男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副団長が過保護です~

 物心ついた時から、私には毎日そばにいてくれる友達がいた。

 一緒に山を駆けるのが好きで、薬草や食べられる果実を探して、小動物を追いかけた。狼や熊が出た時は一緒に立ち向かい、寒い日は、肩を寄せ合って暖を取りもした。

 面倒見がいいその友達は、何でも知っていて、まるで兄のように世話を焼いてくれた。寂しくなると、ベッドが狭くなるのも構わず潜り込んできて、私は悲しい事も忘れて眠りに落ちるのだ。

 父さんと母さんは、私が『彼』について話すたび、少しだけ悲しそうな顔をした。


 ごめんね、私達には見えないよ。ごめんね……

 両親は「どうして」と理解できない私に、誰にも言っちゃいけないよと、そう約束させた。人間の友達が出来なくったって、父さんと母さんと、一緒に暮らす秘密の友達の存在があれば、怖い物は何もなかった。


 家は裕福ではなかったけど、確かに私は、幸せだったのだ。

 私は村人に毛嫌いにされていたから、他人との付き合いはあまりなかった。子どもは特に器量の狭い奴が多くて、負かされるのが悔しくて、秘密の友達と特訓して、いつしか喧嘩だけは強くなった。
 いつか薬の調合を教えようと両親はいってくれたけど、私が九歳の頃に、馬車の事故で亡くなった。

 秘密の友達に助け出された、私だけが生き残った。

                ◆

「ラビィッ、ひどいですよ、一年振りなんですよ!? どうして僕を門前払いするんですかッ」
「幼馴染ってだけなのに色々と煩いから! というか、なんでここに『オレ』がいるって分かったんだよッ」
「母上に教えられました」

 あれから八年、私――

 いや、オレは薬草師と、獣師の仕事をこなして生活している。

「ちッ――よし、分かった。今はちょっと忙しいから、ひとまず帰れ」
「えぇ!? ひどいッ、門前払いに変わりはないんですかッ?」
『相変わらず扱いがひでぇな、ラビ』

 他の人には見えない大きな黒い狼が、オレの背中を、ふわふわの尻尾で撫でながら可笑しそうに笑う。

 今はテーブルに、オレと友達の食事が並んでいるのだ。だからここで、この幼馴染を入れる訳にはいかない。


 生まれて十七年、両親と死に別れて八年。

 誰にも見えない秘密の友達の事を、オレは誰にも話していなかった。
 エルドワース地方は、王都から離れた緑豊かな土地である。

 土壌に恵まれ、平地では穀物や野菜、果樹も豊富に育ち、家畜の飼育数も多い。自然が多い地域ほど狼や熊などの被害があるため、獣師との付き合いも、自然と生活の中に溶け込んでいる。

 獣師とは、動物と人間が共存出来るよう手助けする人間の事だ。

 害獣から畑や家畜を守り、飼育されている動物の躾や教育、相談等も行う。

 地域の環境によって動物も異なるのと同じように、獣師によって扱える獣の種類も様々だった。古来より大陸に根付く害獣については、国も慎重に対応しており、対害獣の看板を持った獣師は非常に少ない。

 多くある獣師が取り扱う動物については、人々の生活に親しい馬や犬や猫となっている。特に、犬は番犬にもなり家畜の誘導にも適しているため、それを専門とする獣師がほとんどだった。農村地域では重宝されるから、農家あれば獣師あり、と生活に根強く浸透している。

 エルドワース地方の奥に存在するホノワ村は、郵便も週に一度しか届かない田舎だった。山脈から続く森には、害獣に指定されている狼や熊が多く生息している。

 ホノワ村は、害獣対策として森から離れた平地に構えられていたが、隣町へと続く通りを進んだ、村外れの森境には、一軒の小さな家が建っていた。

 昔、その家では、過去に都会からやってきた夫婦が薬師として活躍していた。彼らが他界してからは、一人の少女が細々と薬草販売の看板を掲げて薬草師をしており、獣師としても、少ない仕事をこなし生活していた。

 初夏という事もあり、村の朝は比較的早く訪れる。

 郵便荷物を積んだ馬車がやってくる時刻、早朝一番に薬草を探しに森へ入っていた、薬草師兼獣師の少女が、ようやく我が家が見える場所まで戻って来た。
 少女にしては珍しく短髪で、皺の入った大きめのシャツを、グレーの作業ズボンにしまっている。

 それをベルトでしっかり固定する出で立ちは、まるで少年である。

 通い出して数年になる郵便配達の青年が、少年にしか見えない、その小さな家の主人の姿に気付いて、通りすがり帽子を軽く取って挨拶をした。少女ラビィも、泥だらけの手を軽く上げて応えた。

 日頃から男性の恰好をしているせいか、中世的な顔立ちのせいか、ラビィは実年齢である十七歳には見えない。金髪金目で、元々の色素が薄いため、雪も降らないホノワ村では、珍しく真っ白な肌をしていた。

 美人だった母親譲りの顔立ちは、手入れをすれば美少女寄りにはなりそうなのだが、本人が容姿に無頓着のため、その姿は、さしずめ十五歳のやんちゃな少年であった。

 ラビィ、――自称ラビは、薬草を詰め込んだ籠を持ったまま、郵便配達の青年を見送った。

「最近は、まぁ慣れたもんだよなぁ」

 彼女は、中世的な声色で、一人感心したようにそう呟いた。

 すると、ラビの傍で『ふん』と答える低い声があった。

『あの驚きっぷりが良かったのに残念だ。最近は怖がらねぇし、見飽きちまった』

 ラビの背後に回り込んだ大きな黒い狼が、長い優雅な毛を風に揺らしながら、青年の操る馬車を金緑の瞳で見送った。彼は頭の位置にある華奢なラビの腕に鼻を寄せ、毛並みの良い長い尾で彼女の肩を撫でる。

 人語を話すその獣は、一般的に知られている大型級の狼を、更に一回り大きくした姿をしていた。その黒大狼は、ラビと共に育った『秘密の友達』であり、家族でもある。
 ラビは、彼の頭を撫でながら「そんな事言うなよ」と眉を顰めた。

「驚かれるのも怖がれるのも、原因はオレだからいい気がしないんだよ。だって、ノエルの姿は他の人に見えないじゃんッ」
『俺を普通の狼と一緒にすんなよな。まぁいいさ。俺は、お前だけが見えていれば、それでいい』

 黒大狼のノエルは、寂しさも見せずに満足げに言いながら、ラビの脇腹に頭を擦り寄せた。

『なんで人間は、お前を怖れて嫌うんだろうな。その髪も目も、俺は好きだぞ』
「――ありがと。オレも、ノエルの事が大好きだよ」

 朝の太陽の日差しに透けたラビの金色の髪が、繊細な絹のように輝いた。少し長く伸ばされた前髪から覗く大きな瞳も、影を作る扇のような睫毛も全て金色である。

「さて。頼まれていた薬草分を準備しておこうか。ゲンさんは隣町だから、いつも通り昼頃までには来店すると思うし」

 ラビは、家の玄関に向かって歩き出した。

 家の敷地は、小さな庭畑まで低く白い柵に囲われている。手に籠を持ったラビに配慮し、ノエルが先回りして、柵の扉を鼻で押し開けた。
『あの爺さん、胸が弱い割りには元気だよな』
「爺さんって言うなよ、ゲンさんは良いお客さんなんだから。父さん達が生きていた頃から贔屓してくれているお医者さんだし、ついでにオレの買い物も頼まれてくれるから、助かってるよ」
『そんな事より、俺は腹が減ったぞ。馬でも食っちまいたいぐらいだ』
「馬を襲うのは駄目だよ。トマトとベーコンがあったから、サンドイッチにしよう」
『焦って皿を割るなよ。お前、おっちょこちょいだからな』

 そこへ、隣町へ牛乳を運ぶ親子の馬車が通り掛かり、嫌なものを見るような目をラビに向けた。怪訝な顔を寄せ合い、「一人で気味の悪い」「悪魔の金色」と囁く。

 ラビは、思わず足を止めてしまった。

 嫌だな、慣れているはずなのに。いちいち気にしていたらきりがないのに、とラビは自身に言い聞かせた。

『あいつら、昔からそうだよな。俺が仕返ししてやろうか?』
「ううん、気味悪がられるのはしょうがないよ。……でも本音を言うと、外でノエルと気軽に話しも出来ないのは、やっぱり嫌だなぁ」
 ラビは足早に家に入ると、大きなノエルをぎゅっと抱きしめた。

 柔らかい毛並みの暖かさに顔をすり寄せて、彼の呼吸や、心臓が脈打つのを感じて自分を落ち着ける。ノエルは、昔からラビにしか見えない秘密の友達だった。

 物心ついた頃から、一人と一匹は共に過ごしてきたのだ。

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 金色の悪魔、と呼ばれている有名なお伽噺がある。彼らは家畜や人を襲って血を啜り、多くの不幸を呼び込む人の姿をした悪魔のような何かなのだとして、その物語に登場していた悪役だった。

 物語の他に、有名な迷信話も広く伝えられている。例えば有名な話だと、金色の色素を持った子共は悪魔が迎えにやってくるので、その一族は不幸になるだとか、災害が起こって多くの人間が死ぬ先触れだと嫌われていた。

 ラビの両親は共に鳶色の髪と目をしていたが、ラビは産まれた時から髪も目も見事な金色だった。家名をオーディンと言い、彼女の両親であるオーディン夫妻は、ラビが産まれた年、隣町からホノワ村へ引っ越してきた薬師だった。

 共に薬師であったオーディン夫妻は、金色の色素を持った子供の両親として村人からは距離を置かれたが、薬師としての腕と人の良さを受け止めてくれる人もいた。

 特に、ホノワ村の土地を所有し、そこの別荘に滞在していたヒューガノーズ伯爵と伯爵夫人は、若きオーディン夫妻を良き友人として接した。伯爵には二人の子どもがいたが、彼らも自分達の親を見習ってか、金髪金目のラビを毛嫌いしなかった。

 オーディン夫妻が不慮の事故で亡くなってすぐ、生き残った九歳のラビの世話を買って出たのも、ヒューガノーズ伯爵だった。
 伯爵と夫人は、怪我と発熱に苦しむラビを手厚く看病した。家事をした事があまりなかったラビは、世話になった二ヶ月の短い間で、最低限必要な生活力を身に付け、一人で生きてゆく覚悟で、長かった髪をばっさりと切った。

 暇があれば七歳、二歳離れた息子達のもとへ顔を出して、一緒に剣術も学んだ。外では金髪金目に対する差別は強かったが、彼女は弱音を吐かなかった。

 ラビは元々の負けず嫌いな性格も勝って、売られた喧嘩は全部買った。少年の格好や『秘密の友達』譲りの喋り方、乱暴な態度から男だと勘違いされる事が多くなり、説明するのも面倒になって、男性名のラビを名乗るようになった。

 事故に遭ってから二ヶ月後、ラビは自分の家に戻った。

 両親のように学を受けた訳ではないから、薬草師としての腕は弱かった。村人が危険を感じて踏み要らない森で薬草を採取出来る強みはあったが、両親のように複雑な調合は出来ない。

 悩んでいたラビは、自分が動物と話せる能力が、獣師としての仕事に向いているのではないかと考えた。

 人語を理解出来る動物は、他人には聞こえない声でラビに直接話しかけてくる。話せない動物も、どうやらラビの言葉は理解出来るようで、「こういう理由があるからこうして欲しい」と伝えると、素直に従って協力してくれた。

 元々、森の動物が村にいかないよう働きかけていたラビは、薬草師兼業で、獣師としても活動する事を決めて看板を立てた。獣師が生活に浸透している国とは言え、今のところ、ホノワ村で定期的に獣師の仕事の依頼をくれるのは、いまだ別荘で暮らし続けているヒューガノーズ伯爵夫人ぐらいだろう。
 伯爵夫人は、二人の息子が騎士となるため別荘を出て行ってしまってから、館の中で猫を飼い始めていた。療養のためホノワ村の別荘に腰を落ち着けていた彼女は、田舎の空気が気に入ったらしく、既に二十数年はこの地に留まっている。

 夫の伯爵も、公務がなければ別荘に滞在したが、夫人には出来るだけ早く本邸に帰還して欲しいと考えており、あとは夫人が首を縦に振るのを待つばかりとなっていた。

           ※※※

 隣町の医者であるゲンが、薬草を取りに来た後、ラビは続いて獣師の仕事にとりかかるべく支度を整えた。この日も、ヒューガノーズ伯爵夫人の家に訪問する予定があったのだ。

 飼っている猫のビアンカが、ここ数日、元気がないのだと相談を受けていた。

 ビアンカは、美しい白い毛並みをした大きなメス猫で、埃アレルギーを持った繊細な女性でもある。ラビが自分と話せる事を知っているので、伝えたい事がある場合に、わざと拗ねた行動をとる事もあった。