私は少しがっかりした。両親や妹には、会えないようだ。
浩然は龍の絵を仰ぎ見て言った。
「この国の成り立ちを話そう。何百年も昔、ここはひとつなぎの広大な国だった。その国を治めていたのは、我が一族、白龍の祖先である龍神だ。その他にも青龍・黒龍・黄龍・赤龍がいて、四柱の龍は白龍に従っていた」
私は静かに浩然の声に耳を傾ける。
白い龍の他にも、色々な色の龍がいるらしい。
「やがて白龍は人間の娘と恋に落ち、子孫を作った。
しかし他の龍神たちは、龍神と人間は身分違いだと言って、白龍と人間の娘が結ばれるのを反対し、娘の命を奪い、ふたりを引き裂いた」
現実感がなさすぎて、そうなんだ、という感想しか出ない。
「白龍は怒り、嘆き、ふたりを引き裂いた龍神たちを恨んだ。
争いになり、国は五つに分断された。
そのうちの一つが、この場所、現在の白陽国だ。白龍は他の龍神たちを決して許さず、自分の力のすべてを込めて、他の龍神たちに呪いを捧げた」
「呪い……」
「それ以降、龍の一族には男しか生まれなくなり、人間と結婚しないと子を成せなくなった。
そのため、白陽国に生まれた人間の娘を妃(きさき)として後宮(こうきゅう)に迎えている」
浩然は一度言葉を切って言った。
「また白龍を愛した娘は、命が尽きる最後に龍に祝福を与え、その魂をこことは別の世界に飛ばしたと言われている。
それ故、異世界からの神子は、神龍の力を目覚めさせる。
そして力を与えた龍には、国に勝利をもたらすという伝説がある。俺もつい今し方まで、そんなもの、伝説の中だけの与太話だと思っていたがな」
まさか、その神子が私だと思われているのだろうか。どう考えても人違いだと思う。
「現在五国、そしてその国々の皇帝である五龍は協定を結んでいる。
だが、冷戦状態だ。友好的な国もあれば、他の龍の隙を狙い、五国の統一を考えているものもいる。
もし異世界からの神子がこの国にいられると知られれば、大きな争いになる」
私はごくりと唾を飲んだ。
やはり彼の感情の色は見えない。何を話していても、ずっと白く輝いたままだ。
五国の龍神なんてにわかには信じがたい話だけれど、もし事実だとすれば、戦争なんて関わるのは絶対にごめんだ。
すると玉座の側に控えていた役人のひとりが口を開いた。
「恐れながら、陛下。この娘は本当に異世界からの神子なのでしょうか? もしかしたら、黒影国(こくえいこく)の間者(かんじゃ)かもしれません」
それを聞いた浩然は、男を睨みつけた。
「俺が見つけた娘を疑うのか?」
静かな声なのに、抗(あらが)えないような厳しさを含んだ声だった。
周囲の空気が緊迫感に満ちる。
男はすっかり青ざめ、蚊(か)の鳴くような声で答えた。
「いえ、決してそのようなことは……」
会話が終わったようなので、私はずっと気になっていたことを問いかけた。
「あの……。元の世界に戻るにはどうすればいいの?」
そう問うと、浩然は真っ直ぐにこちらを見つめて言った。
「帰りたいのか?」
その問いかけに、思わず言葉を失う。
「それは……」
本来なら、「帰りたい」と即答すべきだろう。
自分が住んでいたのとは、まったく別の世界に召喚されたのだから。
だが冷静に帰りたいかと考えると、そうでもないのが正直なところだった。
私にはもう家族もいないし、友人もいない。
もちろん私を死に追いやった叔父と叔母になど、二度と会いたくない。
学校にも他の場所にも、私の居場所はない。