クラスで一番大柄な目が細い男子生徒によって、雪弥の席はすぐに用意された。相撲取りを目指しているというこの生徒は、森重(もりしげ)平(へい)次(じ)といった。高校生にしてはかなり大柄で、その身長も百八十センチを裕に越えていた。

 制服を着ていなければ、少し幼さが残る顔をした大学生である。雪弥は彼を見て、自分がすんなり高校生に溶け込めた理由の一つを理解出来たような気がした。

 実際、高校三年生の生徒たちは大きかった。大半は百七十三センチある雪弥より低かったが、発育の良い生徒たちは百七十センチ近くあった。顔や体格に幼さが残るだけで、ほとんど大人と変わらない。


 雪弥は日本の高校を途中で退学していたので、普通の高校三年生の基準が分からなかった。自分が高校生として溶け込めているとは到底思えず、全く疑われていない現状が不思議でならないが、エージェントの新人がよく言われているように、任務は度胸であると思い込む事にして半ば楽観を心がけた。


 じゃないと多分、精神的に参るのが先だ。今日一日がもたなくなる。

 修一の後ろに席を構えた雪弥は、黒板を向く少年少女たちを眺めるように、一時間目の授業を迎えた。真新しい教科書を開き、どうにか「緊張して授業を受けています」という振りをする。

 簡単な英文の教科書に飽きて眠気まで覚えてしまい、授業開始から五分で女教師の話しをボイコットした。黒板に書かれる文字を他の生徒たちのようにノートを取りながら、眠気覚ましに教室にいる子供たちの観察を始める。

 そこで雪弥が驚いたのは、眼鏡を掛けた「委員長」と呼ばれている前列の男子生徒よりも、斜め前に座っている暁也という少年の方がずば抜けて賢いことだった。

 一時間目の今の授業は、女教師が担当する英語だった。暁也は教科書すら広げてはいなかったが、その教師が唐突に突き付けた難しい問題もすらすらと解いた。授業の雰囲気を壊す事もなく静かに黒板を眺める姿は、雪弥の知っている不良とは少々雰囲気が違う。

 観察を更に続けると、暁也と真逆の生徒がいる事にも気付かされた。雪弥の前席にいる修一は、ほとんど勉強が出来なかったのである。

 基本的な問題は何となく理解しているようなのだが、ほぼ勘でやっているような気もする。教師に易しい問題を当てられても、修一は小首を傾げて「分かんねぇ」と真顔で返した。教師が落胆し、クラスメイトたちも呆れた表情を隠せないほど清々しい「だって分かんねぇんだもん」という言葉を残して、修一は席に着いた。

 受験生なので、自分の案内役をさせるよりは勉強をさせた方がいいのでは……

 雪弥は、後ろから見える引き出しから雑誌が飛び出している光景を見て思った。しかし、教師が修一少年の机の横に積まれている教科書やノートを注意する様子がなく、誰もそこに目を向ける様子がない事にも気付いた。

 ふと気になって、他の生徒たちに視線を滑らせてみた。

 女友達に手紙を書く女子生徒、教科書に落書きをして楽しむ数人の生徒たち。女教師の目を盗んで読書する真面目な風貌の少年に、机に堂々とお菓子を置いて、口をもごもごとさせる少年少女たち――

 なんだか、とてものんびりとした学校だ。