「楓、お前、どうしてあんなことを……」

 一部始終を見ていた茜に呼びかけられて、ようやく意識がはっきりと景色を捉え始めた。

 茜の顔を見ると、少し引き攣った表情をしていた。反対に、僕は今どんな顔をしているのだろう。

 まだ何人かが僕の行動を見張っているような気がする。発する言葉を聞き逃すまいと、まだアンテナを張っている。

 「おい、楓、外に出るぞ」

 茜は僕の手を引いて教室を出る。廊下を歩いていると、ショートホームルームが始まる予鈴が鳴った。

 「なあ、茜。そろそろ戻ったほうが……」

 「一時間目くらい良いじゃねーか」

 「……そうだな。もういいや」

 「ったく、投げやりになんなって」

 渡り廊下に来ると、僕らは上履きのまま道を外し、体育館裏へと向かう。授業が始まる前の校舎は、こんなにも静かなんだ。

 「さて、と。ここなら誰も居ない。俺でよければ話を聞くよ。もちろん言いたくなかったら話さなくても良いけど」

 考える間もなく、僕は茜の優しさに頼りたくなる。

 穂花との関係を唯一知っている茜にだったら大丈夫だろう。僕は今まで抱え込んでいたものを一気に吐き出した。

 「穂花はここにいちゃいけないんだーー」

 茜はしばらくただ黙って頷いてくれた。

 茜に頼る僕は、弱くてずるくて、どうしようもない奴だ。そう思いながらも、吐き出すことを辞めなかった。こんなにも誰かに聞いて欲しかったんだ。

 「橘にとって楓は唯一の友達だったんじゃないのか。俺はもっとほかの方法もあったんじゃないのかって思う」

 「こうするしか無かったんだ」

 穂花の心を折るのは、もう僕にしかできない。

 味方はいないんだと悟らせる必要があった。もうそばに居てやれないんだと、伝える必要があった。

 「……そっか。まあ、俺は楓から理由を聞けたっから良かったけど、周りの奴らはそうじゃないからな。先生だってお前が主犯だと思うかもしれない」

 「わかってる。覚悟しの上だ」

 「そうか……」

 茜はそれ以上何も言わなかった。

 無意識に何もかも壊してしまいたくなる衝動が襲ってくる。他人の人生を狂わせてしまう最低な人間の側には、もう誰も居ちゃいけない。

 「茜も、もう僕に近付かない方が良いかもしれない」

 「馬鹿!お前、投げやりになんなって言っただろうが」

 「でも……」

 言い訳をしようとしたら、茜は「しっかりしろよ」と言いながら、拳で僕の頭を強めに小突いた。

 「やったことはともかく、お前が橘を想って起こしたことなんだろ。なら堂々としてろよ。お前がそんなんだと、橘もお前も報われないだろうが。とにかく、俺は何があっても楓の味方だから」

 「……ありがとう」

 折れかけた僕の心は、たった一人の理解者によってギリギリのところで保たれた。