五組全員の自己紹介が終わり、その後は体育館へと移動して、入学式に臨む。
式の最中、横一列に並べられたパイプ椅子に名前の順で腰掛けていた。
長い長い来賓祝辞で眠気を感じ始めてきた時、左肩に何か重いものがのった。慌てて横を見ると、金髪混じりの相澤くんの頭だった。
えー、ちょっと。何で熟睡してんの? 確かに眠いけど、そんなに堂々と寝なくても……。
なんかすごくいい香りだな。シャンプー? 香水? ホワイトムスクのような感じ。私、これ好きだ……。
重くて迷惑だけど、自分好みの香りを嗅ぐことできて、少し喜びを感じた。そして香りを堪能するかのように、鼻から大きく息を吸った。
全く起きる様子を見せない相澤くんに対し、私はどうしたら良いか分からず困った。考えた結果、少しずつ右にずらすことにした。
しかし、それでも相澤くんは起きない。私は勇気を振り絞って小声で言った。
「……相澤くん、起きて下さい」
「……アイ、まだ寝かせて……」
いやいや「アイ」って誰ですか? まだ寝かせてって式中なんだから居眠りなんてダメでしょ!
ツッコミどころ満載の相澤くんの発言に、私は困惑した。またしばらく考えて、彼の頭を押し戻すことを決意した。私が彼の頭に触れようとした瞬間、彼が目を覚ました。
「ごめん、寝てたわ」
そう言って頭をどかしてくれた。私は彼の方をチラッと見て軽く頭を下げた。
その後も式は厳かな雰囲気で続いた。
司会者が「新入生代表挨拶」と言うと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。ステージ上をよく見ると、そこには大ちゃんが立っていた。
嘘ッ! 挨拶するなんて、一言も聞いてなかったよ。すごいなぁ、大ちゃん。なんだか私とは別世界の人みたい。
堂々と話す彼を見て、改めてかっこいいと思った。それと同時に彼との距離を感じ、切ない気持ちにもなった。
私がうつむいていると、右横から声が聞こえてきた。
「ごめん、やっぱまた肩貸して。昨日ほとんど寝てないから限界だ」
「えっ? やだ……」
「大丈夫、俺、よだれは垂らさないから」
「いや、そういうことじゃなくて!」
相澤くんの要望を断ったが、強引に頭をのせて、また眠ってしまった。式中に体を動かしたり、大きい声をあげるわけにもいかず、結局退場するまで私の肩には彼の頭がなっていた。
そのせいで、大ちゃんの話の内容が全く入ってこなかった。でも、切ない気持ちでいっぱいにならなかったのは、幸いだったかも……と思った。
体育館から教室までの移動中、私は相澤くんと話した。彼はピタッと私の隣を歩く。私が少し距離をとろうと離れると、今度はもっと近づいてきた。
「ちょっと近いんですけど。そして式の際中、ほとんど寝てましたね」
「本当、ごめんね。昨日バイトでほとんど寝てなかったからさ」
「もうバイトしてるんですか⁉︎ すごいなぁ。寝れなくて眠いのは分かりました。だからと言って、私の肩を枕にしなくたっていいじゃないですか」
「母さんの仕事を手伝ってるだけだよ。理沙ちゃんの肩枕が気持ち良すぎて、ついね!」
「……お母さんの手伝いをするタイプには見えないので、正直驚いてます。でもそれ以上に、私の名前を覚えてくれていることにビックリです」
目を丸くして彼を見つめた。彼はニッコリ笑う。左目尻の近くにほくろが一つ、笑うとえくぼが両頬にできる。初対面なのに、何故だか懐かしい感じがした。
「わりと親孝行なんだよね。好感度上がった? 俺、女の子の名前を覚えるのは得意なんだ。あー、これ特技として自己紹介で言っておけば良かったかな⁉︎」
「人は見かけじゃないと、改めて感じました。要は女たらしってことですね」
「理沙ちゃん、サラッと酷いこと言うね。俺は女たらしじゃない。女の子を愛し、女の子から愛される男なんだよ」
「はぁ……」
「おい、反応乏しいぞ!」
「すみません、なんと言っていいか分からなくて……」
そして私は、相澤くんには極力関わらないようにしよう、と心に決めたのだった。