俺は教室に入り、自分の席についてからずっと理沙のことを考えていた。周りの声も耳に入ってこないほど集中して自問自答を繰り返していた。
理沙と別れてから、まだ数分しか経っていないのに不安でしょうがない。彼女は引っ込み思案で、初対面の人に意思表示するのが苦手だ。
ちゃんとクラスに馴染めるだろうか? 友達はできるだろうか? 悪い虫がつかないだろうか? 優しいから嫌われることはないだろう。何しても可愛いからなぁ、虫は寄ってくるだろうな。早めに虫除けを身につけさせないと。あー、理沙の周りの男、皆消えてくれないかな。
俺って、こんなにも心配性で腹黒かったかな? 誰かを好きになると性格まで変わるんだろうな。
もうここまでくると、娘を思う父親になった気分だ。お嫁に行く時は、さぞかし淋しい気持ちでいっぱいになるんだろうな。俺、きっと生きていけないわ……。
頭を抱えていると、誰かが俺に話しかけてきた。
「ねぇ、山井君……だよね⁉︎ 私のこと覚えてるかな?」
顔を見上げ、声の主をよく見るが、誰だか分からなかった。相手は俺のこと知ってるみたいだし、どこかでも会ったことあるんだろうな。
「ごめん、どこかで会ったかな?」
「やっぱり分かんないか。山井君、昔から理沙ちゃんのことしか見てなかったもんね」
「えっ、いきなり何⁉︎」
俺は驚きを隠せなかった。理沙のことが好きだなんて誰にも言ったことがないのに……。
何で知ってるんだ? この女子は一体何者?
「アハハ! 大丈夫だよ。山井君が理沙ちゃんに片思いしてたことを知ってるのは、たぶん私だけだから」
「……そっか。それで、君は一体誰?」
「ヒントは一時、理沙ちゃんのすぐそばに居たよ」
「一時っていつ?」
「小学生の頃」
「えー、全然分かんないよ」
俺は、彼女の顔をまじまじと見た。
「やだ、そんなに見られたら恥ずかしいんだけど」
照れる彼女など気にも留めず、俺は顎に手を当て、眉間にシワを寄せて必死に考えた。その結果、一人の女子の名前を思い出した。
「もしかして……、遠野?」
「正解!」
彼女は満足そうな顔を見せた。そして俺の前の席に腰掛け、俺の方を振り向くようにして話し出した。
「よく分かったね。すごいじゃん」
「理沙しか見てなかったなんて言われたら、絶対当ててやろうと思って」
「山井君って、意外と負けず嫌い?」
「……かもね」
彼女が誰なのか当てられて、実はすごくホッとした。俺を見つめながら、彼女が話を続ける。
「それにしても、こんな所で会えるなんてビックリだよ。これって運命の再会かな⁉︎」
「確かに、すごい偶然だよな。後で理沙にも知らせないと」
「そういえば、理沙ちゃんは何してるの?」
「えっ、ここの五組に居るよ」
「そうなの⁉︎ なるほど、そういうことか。理沙ちゃんがここに入学するから、山井君もここを選んだんでしょ?」
遠野は何でこんなに察しがいいんだ? まるで俺の気持ちを読み取っているみたいに核心を突いてくる。
「いや、そういう訳じゃ……」
「そんなの絶対に嘘! だって山井君、頭良かったじゃん。難関高に行けるはずなのに、ここに居るってことは、理沙ちゃんの為としか思えない」
「別に理沙の為じゃない。自分の為だよ」
俺は遠野から目を逸らし、呟くように言った。
「ふ〜ん、私には無理して自分に言い聞かせてるように思えるけど。私だったら、彼氏には自分よりいい学校で勉強してほしいって思うけどな。理沙ちゃんは、そうじゃないのかな」
「理沙は何も知らない。俺が勝手にしたことだから、遠野に何か言われる筋合いもない」
俺が冷たくあしらうと、遠野は一瞬悲しそうな表情を見せた。
「キツいこと言ってごめん」
「大丈夫。もうすぐ先生が来ると思うから、席に戻るね」
彼女はそう言うと、足早に席へと戻っていった。彼女の後ろ姿を見ながら、ため息をついた。
俺は理沙と一緒に居たくて同じ高校を選んだけど、これで良かったのか? 今更そんなこと考えても遅いけど……。
あれこれ考えているうちに時間は流れ、気がついたら入学式に臨もうとしていた。