少年たちのいる放送室に、その足音が一歩ずつ近づいてくる。
 
 それは濃密な空気を鈍く震わせ、静けさに食われていくようにくぐもった。廊下に差しこむやけに眩しい月明かりが、出迎えるように放送室の入口に立った常磐の白い肌を、ぼんやりと浮きたたせていた。

 暁也と修一は、息を殺して身構えていた。廊下の向こうから聞こえていた足音が、やがて放送室の前で止まると、一人の少年が常盤の前に立った。

 やってきたのは雪弥だった。彼は常盤に向かい合うと、一度その瞳を伏せるように閉じてすうっと開く。青白い光を逆行に受けたその顔は、恐怖も緊張もなくひどく落ち着いていた。


「こんばんは」


 遠慮がちに上がった声は、凛と柔らかく耳についた。息を静めていた常盤が、興奮したように呼吸を荒上げて「やぁ、雪弥。会いたかったよ」と一息で告げる。

 暁也と修一は、揃って奇妙な違和感を覚えて、無意識に警戒心を強めてしまった。見知った顔がそこにいるはずなのに、なぜか掛ける言葉が出て来ない。

 月明かりのせいか、雪弥の髪は栗色に透けているように見えた。きょとんとした黒い瞳は前髪で少し隠れ、伸縮性の黒いニット服からは身体の細い線が覗いていて、その手には小型の黒いスーツケースがある。

 常盤と向きあう雪弥の小奇麗な顔が、不意に、人懐っこい柔かな印象で笑んだ。いつもとは違う独特の雰囲気を感じた暁也は警戒の色を強め、修一は薄暗がりで「どこか変」と呟いて目を凝らす。

「俺が渡した麻薬、使ってみた?」
「使ってみたよ。君の話が聞きたいな」

 スーツケースを入口に立て掛けながら、雪弥が自然な仕草でそう尋ねた。

 常盤は質量感のある鞄を目で追っていたが、話が聞きたいといった言葉に反応した。思い出したように銃を前に出して、「見てよ」と声を弾ませる。彼はその荷物について訊くタイミングを逃したことも忘れ、雪弥にそれを自慢した。

「すごいだろ、これ本物の銃なんだぜ」
「へえ、君の物なの?」

 放送室にいる二人のクラスメイトにも目を向けず、まるで自分にだけ興味があるとばかりにすぐ尋ね返された常盤は、嬉しくなって「そうだよ」と自信たっぷりに頷いた。