母さんは女手一つで僕を育てるために、小さい頃からずっと働き詰めで家にはほとんどいない。

 父さんは物心がついた時には既にいなかったから、別に寂しいとか惨めだとか、そういうのは感じたことがない。けれど、そんな僕の生い立ちに対し、憐れみの目を向けてくる奴はずっといた。

 誰かの視線を感じると、無意識に惨めにならざるを得なくなる。いつからか、僕は人の目が煩わしく思うようになった。

 けれど穂花が僕に向ける目はいつも嘘偽りなく容赦のないものばかりで、それが逆にありがたかった。

 「ほら、焼売だったら食べても良いよ。あげる」

 見せびらかしてきた穂花の弁当箱には、母親の愛情が溢れそうなほどおかずがぎっしり詰め込まれている。

 「そっちの唐揚げが良い」

 「だめ。焼売にしなさい」

 「じゃあいらない」

 「焼売が可哀想でしょ。ほら、早く。口開けて」

 穂花はまるで鳥に餌を与えるかのように、無理矢理口元に焼売を押し付けてきた。

 時々穂花は頑なに自分の意見を押し通そうとする。

 その純粋さが羨ましいし、むかつきさえもする。

 黙っていると本当に口に押し込んできそうだったから、仕方なく誰にも見られていないかを確認してから口を開けた。

 「美味しい?」

 「うん、おいひい」

 「良かったあ。お母さんに伝えておくね」

 「穂花のお母さんって焼売まで作れるんだ」

 「冷凍だよ。良く台所からレンチンの音が聞こえてくる。あ、でもこっちの唐揚げは本物だよ。ちゃんと揚げてる」

 そう言って穂花は、わざわざ僕に見せつけるように小さな口に詰め込んだ。

 頬袋に詰め込み過ぎたリスのような顔がもとに戻るまでにはしばらく時間がかかりそうだ。

 「そういえば、楓は最近どう?」

 「……え?」

 まさか穂花の方から学校のことを聞いてくるなんて。

 「どうって、別に一年の時と何も変わっていないよ」

 「違う違う。ゲームのことだよ」

 そっちかよ。

 「そ、そういえば、最近全然やってないなあ」

 「最近またアップデートされて、使える武器が増えたよ。久しぶりに一緒にやろうよ」

 完全に興味が無くなったわけではない。むしろテスト勉強のストレスから逃れるために再開したいという気持ちの方が大きい。でも、今の僕にはそんな時間も余裕も残っていない。遊び呆けている暇なんてないんだ。

 「うーん……またはまってしまいそうだから、パス」

 「良いじゃん、はまっても」

 「最近忙しいからなあ」

 思ったような回答を得られなかったのか、自分から振っておきながら穂花はつまらなさそうに卵焼きを箸で小さく切り分け、その中で一番大きいのを口に入れた。

 マイペースな咀嚼と一向に減らない弁当箱を見ていると、お昼休み中に食べ切れるのかどうか心配になる。

 この時間が過ぎてしまわないでほしい。

 けれどいつまでもここにいる訳にはいかない。

 均衡を崩しにかかる。

 「穂花の方こそ、最近どうなんだよ」

 「絶好調」

 ゲームのことなのか。それとも、現実世界のことなのか。

 それ以上言わないのは、あまり触れたくないからだろうか。だとすれば、どちらのことを言っているのかはおおよそ見当が付く。

 でも、見当だけじゃ駄目だ。それじゃさっきと同じだ。

 何のために穂花をここに呼んだんだ。