夜十時十一分。

 捜査員のほとんどが出払っている高知県警察本部刑事部捜査一課で、一見すると二十代と勘違いされる風貌をしながら、三十代中盤頃の気だるい雰囲気を醸し出す刑事が、事務椅子に腰かけながら机に足を伸ばしていた。

 無造作に広げられた資料が古びた革靴に踏み潰され、それを囲むように積み上がったファイルのそばには、中途半端に食べ進められた菓子類が転がっている。

 キャリアでありながら、自身で下っ端役職から抜けないでいる男の名を、内田拓汰(うちだたくだ)といった。フルネームを言うと噛みそうになる、とよく言われる、こう見えてまだ三十二歳のバリバリ元気な刑事である。

 金島に惚れ込んで捜査一課の補欠を務める内田は、普段から気力のなさを醸し出した男だった。しかし、必要時に発揮される鋭い推理力と、現場で俊敏に動き回り続けられる行動力は、これまでの大きな事件の合同捜査といった事から、高知県だけに止まらず広く知られ高くも評価されていた。

 事件解決の実力は多々あり、知能犯だと言われていた連続通り魔事件、通称「舌切り」を見事解決へと導いたのは、彼の助けがあったからといっていい。

 内田は、自由気ままな男である。高知県警察刑事部組織犯罪対策課の補欠でありながら、ハンドルを握ると一流の運転技術を誇ることから、人手不足の際には、街頭犯罪特別遊撃隊として覆面パトカーで暴走族相手に走りまわる。

 その一方で、彼は膨大な情報処理技術に長け、常にパソコンを持ち歩いているのも特徴であった。これまで見た全てのデータは、彼の頭脳に詰まっているという驚きの事実もある。

 しかし、何度もいうが、内田は無気力な性格であった。

 普段の彼は非常に面倒臭がりで、自分から動こうとはしない男である。事件に興味をそそるような内容を滑り込ませるか、強行手段で仕事モードに追い立てなければ、やはり使い物にはならないのだ。


 現在捜査一課を取りまとめる毅梨が、県警本部航空隊の警察ヘリに、高所恐怖症の内田を無理やり乗せたことがあった。それは捜査に協力させるため、やる気を奮い立たせる作戦が功を成した事例の一つである。

 愛知県警と合同捜査に乗り出した事件であったが、内田を含む高知県警の選りすぐり敏腕刑事たちが集結したことによって、早急に容疑者を確保するに至った。五年経った署内でも、有名な話として残っているほどだ。


 そんな内田の机には、今、薬物に関する情報が集められていた。彼は椅子にだらしなく腰かけて仕事机に足を乗せ、胸の上に置いたノートパソコンを、垂れた瞳で眺めながらキーボードを叩いている。根癖がついたままの頭髪は、午後九時前までの一時間ぐっすり寝ていた証拠である。

 室内には、内田以外に五人の男たちがいた。三人の捜査員が間食を取りながら茶を飲み、一人は口に煙草をくわえている。

 そんなオフィスに一人だけ、落ち着かない様子で歩き回る男の姿があった。それは捜査一課をとりしきる毅梨であり、彼は顔に青筋を立てたまま、煙草の煙が満ちる男臭い室内を歩いていた。