人通りの多い、知らない街に俺は居る。あたりを見渡すと、道路の向こう側に大嫌いなあの金髪頭が居ることに気がついた。
 そして、あいつの周りには大勢の取り巻きが居る。人気モデルだからか……。その取り巻きの中には理沙も。
 あいつと仲良さそうに話して、二人だけが俺の方を見てる。何か言ってる。何だろ? 

「五年間、告白もできない臆病者」
「私、相澤くんが好きなの。だから大ちゃん……、バイバイ」

 あいつが理沙の肩を抱き寄せ、嘲笑う。彼女から別れを告げられた俺は、二人の小さくなっていく背中を目で追うことしかできない。

「理沙、行かないで……。行くなー!」

 大声で叫んだ時、目が覚めた。寝汗をびっしょりかいて、喉はカラカラ。

「夢で良かった……」

 思わずそう呟いた。ふと時計を見ると、針は7時20分をさしていた。

 嘘だろ! あと10分で家を出ないと間に合わない。

 飛び起きて、急いで準備をした。シャワーを浴びる時間さえ惜しい。汗拭きシートでサッと体を拭き、洗顔と歯磨きを済ませて食事もとらずに制服に着替える。そして、慌てて家を飛び出した。

 どうやってあの金髪頭からサインをもらうか、そればかり考えてほとんど眠れなかった。
 ようやく寝つけたと思ったら、悪夢を見るし。もう最悪だ……。

 公園に着くと、理沙が心配そうに俺を見つめる。

「ごっ……ごめん、待たせて」
「ううん、全然待ってないよ! それより顔色悪いけど、大丈夫?」
「えっ⁉︎ あぁ、ちょっと寝不足で」
「珍しいね。勉強頑張ってたの?」
「うん、まぁそんなとこ」

 寝不足の本当の理由なんか言えない。最悪な悪夢を見たことなんて尚更だ。

 理沙のツヤツヤした綺麗な髪を見たら、自分の寝癖が妙に気になり始めた。少しいじっていると、理沙が言った。

「大ちゃん、ちょっと屈んで」
「えっ、こう?」

 俺は言われるがままに理沙の方を向いて屈んだ。すると、彼女は俺の顔に向かって手を伸ばしてきた。

 えっ、急にどうした⁉︎

 思わず目を閉じ、ドキドキしていた。どうやらネクタイが曲がっていたらしい。

「はい、できたよ」
「あっ……ありがとう」

 そう言って目を開けると、理沙と目が合った。
 
 まるで新婚のようだ……。

 頬を赤らめ、恥ずかしそうにする理沙は、スタスタと歩き出した。
 その後ろを俺。ふわふわと浮かんでいるような感覚だった。朝の悪夢が嘘のように、幸せな現実だ。
 好きな人の言動で、こんなにも舞い上がったり落ちたり、恋って大変だなぁ。

 その後、俺達はまたぎこちない会話をして学校へと向かった。

 正門には何故か多くの生徒が集まっていた。しかも、ギャルやチャラ男ばっかり集まっている。その人混みを通り抜け、校舎まで向かっていると、正門の方がこれまでよりも賑やかとなった。

「何だろう?」
「さぁ、何だろ。もう校舎に入ろうか」

 あんなに騒いでるってことは、きっとあいつが居る。せめて少しでも、あいつと過ごす時間を短くしてやる。

 そう企てた俺は、理沙から正門が見えないようにしながら校舎へと向かった。

 俺が自分の教室に入ると、何人かの生徒が窓の外を眺めていた。そして、あいつの話をし始める。

「五組に人気モデルが居るって知ってた?」
「えっ、そうなの⁉︎」
「私、知ってる! 超イケメンらしいよ。見た目はヤンキーだって」
「ヤンキーかぁ。しかも五組ってことは、頭悪いんでしょ? 私は興味ないな」
「えー、私はバカでも顔が良ければ許す!」

 笑いながら話す女子達を横目に席についた。
 そして今度は、彼女達が笑ってられない噂話をし始めた。

「でもその人、女癖悪いらしいから、近づかない方が良いよ」
「誰か妊娠したって噂だよ」

「嘘だろ⁉︎」

 女子達の噂話を聞いて、俺は声をあげて立ち上がった。驚く女子達を見つめて苦笑いをし、何とか誤魔化す。

 とんでもない害虫だ。理沙が危ない。どうしよう……。サインなんかもらってる場合じゃないぞ。

 俺は一日ソワソワしていた。何かしたいけど何もできず、焦りばかりが増していく。
 そんな時、理沙から連絡がきた。どうやら先生の手伝いがあって、帰りが遅くなるらしい。先に帰るように、という連絡だった。

 「心配だ」その一言に尽きる。夕方暗くなるっていうのもあるけど、あいつと二人っきりになる可能性だってあるだろ?

 放課後、俺は正門で理沙を待ち続けた。どのぐらい待っただろう? ずっと頭の中で何を話すか考えてた。

 そこへ、賑やかな集団の声が近づいてきた。
 その中にはあいつも居る。一瞬だけ目が合ったが、すぐにそらされた。
 そのまま立ち去って行くのかと思いきや、何故かあいつだけ俺の元に歩いてくる。

 何でこっち来るんだ?

 呆然とする俺の横に、あいつが座り込んで急に話し始めた。

「ねぇ、理沙ちゃんのこといつから好きなの?」
「はぁ? いきなり何だよ。お前に関係ないだろ」
「理沙ちゃんに冷たくされたら、君ならどうする?」
「一体、何が言いたいの?」
「俺さ、恋したことないんだ。誰のことも本気になったことなくて」

 聞いてもいないのに、自分のことをペラペラと話し始めた。俺はそれをただ黙って聞く。

「だからさ、君を見てるとすごいって思うよ。俺と理沙ちゃんを見て、マジで怒ったり。かと思えば、理沙ちゃんのことを優しく見つめたり」
「君の中心は彼女なのかな? って思うほど、理沙ちゃんへの愛が溢れてるよね。俺でも分かるのに、どうして彼女は君の好意に気がつかないのかなぁ?」
「理沙を悪く言うな」
「本当に好きになったら『好き』の一言を伝えるのは至難の業なんだろうなぁ。俺には一生分からなそうだ」
「一生ってことはないだろ」

 あいつが驚いたように俺を見上げる。俺は前を向いたまま話し始めた。

「好きになったのは五年前。きっかけなんてよく分かんない。気がついたら目で追ってて、最初は好きかどうかも分からなかった」
「……へぇ」
「理沙が喜べば俺も嬉しいし、悲しくなれば泣きたくなる。冷たくされれば、切なくなる。自分でも驚くほど、理沙の虜だ。彼女が幸せになるなら、傷つけられても良い」
「一途でかっこいいなぁ。……ライバルに相応しいわ」
「……えっ⁉︎」

 今度は俺が驚き、あいつを見つめた。あいつも見つめ返して、ニッコリ笑いながら立ち上がる。同じぐらいの目線となり、見つめ合ったまま数秒沈黙が続いた後に、あいつが口を開いた。

「俺、今日理沙ちゃんに避けられて悲しくなった。今まで誰にどう思われても良いって思ってきたけど、理沙ちゃんは別っぽい」
「……」
「だから、宣戦布告しておこうと思って」
「……お前……、まさか子供居ないよな? 色々な噂が流れてて」
「それね、居ないから大丈夫! 色々な噂を流したの、俺自身だから。軽蔑されてるぐらいの方が、上辺だけの関係にならなくて良いかと思って」
「お前、相当歪んでるな」
「ハハハ、じゃなきゃガキの頃からモデルとして、大人の言いなりになって活動できないよ」

 あいつは、笑いながらそう言った。人気モデルと、もてはやされている一方で、凡人には分からない苦悩を抱えているのだと感じた。

「相澤だっけ? お前、わりと良い奴だな」
「そういう君もね。幼なじみくん」
「山井大佑だ」
「じゃあ大ちゃんで」
「馴れ馴れしい」
「良いじゃん、同じ人を好きになった仲だろ? 戦友みたいなもんだし」
「戦友なんて素晴らしいものじゃないだろ」

 話してみると、思った以上に話が合った。
 そして俺は、ふとあることを思い出した。サイン‼︎ 鞄の中から舞花から預かっていた雑誌とマジックを取り出し、相澤に見せた。

「おっ、これ先月号じゃん。この写真撮るのにわりと時間かかったんだよなぁ。えっ⁉︎ もしかして大ちゃん……、俺のファン?」
「断じて違うぞ。妹がお前のファンなんだ。お前のサインをもらわないと、俺が理沙とパフェを食べに行けないんだよ!」
「何だって⁉︎ 楽しそうじゃん! じゃあサインするから、俺も一緒にパフェ食べに行く!」
「俺だけ抜け駆けするのはフェアじゃないからな」
「やったー!」

 そうやって、俺と相澤の不思議な関係が始まった。サインをもらうのと引き換えに、俺と相澤は連絡先を交換した。
 彼は浮かれた様子で話し始めた。

「理沙ちゃんとデート楽しみだなぁ。パフェ『あーん』とか、恋人っぽいことしちゃったりして」
「おい、勝手に良からぬ妄想するな」
「良いじゃん、別に。想像するのは個人の自由なんだし」

 二人いで話していると、正門の前に黒い高級車が停まった。

「やば、今日撮影あったんだ。忘れてたわ」
「忘れんなよ!」
「じゃあ大ちゃん、またね! 話せて良かった」

 そう言って、車に向かって走り出した。俺は彼を見送りながら思った。

 話してみたら、思ってたより良い奴だったな。戦友か……、それも悪くない。

 何だか、心が少し温かくなった気がした。するとすぐに理沙がやってきた。驚いた様子で、俺に近づいてきて言った。

「何で⁉︎ 『 先に帰って』って連絡したのに」
「知ってるよ。でも、遅くなるなら尚のこと、一人じゃ危ないだろ」

 そう言うと、理沙は大粒の涙を流した。俺は予想外の出来事に驚きを隠せなかった。

「えっ、どうしたの?」
「ごめんね。大ちゃんの優しさが心に染みて。自分を心配してくれる人がそばに居るって、幸せなことだなぁって感じたの」
「情緒不安定? 心配するに決まってんだろ! だって……、幼なじみだぞ」

 理沙、ホント可愛い。触れたい。
 
 あまりにも彼女可愛くて、触らずにはいられなかった。そして彼女の髪をくしゃくしゃにしながら頭を撫でた。

 理沙への気持ちと、相澤との絆が強まる日だった。

 家に帰って、舞花に相澤のサインを見せたら大喜びだった。そしてパフェの件を話したら、嬉しさのあまり失神してしまい、大変な夜だった。