理沙のことばかり考えて、あることを忘れていた……。俺は今日、やらなきゃならない大事な仕事がある。集中しないと。

 椅子に腰掛け目をつぶり。精神統一していると、司会者が言った。

「新入生代表挨拶。一年一組、山井大佑さん」

 よし、行くぞ。理沙にかっこいいところを見せてやる。

 俺は返事をし、ステージに向かってゆっくり歩き始めた。
 階段を数段昇ると、そこには大きな演台と、白とピンクを基調とした立派な壇上花が迎えてくれた。
 緊張感が一気に高まるが、なんとか平静を装う。

 演台の前で一礼し、話し始める。最初は緊張のため、読むことに必死であった。徐々に余裕がうまれ、辺りを見渡せるようになってきた。

「(前略)私達はこの学舎で、笑ったり、泣いたり、怒ったりと、光り輝く素晴らしい時を過ごしていきたいです。切磋琢磨し、今、この瞬間よりも心身共に成長できるよう努力し続けていきます」

 と言った時、俺は、あるものを目撃する。それは理沙の肩に金髪頭が寄りかかり眠っている光景だった。

 寝るのはいい。だが、何故あんな金髪クソ野郎が理沙の肩にもたれかかっているのか、理解できない。
 幼なじみの俺ですら、したことも、されたこともないのに……。

 それまで上手いこと動いていた口が、突然動かなくなった。沈黙が続き、周りがザワつき始めたことに気がついた俺は、嫉妬心や憎悪を胸の内にしまうように深呼吸をした。
 そして、用意してきた内容とは別のことを話し始めた。

「……私には、何年も前から手に入れたいものがあります。しかし、それは簡単には手に入らないものです。どんなにお金があっても、勉強ができても決して得られない、この世でたった一つのものです。手を伸ばせば届きそうなのに、失うことを恐れてずっと手を伸ばせずにいます。そんな弱い自分、卑怯な自分を変えたいです。すぐには難しくても少しずつ強くなって、大事なものを包み込める人間になりたいです」

 ちょっと熱くなりすぎた……。うわー、どうしよう。

「……ですから、先生方、並びに諸先輩方のご指導ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます。平成28年4月4日 新入生代表 山井大佑」

 用意した式辞用紙を内ポケットにしまい、ゆっくり一歩下がってから一礼をした。
 その頃には、緊張や憎悪などの気持ちよりも、気恥ずかしいというのが主であった。
 席に戻ると、両隣の話したこともないクラスメイトから小声で称賛された。

「凄くかっこよかったです」
「本当! 特に沈黙のあとの話は、俺の心に響いたわ」
「あっ……、あれね。ありがとう」

 入学式も無事に終わり、俺の挨拶の内容が思った以上に反響を巻き起こした。
 それは体育館から教室へ戻る途中から始まる。まるで謎解きを楽しむかのように女子達が話しだした。

「山井君の挨拶、良かったよね!」
「本当! 手に入れたいものって何かな? 才能とか?」
「あー、確かに! お金があっても勉強ができても手に入らない、この世でたった一つのものだもんね」
「でも『大事なものを包み込める人間になりたい』って言ってたから才能とは違う気が……」

 女子が騒げば騒ぐほど、恥ずかしくなってくる。

 俺が女子達と距離を取るように歩いていると、急に誰かが肩を組んできた。横を見ると、先程まで隣に座っていた男子だった。

「お疲れ、大ちゃん! 俺、森田尚人だよ。これから仲良くしてね」
「おっ、お疲れ。森田くんね、よろしく」
「森田くんなんてやめてよ。尚人で良いから!」
 
 明るい笑顔を見せる彼に圧倒された俺は、引き攣った笑いを見せる。

「ねぇ、あの女子達が騒いでる問題の答えは一体何なの? 俺もずっと気になってたんだよ」
「あれはね……」

 言葉を濁し、ふと窓の外を見ると、渡り廊下を渡る理沙が見えた。俺はつい立ち止まって理沙を目で追った。
 すると、またしてもあの金髪頭が理沙の横に居るのを見つけた。苛立ちを隠せず、つい舌打ちをした。

「チッ、あいつ……」

 その姿を見た尚人が俺の横に来て言った。

「俺も、好きな人を包み込める男になるわ」

 俺はハッとして、尚人の顔を見た。すると彼はニコッと笑って、スキップするように教室へと入って行った。
 教室では、女子だけでなく、男子までもが俺の話題で賑わっていた。

 最悪だ。こんなにも周りに影響を与えてしまうとは思ってなかった。

 そして俺は、これから言動に気をつけよう、と心に決めたのだった。