男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~

 細々と薬草を販売し、個人獣師として小さな仕事をこなす日々に不満は抱いていなかった。先日、幼馴染であるセドリックに頼まれて、第三騎士団と共に高ランクの害獣に指定されている『氷狼』の件を解決したのが、唯一まともな大仕事といえる。

 誰にも明かした事はないが、ラビには動物の声が聞こえた。

 それもあって、獣師としては一番に彼らの気持ちを汲み取れ、意思疎通も図れるのだ。だからこそ、薬草師よりも獣師の方が自分に向いている職業のような気もしていた。

 しかし、専門として獣師の仕事を多くこなした事はなく、他の獣師との仕事を比べた事もなかったから、自信は持てないでもいる。そもそも、ラビは出身地であるホノワ村を出た事がないのだ。

 どうやら、この世界には害獣だけでなく『妖獣』と呼ばれる種類の生物もいるらしい、と先日の事件で初出張した際に知った。村の外に出るのは、経験を深めるためにも良い事だと思わされた一件であったのも確かだ。
 とはいえ、またしても長時間の馬車旅である。

 しかも、知らせを受けてすぐに荷物を詰めての即出発だった。

 あまりに唐突過ぎるし、やはり、あと一歩というところで『旅に出る』という計画が実行に移せなかったのが憎たらしい。

 この国では、金髪金目は忌み嫌われている。一つの所に留まらず、自分が知らない世界を『誰にも見えない親友』と共に、旅して回ろうかと考えていたというのに……

 速馬が抜擢されているため、上等な馬車とはいえそれなりに揺れた。じっとしているのも慣れない苦行であり、尻と腰の痛みに余計に苛々も増して、ラビは再びむっと口をつぐんだ。

 困ったように微笑む美麗な幼馴染から視線をそらした時、その隣にいた騎士と目が合い、更に彼女の周りの空気は五度下がった。

 しばし互いに、露骨に眉間に皺を刻んで睨み合う。

「相変わらず失礼な子供ですね、君は」
「うるっせぇバーカ」
「なるほど、口の悪さも健在ですか。――『彼』もついてきているのですか?」

 そう言って、細い銀縁眼鏡を指で整え直した騎士は、副団長セドリックの補佐官であるユリシス・フォーシスだった。
 明らかに貴族出身と思わせる美しい指先と、洗練された品ある仕草を持った、二十代中頃のこれまた絶世の美貌を持った青年だ。やや長い栗色の髪に、薄い水色の鋭い眼差しは、ニコリともしない美貌もあって冷やかに見える。

 ラビは、初対面時から、自分を常々チビだの品がないだの言って馬鹿にしたユリシスを睨みつけた。彼とはとことん馬が合わないし、再会した際にも「やはり小さいですね」と言われて、いつかぶっ飛ばしてやると改めて心に決めたところだ。

 とはいえ、親友の存在を思い出されたラビは、少しだけ怒りを鎮めた。こうして苛立ちを我慢して馬車に揺られているのも、彼に「旅行みたいで楽しいんじゃね?」「騎士団から金が出るんだし、王都で美味いもんでも食おうぜ」と宥められたからである。

 ラビには、昔から他の人には見えない親友がいた。

 名前はノエル――彼は、人の言葉を話す黒大狼である。幼い頃に出会ってから、ずっと一緒に過ごしていた。
 ノエルは、通常の大狼よりも一回り以上大きな大型種の狼だった。氷狼の事件の際に、彼本人から『妖獣』という存在なのだと教えられたが、ラビは特に気にしていなかった。ノエルは大切な家族で、親友で、人の言葉を話してなんでも食べる、知識豊富で賢いとても頼りにもなる最高の相棒だ。

 ラビがその背に跨って乗れるくらい、害獣でも稀にないほどノエルは大きい。

 妖獣は、不思議な力を持っているのだという。一度だけ、尾の数が増えて町の建物よりも巨大化し、黒い炎まで放った事があったが、その後にはちゃんと普段のサイズで落ち着き、今も相変わらず漆黒の豊かな毛並みを揺らせている。

 セドリックとユリシスの視線を受け止めたラビは、自分が馬車に乗り込む直前のノエルの様子を思い返して、こう答えた。


「馬車の上」


 先日に、初の馬車旅をした時と同じである。

 セドリックとユリシスは、一度だけ見た事があるその光景を思い出して、複雑そうな心情を表情に滲ませた。

 当初と同じように、今は姿も見えなくなってしまっている口の悪い立派な黒大狼が、馬車の屋根に収まりきらない身体の四肢と尻尾をはみ出させて、呑気にうつぶせている様子が何故だか容易に想像出来た。
 王宮警察部隊に先導されての王都入りとか、改めて考えてみても物騒である。

 警察部隊の装甲が頑丈な黒塗りの馬車は、その存在感が目立って人々の視線を集めた。そのうえ、まるで容疑者として連行されているような錯覚には、精神的に更に削られる感じも半端ないので、今後一切やめて頂きたい。

 ここは別世界かと思うほどの、視界に収まりきらない巨大な王宮入口前で馬車を降りたところで、ラビは強い疲労感を覚えた。騎士団の二台の馬車と共に、黒々とした警察部隊の馬車が並ぶ様子はやはり物々しい。

 下車する際に帽子はかぶっていたものの、そこから覗く金髪が、正午前の日差しを受けてキラキラと輝いていた。周りにいた衛兵や貴族達が、チラチラと目を向けてくるのも分かって、ラビは帽子を更に深く頭に押し込んだ。

「…………見せ物じゃねぇぞ」

 思わず、誰にも聞こえない声量で、本音を口の中に落とした。

 髪や瞳が金色というだけで、災いや病気をもらうなんて阿呆みたいな迷信だと思う。どうしてお伽噺に描かれる金髪金目は、みんな悪役ばかりなのだろう?
 非常に珍しい色素なのだというのは、両親から聞かされた事はあった。稀にしか生まれなくて、どんなに日差しを浴びても肌が白いというのも特徴だ。薬草師業の顧客である隣町の医者ゲンは、「何かしら色素に関わる病気の可能性もある」と、可能性を口にしていたけれど。

 その時、どっという音と風圧が頬を撫でて、ラビはそちらへと目を向けた。

 ようやく着いたかとばかりに、漆黒の美しい毛並みをぶるりと震わせた黒大狼が、緊張感もなく前足をぐっと伸ばしている。

『王宮ってのは、無駄にデカいな。人を避けて歩くっつう苦労はせずに済みそうだ』

 そう人語を話した黒大狼のノエルが、鋭利な牙を覗かせて欠伸をこぼした。勿論、その姿はラビ以外の人間の眼には映っておらず、声だって聞こえていない。

 ラビは、それを常々不思議に思っていた。何故なら、ノエルは物にも触れられるし、姿が見えていない人にも当たり前のようにぶつかったりするのだ。普通に食事もとれるし、人間以外の生物には彼の姿がハッキリ見えてもいた。
「おはよう、ノエル。お疲れ様」

 周りの人に怪しまれない程度に、ラビはこっそり話し掛けた。

 彼女と口調が似ているノエルが、むくりと頭を起こして『おぅ』と答え、ルビーのような赤い瞳を細めてニヤリとした。

『さすが上等の馬車だぜ。力加減を調整して爪を立てれば傷も入らないから、道中は楽だったな。――ラビ、痛いところはないか? 平気か?』
「オレは大丈夫だよ、ありがとう」
『人間は、しっかり眠らないと身体に悪いからな』

 ノエルがそう言って、励ますように大きな頭を背中に擦り付けてきた。やはり誰にも見えないとは思えないほど暖かくて、すぐにぎゅっと抱き締めてしまいたくなったラビは、人前であるという意識で踏みとどまり、その気持ちをぐっとこらえた。

 寂しいのだ、とても心細い。

 本音を言ってしまうと、ラビはここに立っていたくなかった。知らない人間から向けられる好奇と、まるで同じ生物じゃないような恐れを含んだ視線が、とても胸に痛い。
 どうして髪や目の色が違うだけで……と、そんな女々しい想いが脳裏を掠めてしまう。けれど、こんなんじゃ駄目だ。『俺』は強くなると決めたんだから。

 幼い頃に両親を失って、それでもノエルに励まされながらこうして生きてきた。泣かないと決めていたし、俯いてなんかやらない。そのために、強くなる努力を続けてきたのだ。今じゃ喧嘩も得意なもので、剣の腕もそれなりにあると自負している。

『大丈夫か、ラビ?』

 普段のぶっきらぼうな口調とは違い、穏やかな声でノエルが問い掛けてきた。無意識に強張って拳を作った腕に頭を寄せてきたかと思うと、長い毛並みをした優雅な尻尾で、背中を抱くように包みこむ。

 ラビはそこでようやく、自分が少しほど硬直していたと気付いて、身体の強張りを解いた。帽子のつばの下で彼と視線を合わせ、小さな声で「大丈夫だよ」とどうにか笑って答えてみせた。

 馬車から降りたセドリットとユリシスが、王宮警察部隊と共に、城の警備を担当している衛兵と話していた。そんな中、二台目の騎士団の馬車でお供し、上司達の分の荷物の仕分けの手配を終えた四人の部下達が、早々にこちらへと戻ってきた。
「よっ、長旅お疲れ、チビ獣師」

 ポケットに片手を突っ込んだジンが、呑気に手を上げて真っ先にそう言った。

 ジンは顎先に小さく髭を残すという、少し清潔感を欠くような下町風のファッションをしたチンピラ風の騎士だ。初対面の際、ラビは木刀で、彼の顎髭を狙ってぶっ飛ばした事があった。

 その隣にいる強面の大きな男は、若い年齢層が多い第三騎士団で、団長と並んで最年長の三十代組であるヴァンだった。時間があれば煙草を口にしており、こちらも正統派の騎士のイメージはない。

 もう一人の大きな男は、彼の相棒であるサーバルだ。騎士として鍛えられた身体の威圧感を覚えないほど、優しげで謙虚さの窺える澄んだ薄緑の瞳をしている。彼のすぐそばには、第三騎士団で唯一の十代であり、食べ盛りで明るい性格をした華奢なテトの姿もあった。

 四人とも、以前あった氷狼の事件で、すっかり馴染みになったメンバーである。

 ラビは顰め面で「どうも」と応えた。