「絶好調には見えなかったけど」

 「そんなことないよ。そう、ほら、この前もランキング戦で」

 「廊下であった時さ、いつもと様子が違ったじゃん」

 会話の主導権を一方的に取り戻すと、一瞬、穂花の表情が凍りついた。

 「き、気のせいだよ。いつもと一緒だよ」

 「そうは見えなかった。僕にはわかる」

 しまった。

 これ以上は。

 「……何がわかるの?」

 怒りを向けてくれればまだ良かった。

 なのに穂花はそんな感情を一切出さず、本気で不思議そうに僕を見つめた。痛みはないが、鋭利な刃物で胸を突き刺された感触が確かにした。

 僕は穂花の何を知っているんだろう。

 僕は一体、何様のつもりなんだろう。

 「……ごめん」

 覚悟がないのに中途半端に手を差し伸べ、まずいと思ったら安全圏に戻ろうとする。一度でもその嗅覚を身に付けてしまうと、もう後戻りができない。

 「まだ時々行き過ぎたちょっかいがあるけど、私は大丈夫だよ。ありがと」

 自責の念に駆られているのを感じたのか、穂花は慰めるようにそう言った。

 「やっぱり、大丈夫じゃないじゃんか」

 「無視しておけば、そのうち相手も飽きてくるよ」

 違うだろ。

 そうやって耐え続けて、いつも状況が悪化してきていたじゃないか。むしろこの状況で学校に通え続けていられるのが、本当に。

 「しんどくないか」

 訊かずにいられなかった。

 「大丈夫だよ。あと一年半我慢したら卒業だし。私ね、早く就職して自立するんだ」

 諦めているんだ、もう。

 でも、頑張れとは言えない。

 時間が過ぎるまで辛抱強く耐えるという方法を選んだ以上、そう考えてしまうのも無理はない。狭い集団で標的にされながら生きる辛さを、僕は知っている。

 たまたま僕は高校進学のタイミングで、優等生というポジションに収まることに成功した。そして穂花は収まることができなかった。

 努力をしなかった穂花が悪いのだろうか。

 もしもこれが違う環境だったらどうなっていただろう。僕や穂花は今のような状態になっていただろうか。

 例えば秋陽高校がイラスト科やデザイン科だったとしたら、絵を描くことが得意な穂花は、今みたいにいじめられていただろうか。僕は今みたいに優等生でいられただろうか。

 ……。

 ……考えるだけ無駄だ。起こりもしないことを想像して何になる。

 僕たちは、自分で選択してここにいる。

 今更やり直すことなどできやしない。