疲れた……。初日からこんなに疲れてて、大丈夫かな?

 ようやく放課後を迎え、クタクタになった私は、下駄箱からローファーを取り出し、投げ落とすかのように玄関に置く。そして、ヨタヨタしながら履き替える。

 後から隣の席の佐藤くんが来た。彼は私と違って、サッと靴を取り出し、静かに玄関に置いて、スッと履いた。それを見た私はつい年寄りのような言葉をもらす。

「佐藤くんは、若いね」
「ん?」
「私は今日一日で疲れちゃって……。靴を取り出して履くだけのことなんですけど、動きが全然違うなぁと思いまして……。すみません」
「別に謝る必要はないよ。俺はサッカーやってて体力に自信があるから。男と女じゃ体力に差があったって、おかしくないだろ。じゃあ、お疲れ」

 彼はそう言って颯爽と帰って行った。

 話し方は淡々としてるけど、思いやりを感じる。やっぱり佐藤くんは、優しい人だ。

 玄関を出て正門へと歩き出す。すると背後から誰かが抱きついてきた。
 私は驚き、思わず声を上げた。

「ギャッ! 何⁉︎」

 そう言って振り返ると、相澤くんが大笑いしていた。私は少し怒ったように言う。

「相澤くん! ビックリするからやめてよ!」
「ごめんね。理沙ちゃん、どんな反応するか知りたくて。可愛いと言うより、面白い反応だったかな」
「面白いって……。可愛い反応できなくてすみません」
「別に良いよ。わざとらしい反応より、面白い反応の方が好感持てるから」

 別に好感持ってもらわなくても良いんだけどな……。

 困惑気味の私に対して彼は言う。

「ねぇ、理沙ちゃんの家どこ? 送るよ」
「えっ⁉︎ いやいや、そんな大丈夫です」
「遠慮しなくて良いよ! ご両親にも挨拶したいし」
「何の挨拶⁉︎ 色々進みすぎてて怖いです。今日初めて会ったのに……」
「アハハ、ごめんね。俺、フレンドリーさが売りだから」
「フレンドリー過ぎますよ」

 私はまた正門へと歩き出す。すると彼も私の横を歩く。まるで恋人のようにすぐ隣を歩くので、少し距離を取るように意識する。
 すると彼が歩きながら話し始めた。

「理沙ちゃんさぁ、そんなに俺のこと嫌い? 委員長になってあげたし、助けてあげたのに……。俺、君のヒーローだと思うんだけどなぁ」
「もちろん、ありがたいと思ってますよ! でも、距離が近すぎて……。私、人付き合いが苦手だし、特に男の子と話すことなんてあんまりないから」
「じゃあ、これから俺といっぱい話して克服したら良いじゃん」

 私は立ち止まり、黙って彼を見つめた。彼は首を傾げ、私を見つめる。

「相澤くんって、ポジティブですよね」
「そうだよ! 一緒に居るならポジティブな男の方が、女の子としては良いでしょ?」
「うーん、まぁそうですね」
「理沙ちゃんが元気なくても、俺が元気にしてあげるよ」

 彼は、笑顔でそう言いながら私の肩を優しく抱き寄せた。私が慌てて彼から離れようとすると、相澤くんの痛がる声が聞こえてきた。何事かと思いよく見ると、大ちゃんが相澤くんの手首をギュッと握っている。

「理沙に触るな」

 普段見ることのない大ちゃんの怒った顔に、私は驚いた。こんなにも怖い顔をすることがあるんだ、と思い呆気に取られた。

「いたたた! いきなり何だよ⁉︎」

 相澤くんの痛がる声で、私は我に返った。そして慌てて大ちゃんに言うのだった。

「大ちゃん、もうやめて!」

 大ちゃんはサッと手を離し、相澤くんと私を引き離すように、間に入ってきた。
 彼と向かい合わせになった大ちゃんは、今にも殴りかかりそうな雰囲気だった。
 そして彼が大ちゃんに言う。

「初対面で手首掴むとかあり得ないんだけど。しかも超痛いし。何なの、君? 俺、男には興味ないから」
「お前こそ、一体何なの? 今日一日ずっと理沙にまとわりつきやがって。入学式では理沙の肩を枕がわりにして、廊下では真横歩いて、今度は肩抱いて……。ふざけんなよ」
「ははぁーん、やきもちですか。そんなに怒っちゃうぐらい羨ましいなら、君もしたら良いんじゃない?」

 大ちゃんは大きな手をギュッと力強く握りしめ、震えていた。

 このままじゃ、相澤くんのこと殴っちゃうかも……。

 そう感じた私は、大ちゃんの手を両手で包み込んだ。

 その瞬間、大ちゃんは手の力を抜き、私の方に勢いよく振り返った。
 怒っていたからか、頬がほんのり赤く見えた。
 何も言わずに私を見つめる大ちゃんに私が言う。

「大丈夫だよ。ありがとう、大ちゃん。もう帰ろう?」
「……うん」

 私は、大ちゃんの手を握ったまま歩き始める。そしてしばらく歩くと、大ちゃんが口を開いた。

「理沙……、ごめん、俺……」
「謝らないで。私のこと心配してくれたんでしょ? ありがとう。今日一日、相澤くんに翻弄されてたのは事実だから……」

 悲しそうな、悔しそうな、何とも言えない表情を見せる大ちゃんが可愛いと思った。

 大ちゃんが好きな人は、お姉ちゃん。幼なじみとして心配してくれただけ……。
 でも、今だけは良いよね?

 自分自身にそう言い聞かせ、背伸びをして腕を伸ばす。そして、いつもより垂れ落ちた彼の頭を優しく撫でた。

 驚いた表情を見せる大ちゃんを見て、私は手を止めた。

「ごめん……ね」
「いや、理沙なら全然良い……」

 それってどういう意味なんだろう? 聞きたいけど、怖くて聞けないよ。

 その後は、何となく恥ずかしいような、気まずいような微妙な雰囲気が流れた。私達は、ぎこちない会話をして家路についた。今となっては、どんなことを話したか、全く思い出せないほどだ。

 家に帰った私は、制服のままベッドにうつ伏せになり、足をバタつかせて枕に顔をうずめた。

 大ちゃんの手を握った上に、頭まで撫でちゃった。あれ、彼女しかやっちゃいけないやつだよね? 
 しかも「理沙なら全然良い」って、私は特別だよってことだよね⁉︎
 嬉しいけど、恥ずかしい……

 その日の夜、幸せな夢を見た気がする。詳細は思い出せないけど、心地よい気持ちになったのだった。