傘の男に導かれて、私はようやく外に出た。たった少しの間だけ監禁されていたにも関わらず、太陽の眩しさが久しい気がする。

(ここは……)

 今一度、自分が出てきた場所を振り返った。それは、薄暗い路地に面した小さな家。壁も古びて障子は破れ、人が住んでいるようには見えない。

「周囲には空き家だと思わせていたらしいな」

 傘の男が呟く。

「誰も住んでいないと思わせることで、人間の警戒を解く。賢いものだ」
「……」

 見る限り、そこは普通の街。私の街とはさほど変わらない。そんなところで、あやかしが悪事を働いているのはやはり信じ難かった。

「さぁ、進もう」

 私と傘の男は路地を出て、人気の少ない道を選ぶ。未だな人はまばらにしか見られない。

 私は視線をそっぽに向ける。男は異性と手を繋いでいるのに、それが何でもないような雰囲気を出している。このような状況に慣れているのかもしれない。

 対して、私は違和感しかない。私は両親以外の異性に手を触れたことがなかった。この人の手は細い、なんて思ったけど、実際握られてみれば、私よりも一回りほど大きくがっしりとしていた。

 掴んだものは離さない。そう言っているような男の人の手が、私の手を包み込んでいる。柔らかな温もりがあって、不思議と安心できる手。

 こんな気分になったのは初めてだ。私はドギマギした気持ちで、男の人の横顔を盗み見る。

 相変わらず笠を被っているものの、影が落ちていない口元や、この人自体から発せられる雰囲気は静かで、柔らかく優しく、それでいて何処か不思議だった。
 
 思わず、その整っている見える部分の顔を見つめ続ける。すると、男の人は流石に視線に気づいたのか、「ん?」とこちらの方を向いてきた。

「あっ」

 私は反射的に顔を背け、視線を足下に落とした。

「どうかしたか?」

 後ろから声が聞こえたが、私はうまく口を動かせず、首を振ることしかできなかった。

「そう、か」

 私が恥ずかしがっていることに勘づいたのか、男の人はそれ以上触れなかった。

「……」
「……っ」

(気まずい……あまりにも気まずいすぎる……)

 沈黙というものが決して悪いものだとは断定できない。けれど、初対面に加えて異性ということもあり、空白の時間が居た堪れなく感じる。かと言って、会話を切り出す勇気もない。

 そんな私に気持ちを悟ったのか、傘の男はスッと手を離した。

「少し待っていてくれ」

 そう残して何処かへと彼は消える。何をしに行くのだろう、と首を傾げてその場に突っ立っていた。数分後、男はあるものを手にして帰ってきた。

「食べないか?」

 差し出してきたのは巾着のような見た目の唐菓子(からくだもの)だった。

「あ、あり……がとう……ござい、ます……」

 両手で受け取ると、ふわりと香ばしい香りが漂う。途端に空腹を覚え、いただきます、と心の中で呟いてそれを齧る。

「お……いしい……っ!」

 焦茶色の菓子は仄かに甘かった。僅かにも砂糖がまぶしてあるのだろう。出来立てなのか、まだ暖かい。軽い口当たりが食欲をそそる。止まらず二口目、三口目……と、気づけば食べ終えていた。

「あ……」

 我に返って顔が熱くなる。人前でこんなにも勢いよく食べることは行儀が悪い。しかし、傘の男はさほど気にしていなかった。

「口にあったのなら良かった」

 むしろ、嬉しそうだった。傘の男も唐菓子(からくだもの)をものの数口で平らげる。

「美味いな」

 コクリと頷く。唐菓子(からくだもの)なんて、口にしたのは久々だった。まだ舌に残る懐かしい味に胸が締め付けられる。

 食事をしたせいか、私たちを取り巻く空気が少し軽くなった気がした。

「この際に尋ねるのもだが……」

 不意に傘の男が口を開く。

「帝の御前、本当にお前は行かなくて良かったのか?」
「え、あ……はい……いい、んです……」

 私はわざとそっけなく答える。今朝の賑わいだ街の風景を思い出し、目を瞑った。

(あんなにも華やいだ場所、眩しすぎて行くことなんてできない)

 増してや帝の前だなんて、到底無理だ。

「そうか。……何故か、と訊いてもいいか?」
「……」
「無理に話されるつもりはない。だが、話した方が楽になる時もある」

 諭すように男は言った。その言葉に、何故か心の内の何かが溶けていくような感覚があった。心が軽い。今なら、自由な気がする。

「はい」

 あまりにも滑らかに声が出たことに、自分自身が驚く。

(声が……!この人となら、話せる)

 自分でも理由はわからないけど、この人になら話していいと、そう許せる。

「私にとって、帝は雲の上の人です。私みたいな人があそこに行くなんて、100年、早いですから」
「そうか?行くならば、誰だろうと関係ないと思うが」

 男の人は心底不思議そうに首を傾げた。嫌味も皮肉もない純粋なその仕草に、少しだけ胸の奥がチクリと痛む。

(きっと、あなたみたいな人には分からないんでしょうね)

 心の中で罵る。

「関係ありますよ。あそこに行っていいのは、人々に求められるような存在の人だけです」
「それを聞くと、お前がまるで人々に求められていないようだが……?」

 この人の言う通りだった。私は、誰かから求められることなんてない人間なのだから。

「その通りですよ。私は、誰にも求められない人間です」
「………」

 長い沈黙が流れた。お互い何も喋らない、気まずい雰囲気。私が一番苦手な空気感に、思わず男の人から顔を逸らす。

 本当に私はどうしようもないクズだ、と自身を嗤いたくなる。

(この人も、こんな自虐的な言葉を聞いて気を悪くしたんだろうな)

 言ってしまったことは後悔したが、もう遅い。だから、仕方ない。

 しかし、男の人が次に発したのは意外な言葉だった。

「それは、単なるお前の思い込みだろ?」
「へっ……?」
「誰が何処へ行こうと自由だ。身分など関係ない。そうではないか?」
「あ、いや、まぁ、そうかもしれないですけど、やっぱり無意識に差別とかしません?」
「うーむ、そんな気にしたことないがな……」

 それを聞いて私は心底驚いた。この人が言っていることは、あくまでこの人のみの考え。世の中の常識とは違うかもしれない。

 しかし、この人は明らかに身分が高そうだ。にも関わらず、差別という考えがなかったと言ったことが信じられなかった。

「あなたは自分より身分が低い者を見下したりしないんですか?」

 言い方は悪いが、素直な疑問から出た言葉だった。

 どんな答えかたをするんだろう、と待ってみると、その人はふっと息を吐いて言う。

「身分が高かろうが低かろうが、所詮人間は人間だ。そこに優劣はない」
「そうですか……」

 それを聞いて、私は自然と笑顔になっていた。心に穏やかなものが広がって、満たしてくれる。まるで、荒波が立っていた海が凪いだように。

 確かに、言われてみれば大したことないかも。今まで自虐していた自分がバカみたいだ。私は私なんだから、周りと比べる必要なんてないのかもしれない。

 男の人の話を聞いて、私の中の考え方が変わっていった。そんな私を、男の人はチラッと見て笑う。

「…やはり、お前は笑顔が似合うな」
「ん、今なんと?」
「いや、なんでもない」

 男の人はニヤついたままはぐらかした。

 気になるけど、まぁいっか。私は前を向いて歩き続けた。

 なんだか、さっきよりも街の静けさが気にならない。これはこれでいいと思えるようになっていた。

 私と男の人は歩く。落ち着いた雰囲気を纏う、特別な道を。

「なぁ」

 男の人が突然口を開いた。

「…?なんでしょうか」

 私は男の人を見て、首をかしげる。

 すると、彼は私の手をきゅっと力を入れて握った。右手がさらに熱を帯び、ドクンと脈が上がる。と同時に、私の全身を流れる血液の速度が速くなった気がした。

 ようやく引いてきていた赤みが再び増す。そんな私に、彼は口を開いた。

「やはりお前は……」
「あっ、ちょっと待ってくださいね」

 何かを言いかけた男の人の言葉を遮る。

「な、なんだ…?」

 突然私が声を出したことに驚いたのか、多少動揺した様子で尋ねてきた。

 しかし、私は視界に移ったものに意識が向いていて、その声が届かなかった。

 直後、男の人も私の視線の先を見据えて、あっと声を漏らす。

 私が捉えたのは、木の枝にかかった毱を取ろうとしている女の子だった。彼女は何度か跳ねて手を伸ばすが、小柄故に毱には遠く及ばない。

「少し、待っていてください」

 そう言って私は男の人の手を離して、女の子に駆け寄った。

「どうしたの?」

 私は彼女の背丈と同じ高さになるように屈んで問う。

 すると、その子はゆっくりと振り向いた。目に涙を溜めて、赤くした頬には透明な水が伝っている。とても可愛い子だった。

「毱がっ、木、に、ひっかかっ、ちゃった、の」

 そう言うと、ヒックヒックと泣き出した。目を両手で押さえて、透明な雫をポタポタと地面に落としていく。

 分かる、分かるよ。悲しいよね。

 そんな彼女の頭を、私は優しく撫でる。

「大丈夫。お姉ちゃんに任せて」

 そして立ち上がる。毱は見えるが、手が届くほどではない場所にかかっている。あれでは大人ですら手を伸ばしただけでは届かないだろう。

 ならば方法は一つだけ。私は着物の裾を腕まくりして、木に足をかけた。

 この木が楠の木で良かった。枝も幹も太くて丈夫だから、人一人体重をかけたところで折れる心配はない木だ。

 手は枝を掴んで、それからよっと体重を前に持ってきて、全身の力を右足に乗せる。

 木登りは得意だった。小さい時も、同じ年頃の子は登れない木を、私だけは動物のようにするすると登っていって、少し得意げになってたっけ。

 昔の思い出を懐かしみつつ、私はどんどん上に登っていき、あっという間に毱の所までついた。

「よいしょっと」

 毱は枝同士の間に軽く挟まっていて、手を使えば簡単に取れる。

 私は手に毱を抱えて、下を見下ろした。この高さならば、危なくはないかな。

 私は枝から手を離し、体を空に投げる。

「あっ!」「あっ!」

 驚いた二つの声が重なる。

(でも、私は大丈夫)

 重力に引かれる中、得意げな笑みを浮かべて余裕を出す。私は放り出された体を捻って、うまい具合に朝からストンと着地した。実は高いところ好きだ。だから、飛び降りることなんてへっちゃら。

 私は持っていた毱を女の子に渡す。

「はい、どうぞ」

 すると、その子は唖然としていた表情に笑顔を浮かべて、受け取った。

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 そして、嬉しそうに何処かへ駆けていった。私はしばらく、彼女が消えていった道を眺める。

「お前、凄いな」

 背後から声が聞こえて振り向くと、あの人が立っていた。

「あんなにも木登りが上手い人間には会ったことがない。ひょっとして、猿か?」
「なっ!そんなわけ無いでしょう!」

 反射的に言い返す。自分でやっておいてなんだが、お笑いみたいだ。全力で否定する私の姿に、男の人は笑いを漏らす。

「はははっ、冗談だよ」

 もう、と私は息をついた。

(まぁ、あの子が喜んでくれたからいっか)

 そんなことを思っていると、男の人は笑うのを止め、しみじみとした雰囲気で言った。

「やはりお前は、優しいな」

 街でも、道でも、空でも無い、果てしなく遠い場所に焦点を合わせているような瞳で。

「それだけじゃない。お前は心も美しい」

 それを聞いて、私は不思議に思った。

(心も……?)

 なんでそんなことが分かるんだろうと。何故そう言えるのだろうと。疑問としてそれが脳裏に浮かぶ。そして、尋ねようとした。が、男の人が先に質問してくる。

「お前、名はなんと言うのだ?」

 今更名前?と思ったが、よく考えれば名乗っていなかった。

「私は……抄華(しょうか)です」
「抄華、か……。綺麗な名だな」

 男の人があまりにもサラリと言うので、それを聞いた私はなんだか嬉しいような、恥ずかしいような、むず痒い気持ちになる。

「ありがとうございます。それで。あなたのお名前は……?」

 私も尋ねた。すると、その人は一瞬、意味アリな笑みを浮かべて、頭の笠に手をかける。そしてそれを、するりと取った。顔にかかっていた影が消える。薄く白い布が彼の顔を撫でる。

 白い布の下から、相反した黒髪、そして見えなかった目元が現れる。

 影から出てきたその人の顔に、私は息を呑んで見つめた。声が出なかった、というよりかは出せなかった。

(ななっ、なんで、この人がこんなところに!?)

 それは、私が見たことのある顔だった。というか、知っていなければおかしいほど。だが、この人がいるはずない。そう、私の脳は否定する。

(だって、この人は……)

「私は第57代帝、羅衣源(らいげん)だ」

 涼しげな切長の瞳、漆黒の黒髪、色白の頰、その上整った顔立ちの男性が、そこには居た。
背後に昇る太陽が、彼の神々しさを増幅させている。

「み、帝様……っ!」

 私は信じられない様子で目の前に立つ男性を見つめた。いやいや、帝だなんて有り得ない。

 でも、私に柔らかい笑みを向けているのは紛れもなくこの国の帝。一度だけ、代替わりを祝福する行事で見たことがあった。あれだけ人を惹きつける力を持った人なんだから、間違えたり、他人の空似なんてことはないはず。

(えっ、ちょっと待って。じゃあ、私はずっと帝とお話ししていたということ!?)

 今知る事実に、私の心臓はこれまでにないくらい激しく脈打ち始める。

「ななっ、何故貴方様のようなお方がここに!?」
「お忍びでな」

 帝は素気なく答える。

(いやいや、お忍びって何よ。帝様が庶民と同じ場所にいるだなんてあり得るの?)

 しかし、それ以上の問題に気づくことがあった。

「貴方様がここにいるなら、あの、牛車に乗っていた人は……?」

 時間的に考えて、検非違使(けびいし)が助けに来た時はまだ帝の道中があったはずだ。

「ああ、あいつは私の部下である」
「……えっ?」
「牛舎には私の部下を乗らせている」
「ぶ、部下って……。つまりは、身代わりというわけですか?」
「ああ」

 そんなことをしていいものかと私は驚く。大勢の女の子たちが熱い視線を送っていた人物が、実は帝なんかじゃないなんて。

「あれ、で、でも、だったら拐かされた女たちに言ったことは……?帝の御前に案内するという、あれは……」
「あれも身代わりを用意している。なに、姿は見えないのだ。気づかれることはない」

 衝撃の事実を聞いてしまった。

「何故、そのようなことを?」
「それが決まりだからだ」

 帝は表情を変えずに淡々と説明する。

「我々帝が(つがい)を選ぶ時は、ああやって街に牛車を出す。しかし、その牛車に帝が乗ってはいけないのだ」
「な、何故ですか……?」

 私が恐るおそる訊くと、帝は口元を吊り上げ、怪しげな笑みを作った。

「あんな物に群がる女は、(つがい)になどなれない。何故なら、心が曇った者達だからだ」

 顔は綺麗なのに、言っていることはとても恐ろしく、威圧的であった。

「心が曇っているって、そんなの分からないじゃないですか」

 私は相手が帝だと言うことも忘れて反論する。

「人の心なんて、そう簡単には理解できないでしょう?」

 彼は私の言葉に目を閉じて聞いていた。

「確かに心の内全てを理解するのは無理かもしれん」

 が、すぐに瞳を開いて、漆黒の瞳孔で私を捉える。

「心が曇ると言うのは、私欲にまみれていると言うことだ。あんな場所に集まる奴らが、私欲にまみれていないわけ無いであろう」
「……っ!」

 さっきとは打って変わって、闇を携えた表情は毒を持つ鳥兜(とりかぶと)みたい。

 ぬっと顔を寄せて、怪しげな笑みに影を落としている帝の顔を、私は直視できなかった。怖い、という恐怖が背筋を走る。

 しかし、だ。

 帝が言う事は、確かにそうだ、と思わざるを得なかった。

 道中に群がっていた人は皆、自分を見て欲しそうにしていた。あれこそ、私欲と言えるだろう。

 それにしても、と目の前の男性を改めて眺める。帝の言い方の酷さに、私はさっきから驚かされっぱなしだった。さっきまで、とても優しい雰囲気の人だと思っていたのに。

 顔を曝け出した途端、まるで人が変わったかのようになった。綺麗な人ってこんなもんなのだろうか。

 疑問が次々と溢れてくる私の肩を、帝はそっと触れた。唐突で、体がビクッと反応する。

「な、なんですか……?」

 私は戸惑いつつ、見上げて帝に視線を向けた。彼はうっとりとした目つきをしていた。

「欲にまみれている奴らと違って、抄華、おまえは美しい」

 名前を呼ばれてドキッと心臓が跳ねる。そう言えば、さっきも同じことを言っていた気がする。

(帝が口にする美しさの基準ってなんたんだろう)

 そんなことを考えていると、帝のしなやかな指が今度は私の髪を撫でた。かと思うと、私を引き寄せて抱きしめる。

「ふぇえっ!」
「ああ、やはりお前だった。お前こそ、私の運命人だ。お前だけが、私の(つがい)にふさわしい」

 滑らかで、甘く、それでいて忘れられないような不思議な声で、帝は言った。

「……」

 私の思考は一時停止する。

(えっ、何急にこの人?というか、運命人って何のこと?)

 いや、それだけじゃない。

(今、この人、私のことを(つがい)って呼んだ?あの、帝の妻ってこと?私が!?)
 
 そんなわけ無い、と私の脳は否定する。すると、今さっきの声が蘇る。

『お前だけが、私の(つがい)にふさわしい』

 完全に、この人はそう言った。

「おい、大丈夫か?」

 帝の綺麗な顔が覗き込んできたことで、私の意識は戻った。

「えっ、いやいやいや!私が(つがい)に?そんなの有り得ません!」
 
 身振り手振りで、全力で否定する。だってそんなこと、天地がひっくり返ったってあるわけ無い。

 だが、帝は引かなかった。

「何故否定する?私が言っているからそうなのだ」

 あまりにも自信満々に言われるもんだから、私は叫ぶのを止めた。息を呑んで帝を見つめた私に、彼は涼しげな笑みを浮かべた。そして、徐おもむろに私の手を取る。

「やはり美しい。お前だ。抄華こそ、私が求めていた人だ。ようやく出会えた……っ!」

 彼の言葉に、私は目を丸くするばかり。
 
(何で、この人はこんなにも嬉しそうなんだろう?)

「出会えたって、私には何の取り柄もないですし、帝様と一緒にいる権利なんて……」
「私には分かる。抄華、お前は私の(つがい)になるために生まれてきた者なのだ」

 帝は私の言葉を遮った。妙に熱く、そして確信に満ちた声色で。

(どうしてこの人はそんなことが言えるんだろう?)

 理由を問いただしてみたかったけど、これ以上何も言えなかった。帝の表情が、とてつもなく美しく、儚く、そして凛々しかったから。

「なぁ。これから私の屋敷に来ないか?」

 またしても突然の誘い。

「お、お屋敷って……!私のような者が行ってはいけませんよ」
「そんなことはない。お前は私の(つがい)なのだから」
「そんな勝手に決めないで下さいっ!」

 勢いで叫んでしまったことに、我に返って慌てる。

「いや、その、私が(つがい)なわけないので……」
「いや、私には分かる。間違いなく、お前は私の(つがい)だ」

 どうやら彼の中でそれは決定しているらしい。私に反論の余地はないようだった。

「それに、抄華は怪我をしているだろう」
「あっ……」
「私が気がついていないとでも?」

 確かに足の怪我はまだ完治していない。歩いている際に時折ズキリと痛んでいた。

「どの道、私の屋敷に来た方が良いぞ」
「……分かりました」

 帝の強引すぎる誘いに、私はとうとう根負けして頷いた。すると、彼は満足したような笑顔を顔に浮かべる。

 そして、私の足元に屈んだかと思うと、いきなり私を抱き上げた。

「うわぁっ!」

 体が宙に浮く。背中と膝の裏に、温かい腕の感触がある。帝の手の中にいることに気づき、慌てて声をかける。

「な、何しているのですかっ!?」
「怪我した足で歩かせるわけには行かない」
「いやっ、大丈夫ですよ!先ほどまで歩いていましたから。大丈夫ですから降ろしてくださいっ」
「そうはいかぬ。私の大切な(つがい)なのだからな。あと、帝様とよそよそしく呼ぶのではなく、羅衣源と名で言ってもらおう」
「いえ、無理ですって!」

 こうして私は帝、羅衣源に抱き抱えられたまま、少々強引に屋敷へ連れて行かれた。

(ああっ!どうか誰にも見られませんようにっ!)

 私は炎の如く、全身が燃えるように熱かった。


          *