放課後、俺は正門で理沙を待った。別に、一緒に帰る約束なんてしてない、けど待っていれば自然と一緒に帰れる気がしたから。

　いつ出て来るのか分からず、ソワソワしながら待っていた。すると突然、どこからか奇声が聞こえてきた。

　声が聞こえた方を見ると、あの金髪頭が大笑いしながら一人の女子と話している。しばらく話した後、女子が振り返ってこっちに向かって歩いてきた。

「理沙だ！　あの野郎、また理沙にまとわりついてる」

　俺は、しばらく二人の様子を見ることにした。すると、理沙は嫌がる素振りを見せ、金髪頭の男が一方的にちょっかいを出していた。

　寄生虫め、駆除してやる。俺の許可なく理沙に近づくとは……。クソッ。

　湧き上がる苛立ちを抑えつつ、二人の元へと近づく。あともう少しで二人の元に着くって時に、金髪頭が理沙の肩を抱き寄せた。

　それを見た瞬間、怒りはピークに達し、理沙を抱き寄せるあいつの手首をギュッと握っていた。

「理沙に触るな」

　俺の今日一日の気持ちを集約したように、口を開いたらその言葉が出てきた。

「いたたた！　いきなり何だよ⁉︎」

　あいつが苦痛表情を見せる。

　もっと苦しめば良い。俺が理沙にしたくてもできなかったことを……。
　何で、こいつはこんなにも簡単にやれるんだ？　遊びだからだろ。本気ならそんな簡単にできるわけがない。
　お前なんかが、理沙に気安く触るな。

　俺は憎しみに満ちた目であいつを睨みつける。あいつはただ痛がるだけで、何もやり返してきたりしなかった。
　すると、慌てた様子で理沙が言った。

「大ちゃん、もうやめて！」

　理沙の声を聞いて、俺はサッと手を離した。
　そのかわりに、あいつと理沙を引き離すように、間に割って入った。
　あいつは、俺が握っていた手首を摩りながら離し始める。

「初対面で手首掴むとかあり得ないんだけど。しかも超痛いし。何なの、君？　俺、男には興味ないから」
「お前こそ、一体何なの？　今日一日ずっと理沙にまとわりつきやがって。入学式では理沙の肩を枕がわりにして、廊下では真横歩いて、今度は肩抱いて……。ふざけんなよ」
「ははぁーん、やきもちですか。そんなに怒っちゃうぐらい羨ましいなら、君もしたら良いんじゃない？」

　あー、悔しいぐらい羨ましいよ。こっちは、ずっと前から好きなのに……。したくても、そう簡単にできねぇんだよ。
　
　俺は、自分自身にも苛立ちを感じ、拳を握りしめた。すると理沙が、俺の手を両手で包み込んでくれた。

　ドキッとした俺は、思わず理沙の方に振り返り、しばらく硬直した。
　こんな風に彼女から手を握られるなんて、初めてだったから。

「大丈夫だよ。ありがとう、大ちゃん。もう帰ろう？」
「……うん」

　理沙は俺の手を握ったまま歩き始めた。しばらく歩いている間に俺は冷静さを取り戻しつつあった。
　そして心配かけてしまったことに謝罪した。

「理沙……、ごめん、俺……」
「謝らないで。私のこと心配してくれたんでしょ？　ありがとう。今日一日、相澤くんに翻弄されてたのは事実だから……」


　俺は何を悲しみ、何に苛立っているんだ？　俺より先にあいつが理沙に触れたから？　ずっと大事に守ってきた理沙に……っていう父性愛みたいなものなのか？　
　それもあるけど、あいつの言う通り、羨ましい。自分の思うがままに生きるあいつが羨ましくて、妬ましくて、そんな自分に苛立っている。それを全部あいつのせいにしてるんだ。

　俺はうつむきながら自問自答を繰り返した。
　すると、俺よりはるかに小さい理沙が背伸びをし、腕を伸ばして頭を優しく撫でてくれた。

　俺の鼓動は速くなり、ただただ彼女を見つめた。そんな夢のような時間は一瞬で終わり、理沙はすぐに手を引っ込めた。
　あー、もっと撫でてほしかった。

「ごめん……ね」
「いや、理沙なら全然良い……」

　俺のバカ！　「理沙なら全然良い」とか偉そうに言ってんじゃねぇよ。
　そこは「理沙に撫でてもらえて嬉しい」とか、理沙だからっていうのをアピールしろよ。

　その後は微妙な雰囲気が流れ、いつもよりぎこちない会話をして家路についた。

　家に帰った俺は、ソファに仰向けで寝転がり、彼女に頭を撫でられた瞬間のことを思い出してニヤニヤしていた。

「あの撫で撫で攻撃、破壊力やばいってぇ！」

　つい心の声が漏れてしまった。それを聞いた三つ年下の妹、舞花がまるで虫ケラを見るような目で見てきた。

「何言ってんの？　気持ち悪い。理沙ちゃんに言っちゃおう」

　そう言ってスマホを取り出したので、俺は慌ててスマホを取り上げようとした。しかし避けられ、舞花からある雑誌を見せられた。それはイケメンばかりが載っている雑誌だった。

「何？」
「お兄ちゃんの学校に、この相澤翔くんって人いるでしょ？」
「よく見ると、それはあの金髪頭だった」
「あっ、こいつ！」
「やっぱり居るんだ！　噂になってたんだよねぇ。この人、すごいの！　小学生からこの雑誌の専属モデルやってて、男女問わず人気なの。お母さんがモデル事務所の偉い人っぽいんだけど、コネじゃなくて、実力で今の地位を築いたみたい！」

　大人っぽい舞花が、珍しく少女のように目をキラキラと輝かせて話していた。

　そんなにすごい奴なんだ。まぁ、確かに顔とスタイルは良いか。性格は好きになれないけどな。

「だから、はい！」
「……ん？」

　舞花が雑誌を手渡してきた。俺には、その意味が分からず首を傾げた。

「もう、鈍いなぁ。理沙ちゃんにさっきのこと言わないで欲しいんでしょ？　この雑誌に翔くんのサインもらってきてよ！」
「はぁ⁉︎ 絶対嫌だね、あんな奴」
「そっかぁ、残念だな……。今度理沙ちゃんとパフェ食べに行く約束してるから、お兄ちゃんも一緒に……って思ったんだけど。『絶対に嫌』ならしょうがないね」

　おいおい、何でお前が理沙とパフェ食べに行く約束してんだよ。
　皆、俺を出し抜いて何してくれちゃってんだ？
　理沙とパフェかぁ……。

　俺は目をつぶり、理沙に「あーん」してもらうことを想像する。
　俺がプライドを捨ててサインをもらってくれば、さっきの恥ずかしいことも黙っててもらえて、尚且つ、理沙とパフェも一緒に食べられる。……最高だ。

「で、お兄ちゃん、どうするの⁉︎」
「サインもらってきます！」
「よろしい」

　そう言うと、舞花はスマホをポケットにしまい、雑誌を俺に渡して部屋へと戻って行くのだった。

　あいつが表紙に映る雑誌を眺めて呟いた。

「人気モデルなんて聞いてねぇよ。さすがにハンデありすぎだろ……」