今日は、初めて皆で勉強会をする日。相澤に言われた通りの時間に、待ち合わせ場所に向かうと、既に佐藤くんと凛ちゃんが待っていた。

「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いや、私と佐藤くんも今来たところだよ。それより相澤くんが来る気配ないね」
「あれ? 寝坊かなぁ?」

 辺りを見渡しながら話していると、何故か山井くんが現れた。彼は、私達を見て驚き、そして何かを悟ったような表情を見せた。その後すぐに相澤くんが現れ、説明してくれた。

 ということで、中間テストまでの間、私達は山井くんに勉強を教わることとなった。丁寧に教えてくれるのだが、私の脳みそが空っぽ過ぎてチンプンカンプンだった。それでも、彼の貴重な時間を無駄にしてはいけないと思い、頑張った。

 すると、相澤くんが集中力を切らしたように話し始めた。

「大ちゃんだけじゃ、俺、やる気にならないわぁ。一組に勉強できる可愛い子、居ないの?」
「は? 俺だけで満足しろよ。だいたい、女子なんか連れてきたら、お前、絶対勉強どころじゃないだろ!」
「俺、やればできる子だから。マジで褒められて伸びるタイプなんだって。優しい子連れてきてよ」

 懇願する相澤くんを見て、彼らしいと思った。そして山井くんは、リクエストに応えるように一組の友達を二人も連れて来てくれた。一人は、相澤くんのように明るくてノリのいい森田くん。
 
 そしてもう一人は、小学生の時に同じクラスだった瑠美ちゃん。
 それまで同じ学校に知り合いがいることを知らなかったから、すごく驚いた。
 勉強よりも昔話に花を咲かせてしまった。

 瑠美ちゃんと凛ちゃんの間には、斥力(せきりょく)があるようで、馬が合わない。
二人っきりだと微妙な雰囲気になるから、気を配ろうと思ったけど……。そんな配慮など必要ないぐらい、森田くんが凛ちゃんを追いかけ回している。

 確か凛ちゃん、森田くんみたいなタイプが嫌いだったなぁ。冷たくされてもめげずに頑張る森田くんを見てると、応援したくなっちゃう。だから私は、密かに森田くんを応援することにした。

 勉強会の参加は、強制的なものじゃなくて、自由な感じだったから、気負いせずに自分のペースで勉強ができて楽しかった。

 勉強だけじゃなく、凛ちゃんと森田くんの恋の行方がどうなるのかも気になっていたし。
 それに、山井くんと同じ時間を過ごせるのが嬉しかった。
 
 私が一番ドキドキしたのは、テスト直前に総まとめを行ったあの日だろう……。
 その日、相澤くんは雑誌の撮影があり、佐藤くんは部活、凛ちゃんはバイトだった。
 私は机の上に鞄を残し、トイレへと向かった。トイレから戻ると、西日が差し込む静まり返った教室に、山井くんだけが居た。
 彼は私の席に座って、頬杖をつきながら窓の外を眺めている。私は、しばらく彼を見ていたくなった。彼は、窓の外から私の鞄へと視線をずらすと、つけてあったストラップを人差し指で軽く触れて優しく微笑んだ。

 彼の何気ない仕草に、私の心は奪われていった。お母さんが教えてくれたことが本当なら、ずっと昔、彼は私に告白しようとしてくれていた。今も好きでいてくれてるのかな……? だとしたら嬉しいな。

 淡い期待を抱きながら、彼の待つ教室へと入って行った。

「山井くん、待たせてごめんね。今日、みんな予定があるみたいで、私一人なんだけど大丈夫かな?」

 彼は立ち上がり、少し頬を赤らめて頭をポリポリかきながら話し始めた。

「ちょうど良かった。今日は尚人と遠野も用事あるみたいで、俺も一人なんだ」

 お互い恥ずかしそうに少しうつむき、沈黙する。そして山井くんが言った。

「べっ、勉強始めようか」
「そうだね」

 いつもより鼓動が速くて、うるさくて、全然勉強に集中できない。

 私の心臓の音、山井くんに聞こえてないかな? 山井くんはいつもと変わらないみたい。頬が赤いと思ったのは、西日のせいか……。

 私だけが舞い上がっている気がして、切なくなった。シャーペンを持つ彼の大きな手、問題を読む穏やかな声、優しい眼差し、どれをとっても私の心と身体を熱くするのに十分な威力だ。

 意識しなければ、なんてことない時間だったかも知れない。でも私にとって、切なさと恥ずかしさと、独占できて嬉しい気持ちがミックスされて甘酸っぱい柑橘ジュースが出来上がるような時間だった。

 ついに最後の勉強会の日を迎えた。皆で勉強していると、相澤が話し出した。

「テスト終わったら体育祭でしょ? その後、夏休みじゃん。皆で夏祭り行ったり、花火とかやりたくない?」

 相澤くんって、いつも楽しいイベントを計画してくれる。皆で行けたら良いなぁ。

 すると、森田くんが賛同して言った。
「ナイスアイディアだね、翔くん。是非とも、凛ちゃんと夏祭りに行きたいです」

 すごいよ、森田くん! 皆の前でストレートに言えるなんて。そんな風に堂々と言われたら嬉しいと思うけどな。

「えっ、嫌だ。でも、理沙ちゃんが居るなら良いよ」

 凛ちゃんは、森田くんの誘いを冷たく断った。彼は何か言いたげな表情で私に熱い視線を送ってくる。

 えー⁉︎ あんなに情熱的に誘ってくれたのに凛ちゃんは嬉しくてないの? 森田くんのためにも「行く」って言うべきだよね? 何て言ったら皆が幸せになるのかな? うーん、困った。そして私は、一つの答えを出した。

「せっかくだから、皆で行きたいね!」

 すると、瑠美ちゃんが話題を変えるように話始めた。

「まぁ、まずはテストでしょ! そして体育祭。委員会の集まりも多くなりそうだよね」

 瑠美ちゃんはそう言いながら山井くんの方を向いて話す。

 瑠美ちゃん達も学級委員なのかな? それとも実行委員? 疑問に思っていると、相澤くんがが驚いたように話し始めた。

「マジで⁉︎ 大ちゃんと瑠美ちゃんも学級委員か実行委員なの? 俺と理沙ちゃんは学級委員だから、集まりでちょこちょこ会うかもね。そん時はよろしく!」
「私達も学級委員だよ。理沙ちゃんと同じ委員会で良かった!」
「私も瑠美ちゃん達が同じ委員会で良かったよ。よろしくね」

 これから訪れるたくさんのイベントを想像し、とてもワクワクするのだった。