「新川先生、今日は呼んで頂いて本当にありがとうございました」

 「こちらこそ、忙しい中来てくれてありがとう。明日からの実習、頑張ってね」

 「楓って教師を目指してたんだね。意外だなあ」

 「まあね。穂花は今どうしてるの?」

 「私、実は今イラストレーターとして活動をしているんだ。まだ少ししかお仕事をもらえていないけど、しばらくは頑張ってみようって思ってるの」

 「そういえば、穂花って昔から絵が上手かったもんな」

 「知ってたのかよ!だったあの時もっと褒めとけよ!」

 「あの状況で言えるか」

 「それなー」

 さっきまであんなに自分を苦しめていた過去だったはずなのに、大切な人が目の前で幸せそうな姿を見せてくれた途端、いとも容易く笑い話へと昇華される。

 人間っていうのは、本当に単純にできている。

 しばらく三人で思い出話をしていたら、昇降口に来た何人かの生徒が怪訝な顔でこちらの様子を伺っていた。

 そのことに気が付いた穂花は、なぜか「おーい!君達もこっちに来なよ」と、まるで友達に振るノリで大きく手を振った。

 すると、戸惑いながらも一人の生徒は律儀にペコリとお辞儀をして、もう一人は手を振り返してくれた。突拍子もない穂花の行動で、不思議と生徒たちの表情は明るく変わる。

 ああ、そうか。

 僕は本当に気付くのが遅い。

 その穂花らしさに、僕自身が何度も支えられていた。

 いつも穂花は、自分に正直に生きている。

 あの頃から何も変わっていない。

 当時の僕は、いや、僕達は、与えられた環境で自分の居場所を守るために必死だった。だからといって、僕を含むそれぞれの人間が穂花に対して行ったことを、赦されるとは思ってはいない。

 けれど時間が経ってしまった今、誰かにそのことを咎められることはもうない。

 各々が胸の内に抱えながら生きていくしかないんだ。