その言葉に驚いて、パチパチと目を瞬く。

「妃? って、奥さんのこと?」

「そうだ。妃嬪(ひひん)でも暗殺される可能性が絶対にないとは言い切れないが」

「結局殺されるんだ」

「いや、そんなことはさせない。
信用できる人間に、お前の警護を任せる。俺も、神子であるお前の存在を失いたくないからな。悪い話ではないだろう」

確かに、皇帝である浩然の部下が警護をしてくれるのなら、少しは安心できるのかもしれない。
でも、その言葉が本当か分からない。

それにいきなり出会ったばかりの好きでもない人と結婚なんて、無理に決まっている。

その言葉だけ受け取ればプロポーズのはずだが、浩然は真顔で淡々と続ける。

「後宮には千人を超える妃がいる。だが、俺はその誰にも興味がない。
今さら毛色の変わった女がひとりやふたり増えたところで、何も変わらん」

私は顔をしかめる。
どうやら浩然は、結婚相手のことを道端の石ころくらいにしか考えていないようだ。

千人も奥さんがいれば、そうなっても仕方ないのだろうか。
それがこの国の結婚観なのか。何となく、この人らしいとは思った。

「私が別の世界から来たって、他の龍に知られると大変なんでしょ?」

「いづれ分かることだ。召還の儀が成功した国は、優先的に神子を守る権利がある。それに殺すつもりなら、最初から助けたりしない」

そして彼はハッキリと言った。

「俺にはお前が必要だ」

意思の強い瞳だった。
彼の言葉に、自然と鼓動が高鳴る。

家族を失ってから今まで、ずっと私のなどいなければいいと言われてきた。
いらない、消えろ、どこか行けと何度も罵倒された。

こんな風に誰かに必要だと言われたのなんて、初めてだった。

私が、というより、異世界からの神子が必要だという意味だろうけれど。

少なくとも、その言葉だけは真実なのだろうと思えた。
いや、その言葉だけは信じたかったのかもしれない。

浩然が妃相手に愛情を持っていないのならば、結婚は良い提案なのではないか。

他の選択肢もないし、仮にこの城を逃げ出せても、どっちみち私ひとりでは右も左も分からない世界でのたれ死ぬのが関の山だ。

どうせ一度は捨てた命だ。彼が私を必要だと言ってくれるのなら、もう少しだけ生きても悪くないかもしれない。

私は浩然の言葉に頷いた。

「じゃあ私、あなたの妃になる」

そう告げると、浩然は淡々とした様子で首肯(しゅこう)した。

「分かった」

こうして恋愛感情の欠片もないまま、私は皇帝の妃になることが決まってしまった。