを読むだけじゃ、それはただの音読であって演技とは程遠い。俺はどうも一回読んだら大体その演技を把握して演じることができたんだが、脚本の内容によっては戻れないときがあった……あれはなんだったかな。たしか「十五少年漂流記」だったと思う」
どんな話だったっけ。たしか、子供たちだけで無人島に流れ着いて、助けが来るまでサバイバルする話だったか。読書の時間に読んだことのあった気がする本のおぼろげな概要を頭に浮かべていたら、林場は淡々と続ける。
「あのときにやった役は、漂流事故を起こした主人公の弟の役で、演技に熱が入り過ぎて、俺はとうとう舞台中に知恵熱で倒れた。一緒に舞台に上がっていた人たちがアドリブで演技をしてくれたんだが、それで俺の演技の方法ではのめり込み過ぎていつかは体が壊れると言われて、できる限り脚本を読まずに演技をするようになったんだが……今度はこれだと演技以前にセリフが覚えられない。客観的に演技を分析するという練習もはじめたものの、今度は棒読みの演技になってしまって、舞台にはなかなか出してもらえない日が続いた」
「それは……」
「テレビや映画だったら、ワンシーンごとの撮影だが、舞台は最初から最後まで淀みなくやるからな。俺みたいな役者も少なくはないが、体を壊すほどにのめり込むこともないそうだ。俺はだんだん腐っていった」
残念だけれど、私はあんまり舞台については詳しくない。ときどき役者さんでも演技に力を入れ過ぎたあまりに、共演者と恋愛シーンを撮って、そのまんま恋愛している気分になって結婚することもあるらしいけれど、それと似たようなものなのかな。
現実生活じゃ駄目なことも、舞台でだったらOKってことは多い。病人だったり、殺人鬼だったり、そういう感情も舞台の上で発散するんだったらともかく、それが実生活まで蝕むとなったら、そりゃ止めに入るんだろうな。
多分林場は本人がわかってるかどうかはともかく、たしかに天才だったんだろうけど……戻ってこれなくなってしまったら、たしかに演技が続けられないんだろうな。でも。
ここまで聞いて少しだけ疑問に思った。
林場の話とヒーローショーが、ちっとも結びつかないのだ。
「あんたの事情は大体わかったんだけど……どうしてヒーローショーの話にあんたが関係してくるの?」
「ああ……元々は、これだと俺が演技の仕方を変えるまでは、演技を俺に合わせたほうがいいと判断した団長が、知り合いの遊園地の客寄せのために使ったんだ。俺は親と一緒に客席に混ざって、怪人にさらわれる子供を演じたんだ」
「それって、さくら……」
「面白かったぞ。怪人にさらわれていくのは。あとでヒーローが助けに来てくれるとわかってはいたけれど、あの頃は俺もまだまだ小さかったし、近くで見る怪人は意外と怖かったから、普通の子供のようにガンガン泣いて怪人役の人を困らせたしな。でもこれが原因で、ヒーローに人気が出たし、怪人の怖さにも箔が付いたから、怪人をやっつけるヒーローを見るために子供が集まったんだ。別にテレビに出てないヒーローだし、ご当地もなにもあの遊園地でしか見られないのにな。でも受けた……もっとも、荒療治で俺の演技を直したかったみたいなんだが、それでも俺の演技の癖が直らず、退所するしかなかったという話だ」
なるほど……。
たしかに林場の中では終わった話だし、別にトラウマを発症させるようなネタではない訳ね。こっちがそこまで心配する必要はないのかな。
林場は比較的すっきりとした顔で、話を締めくくったのを見ながら、私が考える。
「うーん、事情はだいたいわかった。じゃあこの仕事を正式に引き受けても問題ないってことね?」
「ああ。こちらも恩があるから、きちんと返したいし」
「それは多分向こうもそう思ってると思うよ」
「なんだ?」
林場は本気でわかってない顔をしているのに、私は笑いながら手帳を広げた。
「なんでもない。とりあえず前座の内容を詰めよう。もらえる時間は十分だから、MCだけにするか、一曲歌ってMCかになるけれど。……ここってすごいね、わざわざヒーローショー用に曲があるんだから」
私の言葉に、林場も「ああ」と頷いてくれた。
人生、単調なだけの人間なんてまずいない。どんなに輝かしかろうが、恵まれていようが、心労苦労がない人間なんて本当にごくわずかだ。私はそう納得しながら、林場と一緒に前座の内容を詰めはじめた。
ここの遊園地には、ご当地ヒーローならぬ遊園地ヒーローというのが存在している。そのヒーローショーは毎回好評で、ヒーローに抜擢されるのはもちろんのこと、その前座を射止めるのも熾烈を極める戦いがあるらしい。
「そんな好評な仕事、うちはまだ駆け出しですのに、どうして依頼してくださったんですか?」
私がメモを取りながら伺うと、園長さんは穏やかな声で教えてくれた。
『林場くんにはお世話になりましたからね。お礼……というとおこがましいんですが、新しいステージで頑張っている彼を応援したくなりまして』
「そりゃ私も嬉しいんですが……林場はなにかありましたか?」
前に事務所に所属していて、今は退所している。経歴も綺麗さっぱり消えてしまっているあいつが感謝することって、いったいなんなんだろう……?
これは林場に直接聞いたほうがいいのかな。でもなあ……。桜木みたいに、下手したら退学が免れなかった秘密とは違って、林場の話って既に終わっていることなのに、わざわざあいつに昔のこと掘り返してダメージ与えるっていうのも気が引けるんだよね。だってあいつ、悪いことなんてなにもしてないじゃん。
私がひとりでこみかみに手を当てていたら、園長さんが言葉を続ける。
『正確には、彼の所属していた劇団、でしょうか。うちが傾きかけて、下手したら閉園しないといけないってときに、格安でうちのステージを使って舞台をしてくれて、ヒーローショーの企画を売ってくれたんです。おかげさまで、うちは持ち直しました』
なるほど。林場の事務所っていうのは、劇団のことだったんだ。あいつは俳優志望だって言ってたのも、劇団に所属していたんだったら納得だ。
地方の遊園地も、どんどん閉園していく中、あちこちとタイアップしてどうにか閉園危機を免れているところも多いと聞いている。ここの遊園地の場合は、ヒーローショー企画のおかげで持ち直したってことか。企画ひとつで持ち直すっていうのは、結構すごい。
私は「お話はわかりました。うちのアイドルたちと相談して、前向きに検討致しますので
」と言って、ひとまずは通話を切った。
うん、とりあえずは林場と因縁あるところみたいだし、本当にここでの仕事を受けていいのか確認して、依頼を受理しよう。そう思っていたら、アプリが反応した。林場からだ。
【柿沼と桜木とも、仕事の内容を話し合いしてきた。この仕事を受けられればと思う】
生真面目らしい林場の言葉に、私はどう返事したものかと思いつつ、ポチポチとメッセージをタップする。
【了解。放課後にでもリーダーとして事務所に来て。内容を詰めよう】
そう言った。もうちょっと気の利くことを言えたらいいんだけれど、今の私にはこれが精一杯だ。しばらくしたら林場から【了解】と来たので、今度こそ私は教室へと戻っていった。アイドルの仕事はきちんと取ってこないといけないし、成績は落とせない。アイドルのマネージャーは大変だ。
****
放課後になったら、マネージメントコースの校舎は閑散とする。
中間テストの季節が近付いているけれど、社会一般は高校生のテストの都合なんて無視するし、仕事をしているマネージャーは真面目に学校で授業を受けている生徒よりも優遇されるのがうちの学校だからだ。
私みたいに特待生の資格を剥奪されたら困るような生徒はいないんだろうなと思いながら、林場か来るまでの間、私は教科書のテスト範囲を読みふけっていたところで、ようやく事務所に林場が入ってきた。
「待ったか?」
「テスト勉強ができてよかった」
「そうか……じゃあ、遊園地のヒーローショーの前座だったな?」
「うん。そうなんだけれど……一応聞くけれど、あんたは大丈夫なんだよね、この仕事を受けても」
いつもポーカーフェイスの林場が、ちらっと私を見てくる。
別に林場は感情が乏しい訳じゃないし、どちらかというと自己主張してくるほうだと思う。でも腹黒な柿沼以上に腹が読めないなと思ってはいたけれど、こいつが舞台畑出身ゆえに、腹を探られないよう演技をされていたとしたら。
いくらマネージメントの勉強の一環として心理学を学んでいようが、実地で腹芸をしていた奴の腹芸を見破るのは不可能だ。知識はあれども私には経験が圧倒的に足りないんだから。
そんなことを考えながら林場を眺めていたら、彼は「はあ……」と溜息をついた。
「園長から聞いたのか、俺が所属していた事務所のことは」
「うーんと、細かいことは聞いてないけれど。あんたが劇団にいたっていうところと、ヒーローショーの企画はあんたのいた劇団に売ってもらったってところくらいまでしか知らない」
「いや、それで充分だ」
「……一応聞いておくけど、これって私だけ知っていたほうがいい話なの? 柿沼や桜木には言わなくって大丈夫なことなの?」
いくらマネージャーとはいえど、既に終わったことをとやかく言う権利はない。桜木みたいに問題になるとも思えないし、柿沼みたいに足引っ張る問題でもないし。私が眉を潜ませて聞くと、林場は「既にふたりは知ってる」と答えた。
なんというか。こいつらがアイドルやろうって言い出したのは、アイドルってものに崇高なものを感じているとか、職業としてアイドルになろうって感じじゃない。もっとなし崩し的なものの気がする。でも、マネージャーをやっている私よりもよっぽど、こいつらのほうが互いをわかり合っているところがあって、そこは少し羨ましい。
アイドルとマネージャーが同じ列に立てる訳ではないんだけれど。
しんみりとしている間に、林場が話を切り出した。
「元々劇団の事務所に所属していた。劇団のほうの仕事は基本的に舞台関係で、ときどき所属俳優や女優、客演の関係者たちからテレビやモデルの仕事が回ってくるという具合に回っていた。俺は、そこの子役だった」
「うん」
「どうも、俺は天才だったらしい」
「うん……?」
自分で言ってるの? 私は訝しげに林場を見るけれど、相変わらずいつものポーカーフェイスでこちらからだと感情が読めなかった。強いて言うならば、林場が嘘をついているとも思えない。そもそもこいつは妙に実直な奴なのに、こんなしょうもない嘘や冗談を言うんだろうか。それとも、これは演技なんだろうか。いや、演技力っていちマネージャーを騙すだめに使うか、普通?
たったひと言で私を混乱させてくれた林場は、こちらの混乱をまるっと無視して話を続ける。
「脚本を読んで、それで別人になるのが面白かった。ある日はまさかり担いだ金太郎になったし、ある日は桃から生まれた桃太郎になった。子供の頃のモーツァルトやアーサー王にもなった。だが、どうにも俺は脚本を読んだら、それに飲まれてしまう性分らしかった」
「飲まれるって……?」
「演技というのは、その脚本の内容を吟味して、その役になりきることだからな。ただセリフを読むだけじゃ、それはただの音読であって演技とは程遠い。俺はどうも一回読んだら大体その演技を把握して演じることができたんだが、脚本の内容によっては戻れないときがあった……あれはなんだったかな。たしか「十五少年漂流記」だったと思う」
どんな話だったっけ。たしか、子供たちだけで無人島に流れ着いて、助けが来るまでサバイバルする話だったか。読書の時間に読んだことのあった気がする本のおぼろげな概要を頭に浮かべていたら、林場は淡々と続ける。
「あのときにやった役は、漂流事故を起こした主人公の弟の役で、演技に熱が入り過ぎて、俺はとうとう舞台中に知恵熱で倒れた。一緒に舞台に上がっていた人たちがアドリブで演技をしてくれたんだが、それで俺の演技の方法ではのめり込み過ぎていつかは体が壊れると言われて、できる限り脚本を読まずに演技をするようになったんだが……今度はこれだと演技以前にセリフが覚えられない。客観的に演技を分析するという練習もはじめたものの、今度は棒読みの演技になってしまって、舞台にはなかなか出してもらえない日が続いた」
「それは……」
「テレビや映画だったら、ワンシーンごとの撮影だが、舞台は最初から最後まで淀みなくやるからな。俺みたいな役者も少なくはないが、体を壊すほどにのめり込むこともないそうだ。俺はだんだん腐っていった」
残念だけれど、私はあんまり舞台については詳しくない。ときどき役者さんでも演技に力を入れ過ぎたあまりに、共演者と恋愛シーンを撮って、そのまんま恋愛している気分になって結婚することもあるらしいけれど、それと似たようなものなのかな。
現実生活じゃ駄目なことも、舞台でだったらOKってことは多い。病人だったり、殺人鬼だったり、そういう感情も舞台の上で発散するんだったらともかく、それが実生活まで蝕むとなったら、そりゃ止めに入るんだろうな。
多分林場は本人がわかってるかどうかはともかく、たしかに天才だったんだろうけど……戻ってこれなくなってしまったら、たしかに演技が続けられないんだろうな。でも。
ここまで聞いて少しだけ疑問に思った。
林場の話とヒーローショーが、ちっとも結びつかないのだ。
「あんたの事情は大体わかったんだけど……どうしてヒーローショーの話にあんたが関係してくるの?」
「ああ……元々は、これだと俺が演技の仕方を変えるまでは、演技を俺に合わせたほうがいいと判断した団長が、知り合いの遊園地の客寄せのために使ったんだ。俺は親と一緒に客席に混ざって、怪人にさらわれる子供を演じたんだ」
「それって、さくら……」
「面白かったぞ。怪人にさらわれていくのは。あとでヒーローが助けに来てくれるとわかってはいたけれど、あの頃は俺もまだまだ小さかったし、近くで見る怪人は意外と怖かったから、普通の子供のようにガンガン泣いて怪人役の人を困らせたしな。でもこれが原因で、ヒーローに人気が出たし、怪人の怖さにも箔が付いたから、怪人をやっつけるヒーローを見るために子供が集まったんだ。別にテレビに出てないヒーローだし、ご当地もなにもあの遊園地でしか見られないのにな。でも受けた……もっとも、荒療治で俺の演技を直したかったみたいなんだが、それでも俺の演技の癖が直らず、退所するしかなかったという話だ」
なるほど……。
たしかに林場の中では終わった話だし、別にトラウマを発症させるようなネタではない訳ね。こっちがそこまで心配する必要はないのかな。
林場は比較的すっきりとした顔で、話を締めくくったのを見ながら、私が考える。
「うーん、事情はだいたいわかった。じゃあこの仕事を正式に引き受けても問題ないってことね?」
「ああ。こちらも恩があるから、きちんと返したいし」
「それは多分向こうもそう思ってると思うよ」
「なんだ?」
林場は本気でわかってない顔をしているのに、私は笑いながら手帳を広げた。
「なんでもない。とりあえず前座の内容を詰めよう。もらえる時間は十分だから、MCだけにするか、一曲歌ってMCかになるけれど。……ここってすごいね、わざわざヒーローショー用に曲があるんだから」
私の言葉に、林場も「ああ」と頷いてくれた。
人生、単調なだけの人間なんてまずいない。どんなに輝かしかろうが、恵まれていようが、心労苦労がない人間なんて本当にごくわずかだ。私はそう納得しながら、林場と一緒に前座の内容を詰めはじめた。