あの二人、今も一緒に居るのかな? 用事があるって……、そういうことだったのか。
 彼氏でもなんでもない部外者が、そんな詮索ばかりして気持ち悪い。理沙が好きなのは、俺じゃない。

 家に帰って部屋に閉じこもり、机に向かった。そして俺達の相関図を書き始めた。

「俺は理沙が好きで、あいつと、たぶん佐藤くんも……。ここが両思いだから……。どう考えてもやっぱり、俺は部外者だ」

 勉強会の時に、あいつと遠野が妙に仲良かったから、理沙のことを諦めたんだ、と油断した。
 いや、違う……。アピールする時間も告白するチャンスも十分あった。俺自身が全部無駄にしたんだ。もう諦めなきゃダメなのか……。

 ディスプレイケースの中で淋しそうにしているテディベアストラップに話しかける。

「お前も独りで淋しいか。お前の好きな子はは今頃、何してるんだろうな。俺の好きな子は……、後から突然出てきた男に拐われてったよ。俺の方が五年も前から傍に居たのに……。情けない話だよな」

 うつむいて、ただ笑うしかなかった。

「本当、情けない」

 ……えっ!  今、ストラップが喋った⁉︎ いや、ただのストラップだぞ。喋るわけないだろ。

 驚いて立ち上がり、ディスプレイケースをジッと見つめる。すると、聞き覚えのある笑い声が聞こえた。

「舞花! 驚かすなよ」
「プッハハ、だってお兄ちゃんストラップに話しかけてるんだもん! 失恋のショックで頭おかしくなったのかと思ったよ」
「失恋してないし、頭もおかしくなってない。それより、勝手に人の部屋入って来んなよ」
「ノックしたけど、気づかずに机に向かってたんだよ。勉強してるのかと思ったら、ブツブツ言いながら相関図書いてるんだもん。面白いから隠れて聞いてた」
「今すぐ消えたいぐらい、恥ずかしい……」

 俺は思わず両手で顔を隠した。舞花は怒ったような口調で話し始める。

「恥ずかしいのはこっちだよ。お兄ちゃん、そこに正座して!」

 何故か俺は床に正座させられ、中学の制服を着た妹は、俺のベッドにドカッと座って偉そうに脚を組むのだった。

「お兄ちゃん、理沙ちゃん奪われたって本当なの⁉︎」
「……」

 何も言わずに頷く。

「はぁ……、情けない。優しいフリして、本当は告白する勇気がない。理沙ちゃんが可哀想だよ」

「……何で理沙が可哀想なんだよ?」
「もしかして全然気がついてないの? ずーっと前から『好き』って雰囲気出してたじゃん!」
「嘘⁉︎ 全然気づかなかった……」
「お兄ちゃん、今まで理沙ちゃんのどこ見てたわけ?」

 何も答えられなかった。舞花は話を続ける。

「記憶な失くしてからも、少しずつお兄ちゃんのことが好きになってたと思うよ。『優しいところが好き』って、前に言ってた。お兄ちゃんの取り柄って、勉強できるのと、優しいぐらいしかないじゃん」
「慰めてくれてるのか? それとも(けな)しているのか?」
「そんなのどっちでも良い。大切なのは二人の気持ちでしょ! 二人が恋人になってくれるのを、私はずっと待ってるのに……。もう待ちくたびれちゃったよ。私が何とかするから」

 そう言って舞花は立ち上がった。

 具体的に何をするのだろう? 理沙が俺を好きなんて……、そんなの冗談だろ? だって相澤を見つめてる時、顔赤かった。俺との会話の時は、うつむいてることが多いし、楽しくなさそうだし。

「今すぐ、理沙ちゃんの好きなお菓子とジュース買ってきて!」
「えっ、何で?」
「これからお邪魔するからだよ」

 そう言ってスマホを取り出すと、ニヤニヤしながら理沙に電話をかけ始めた。

「もしもし、理沙ちゃん。元気そうで良かった! そのことなら全然大丈夫だよ。ねぇ、これから時間ある? 久々に理沙ちゃん家でお喋りしたいと思って。やったー! じゃあ、準備して向かうね」

「これでよし! 何ボーッとしてるの? 早くお菓子とジュース買って行くよ」

 舞花の行動力の凄さに、呆気に取られた。そして彼女は俺を急かすように言うのだった。

 理沙は甘いものが大好き。中でもチョコレートとミルクティーが好物なんだ。俺は甘いものはあんまり……。苦いチョコレートの方が美味しいと思うし、ブラックコーヒーの方が好きだ。でも理沙が喜ぶなら、彼女の好みにいくらだって合わせる!

 コンビニで理沙のことを考えながら商品を選んでいたら、自分でも気づかぬうちに笑顔になっていたようだ。それを見た舞花が鋭いツッコミをいれてくる。

「うわ、気持ち悪い。何ニヤニヤしてるの? 理沙ちゃんつかって、変な妄想するのやめてくれる⁉︎」
「別に変な妄想なんかしてないよ!」

 妹は何故こんなにも兄に冷たいのだろうか? 本当は、理沙と姉妹の方が良かったのではないか? と、時々思う。

 近くのコンビニで買い物を済ませた俺達は、理沙の家へと向かった。そして緊張しながらインターホンを鳴らす。

「理沙ちゃん、階段から落ちないかな?」

 心配そうに言う舞花に、俺は笑いながら言った。

「ハハハ、大丈夫だよ! 理沙は臆病だから。一回失敗したことにはかなり慎重になるタイプだし。今回はゆっくり降りてくるよ」
「……確かにゆっくりだね。そんなに理沙ちゃんのことを分かるのに、何で乙女の気持ちは分からないのかなぁ?」
「俺が乙女じゃないからだろ……」

 門扉の前で話していると、玄関のドアが開いた。舞花を見てニコッと笑みを見せるが、俺と目が合うと笑顔が消えて困った表情を見せた。

 俺が来たら迷惑だったかな……。

「いきなりで、ごめんね。お兄ちゃんが、どうしても理沙ちゃんに会いたいって言うから!」
「はぁ? 言ってないけど……、イタッ!」

 なぜか舞花に、二の腕をつままれた。そして小声で舞花が言う。
 
「理沙ちゃんを逃したくないなら、私に話を合わせてよ」

 理沙の顔を見ると、なんだか悲しそうな顔をしていた。それを見た俺は、咄嗟に舞花の話に合わせるように言った。

「そう! 本当はどうしても会いたくて来たんだ……。迷惑かな?」

 素直な気持ちを彼女に伝えた。彼女は最初泣きそうな顔をしていたが、笑顔で答えた。

「迷惑なんて、そんな……。来てくれてすごく嬉しいです」

 俺に笑いかける彼女を、久々に見たような気がした。好きな人が笑ってくれることが、こんなにも嬉しいものなんだと、改めて感じた。

 それから理沙の部屋に行き、三人でお菓子パーティーが始まった。好物のチョコレートとミルクティーを目にした理沙が、鼻息を荒くする。

「うわぁ! 私、このチョコとミルクティー大好きなの。ありがとう、嬉しい!」

 喜びながらペットボトルを抱きしめる彼女を見た舞花がニコニコしながら言う。

「理沙ちゃんに喜んでもらえて嬉しい! それ、実はお兄ちゃんが選んでくれたんだよ。さすがお兄ちゃん! 伊達に五年片思いしてないね」
「おい……!」

 悪びれる様子もなく笑う舞花と。顔を真っ赤にしてうつむく理沙。その姿を見て、俺は全身が熱くなった。

 それからしばらくは、舞花がリードしてくれたお陰で会話が弾んでいた。
 がしかし、舞花はここで思わぬ行動をとった。急にスマホを取り出し、画面を見ながら言う。

「あっ、たくちゃんからだ! 『今すぐ会いたい』だって。私、行かなきゃ」

 そして、荷物をまとめてスッと立ち上がった。俺も理沙も驚いて、舞花を見上げた。

「えっ、舞ちゃん帰っちゃうの?」
「うん、ごめん。お兄ちゃん置いて行くから、よろしくね!」
「……えっ、たくちゃんって誰だよ⁉︎」
「ウフッ。まだ言ってなかったけど、最近できた彼氏。内緒だよ!」

 珍しく恥ずかしそうに話す舞花を見て、俺と理沙は口を揃えて言う。

「彼氏⁉︎」

 ハモる俺達を見た舞花が、笑いながら部屋を出ようとする。ドアノブを握り、振り返り際にニコッと笑って言うのだった。

「二人でごゆっくり!」

 きっと、彼氏ができたというのは嘘だ。理沙に見透かされてないかな?

 理沙を見ると、両頬に手を当てて緊張している様子だった。

「行っちゃったね……」
「行っちゃいましたね……」

 二人で見つめ合い、恥ずかしくてうつむく。

 どうしよう。舞花が居ないんじゃこんな感じで会話が続かない……。でも、ここで帰ったら舞花が作ってくれたチャンスが無駄になるし……。

 俺が立ったまま悩んでいると、彼女はゆっくり座り上目遣いで言った。

「私の好きな物、覚えててくれてありがとう。山井くんは、ブラックコーヒーが好きなんですか?」
「うん……。甘いのは、あんまり好きじゃなくて」
「そうだったの⁉︎ 聞いといて良かったです」

 それってどういうことだろう?

 疑問を抱く俺を見て、彼女は今日の出来事を話し始めた。

「実は今日ね、相澤くん一緒にして山井くん達にお礼のお菓子を買いに行く約束してたんです。結局、買いそこねちゃったんですけどね」
「お礼?」
「はい、この前の勉強会のお礼ということで!」
「そうだったんだ……」

 俺はホッとした。てっきり、あいつとデートに行ったのかと思ってたから……。

「じゃあさ……」
「……何ですか?」
「理沙の手作りクッキーが食べたいな……」
「えっ⁉︎ 私のクッキーなんかより、お店のクッキーの方が美味しいですよ」

 彼女は苦笑しながら首を振る。俺は真剣な表情で続ける。

「前に作ってくれたクッキー、理沙は忘れちゃったかも知れないけど……。俺にとっては忘れられないんだ。だからさ、また作ってくれないかな?」
「……うん」

 二人は頬を赤らめ、はにかみながら見つめ合うのだった。