私はこの頃、山井くんの顔を見ると顔が熱くなってしまう。
だから以前のように彼の顔をジッと見られなくなった。
そして今日は、昨晩泣いたこともあって目が腫れぼったい。こんな顔、見られたくないなぁ。
今日も待っていてくれてるのかな?
いつもの時間、いつもの公園には変わらず彼が居る。彼は笑顔で挨拶をしてくれた。
「おはよう」
私はうつむき、あまり顔が見えないように挨拶をした。
「おっ、おはようございます」
少し沈黙が続く。
やっぱり感じ悪かったかなぁ……。
そう思っていると、彼が気を遣って話題を提供してくれた。
「……今日でテストも終わるね。そしたら次は体育祭だ。お互い忙しくなりそうだね」
「そうですね……」
私はうつむいたまま、答える。
「テスト、緊張してる?」
「えっ……、はい」
私の反応が悪いから心配してくれてるのかな? どうしよう……。山井くんと居るのが嬉しいのに辛い。
校舎にだんだん近づいてきた時、相澤くんらしき人が見えた。私は確かめるように彼を凝視した。
あれ、相澤くんっぽいなぁ。助かった。早く相澤くんのところに行って話を聞いてもらおう!
「ごめん、山井くん。私、先に行くね」
私はそう言って相澤くんの元まで走った。
「相澤くん、おはよう」
「おぉ、おはよう! どうした⁉︎ 顔真っ赤だよ」
「そのことでちょっと話を聞いてほしくて……」
私は教室まで相澤くんと歩きながら、ここ最近のことを話した。
「……ふーん。つまり、緊張して大ちゃんの顔が見られなくなったり、大ちゃんのちょっとした言動で嬉しくなったり悲しくなったりするんだ」
「そうなんです! 私はどうしたら良いのかな?」
「理沙ちゃんさ、今まで恋したことないの?」
「恋? 記憶する限りではないかな……。これが恋ってものなの?」
相澤くんは呆れたように笑って見せた。そして語り始めた。
「好きになったらさぁ、会いたくて会いたくて、でも会うと何を話して良いか分からなくなるもんなんだよ。好きになってほしくて優しくしたり、相手が好きそうな話してみたりもする。相手が笑ってくれれば嬉しいし、悲しそうな顔してたり、冷たくされたら切なくなるんだよ。偉そうに言ってるけど、最近になってようやく分かってきたんだ」
女子が大好きな相澤くんから、そんな真剣な台詞が聞けると思ってなかった……。
「すごい、相澤くんからそんな真面目なこと言われると思ってなかったから驚いた。もしかし、相澤くんも好きな人いるの?」
「一体、俺のことどんな人間だと思ってんだか。好きな人……いるよ」
私は入学式に彼が言ってた寝言のことを思い出した。
「それって、アイさんって方ですか?」
「えっ、何でアイのこと知ってるの⁉︎」
「入学式の時に寝言で『アイ、まだ寝かせて』って言ってたから……」
「うわ、恥ずかしい……。今度アイに会いたい?」
「いや、いいです。会いたくないです」
「そんなこと言わずに、特別に会わせてあげるよ」
下駄箱で私達が話していると、ある人の声が聞こえてきた。
「朝から人前で、そんなにイチャイチャするもんじゃないよ」
声の主を見て、私が否定する。
「瑠美ちゃん! 違う、誤解だよ。イチャイチャなんてしてない! ねぇ、相澤くん」
「えー、俺はイチャイチャしてると思ってたけど!」
「違うでしょ! 今まで好きな人の話してたでしょ」
私は必死に話すが、相澤くんも瑠美ちゃんも聞き流しているのが見て分かる。瑠美ちゃんが淡々と言う。
「理沙ちゃんと相澤くん、お似合いだと思う! お祝いするよ」
「いや、瑠美ちゃん、だから違うんだって……」
私は泣きそうにな顔で訴えるが、能天気な相澤くんはニコニコしながら、私の言葉をもみ消すように言うのだった。
「ありがとう! 俺ら幸せになるね」
それを聞いた瑠美ちゃんは、足早に一組へと向かって行った。私は眉間に皺を寄せて彼を睨みつけた。それを見た相澤くんは、苦笑しながら謝罪する。
「理沙ちゃんごめんね、冗談だって!」
「全然、冗談に聞こえなかったです。絶対、瑠美ちゃんに誤解されちゃったよ」
「……そんなに俺じゃ嫌? 誤解されたら困る? 大ちゃんだったら、そんなに怒ったりしないでしょ?」
相澤くんが突然、真剣な表情で話し始めた。私は困惑して何も言えずに立ち尽くした。
「ごめん、そんなこと言われても困るよね。でもこれだけは言わせて……」
困ったような、泣きたそうな顔をする彼が、そう言って私の耳元に顔を近づけるように屈む。
そして私にだけしか聞こえないような小さな声で言うのだった。
「俺、理沙ちゃんが好きだ」
耳と顔が一気に熱くなった。きっと傍から見たら、真っ赤になっていたと思う。
そう言って、いつもより優しい微笑みを見せる相澤くん。私が困ったようにうつむくと、彼は優しい声で言った。
「今は大ちゃんのこと、好きなままで良いよ。少しずつ俺のこと好きにさせるから。だから俺にチャンスをちょうだい」
私は何も言わず、ただ小さく頷いた。すると彼は、笑顔で「ありがとう」とお礼を言って、私の頭を撫でた。
カシャッ
カメラのシャッター音が聞こえた方を見ると「写真部」と書かれた腕章を身につける二人の女の子が居た。彼女達は、カメラを覗き込み、撮った写真を見返しながら言った。
「青春って感じで、すごくいい」
「ステキな写真をありがとうございます」
彼女達はそう言って、サッと立ち去って行った。突然の出来事に驚いた私達は、何も出来ず立ち尽くしたままだった。
その時は、この写真が大きな反響をもたらすとは思いもしなかった。
「もう行かないと、テストに遅れちゃうよね」
「……! 昨日から色々ありすぎて、テストのこと忘れてた」
「マジで? さすがの俺でも忘れてなかったけど」
彼は、またいつものように明るい笑顔を見せた。そして私達は、教室へと向かった。
あれこれあって、頭の整理ができないままテストに臨むことになる。案の定、散々な出来だった。
昼、約束のお出かけの時間がついにきた。
「ごめん!」
凛ちゃんが顔の前で両手を合わせて謝る。どうやら急に用事ができたようだ。
そのため、私と相澤くんだけで出かけることとなったのだった。