雪弥はパンをゆっくりと噛みしめながら、なんだか少し悲しい気持ちになった。

 今回の任務内容を知ったとき「絶対無理だよ」と思ったそれが、今見事に成功しているのだ。疑う生徒や教師がいないばかりではなく、自分はすっかり架空の高校生「本田雪弥」として白鴎学園高等部に溶け込んでいる。


 とはいえ、全く心は落ち着かない。学生の中におじさんが一人混ざっているなんて、くつろげるものではない。


 十代だった頃は地元の学生を装うことも平気だったが、すっかり大人となった今では、コスプレで町のド真ん中を歩いている心境であった。「せめて教師の設定にして欲しかった……」と彼は思わずにはいられない。しかし、教師に変装した場合、なんだかその方が返って怪しまれそうな気もする。

 雪弥は、胃がきりきりと痛むような居心地の悪さを堪えた。味も分からぬまま、ゆっくりとメロンパンを食べ進める。

 素性がばれるような財布や携帯は、ナンバー1の指示通りマンションに置いてきた。現在ポケットに入っているのは、小銭と札を一緒に入れるタイプの小さな財布と、『グレイ』だけが登録された替わりの携帯電話だけである。

 現在の潜入状況だと、言動と行動に気をつければ「二十四歳になるおっさん」だとばれる可能性はないだろう。念のため、同じ大人である教師との対話は避けた方がいいかも……と、雪弥は苺牛乳で渇いた喉を潤した。

「なぁ、雪弥」
「え? ああ、何?」

 腕時計も置いてきたし大丈夫だろう、と自分を落ちつかせていた雪弥は、コンマ数秒遅れで返事をした。修一は顔をこちらに向けたまま、オレンジジュースの紙パックから伸びているストローをくわえている。

「やっぱり新しい学校だと、落ちつかないだろ」
「え、うん、そうだね。落ちつかないな」

 雪弥は、答えながら視線をそらした。無線で代わりに話してくれる部下がいればいいのに、と心の中で呟きながら次の言葉を探す。

 そんな彼の思考を中断したのは、陽気な少年の声であった。

「大丈夫! すぐに慣れるさ」

 そう言った修一は、無邪気な笑みを覗かせて新しいパンへと手を伸ばした。次は大きめのクリームパンである。顔いっぱいに笑みを浮かべたその表情は幼く、体格が大人に近いとはいえまだまだ子供だ。

 雪弥はすぐに「そうだね」と答えたかったのだが、慣れるという言葉には頷けず、ぎこちない笑みで沈黙を取り繕った。それは無理だろ、と言いかけた口を素早く別の言葉に置き換える。

「えっと、そうだね。僕は内気で人見知りだから、君がいてくれて心強いよ」
「お? そうか?」

 修一はまんざらでもなさそうに言って、クリームパンの入った袋を景気良く開けた。先程食べたチョコパンの袋は、風で飛ばないように腿の下に挟まれている。

 雪弥は半分になったメロンパンを持ったまま、中央に広げられている食糧へと視線を落とした。

 焼きそばパンが三つ、チョコチップメロンパン、カメの形をしたクリームパン、アンパン、梅オニギリが二つ、鮭オニギリが三つ、野菜と卵のサンドイッチお菓子のポッキーとジャガリコが一つ……

「それ、全部食べるつもり?」