厚い雲が太陽を隠し始めたのか、階段から差し込む光の量が半減した。湿気た空気が、身体にべっとりと纏わり付く。

 「さて、と。私、そろそろ行くね」

 穂花はおかずを半分以上残した弁当箱に蓋をして静かに立ち上がり、「じゃあね」と言葉を置いて帰ろうとした。

 「穂花」

 「うん?」

 「あのさ、俺、昼休みはいつもここに居るから、気が向いたらまた来いよ」

 理由なんていらない。何でも良いからとにかく引き止めたかった。この後に及んで、もし必要とするのであれば、頼ってほしかった。

 「寂しい奴だなあ、もう!楓はもっと友達と一緒にいなさい」

 そう言って穂花は僕の頭にそっと手を置き、髪をぐしゃぐしゃに撫で回した。さっきまで見せていた弱々しい姿は、もうどこにも見当たらない。

 「私さ、楓がこの学校にいるからまだ頑張れるんだ。ありがとう」

 振り向き様に放たれたその言葉を聞いて、浮かれてしまいそうになった。

 思い切って声をかけて良かっただなんて、浅はかな余韻に浸ろうする。

 でもすぐに、そんな自分をどこかに追いやった。

 
 頑張るって、一体何を?

 エスカレートしていく嫌がらせに耐え続けることを?

 露骨に無視されたり、

 机に落書きされたり、

 引き出しにゴミを入れらたり、

 掃除を一人でやらされたり、


 ……あれ?

 僕が知っているのは、せいぜいそれくらいしかない。

 穂花は今、一体どんなことをされているんだろう。

 何をされてあんなに怯えるようになったんだろう。

 頑張らなければいけなのだろうか。

 僕がいなければ、穂花は頑張らなくて済むのだろうか。


 何が正しいのかわからない。


 金網で閉じられた屋上へと続く扉が物々しく感じる。穂花がいなくなった以上、もうここにいる意味はない。

 廊下にあるゴミ箱に、さっき食べ終わったパンのビニールをゴミ箱に投げ込む。ゴミは枠に弾かれて地面に落ちる。

 教室に戻ると、クラスメイトの視線が僕の方に向けられた。

 今まで嫉妬の目は何度も向けられていたから、いつものようにわざと涼しい顔をしてやり過ごす。

 いつもと何も変わらない。そう自分に言い聞かせた。