「うわーなつかしいね!」
さっきから大雅は右へ左へふらふら、まるで糸の切れた凧みたい。
「このスーパー、まだやってるんだ。昔とちっとも変わってない」
小説と同じセリフを躊躇なく言う彼。次は私の番だ。
『危ないからあまり車道に寄らないでね』
こういう注意をあまりしたことがないせいか、言葉になってくれなかった。
モゴモゴ口ごもる私を気にする様子もなく、大雅はキョロキョロあたりを見渡している。
小説世界と同じことが起きたとしても、やっぱり主人公の性格が違いすぎる。
ムリして同じことを言うのはあきらめ、私らしく接することを選んだ。
つまり、黙ってついて行くことにした。
「夕焼け公園ってまだある?」
くるんとこちらをふり向いた大雅。
傾きかけた太陽が大雅をキラキラ輝かせている。
「え? あ、そのことなんだけど……」
小説では、ふたりの思い出の場所として何度も登場する。
けれど、この町にそんな公園はないし、一緒に夕日を見た事実もない。
「ごめん。わからないの」
正直に答える私に、大雅は目を丸くした。
ああ、せっかくの物語もここで終わってしまうのかもしれない。
が、大雅は気にした様子もなく脇にある上り坂を指さした。
「あの坂道をのぼる途中にあるのが夕焼け公園だよ。悠花、忘れちゃったの?」
高台の住宅地に続く道はたしかにある。けれど私の家はそっちの方角じゃないし、大雅はもちろんのこと、日葵や優太と訪れたことはない。
「時間もちょうどいいし、久しぶりに行ってみたいな。いい?」
「あ……うん」
「やった!」
駆けていく大雅から長い影が伸びている。
まるで子供みたいな大雅に、昔の優太の面影が重なった。
最近はぶっきらぼうな優太も、昔はこんなふうにはしゃいでたっけ……。
って、なんで優太のことを思い出しているのだろう。
坂道をあがりながら大雅は時折こっちをふり向いてくれる。
どんどん夕暮れに支配されていく空の下、不思議な出来事を体感している。
やっとついた公園は、想像していたものよりずいぶん小さかった。
小説に出てくるブランコや砂場はないけれど、ベンチだけはあった。
当たり前のように町を見おろせるベンチに座った大雅。
私もなるべくベンチのはしっこに座り顔をあげると、目の前に大きな夕日が浮かんでいた。
「すごく大きい」
思わずつぶやいてしまうほど、太陽は赤く燃えていた。
「ここで夕日を見るのが好きだったんだ。夕日ってすごいパワーがあると思うんだよね。日光浴ならぬ夕日浴ってところ」
「そうなんだ」
ここが夕焼け公園なんだ、と静かに感動してしまう。
ドラマのロケ地に行くってこういうことを言うのかもしれない。
想像よりも小さい公園で、遊具もない。
大雅の顔だって、小説みたいに真っ赤に染まっていない。
それでもここで大雅との思い出を作っていければいいな。
そっと大雅の横顔を見てみる。想像していた以上にかっこよくてやさしそう。
私は今、小説の主人公になっているんだ……。
違うのは、まだ大雅への恋心が生まれていないこと。あまりに突然の出来事すぎて、心が追いついていない感じがする。
私は大雅を好きになれるのかな。そう思う時点でなにか違う気がしてしまう。
きっと好きになるはず。
そうなるためにも、主人公が言った台詞と同じことを口にしてみよう。
大丈夫、台詞は完璧に頭に入っているから。
「大雅が引っ越して来たのって小学三年生のころなんでしょう?」
ずいぶんカットしてしまったけれど、ここからはじめることにした。
「そうだよ」
やっぱり同じ台詞が返ってくる。次は私の番。
「私、昔からそのあたりまでの記憶ってほとんどないの。思い出そうとしても思い出せなくて――」
そこまで言ったときだった。砂利を踏む音が聞こえた。
ふり向くと、息を切らせた優太がうしろに立っていた。
部活のユニフォームのままで、大きなバッグのなかからは制服のズボンが飛び出ている。
「え……優太?」
「んだよ。急に呼び出すなよな」
その声は隣の大雅に向けられていた。
「ごめんごめん。あんまり夕日がキレイだったからさ。でも間に合ったね」
「『全速力で集合』なんてメッセージ送っておいてよく言うよ。ったく、大雅はマジで変わってねーな」
呆れながら私と大雅の間に優太がどすんと腰をおろした。
どういうこと……?
小説の中では大雅とふたりきりだったはず。そして私は大雅への恋心を意識する――そういうシーンのはずなのに。
どうして優太がここにいるのだろう。
私の気持ちに気づいたように、大雅はいたずらっぽく笑った。
「すごく悠花が緊張しているように思えたから、少しでも和らげようと思って声をかけておいたんだ」
「あ、うん……」
小説の展開と違うのは、やっぱり私の行動や会話が違うからなんだ。
「日葵はまだ部活みたいで既読にならなかったよ。今回は三人で我慢しよう。昔はみんなでよく夕日を見たよね」
大雅のうれしそうな声に、
「なつかしいな」
優太がまぶしそうに目を細めている。
「悠花がね」急に私の名前が聞こえ、ドキッとした。
「昔の記憶がないんだって。僕のことも忘れているみたい」
「へえ」
優太が私を見た。
「悠花は昔からそういうところがあるからな。ねぼすけで忘れっぽかったし、それは今も健在」
からかう口調にまたムッとしてしまう。
「今は違うもん」
「違わねーよ」
「ねぼすけで忘れっぽいのは優太のほうでしょ」
「なんで俺なんだよ」
「なによ」
言い合っていると、大雅が声をあげて笑い出した。
「なつかしい! そうやってふたりはいつもケンカしてたよね」
言われて思い出す。優太と漫才みたいなかけ合いをしたのは久しぶりだった。
見ると、優太もおかしそうに笑っている。
まるで昔に戻ったみたいで私もうれしくなる。
「ケンカじゃねーよ。じゃれてるだけだよ、な?」
ひょいと顔を近づける優太。同じだけ顔を引きながらうなずいた。
それから優太はゆっくり夕日に目を戻す。
優太の横顔が……ああ、赤く染まっている。
「ここからだと、町が切り絵みたいに見えるな」
「うん。そうだね」
もうすぐ沈みそうな太陽が最後の力をふりしぼり、町並みを黒く塗りつぶしているみたい。
やがてこの町は影に飲み込まれるように夜を受け入れていくのだろう。
不思議だった。
もうずっと感じたことのない平穏な気持ちが胸に広がっていく。
「記憶なんてさ――」
優太の口の動きがスローモーションに見える。
「思い出せなくてもいいんじゃね? これから新しい思い出を作っていけばいいんだし」
「……え?」
それは小説のなかで大雅が言ってくれた言葉だった。
三人に増えたから、台詞が分配されたのかな……?
「優太はいいことを言うね」
ひょいと立ちあがった大雅がバッグを肩にかけた。
「じゃあ僕も悠花と新しい思い出を作っていくよ。そのほうが新鮮だもんね」
どうしよう、大雅の言葉が頭を素通りしていく。
小説と同じようで違う展開が起きているのはなぜ?
なんて答えていいのかわからずにうつむくと、優太の左足にあるミサンガもいつもより赤く映った。
「よし、じゃあ帰るか」
優太が立ちあがるのをさみしく感じるのはなぜ?
歩き出す優太のうしろ姿ばかり見てしまうのはなぜ?
違う、と意識して大雅に視線を移すけれど、小説にあったような彼への感情はどこを探してもなかった。
さっきから大雅は右へ左へふらふら、まるで糸の切れた凧みたい。
「このスーパー、まだやってるんだ。昔とちっとも変わってない」
小説と同じセリフを躊躇なく言う彼。次は私の番だ。
『危ないからあまり車道に寄らないでね』
こういう注意をあまりしたことがないせいか、言葉になってくれなかった。
モゴモゴ口ごもる私を気にする様子もなく、大雅はキョロキョロあたりを見渡している。
小説世界と同じことが起きたとしても、やっぱり主人公の性格が違いすぎる。
ムリして同じことを言うのはあきらめ、私らしく接することを選んだ。
つまり、黙ってついて行くことにした。
「夕焼け公園ってまだある?」
くるんとこちらをふり向いた大雅。
傾きかけた太陽が大雅をキラキラ輝かせている。
「え? あ、そのことなんだけど……」
小説では、ふたりの思い出の場所として何度も登場する。
けれど、この町にそんな公園はないし、一緒に夕日を見た事実もない。
「ごめん。わからないの」
正直に答える私に、大雅は目を丸くした。
ああ、せっかくの物語もここで終わってしまうのかもしれない。
が、大雅は気にした様子もなく脇にある上り坂を指さした。
「あの坂道をのぼる途中にあるのが夕焼け公園だよ。悠花、忘れちゃったの?」
高台の住宅地に続く道はたしかにある。けれど私の家はそっちの方角じゃないし、大雅はもちろんのこと、日葵や優太と訪れたことはない。
「時間もちょうどいいし、久しぶりに行ってみたいな。いい?」
「あ……うん」
「やった!」
駆けていく大雅から長い影が伸びている。
まるで子供みたいな大雅に、昔の優太の面影が重なった。
最近はぶっきらぼうな優太も、昔はこんなふうにはしゃいでたっけ……。
って、なんで優太のことを思い出しているのだろう。
坂道をあがりながら大雅は時折こっちをふり向いてくれる。
どんどん夕暮れに支配されていく空の下、不思議な出来事を体感している。
やっとついた公園は、想像していたものよりずいぶん小さかった。
小説に出てくるブランコや砂場はないけれど、ベンチだけはあった。
当たり前のように町を見おろせるベンチに座った大雅。
私もなるべくベンチのはしっこに座り顔をあげると、目の前に大きな夕日が浮かんでいた。
「すごく大きい」
思わずつぶやいてしまうほど、太陽は赤く燃えていた。
「ここで夕日を見るのが好きだったんだ。夕日ってすごいパワーがあると思うんだよね。日光浴ならぬ夕日浴ってところ」
「そうなんだ」
ここが夕焼け公園なんだ、と静かに感動してしまう。
ドラマのロケ地に行くってこういうことを言うのかもしれない。
想像よりも小さい公園で、遊具もない。
大雅の顔だって、小説みたいに真っ赤に染まっていない。
それでもここで大雅との思い出を作っていければいいな。
そっと大雅の横顔を見てみる。想像していた以上にかっこよくてやさしそう。
私は今、小説の主人公になっているんだ……。
違うのは、まだ大雅への恋心が生まれていないこと。あまりに突然の出来事すぎて、心が追いついていない感じがする。
私は大雅を好きになれるのかな。そう思う時点でなにか違う気がしてしまう。
きっと好きになるはず。
そうなるためにも、主人公が言った台詞と同じことを口にしてみよう。
大丈夫、台詞は完璧に頭に入っているから。
「大雅が引っ越して来たのって小学三年生のころなんでしょう?」
ずいぶんカットしてしまったけれど、ここからはじめることにした。
「そうだよ」
やっぱり同じ台詞が返ってくる。次は私の番。
「私、昔からそのあたりまでの記憶ってほとんどないの。思い出そうとしても思い出せなくて――」
そこまで言ったときだった。砂利を踏む音が聞こえた。
ふり向くと、息を切らせた優太がうしろに立っていた。
部活のユニフォームのままで、大きなバッグのなかからは制服のズボンが飛び出ている。
「え……優太?」
「んだよ。急に呼び出すなよな」
その声は隣の大雅に向けられていた。
「ごめんごめん。あんまり夕日がキレイだったからさ。でも間に合ったね」
「『全速力で集合』なんてメッセージ送っておいてよく言うよ。ったく、大雅はマジで変わってねーな」
呆れながら私と大雅の間に優太がどすんと腰をおろした。
どういうこと……?
小説の中では大雅とふたりきりだったはず。そして私は大雅への恋心を意識する――そういうシーンのはずなのに。
どうして優太がここにいるのだろう。
私の気持ちに気づいたように、大雅はいたずらっぽく笑った。
「すごく悠花が緊張しているように思えたから、少しでも和らげようと思って声をかけておいたんだ」
「あ、うん……」
小説の展開と違うのは、やっぱり私の行動や会話が違うからなんだ。
「日葵はまだ部活みたいで既読にならなかったよ。今回は三人で我慢しよう。昔はみんなでよく夕日を見たよね」
大雅のうれしそうな声に、
「なつかしいな」
優太がまぶしそうに目を細めている。
「悠花がね」急に私の名前が聞こえ、ドキッとした。
「昔の記憶がないんだって。僕のことも忘れているみたい」
「へえ」
優太が私を見た。
「悠花は昔からそういうところがあるからな。ねぼすけで忘れっぽかったし、それは今も健在」
からかう口調にまたムッとしてしまう。
「今は違うもん」
「違わねーよ」
「ねぼすけで忘れっぽいのは優太のほうでしょ」
「なんで俺なんだよ」
「なによ」
言い合っていると、大雅が声をあげて笑い出した。
「なつかしい! そうやってふたりはいつもケンカしてたよね」
言われて思い出す。優太と漫才みたいなかけ合いをしたのは久しぶりだった。
見ると、優太もおかしそうに笑っている。
まるで昔に戻ったみたいで私もうれしくなる。
「ケンカじゃねーよ。じゃれてるだけだよ、な?」
ひょいと顔を近づける優太。同じだけ顔を引きながらうなずいた。
それから優太はゆっくり夕日に目を戻す。
優太の横顔が……ああ、赤く染まっている。
「ここからだと、町が切り絵みたいに見えるな」
「うん。そうだね」
もうすぐ沈みそうな太陽が最後の力をふりしぼり、町並みを黒く塗りつぶしているみたい。
やがてこの町は影に飲み込まれるように夜を受け入れていくのだろう。
不思議だった。
もうずっと感じたことのない平穏な気持ちが胸に広がっていく。
「記憶なんてさ――」
優太の口の動きがスローモーションに見える。
「思い出せなくてもいいんじゃね? これから新しい思い出を作っていけばいいんだし」
「……え?」
それは小説のなかで大雅が言ってくれた言葉だった。
三人に増えたから、台詞が分配されたのかな……?
「優太はいいことを言うね」
ひょいと立ちあがった大雅がバッグを肩にかけた。
「じゃあ僕も悠花と新しい思い出を作っていくよ。そのほうが新鮮だもんね」
どうしよう、大雅の言葉が頭を素通りしていく。
小説と同じようで違う展開が起きているのはなぜ?
なんて答えていいのかわからずにうつむくと、優太の左足にあるミサンガもいつもより赤く映った。
「よし、じゃあ帰るか」
優太が立ちあがるのをさみしく感じるのはなぜ?
歩き出す優太のうしろ姿ばかり見てしまうのはなぜ?
違う、と意識して大雅に視線を移すけれど、小説にあったような彼への感情はどこを探してもなかった。