対する雪弥は、神妙な表情で沈黙していた。彼の中では、暁也が語った「やばいの感じの男」と二年生の女子生徒についての関係が、なんとなくの単純なイメージ一つであっけなく繋がり始めていた。


 白鷗学園にヘロインと覚せい剤を持ちこんだ外部関係者と、覚せい剤常用者の構想がぼんやりと浮かび上がる。

 怪談話は、夜の学園に人を近づけないためにでっち上げたものだとすると、これから大きな取引きを行うというのも、あながちガセでもなさそうだ。二つを関連付けると、どこか予防線を張っているようにも感じる。


 もしこの高校生も共犯者となっているのなら、やはりナンバー1が言っていたように、推測通り高校生も覚せい剤に手を出していないとは言い切れなくなる。厄介なヘロインが動いていないという保証もなかったが、覚せい剤については、内部で配っている者がいて、確実に出回っていることを雪弥は思った。

 覚せい剤は、興奮と覚醒の薬物である。摂取によって脳が強制的に覚醒するため、効果が出ている間は全く眠気を感じず、記憶力も高いままが持続する。

 日本で多く乱用されているのはメタンフェタミンだが、それは主に吸引型だ。合成されたものには手軽に口内摂取できる種類もあり、気軽に始められるとして、今でも社会人だけでなく学生の間でも多く出回っている。

 ヘロインは強烈な快楽を及ぼし、直接脳内で強く作用させるため、静脈注射や筋肉注射が主だった。値段も麻薬の中で一番高価であり、規制が厳しいので簡単には手に入らない。

 注射器を使う事への謙遜もあって、ヘロインが学生内で出回る事はほとんどなかった。協力者が覚せい剤に手を出していない可能性も捨てられないので、その女子学生の現状については、薬物によって欲が剥き出しになっているとも推測できる。

「大人しい子だったって聞いたけどなぁ」

 ややあって、修一が一人呟いた。

 暁也が空になったパンの袋をくしゃくしゃにしながら「どうせ聞いただけの話だろ。俺は今年に入ってからのあいつしか知らねぇ」と、刺のある言葉を返す。

「お前が言う祟りとか呪いとかだってんなら、そのせいですっかり人が変わっちまったっていう事になるんだろうな」
「むぅ、なんか厳しい発言だ……もしかして、怒ってんの? 確かに暁也、そういう話とか好きじゃないだろうけどさ」

 でも幽霊も怪談も、きっと本当にあるんだぜと修一が唇を尖らせた。そこに非難の感情はなく、好きでもない話を聞かせて気分を悪くしてしまったのなら申し訳ない、という本音が滲んでいた。

 そんなちょっとした気分の沈みを察知して、暁也がフォローするようにこう言った。

「別にそんなんじゃねぇよ。ただ、本当はそういう奴だったのかも知れないって話さ。人間、どんなに取り繕っても、根本的な芯みたいなやつは簡単に変われるようなものじゃないだろ。いい奴はどんなに悪党ぶっても悪い奴にはなりきれねぇし、悪党はどんなに善人ぶっても、結局は悪党のまんまなんだ」

 暁也は言葉を切ると、食べ物が空になった袋をくしゃくしゃにした。彼を見つめている修一は、よく分からないといった表情で首を傾げる。


――どんなに善でいようとしても、結局のところは〔悪〕なのだ。


 思考を続けていた雪弥は、暁也の台詞に引きずられるように、そんな見えない言葉の羅列がすっと自身の身体を突き通すのを感じた。