将来の夢も、やりたいことも、目標だってない。
自分の命にすら価値を感じないから、海に飛び込んだのだ。

ならば無理して帰る必要はないかもしれない。

私が口ごもっていると、浩然が話し出した。

「役目が終われば、好きにしたらいい。ただこちらの世界に召喚する儀を記した書物はたくさんあるが、送り返す方法を書いたものを見たことはないな。
もしお前が元の世界に戻りたいのなら、調べさせておこう。だが、あまり期待はするな」

そんな適当な。
とはいえ、私自身がどうにかできることとも思わないし、今は浩然に任せるしかないだろう。

「とにかく、後宮に部屋を用意しよう。しばらくは、そこで寛(くつろ)ぐといい」

私はその言葉に頷いた。

「そうだ、名前を聞いていなかったな。お前の名は?」

「白河澪」

「ふむ、『白』か。縁があるではないか。ちなみに、その服は? 珍しいな」

こっちからすると、この世界の人たちが来ている服のほうがよほど珍しいけど。

「これは、制服。高校……子供たちが勉強を習う場所、に行く時に着る服」

「なるほど。お前の住んでいた世界は、こことはずいぶん違うようだな」

私は黙って頷いた。

「ふむ、お前の世界にも興味が出てきた。時間ができた時に、話を聞かせろ」

私はもう一度浩然の言葉に頷いた。
 
それから先ほどの仰々しい神殿のような場所を出て、私は兵士に簡素な部屋に案内された。
宿泊するための場所が用意できるまで、ここで待つらしい。
椅子と机があるだけの、何もない部屋だった。まるで罪人を閉じ込めているみたいだ。

声をかけられるのを待っていると、突然三人の兵士が部屋に押し入ってきた。
だが、何やら様子がおかしい。
とても案内係だとは思えなかった。

「あなたたち、何なの……!?」

彼らを取り巻く心の色が真っ黒に染まっているのが見えて、さっと血の気が引く。
敵意を向けられたことは今までにも何度もあったが、ここまで明確な殺意を感じたことはない。