全部嘘だ。

 でも今は、とにかく穂花が警戒せずに話せる場所が必要だと思った。
 
 穂花にとっても僕にとってもここは危険地帯でしかない。学校で僕らが対等に話すには、誰にも見つからない環境が必要だ。

 「でも……私がいると迷惑なんじゃ……」

 「迷惑じゃない。それに、あそこは誰も来ないから大丈夫。待ってるから」

 向かいから人が来てしまったから、僕は慌ててプリントを強制的に穂花の抱えていた教科書に挟む。

 この状況を他の人に見られるわけにはいかない。

 同じ事を考えたのだろう。穂花も何かを察したように、すぐに僕を意識の外に追いやった。僕らはあたかもただすれ違っただけのように努めた。

 チャイムが鳴る一分前という絶望的状況で体育館に着いた。

 数人はまだ着替えの最中だったが、それよりも遅れて到着した僕には勝ち筋なんて残っていない。そう思いながら悪あがきをするように制服を脱ぎ散らかす。

 無情にも山田先生はチャイムと同時に現れた。

 「今着替えている奴は全員遅刻扱いな」

 第一声が怒鳴り声ではない。今日は特別機嫌が悪いみたいだ。こういう時の山田先生は問答無用で名簿に遅刻の印を付け始める。

 今まで遅刻なんて一度もしたことがなかったのに。ちくしょう。

 「日野、お前が遅れるなんて珍しいな」

 「すみません。ここに来る前に担任の先生に呼び止められてしまって……」

 自己防衛本能が働いたのか、自分でも驚くほどあっさりと嘘が出てきた。さっき穂花の前で吐いたものより、ずっと汚いやつだ。

 「そうか。なら仕方がないな。次から気をつけろよ」

 まさか。

 ここにいた全員がそう思ったに違いない。

 山田先生は疑うことなく、それどころかあっさりと僕を許してくれた。

 これまで先生に好かれるためにしてきた行いが功を奏したのだろうか。だとすれば、やっぱりこの世界で生きていくには、普段から好感度を上げておくのに越したことはない。

 「日野が遅刻じゃなかったら、俺らもセーフって事っすよね」

 僕の遅刻が取り消されたことを、ちんたら着替えをしていた山口達が見逃すわけがない。

 「わかった。お前ら日野に感謝しろよ。それに、次からは日野であっても遅刻扱いにするからな。全員覚悟しとけ」

 再び山田先生が機嫌を損ねてしまわないかヒヤヒヤしたけれど、何事もなく授業を始めてくれた。

 準備体操中に山口達が「あいつがいて助かった」とか「日野って意外と役に立つな」なんて言っていた。

 もちろん助けたつもりも助けようとしたつもりも毛頭ない。お前らが勝手に便乗してきただけだろ。それに、山口の余計な一言のせいで、僕の培ってきたものは簡単に無くなった。

 体中の血液の巡りが早くなった。だめだ、山口達のところまで堕ちるわけにはいかない。授業で行ったバスケの試合は、ファウルを犯さないように努めるのに必死だった。