テスト二日目の朝、私は相澤くんに突然告白された。
 しかも瑠美ちゃんからは、付き合い始めたと誤解されたかも知れない……。
 山井くんに恋していると、ようやく気付かされたのに……。
 そんな時、凛ちゃんが急用で一緒に出かけられなくなってしまい、急遽、相澤くんと二人で出かけることになった。
 なんという非常事態だ。

 そう思っていると、相澤くんはそれを察したのか、何事も無かったかのように、いつも通り接してくれた。そのお陰で、私も普段と同じように話すことができた。

「ねぇ、理沙ちゃん。犬と猫、どっちが好き?」
「どっちも好きなんだけど……、どちらかと言ったら、犬かな」
「良かった! 一緒に行きたい所があるんだけど、良いかな?」

 そう言われて彼の行きつけの店について行くと、そこはお洒落な雰囲気のカフェだった。
そこは木々に囲まれ、大型犬も走れるほど広いドッグランが併設されていた。現実を忘れるぐらい素敵な場所で、私は興奮した。

「すごいよ、相澤くん! こんな素敵なお店があるなんて知らなかった」
「いいお店でしょ! スタッフさんも皆いい人だし、料理も美味しいんだよ」
「結構来るよ! アイが喜ぶからね」
「アイさん、わんこ好きなんだ」
「ハハハ、アイが俺の好きな人って、いつまで思ってるの? 言ったじゃん、俺が好きなのは理沙ちゃんだよ!」

 私は、彼のあまりにもストレートな言葉に、嬉しさと恥ずかしさを隠しきれなかった。

 うー、顔が熱い。きっと頬っぺた赤くなってるよ。恥ずかしい……。

 私は顔を隠すようにうつむいて、黙り込んだ。

「照れてる。理沙ちゃんの、そういうところも可愛い。」
「からかわないで……」
「からかってないよ、本当にそう思ったから素直に伝えただけ。……ちなみにアイは、うちのミニチュアダックスのことだか、本当に誤解しないで」

 彼は笑ってそう言う。

 「アイさん」って人じゃなくて、わんちゃんだっだのか! ようやく謎が解けました。

 彼は、私の手を優しく握り、店内へと進んで行く。
 店は大きなログハウスで、店内は天井が高く、大きい窓が開放的だ。店内とテラスにいくつかの席があり、一つ一つの席が離れていてゆったりできそうな雰囲気。テラス席は木陰となっていて、わんこだけでなく、飼い主もリラックスできる空間が広がっていた。

 店内はお客さんで賑やかで、スタッフさんも明るく出迎えてくれた。私達は窓際の席に案内されて、ドッグランで走り回るわんこ達を見ながら昼食をとった。

 料理も美味しい! 見た目もお洒落で、お店の雰囲気も好き。こんな素敵な所に来られて良かったぁ。

 そう思いながら景色を眺めていると、相澤くんが優しい声で言う。

「その幸せそうな顔が一番好き」
「はっ、恥ずかしいからやめてよ」

 私は、両手で顔を隠した。それを見て相澤くんが笑う。

 そこへ、チワワを抱っこした若い女性と、トイプードルを連れた女性が話しかけて来た。

「すみません、モデルの翔くんですよね? 私、すごいファンなんです。一緒に写真撮ってもらえませんか?」

 こんな所にも相澤くんのファンは出没するんだ。写真、私が撮ってあげた方が良いよね? あっ、でも事務所的に良いのかな?

 お店のスタッフが手慣れた様子でお客さんと相澤くんの写真撮影を行う。

 なんだ、私の出る幕なしだった……。

 あまりの円滑さに驚いていると、他のお客さんも相澤くんに寄ってきた。
 しばらく笑顔でファンサービスの時間か。
 居心地が悪くなった私は、逃げ出すようにテラス席に出た。景色を眺めながら山井くんのことを考えた。

 本当にステキな所だなぁ。山井くんにも見せてあげたい。私、いつの間にか山井くんのこと好きになってたんだ……。どうしたらこの気持ち、上手く彼に伝えられるかな?

 悶々としていると、相澤くんは少し疲れたように言った。

「理沙ちゃん、もう帰ろうか」

 私は頷いて、相澤くんの後に続いた。

「どこにでもファンが居るんだね。さすが人気モデル」
「あそこはプライベートでもよく行く店だし、雑誌の撮影でも使ったりしたからね」
「学校に居る相澤くんしか知らないから、プライベートとかモデルの相澤くんを知れて良かった。ありがとう」
「……理沙ちゃん。もう少し時間ある?」
「うん、まだ全然大丈夫だよ」
「もう一箇所、行きたい所があるんだ」

 そう言うと、彼は少し緊張した面持ちで歩き始めた。途中、バスと電車を乗り継いで移動すること三十分。大きなビルの前で立ち止まり、深呼吸をした。

「ここは?」

 私が問いかけると、相澤くんが真顔で答える。

「俺の所属する事務所だよ」
「えっ、何で……?」
「モデルとしての俺が働く場所を一度見てほしかったから連れてきた」

 彼はニコッと笑い、私の手を引いてビルに入った。
 ビルの中には、同じ人間とは思えない程、スタイルのいい美男美女が、普通に歩いていた。皆、すれ違う度に相澤くんに挨拶や会釈をする。

 あちこち見ながら相澤くんの後ろを歩いていると、彼の背中にぶつかった。

「ごめん、よそ見してて……」

 私が相澤くんを見ると、彼は一点を見つめて固まっている。私は彼の見つめる方を見ると、これまでのモデルの方々とは別格のオーラを放つ女性が居た。その方は凛とした歩きで、こちらに向かってくる。隣にはスーツ姿の男性が手帳を持って歩いている。

 相澤くんはまた歩き始め、その方々に会釈をして通り過ぎた。
 その時、女性が声をかけてきた。私達は振り返り、女性の背中を見つめる。

「翔。あとで部屋に来なさい」
「何で? 忙しいんだけど」
「大事な話があるのよ」

 そう言って、その女性達は立ち去って行った。スーツの男性が私達に一礼して女性を追いかける。何だか少し冷たい雰囲気を感じた。

「悪魔みたいな人だろ?」
「ちょっと冷たい雰囲気で、怖かった……」
「プッハハ、そんなこと俺の前以外で言わない方が良いよ。ここに居る人達の大半は、あの人の言いなりだから」

 彼は笑ってそう言いながら、私の口元に人差し指を当てた。さっきまでの緊張した表情はなくなり、いつもの相澤くんに戻っていた。

 それから撮影スタジオを見学させてもらって、他のモデルさんが撮影してるところも見させてもらった。

「すごいね。かっこいい。相澤くんもこうやって撮影してるんだ!」

 私はついはしゃいでしまった。
 彼は子供を見守る父親のような目で私を見た。その視線に気がついた私は、笑って誤魔化した。

「そろそろ帰ろうか。送るよ」
「さっきの人の所に行かなくて良いの?」
「あー、大丈夫。どうせまた会うから」

 私は何のことだかさっぱり分からなかったが、彼に促されるまま事務所を後にした。

 そして相澤くんは自宅まで送ってくれた。門扉(もんぴ)を開けて入ろうとした時、彼が言った。

「理沙ちゃん、あのさ……。いや、また明日!」
「えー、すごい気になる! 何言いかけたの?」
「いや、今日は楽しかったよ!って話」

 彼は苦笑いしながら頭をかいた。私はジッと彼を見つめたまま考えた。

 なんか嘘っぽい。本当は何て言いたかったのかな?

 そのまましばらく二人で無言のまま見つめ合った。

「……今日は、ありがとう。私も楽しかった!」

 笑いかけると、彼は微笑みながら私の髪を手ぐしでとかすように撫でた。恥ずかしさと、山井くんの悲しそうな顔が一瞬脳裏に浮かび、一歩後ろに下がった。

 彼は切なそうな顔で笑って、手を下ろした。そして「またね」と言って、帰って行った。

 彼の後ろ姿を見つめ、いつもよりドキドキしている胸に手を当てて「落ち着け」と念じた。

 あっ……、肝心のお菓子買うの忘れてた! これじゃあ、本当にデートしただけだ……。

 照れくさいのと、自分の鈍臭さにガッカリしている時、突然スマホが鳴った。見ると、それは舞ちゃんからだった。

「もしもし、舞ちゃん。この前はお出かけする約束、守れなくてごめんね。このお詫びはいつか必ずするから。えっ、今日これから? ううん、特に予定ないから大丈夫だよ。うん、待ってるね!」

 今日、これから舞ちゃんが家に遊びに来ることになった。来る前に少し部屋の片付けをしないと!

 急いで片付けをして待っていると、インターホンが鳴った。今度は焦らずゆっくり階段を降りる。玄関のドアを開けると、舞ちゃんと山井くんの姿もあった。

 山井くん……。どうしよう。

 鼓動が急激に速くなり、頭が真っ白になった。

「いきなり来てごめんね。お兄ちゃんがどうしても理沙ちゃんに会いたいって言うから!」
「はぁ? 言ってないけど」

 そうか、山井くんは来たかったわけじゃないんだ。舞ちゃんが私に気遣って、連れて来てくれたんだ。

 少し切なくなった。すると彼が急に頭をかきながら話し始めた。

「そう! 本当はどうしても会いたくて来たんだ……。迷惑かな?」

 嘘……。そんな風に思ってくれてたなんて嬉しい。

「迷惑なんて、そんな……。来てくれてすごく嬉しいです」

 思わず笑みが溢れた。それから私の部屋に行き、お菓子を広げた。私の好物のチョコレートとミルクティーがあることに気がつき、嬉しくなった。

「うわぁ! 私、このチョコとミルクティー大好きなの。ありがとう、嬉しい!」

 私はミルクティーのボトルをギュッと抱きしめた。

 きっと舞ちゃんが、私の好きな物を選んで買ってきてくれたんだろうな。

 すると、舞ちゃんがニコニコしながら話し始めた。

「理沙ちゃんに喜んでもらえて嬉しい! それ、実はお兄ちゃんが選んでくれたんだよ。さすがお兄ちゃん! 伊達に五年片思いしてないね」
「おい……!」

 山井くんが私の好きな物を選んでくれたんだ。
 五年片思いって……、現在進行形の話なのかな? だとしたら嬉しい。

 胸がドキドキして、顔が熱くなってくるのが分かった。好き……。私、山井くんに恋してる。

 それからしばらくは、舞ちゃんが場を盛り上げてくれた。私だけでは、きっとこんなに話せなかったと思う。
 安心しきっていたその時、舞ちゃんが急にスマホを取り出し、画面を見ながら言った。

「あっ、たくちゃんからだ! 『今すぐ会いたい』だって。私、行かなきゃ」

 そして、荷物をまとめて立ち上がる舞ちゃんを、私は目丸くして見上げた。

「えっ、舞ちゃん帰っちゃうの?」
「うん、ごめん。お兄ちゃん置いて行くから、よろしくね!」
「……えっ、たくちゃんって誰だよ⁉︎」
「ウフッ。まだ言ってなかったけど、最近できた彼氏。内緒だよ!」

 珍しく恥ずかしそうに話す舞ちゃんを見て、私と山井くんは口を揃えて言う。

「彼氏⁉︎」

 舞ちゃんは笑いながらドアノブを握り、振り返り際にニコッと微笑んで言うのだった。

「二人でごゆっくり!」

 彼氏が居るなんて聞いてなかった……。それより舞ちゃん……、私を置いて行かないで。舞ちゃんが居なくなったら、私、上手く話せないよ。

 私は熱くなった両頬に手を当てて、早く熱よひいてくれ、と祈った。

「行っちゃったね……」

 彼が私を見つめて困ったように言う。私も彼を見つめて答えた。

「行っちゃいましたね……」

 二人で見つめ合い、恥ずかしくてうつむいた。

 落ち着かないと。とりあえず座って何か話題を……。

「私の好きな物、覚えててくれてありがとう。山井くんは、ブラックコーヒーが好きなんですか?」
 
 そう聞くと、彼は苦笑いしながら答えた。

「うん……。甘いのは、あんまり好きじゃなくて」
「そうだったの⁉︎ 聞いといて良かったです」

 私は今日の出来事を彼に話し始めた。

「実は今日ね、相澤くん一緒に山井くん達にお礼のお菓子を買いに行く約束してたんです。結局、買いそこねちゃったんですけどね」
「お礼?」
「はい、この前の勉強会のお礼ということで!」
「そうだったんだ……」

 山井くんが何だがホッとした表情をする。

「じゃあさ……」
「……何ですか?」
「理沙の手作りクッキーが食べたいな……」
「えっ⁉︎ 私のクッキーなんかより、お店のクッキーの方が美味しいですよ」

 私は苦笑しながら首を振る。彼は真剣な表情のまま続ける。

「前に作ってくれたクッキー、理沙は忘れちゃったかも知れないけど……。俺にとっては忘れられないんだ。だからさ、また作ってくれないかな?」
「……うん」

 二人は頬を赤らめ、はにかみながら見つめ合うのだった。