「最近橘と飯食ってんだって?」

 部室の鍵を取りに行っている最中、突然茜が意表を突いたようにそう言った。瞬間的に思考が止まったのは、きっと実際に心臓が止まっていたからだ。

 幸い放課後の廊下は騒がしく、僕達の会話に興味を持つ人間はいない。

 「何で、それを」

 「クラス中で噂になってるから、嫌でも耳に入ってくる」

 ばれていた。

 「嘘ではない、と思う」

 茜なら、黙っていればこれ以上追及されることはない。けれど、茜は唯一の理解者でもあるから、できる限り誠実でいたい。

 僕は普段通りの顔を作り、でもなるべく早く、茜を連れてこの場から立ち去った。

 中庭へと続く渡り廊下まで来たところで、張り詰めた緊張がようやく緩まる。

 「わ、悪いかよ」

 「別に俺は何とも思ってない。ただ、最近よく楓の噂話を聞くようになったんだ。橘とデキてるとか、やべーことしてるって。俺は楓がそんなことを言われているのを黙って聞いているのが我慢できない。だから確かめようと思って訊いただけだ」

 茜は逆ギレする僕を咎めるわけでもなく、淡々と、でも強い意志を込めて言った。茜が友達で本当に良かった。

 なんて、悠長なことを思っていられない。

 まだ噂の段階ではあるけれど、僕が穂花と昼食を食べていることは、教室中の誰もが知っている。

 二人きりで過ごしていることを茶化されている奴はほかにもいる。そこからくだらない妄想に発展させる奴もいる。

 けれどそういう奴らは、大抵一定の間自分の輪の中での話のネタにするか、軽く当事者を馬鹿にするだけで飽きればすぐに辞める。だから放っておけば良い。

 そんな単純なことだったら、どんなに良いか。

 問題なのは、噂の相手が穂花だからだ。

 学年の最底辺にいる穂花だからだ。

 穂花は自分の立ち位置から引き上げられることなんて望んではいない。反対に、手を繋いでしまったら簡単に引き摺り込まれる。今になってそんな恐怖が襲ってきた。

 視線の正体を知ってしまった以上、もう今までのように過ごすことなんてできない。

 でも、穂花を切り離すこともできない。したくはないんだ。

 僕は弱い。

 誰よりも弱い。

 だから、いつも中途半端な正義感に身を委ねようとする。

 だったら、いっそのことーー