朝5時。アラームが鳴って目が覚めた。
「…うーーーん」
久しぶりの早起きでスッキリと目が覚めず、
情けない声を出して伸びをした。
気合いを出すぞっと立ち上がりカーテンを開ける。
「素敵。」
思わず声に出た。
夕焼けでも日の出でもないが、夏のはじまりの朝はとっても素敵な風景が広がっていた。
なにがこんなに素敵なのか、説明はできない。
部屋はエアコンで涼しくしてあるが、思わず窓を開け放った。
ひゅぅぅぅぅ
エアコンの付いた部屋にいたせいもあり、風はとても暖かかった。でも僕の頬をなで、髪の毛をなびかせる風を冷たいと感じた。
「この匂い…!」
目が一気に冷めた。
これは匂いと言うのだろうか。
夏が始まることを風が伝えてくれているみたいだった。
その風は、僕の青春が詰まった3年間の夏をフラッシュバックさせた。
高校1年生
僕は高校に入って、バスケ部に入部した。
中学の時もバスケ部で、その時は部長を任せてもらっていた。けど、バスケ部にしては人数も少なく厳しいわけでもないゆるゆるの部活。幽霊部員もたくさんいた。大会に出た回数はほんの数回で、勝ったことなんてほとんどない。
けど僕はこの部活が、このメンバーが大好きだった。大会に勝つために入ったのではなく、ただバスケを楽しみたかっただけだったから。
くだらない上下関係などで後輩に叱りつけたりするより、みんなで楽しくバスケができるこの部活を誇りに思っていたので、部長になってからも気が向いた時に来てみんなでバスケを楽しもうという形で部活を進めていた。
だから、高校のバスケ部について行くのはなかなか大変だった。
僕は中学時代のゆるゆるバスケ部でも練習は真面目にやったし、上手くなる努力はたくさんした。
その成果もあり、高校でもそれなりに上手い方ではあった。初めの半年間は、〝元バスケ部〟と〝バスケ初心者〟で別れて練習をするため〝元バスケ部〟の上手い人たちとの練習や先輩たちとの練習試合を楽しんでいた。
だけど、先輩たちからはあまり好かれていなかった。
〝元バスケ部〟なのに廊下ですれ違った先輩に挨拶をする習慣がなかったり、先輩が持っているものを「変わります」と半ば奪い取る形で変わらないといけないことも知らなかったからだ。みんなは上下関係のしっかりした中学時代を過ごしていたため、当たり前のようにそれができた。
出来ない僕はすぐにバスケ初心者のチームに入れられた。
自分よりバスケが上手い人たちとの練習は楽しかったが、バスケのルールなどを教わるチームに入れられてしまったのだ。
先輩たちは時々、1年生に1対1で練習に付き合ってくれることもあったが、僕に声をかけてくれる先輩はおらず、お願いしても今日は無理だと毎回断られるだけだった。
正直、「くだらない」と思った。
みんなはバスケが好きなんじゃないのか?こんなくだらないことをしているほうが楽しいのか?と疑問に思う毎日。
2ヶ月が過ぎると、バスケ初心者のチームに、もう辞めようとしている仲間が数人いた。
厳しすぎる、こんな場所だと思ってなかった、とみんなは口を揃えて言った。
「みんなが心からバスケを楽しいと思う部活に変えてやる」と僕は思った。
夏休み初日、家を出て感じた夏の風が僕に頑張れと言ってくれている気がして、それを思いっきり吸い込むと僕はそう呟いて学校に向かった。
嫌な気持ち全てを吹き飛ばし、勇気だけをくれるこの風が大好きだ。
夏休み、僕は全力でバスケの練習に励んだ。先輩には嫌がられようとも必死にアドバイスをもらいに行き、元バスケ部の人たちの動きを見て先輩へのマナーなども学び実践した。
先輩からの態度はすぐに変わり、1年生代表の候補に選ばれていることも耳にした。
もしなれたら、みんながバスケを楽しめる環境に変えていけるかもしれないと、目を輝かせる。
大好きなバスケとの日々を充実させていくのと同時に僕は、恋をした。
夏のはじまりと共に始まった恋。
幼稚園の頃に好きな人がいた気がするが、小学校の頃はなんだか恥ずかしくて女の子と話す機会は少なかったし、中学では同じクラスの女の子とは基本的に仲良くなっていたが部活の時間がなによりも大切で楽しかったため恋をすることは無かった。
だから、言ってしまえば初恋。
女子バスケ部は同じ部活と言っても、あまり一緒に行動することはなく「女子バスケ部」と「男子バスケ部」という別の部活という認識だ。ただ、部活の日はほとんど同じで体育館を半分に仕切って行う。数日に1度、体育館をどちらかが貸切試合をするということはあるがその日以外は同じ。
だけど開始の挨拶やミーティングなどは基本的にそれぞれ別に行うし、女子バスケ部の先輩に挨拶をする、というルールは特になかった。
一緒に行うのは、夏休み前に練習日程などを決めるためのミーティングと、3年生引退時と1年生が入部する時のミーティングのみ。
半分にわけてネットで仕切られた体育館の反対側にいる女の子に恋をした。
ふわふわとした雰囲気で誰にでも優しい彼女は、部活になるとキリッとした顔付きになる。頑張り屋さんでいつも一生懸命だった彼女は、1年生ながらに3年生引退後はレギュラー入りが決まっていた。僕はそんな憧れでもある彼女を密かに想っていた。
部活を死ぬ気で頑張り、ときどき好きな人を遠目から眺めるだけという僕の部活漬けの夏休みが終わろうとしていた。
3年生引退のミーティングで、1年生代表が発表された。
男子バスケは僕で、女子バスケ部は僕が思いを寄せている女の子。
ミーティング後、彼女は僕に「よろしくねっ」と言いながら笑顔を向けてくれた。
夏休み頑張りすぎたのか、疲れたような笑顔ではあったが僕の疲れは吹き飛んだ。
夏の終わりだというのに、これから素敵な夏が始まるかのような爽快感だった。
夏休みが終わってからもそれぞれ部活に専念した。同じ1年生代表だからといって、共に仕事をすることは少なくそれぞれの部活で活躍した。
3年生引退と同時にレギュラーになった彼女と、
2年生の技術を追い抜くことが出来ずレギュラー入りできなかった僕とではかなり格差を感じて更に練習に力が入る。
秋が終わり冬が終わり、春が来て2年生になった。
2年生になっても、僕たちの関係は変わらなかった。
...そうじゃない。僕が変えなかったのだ。
彼女の顔から笑顔が消えているのに、僕はなにもしなかった。
1年生代表は2年生になっても代表で、夏の終わりに部長が発表されるまで続く。
2年生代表の僕は新しく入った1年生が居やすい環境になるよう努力し、先輩たちと話し合いを何度も行った。
去年は夏休み前までに6人やめたが、今年はやめた部員はいない。バスケを楽しめる環境に近づいてる気がしている。
夏休み前。
また夏のはじまりを感じた。
髪の毛の隙間さえも通っていく風は今年もまた僕に頑張れをくれた。
夏休み前最後の授業が終わり、ミーティングのため部活に行くと、ミーティングで彼女が学校を辞めることを報告した。もう親や学校とは相談済で辞めるのは決定事項だった。だれにも相談はしていなかったのかみんなびっくりした様子だった。
同じ2年生代表なのに、僕にも相談はなかった。
しばらくしても驚きの声、悲しむ声が聞こえる。
しかしそんな声を出している先輩や同級生の顔からは喜びが溢れ出しているのに僕は気がついていた。
彼女はバスケが強すぎたのだ。
強すぎる彼女をみんな妬んでいた。
その後わかったことだが、彼女は酷いいじめを受けていたらしい。努力で出した結果なのに、みんなは彼女と同じ量の努力をしたわけでもなく妬んでいじめ、学校を辞めるまで追い詰めた。
許せなかった。彼女の笑顔が消えているのに気がついたにも関わらず声をかけなかった自分のことが誰よりも許せなかった。
帰り際、僕は彼女に話しかけた。
「なんで言わなかったんだ」
「言ってどうするの?誰も私の努力を認めてくれない。どうせあなたも、ただのすごい子、としか思ってないんでしょ。そんな人に相談したって意味が無い。さよなら。」
そういう彼女の目には光がない。
「待って。僕は君が1人で残って練習していたのを知ってるよ。昼休みは練習するか図書室でもいつもバスケの本を読んでいたよね。授業が終わるとすぐに部活に来て、始まるまで1人で自主練してたよね。僕もそうだからもしかしたら君も、と思ったんだけど家でも練習していたんじゃない?」
彼女の頑張りを褒めたくて、思わず言ってしまった。ストーカーだと思われたかな。と脳内で焦っていると、彼女が泣き出した。僕は慌てて謝る。
「ご、ごめん。」
「うんん、ありがとう。そう言ってくれる人が1人でもいたらきっともう少し頑張れてた。相談していればよかった。」
彼女は涙を流しながら、こっちを見てニコッと笑った。
それから彼女は学校を辞めた。
けど僕の机には手紙が入っていた。
【この前は私のこと認めてくれてありがとう。
朝、みんなが来る前に荷物を取りに来たついでにこの手紙を入れていきます。
あの時君が声かけてくれたから、私の努力は報われた気がした。そんな君に、私の夢を託したい。学校辞めるときに唯一後悔したのが夢を叶えれなかったことなの。君ならできると思う。私の夢は「全国大会に出ること」。2年生代表として最後まで一緒に頑張れなくてごめんね。応援してます。】
これを読んでから僕は今まで以上に努力した。
今までは、バスケを楽しめる部活にしたいという目標だったが、みんなで全国大会を目指そうと提案した。みんなはその提案に乗ってくれ、練習の日々が始まる。
手紙を貰って以来、僕は何よりもバスケが優先な生活をした。授業中の居眠りを辞め、真剣に授業を受けた。だからテスト期間でさえも家で勉強はせずバスケの練習をした。
全国大会を目指す中でも、後輩たちがキツいと思う環境をなくすため厳しい指導はしなかった。あくまでもバスケを楽しみつつ全国大会に出たかった。
夏休み初日、外に出ると再び夏の風を感じた。
髪の毛をすべて抜き去ってしまうかのような強風だった。
生ぬるいこの風が、また夏のはじまりを知らせてくれる。頑張れ、ではなく死ぬ気でやれと言っているような威圧的な風だった。そんな風に押されるように僕は部活に向かう。夏休みの練習が始まるのだ。
大会初日。僕はまた夏の風を感じた。
負けてはならないような使命感に駆られる。
夏の風が、彼女の顔を思い出させた。
頑張れをくれる風。
僕たちはこの夏、市大会、県大会を勝ち抜き全国大会へ出場できることになった。
全国大会の結果は準優勝。微妙な結果だと思う人もいるかもしれないが、僕は嬉しかった。全国大会出場という彼女との約束を果たし、準優勝を取ったのだから。
この1年、彼女を忘れたことはなかった。今でも僕の好きな人。だけど夢を叶えるまで連絡はしないし会うこともしないと決めていた。
夢が叶った今、LINEをしてみた。だけどいつまで経っても返事がなかった。
学校を辞めるのと同時にLINEを消したのか。どうしても報告したかった僕は、彼女の家に向かうことにした。
家にまで押しかけるのは気持ち悪いのではないか、僕がLINEしたことで当時の嫌な記憶が蘇ったから返信をしていないだけなのではないか、など色々な考えが頭をよぎり、インターフォンを押せずにいると風が吹いた。
夏の終わりなのに、これから夏が始まるような風。まるで彼女の笑顔のような風に誘導されるようにインターフォンを押す。
するとしばらくして母が出てきた。
「あら、あの子のお友達?」
「はい。同じ部活でした。代わりに夢を叶えたので報告させて頂こうかと思い会いに来ました。今いらっしゃいますか?」
緊張していたが、言葉はスルスルと出てきた。
「あの子の夢って全国大会?あ、中でゆっくり聞くわ。上がって行ってちょうだい。」
と、お母さんは快く迎えてくださった。
躊躇う僕に、彼女と同じ夏みたいな笑顔を向けた。
その笑顔につられ、お言葉に甘えて上がらせていただくことにした。
僕が靴を脱ぐと、「こっちよ」と案内してくれる。リビングを通り過ぎたので、彼女の部屋に行くのかと思いドキドキした。だが、そんなことはなかった。
僕が案内されたのは和室だった。
そこには仏壇があり、写真の中で彼女は夏みたいな笑顔を浮かべている。
そこで僕は、彼女が自殺したことを知った。
頭が追いつかないままお線香をあげた。
その後リビングに案内され、そこで彼女からの手紙の話や彼女の努力、全国大会の話をするとお母さんは泣きながら喜んでくれた。
そして、僕の努力についてもお話した。
昼休みは練習するか図書室でもいつもバスケの本を読み、授業が終わるとすぐに部活に来て始まるまで1人で自主練。そして家でも練習。
これは彼女には伝えていない僕の努力。彼女は必死にバスケに向き合っていたから気が付かなかっただろうけど、僕が彼女の努力に気がついたのは
僕も同じ努力をしていたから。決してストーカーなどではないのだ。
彼女のお母さんは、またうちに来て欲しいと言ってくださった。
彼女の家を出ると、夏の終わりの風が僕の頭を冷やしていく。
僕の努力は無駄だったのか…。彼女が死んでいるなら意味なかったじゃないか。
何度もそう思い、乱暴に涙を拭う。
彼女を追いかけようかとも思った。
けど僕は、今彼女がいるところまで追いかけるのではなく、頑張り屋さんの彼女に追いつきたかった。
だから、僕は前を向いて生きることにした。
彼女の分まで生きてやろうと思った。
そんな僕も、3年生の夏が終わろうとしている。
今日は部活を引退する日。
そして明日はデートだ。
デートとは言っても好きな子ではない。
女の子と2人で遊ぶと言うだけ。
なんだかワクワクはするけど
僕が好きなのはやっぱり彼女で。
恋愛の方も、少しずつ前に進まなきゃなと苦笑する。けど僕は、彼女のぶんまで人生を楽しんでいる。今はそれだけで充分だった。
これからも彼女の分まで頑張る。そして楽しむ。
あの風のおかげで、忘れたかった日々を忘れずに生きたいと思えた。
あの風は、彼女自身なのではないか。そう思った僕は、体からなにかが抜けていく感覚がした。
頑張れ。
風はまた僕の背中を押す。
彼女へ対しての後悔を許してくれた気がした。
じゃあね。
僕はひとり、そう呟いた。
外に出るとまた風が吹いた。
彼女が僕にさよならを言った気がする。今さら。
僕は前を向いて歩く。
僕はもう大丈夫だ。
夏の終わり。バスケ部を引退した。
卒業。
「…うーーーん」
久しぶりの早起きでスッキリと目が覚めず、
情けない声を出して伸びをした。
気合いを出すぞっと立ち上がりカーテンを開ける。
「素敵。」
思わず声に出た。
夕焼けでも日の出でもないが、夏のはじまりの朝はとっても素敵な風景が広がっていた。
なにがこんなに素敵なのか、説明はできない。
部屋はエアコンで涼しくしてあるが、思わず窓を開け放った。
ひゅぅぅぅぅ
エアコンの付いた部屋にいたせいもあり、風はとても暖かかった。でも僕の頬をなで、髪の毛をなびかせる風を冷たいと感じた。
「この匂い…!」
目が一気に冷めた。
これは匂いと言うのだろうか。
夏が始まることを風が伝えてくれているみたいだった。
その風は、僕の青春が詰まった3年間の夏をフラッシュバックさせた。
高校1年生
僕は高校に入って、バスケ部に入部した。
中学の時もバスケ部で、その時は部長を任せてもらっていた。けど、バスケ部にしては人数も少なく厳しいわけでもないゆるゆるの部活。幽霊部員もたくさんいた。大会に出た回数はほんの数回で、勝ったことなんてほとんどない。
けど僕はこの部活が、このメンバーが大好きだった。大会に勝つために入ったのではなく、ただバスケを楽しみたかっただけだったから。
くだらない上下関係などで後輩に叱りつけたりするより、みんなで楽しくバスケができるこの部活を誇りに思っていたので、部長になってからも気が向いた時に来てみんなでバスケを楽しもうという形で部活を進めていた。
だから、高校のバスケ部について行くのはなかなか大変だった。
僕は中学時代のゆるゆるバスケ部でも練習は真面目にやったし、上手くなる努力はたくさんした。
その成果もあり、高校でもそれなりに上手い方ではあった。初めの半年間は、〝元バスケ部〟と〝バスケ初心者〟で別れて練習をするため〝元バスケ部〟の上手い人たちとの練習や先輩たちとの練習試合を楽しんでいた。
だけど、先輩たちからはあまり好かれていなかった。
〝元バスケ部〟なのに廊下ですれ違った先輩に挨拶をする習慣がなかったり、先輩が持っているものを「変わります」と半ば奪い取る形で変わらないといけないことも知らなかったからだ。みんなは上下関係のしっかりした中学時代を過ごしていたため、当たり前のようにそれができた。
出来ない僕はすぐにバスケ初心者のチームに入れられた。
自分よりバスケが上手い人たちとの練習は楽しかったが、バスケのルールなどを教わるチームに入れられてしまったのだ。
先輩たちは時々、1年生に1対1で練習に付き合ってくれることもあったが、僕に声をかけてくれる先輩はおらず、お願いしても今日は無理だと毎回断られるだけだった。
正直、「くだらない」と思った。
みんなはバスケが好きなんじゃないのか?こんなくだらないことをしているほうが楽しいのか?と疑問に思う毎日。
2ヶ月が過ぎると、バスケ初心者のチームに、もう辞めようとしている仲間が数人いた。
厳しすぎる、こんな場所だと思ってなかった、とみんなは口を揃えて言った。
「みんなが心からバスケを楽しいと思う部活に変えてやる」と僕は思った。
夏休み初日、家を出て感じた夏の風が僕に頑張れと言ってくれている気がして、それを思いっきり吸い込むと僕はそう呟いて学校に向かった。
嫌な気持ち全てを吹き飛ばし、勇気だけをくれるこの風が大好きだ。
夏休み、僕は全力でバスケの練習に励んだ。先輩には嫌がられようとも必死にアドバイスをもらいに行き、元バスケ部の人たちの動きを見て先輩へのマナーなども学び実践した。
先輩からの態度はすぐに変わり、1年生代表の候補に選ばれていることも耳にした。
もしなれたら、みんながバスケを楽しめる環境に変えていけるかもしれないと、目を輝かせる。
大好きなバスケとの日々を充実させていくのと同時に僕は、恋をした。
夏のはじまりと共に始まった恋。
幼稚園の頃に好きな人がいた気がするが、小学校の頃はなんだか恥ずかしくて女の子と話す機会は少なかったし、中学では同じクラスの女の子とは基本的に仲良くなっていたが部活の時間がなによりも大切で楽しかったため恋をすることは無かった。
だから、言ってしまえば初恋。
女子バスケ部は同じ部活と言っても、あまり一緒に行動することはなく「女子バスケ部」と「男子バスケ部」という別の部活という認識だ。ただ、部活の日はほとんど同じで体育館を半分に仕切って行う。数日に1度、体育館をどちらかが貸切試合をするということはあるがその日以外は同じ。
だけど開始の挨拶やミーティングなどは基本的にそれぞれ別に行うし、女子バスケ部の先輩に挨拶をする、というルールは特になかった。
一緒に行うのは、夏休み前に練習日程などを決めるためのミーティングと、3年生引退時と1年生が入部する時のミーティングのみ。
半分にわけてネットで仕切られた体育館の反対側にいる女の子に恋をした。
ふわふわとした雰囲気で誰にでも優しい彼女は、部活になるとキリッとした顔付きになる。頑張り屋さんでいつも一生懸命だった彼女は、1年生ながらに3年生引退後はレギュラー入りが決まっていた。僕はそんな憧れでもある彼女を密かに想っていた。
部活を死ぬ気で頑張り、ときどき好きな人を遠目から眺めるだけという僕の部活漬けの夏休みが終わろうとしていた。
3年生引退のミーティングで、1年生代表が発表された。
男子バスケは僕で、女子バスケ部は僕が思いを寄せている女の子。
ミーティング後、彼女は僕に「よろしくねっ」と言いながら笑顔を向けてくれた。
夏休み頑張りすぎたのか、疲れたような笑顔ではあったが僕の疲れは吹き飛んだ。
夏の終わりだというのに、これから素敵な夏が始まるかのような爽快感だった。
夏休みが終わってからもそれぞれ部活に専念した。同じ1年生代表だからといって、共に仕事をすることは少なくそれぞれの部活で活躍した。
3年生引退と同時にレギュラーになった彼女と、
2年生の技術を追い抜くことが出来ずレギュラー入りできなかった僕とではかなり格差を感じて更に練習に力が入る。
秋が終わり冬が終わり、春が来て2年生になった。
2年生になっても、僕たちの関係は変わらなかった。
...そうじゃない。僕が変えなかったのだ。
彼女の顔から笑顔が消えているのに、僕はなにもしなかった。
1年生代表は2年生になっても代表で、夏の終わりに部長が発表されるまで続く。
2年生代表の僕は新しく入った1年生が居やすい環境になるよう努力し、先輩たちと話し合いを何度も行った。
去年は夏休み前までに6人やめたが、今年はやめた部員はいない。バスケを楽しめる環境に近づいてる気がしている。
夏休み前。
また夏のはじまりを感じた。
髪の毛の隙間さえも通っていく風は今年もまた僕に頑張れをくれた。
夏休み前最後の授業が終わり、ミーティングのため部活に行くと、ミーティングで彼女が学校を辞めることを報告した。もう親や学校とは相談済で辞めるのは決定事項だった。だれにも相談はしていなかったのかみんなびっくりした様子だった。
同じ2年生代表なのに、僕にも相談はなかった。
しばらくしても驚きの声、悲しむ声が聞こえる。
しかしそんな声を出している先輩や同級生の顔からは喜びが溢れ出しているのに僕は気がついていた。
彼女はバスケが強すぎたのだ。
強すぎる彼女をみんな妬んでいた。
その後わかったことだが、彼女は酷いいじめを受けていたらしい。努力で出した結果なのに、みんなは彼女と同じ量の努力をしたわけでもなく妬んでいじめ、学校を辞めるまで追い詰めた。
許せなかった。彼女の笑顔が消えているのに気がついたにも関わらず声をかけなかった自分のことが誰よりも許せなかった。
帰り際、僕は彼女に話しかけた。
「なんで言わなかったんだ」
「言ってどうするの?誰も私の努力を認めてくれない。どうせあなたも、ただのすごい子、としか思ってないんでしょ。そんな人に相談したって意味が無い。さよなら。」
そういう彼女の目には光がない。
「待って。僕は君が1人で残って練習していたのを知ってるよ。昼休みは練習するか図書室でもいつもバスケの本を読んでいたよね。授業が終わるとすぐに部活に来て、始まるまで1人で自主練してたよね。僕もそうだからもしかしたら君も、と思ったんだけど家でも練習していたんじゃない?」
彼女の頑張りを褒めたくて、思わず言ってしまった。ストーカーだと思われたかな。と脳内で焦っていると、彼女が泣き出した。僕は慌てて謝る。
「ご、ごめん。」
「うんん、ありがとう。そう言ってくれる人が1人でもいたらきっともう少し頑張れてた。相談していればよかった。」
彼女は涙を流しながら、こっちを見てニコッと笑った。
それから彼女は学校を辞めた。
けど僕の机には手紙が入っていた。
【この前は私のこと認めてくれてありがとう。
朝、みんなが来る前に荷物を取りに来たついでにこの手紙を入れていきます。
あの時君が声かけてくれたから、私の努力は報われた気がした。そんな君に、私の夢を託したい。学校辞めるときに唯一後悔したのが夢を叶えれなかったことなの。君ならできると思う。私の夢は「全国大会に出ること」。2年生代表として最後まで一緒に頑張れなくてごめんね。応援してます。】
これを読んでから僕は今まで以上に努力した。
今までは、バスケを楽しめる部活にしたいという目標だったが、みんなで全国大会を目指そうと提案した。みんなはその提案に乗ってくれ、練習の日々が始まる。
手紙を貰って以来、僕は何よりもバスケが優先な生活をした。授業中の居眠りを辞め、真剣に授業を受けた。だからテスト期間でさえも家で勉強はせずバスケの練習をした。
全国大会を目指す中でも、後輩たちがキツいと思う環境をなくすため厳しい指導はしなかった。あくまでもバスケを楽しみつつ全国大会に出たかった。
夏休み初日、外に出ると再び夏の風を感じた。
髪の毛をすべて抜き去ってしまうかのような強風だった。
生ぬるいこの風が、また夏のはじまりを知らせてくれる。頑張れ、ではなく死ぬ気でやれと言っているような威圧的な風だった。そんな風に押されるように僕は部活に向かう。夏休みの練習が始まるのだ。
大会初日。僕はまた夏の風を感じた。
負けてはならないような使命感に駆られる。
夏の風が、彼女の顔を思い出させた。
頑張れをくれる風。
僕たちはこの夏、市大会、県大会を勝ち抜き全国大会へ出場できることになった。
全国大会の結果は準優勝。微妙な結果だと思う人もいるかもしれないが、僕は嬉しかった。全国大会出場という彼女との約束を果たし、準優勝を取ったのだから。
この1年、彼女を忘れたことはなかった。今でも僕の好きな人。だけど夢を叶えるまで連絡はしないし会うこともしないと決めていた。
夢が叶った今、LINEをしてみた。だけどいつまで経っても返事がなかった。
学校を辞めるのと同時にLINEを消したのか。どうしても報告したかった僕は、彼女の家に向かうことにした。
家にまで押しかけるのは気持ち悪いのではないか、僕がLINEしたことで当時の嫌な記憶が蘇ったから返信をしていないだけなのではないか、など色々な考えが頭をよぎり、インターフォンを押せずにいると風が吹いた。
夏の終わりなのに、これから夏が始まるような風。まるで彼女の笑顔のような風に誘導されるようにインターフォンを押す。
するとしばらくして母が出てきた。
「あら、あの子のお友達?」
「はい。同じ部活でした。代わりに夢を叶えたので報告させて頂こうかと思い会いに来ました。今いらっしゃいますか?」
緊張していたが、言葉はスルスルと出てきた。
「あの子の夢って全国大会?あ、中でゆっくり聞くわ。上がって行ってちょうだい。」
と、お母さんは快く迎えてくださった。
躊躇う僕に、彼女と同じ夏みたいな笑顔を向けた。
その笑顔につられ、お言葉に甘えて上がらせていただくことにした。
僕が靴を脱ぐと、「こっちよ」と案内してくれる。リビングを通り過ぎたので、彼女の部屋に行くのかと思いドキドキした。だが、そんなことはなかった。
僕が案内されたのは和室だった。
そこには仏壇があり、写真の中で彼女は夏みたいな笑顔を浮かべている。
そこで僕は、彼女が自殺したことを知った。
頭が追いつかないままお線香をあげた。
その後リビングに案内され、そこで彼女からの手紙の話や彼女の努力、全国大会の話をするとお母さんは泣きながら喜んでくれた。
そして、僕の努力についてもお話した。
昼休みは練習するか図書室でもいつもバスケの本を読み、授業が終わるとすぐに部活に来て始まるまで1人で自主練。そして家でも練習。
これは彼女には伝えていない僕の努力。彼女は必死にバスケに向き合っていたから気が付かなかっただろうけど、僕が彼女の努力に気がついたのは
僕も同じ努力をしていたから。決してストーカーなどではないのだ。
彼女のお母さんは、またうちに来て欲しいと言ってくださった。
彼女の家を出ると、夏の終わりの風が僕の頭を冷やしていく。
僕の努力は無駄だったのか…。彼女が死んでいるなら意味なかったじゃないか。
何度もそう思い、乱暴に涙を拭う。
彼女を追いかけようかとも思った。
けど僕は、今彼女がいるところまで追いかけるのではなく、頑張り屋さんの彼女に追いつきたかった。
だから、僕は前を向いて生きることにした。
彼女の分まで生きてやろうと思った。
そんな僕も、3年生の夏が終わろうとしている。
今日は部活を引退する日。
そして明日はデートだ。
デートとは言っても好きな子ではない。
女の子と2人で遊ぶと言うだけ。
なんだかワクワクはするけど
僕が好きなのはやっぱり彼女で。
恋愛の方も、少しずつ前に進まなきゃなと苦笑する。けど僕は、彼女のぶんまで人生を楽しんでいる。今はそれだけで充分だった。
これからも彼女の分まで頑張る。そして楽しむ。
あの風のおかげで、忘れたかった日々を忘れずに生きたいと思えた。
あの風は、彼女自身なのではないか。そう思った僕は、体からなにかが抜けていく感覚がした。
頑張れ。
風はまた僕の背中を押す。
彼女へ対しての後悔を許してくれた気がした。
じゃあね。
僕はひとり、そう呟いた。
外に出るとまた風が吹いた。
彼女が僕にさよならを言った気がする。今さら。
僕は前を向いて歩く。
僕はもう大丈夫だ。
夏の終わり。バスケ部を引退した。
卒業。