白龍神と月下後宮の生贄姫


叔母の言葉を聞いた直後、私は家を飛び出した。

叔母は「どこに行くんだ! 戻って来い!」と叫んでいたけれど、もう何も関係ない。
叔父と叔母の言うことを聞く必要もない。そう考えると、少しだけ心が軽くなった。


特に都会でもない、変わった物があるわけでもないこの町の良いところが、ひとつだけある。
海が近いことだ。

せめて最後は、あの美しい海で死にたいと思った。

私は海までの道を歩いた。
十月になり、寒くなってきたので泳いでいる人がいないのはもちろん、海岸の周囲には誰もいなかった。

夜に染まった海は暗く、どこまでも底がないように見えた。

私は覚悟を決めて、海に向かって一歩ずつ歩いた。
靴の中に、海水が染みこんでいく。
あまりの冷たさに思わず逃げたくなったけれど、歯を食いしばって足を進める。

その時、自分がまだ制服を着たままだったのに気が付いた。制服のスカートが濡れて、重くなっていく。

そして私は、海の中に眩い光を放つものがあるのに気づいた。

「何、あれ……?」

海なのに、そこだけぽっかりと穴が空いて、光が漏れているのだ。

どこかに通じているトンネルのようだ。そんなものが海にあるわけがないのに。
不審に思って顔をしかめると、その穴から何か声が聞こえた。
動物の鳴き声のような、もしくは泣いているような、歌っているような声が。

「誰かいるの?」

そう問いかけると、波の表面に、うっすら白い物が揺れたのが見えた。
咄にその白に向かって手を伸ばす。すると向こうからも、ぐっと力を込めて掴まれる。

光はいっそう輝きを増し、私を包み込んだ。
そして私は、光に引き込まれた。

「――っ!」

驚いて声をあげようとした瞬間、水を飲んでしまった。
必死にもがくけれど周囲は暗く、何も見えない。自分が上を向いているのか、下に向いているのかすら不明だ。
海の水が冷たくて、針で全身を刺されているように感じる。
呼吸ができなくなり、口から泡が逃げていく。

苦しい。
自分から死のうと決めたけれど、やはり苦しくて、泣きそうになる。

手足を動かしてもがこうとするけれど、水が冷たいせいでほとんど身動きが取れない。

だんだん意識が遠ざかって行く。
暗い海の中、為す術もなく、深く深く沈む。

もう息が続かない。だんだん意識が遠のき、このまま死ねるのだろうかと考える。


――その瞬間。

目の前が、突然鮮やかな白でいっぱいになった。
驚いて、また口からごぼっと泡が漏(も)れた。

「え?」

私の目の前に、信じられないものが現れた。
それはどこからどこ見ても。


白い龍、だった。