宏弥が今一限に行っている講義は二年次向け。
そこには昨日世依から話の出た西園寺綾乃も出席していた。

「「斎王」という言葉を聞いて現代だとどのような映像を皆さんは思い浮かべるでしょうか。
おそらくは、伊勢神宮へ皇族の女性が祭主となり天皇の祖先神と言われる天照大御神に参拝するところはニュースで見かけたのを思い出された方もいるかもしれません。
ただそれはあくまで斎王としてでは無く祭主として参拝するだけで、講義で皆さんの学んでいる斎王とは別の役割をしています。

そしてここで京都に住まわれていた方など疑問に思ったのでは無いでしょうか。
むしろこちらの方が現代では有名かも知れません。
それは葵祭です。

これはそもそも平安京の第一の守護神とされた賀茂神社、今の上賀茂神社と下鴨神社を含むのですが、そこにも九世紀初頭斎王は置かれるようになりました。
それを戦後になって葵祭として斎王、ここでは斎王代と言われますがその行列を復活させたのです。

よって当時は二人の斎王が存在したため「伊勢斎」、「賀茂斎」と呼び分けていました」

宏弥は話ながら自分から見て左側、三列目に座る学生が気になっていた。
それは西園寺綾乃。
彼女は最初こそノートに書き込んでいたが、そんなに時間も経たず額に手を当て俯きだした。
彼女を挟むように隣にいる友人達も、心配なのか小声で声をかけている。

「大丈夫ですか、顔が真っ青ですよ」

彩也乃は誰かに声をかけられ、ゆっくりと顔を上げる。
そこには教卓でピンマイクをつけて講義をしていたはずの、長い前髪に眼鏡をかけた教員が自分を見下ろしていた。
虚ろな目をして自分を見上げるのも辛そうな彩也乃を見て、宏弥は他の生徒に、

「皆さん、申し訳ありませんが講義はここまでとします。
あなた方は彼女の友人ですか?
では彼女の分の荷物も持って保健室までの案内をお願いします。
君、立てますか?」

「はい」

彩也乃ははぁ、と小さく息を吐きながら椅子から立ち上がるとふらりとよろけ、宏弥が彩也乃の細い肩を掴んだ。
自分の肩を簡単に覆う大きな手に、彩也乃は思わずびくりとする。

宏弥はおもむろにジャケットを脱ぐと、自分達と彩也乃の荷物を持ち戸惑っている女子学生二人に渡した。

「このままでは危ないので彼女は僕が運びます。
そこの君、僕が持ち上げたら彼女の膝にジャケットを掛けてください」

彩也乃が状況を飲み込めず言葉も発せ無いまま、宏弥は失礼と言って彩也乃を軽々と抱きかかえた。
側にいた友人がお姫様抱っこ!と声を出したのを無視しジャケットをかけるように言えば、慌ててスカートから出た彩也乃の足を隠すようにジャケットを掛けた。

彩也乃は自分にされていることをようやく理解して、困惑しながら先生と声をかける。

「恥ずかしいでしょうが我慢してください」

他の学生に再度声をかけ、一気にどよめく教室を後に、彩也乃の友人達がこっちですと彩也乃を抱える宏弥を先導する。
まだ講義中の教室もあるせいか、そこまで廊下に学生はいない。